20. 要衝都市ロズティア - 4
[お知らせ]
2020年の1月1~3日の三が日に、本作は改稿を行いました。
既投稿分の内容にも相応の変化がありますので、過去にお読み下さっておりました方は、お手数ですが改めて読み直して頂く方が良いかもしれません。
[4]
「お邪魔しますわ!」
掃討者ギルドの二階にある、一番奥の部屋。
一階からナギの身体をぐいぐいと引っ張ってきたレビンは、その勢いのままに。
バン! と盛大な音を立てて部屋のドアを押し開いた。
部屋の中では長い金髪の若い男性がひとり、大きな机の前で執務をしていた。
いや―――髪の艶といい、肌の張りの良さといい、外見だけなら二十歳ぐらいの若さにも見えるが。一方でほうれい線の彫りが深く刻まれている所から察するに、実は結構いい歳までいっている男性のようにも見える。
(―――『エルフ』だ)
その男性の姿を一目見て、ナギは即座にそう確信した。
男性の頭部の左右から主張するように飛び出している、一対の尖った耳。それは多くのファンタジー小説に描かれる『エルフ』の特徴に他ならないものだ。
殆どの作品においてエルフは長寿の種族として描かれる。男性は二十代にも見えそうな若い容貌をしているけれど―――この世界がその例に漏れないなら、見た目から年齢を推察するなど無意味かもしれない。
そんなエルフの男性は、勢いよく部屋へ飛び込んできたレビンの姿を見確かめると。眉間に皺を寄せながら、はあっ、と大きな溜息をひとつ吐いてみせた。
「急に来てくれても構わないが……せめてドアは静かに開けなさい」
「うふふ。それは失礼致しましたわ、ギルドマスター」
「……おや? 珍しい、今日はレビンひとりでは無いのだな」
レビンから『ギルドマスター』と呼ばれたエルフの男性の視線が、レビンの隣にいるナギのほうへと向けられる。
咄嗟にナギは小さく頭を下げて、その視線に応えた。
「今日はこちらの、わたくしのお姉さまのギルド登録をお願いしに参りましたの」
屈託のない笑顔でレビンがそう告げると。
ほう、とエルフの男性は僅かに驚いた表情をしてみせた。
「ふむ……。お姉さま、か。私もそれなりには長く生きているが、君が特定の誰かと懇意にしている所など、初めて見るが」
「わたくしとお姉さまは、月が綺麗なとある夜に、運命の出会いをしましたのよ」
そう告げたレビンは嬉しそうに、ナギの片腕にひしとしがみつく。
とある夜も何も、レビンと出逢ったのは、つい昨晩のことでしか無いのだが。
「運命がどうとかいう話に興味は無いが……。犯罪者で無い限り、掃討者ギルドは原則として『来る者拒まず』だ。ギルドへの登録はもちろん歓迎するとも。
……それで? ギルドへの登録だけなら一階の窓口でもできただろう。わざわざ私の元を訪ねて来たということは、何か目的があるのだろう?」
「話が早い方は嫌いではありませんわ。お姉さまの位階を最低でも『Bランク』、できれば『Aランク』として登録して頂きたいんですの」
「Aランクとは、また随分と無茶を言ってくれる……」
レビンの言葉を受けて、エルフの男性は一瞬眉を顰める。
「……まあ、レビンの無茶な要求など、今に始まったものでも無いが」
けれど、ひとつ溜息を吐いた後には。男性は頬を緩め、そう苦笑してみせた。
どうやらエルフの男性は、レビンとそれなりに気心の知れた関係であるらしい。
「君の名前は?」
「あっ……な、ナギと言います」
「ナギだな、判った。ギルド登録に必要な書類と、あとは飲み物などを用意させて貰うので、そちらに掛けて少し待っていて貰えるか」
部屋の中にある応接テーブルを指差してナギにそう促したあと、ギルドマスターの男性はすぐに部屋から出て行ってしまった。
もちろん拒む理由は無いので、ナギはその指示に従う。応接テーブルを挟んで設置されている対面ソファーの片側に、レビンと二人並んで腰掛けた。
レビンと他愛もない雑談を交わしていると、5分ほど経ってギルドマスターの男性が部屋に戻ってくる。片手には湯気を湛える三つのカップが乗ったトレイを抱えていた。
「いつもの甘いお茶ですわね」
「ああ、レビンはこれが好きだろう? ナギの好みに合うかは判らないがね」
ナギとレビンの前に置かれたカップには、橙色のお茶が淹れられている。
一方でギルドマスターのカップにはそれとは異なる、どこかナッツにも似た香ばしさを感じさせる、香気の強い黒い飲み物がなみなみと入っていた。
―――つい二日前までは愛飲していたその香りを、ナギが間違えるはずもない。
「そちらは珈琲ですね」
大して日を置いていない割に、どこか懐かしい気持ちになりながら。ナギがそう口にすると、ギルドマスターは少し驚いたような表情をしてみせた。
「む……判るのか?」
「はい。以前はよく飲んでいましたから」
「そうか。珈琲豆は基本的に市場に出回らないのだが、一体どこで手に入れた?」
「………」
ギルドマスターから即座に問い返されて、どう答えたものかとナギは逡巡する。
日本では簡単に手に入るものであるだけに、こちらの世界での入手性についてまでは考えて無かった。……ちょっと軽率な言動をしてしまっただろうか。
「ディノーク。お姉さまを困らせるなら、わたくしはあなたの敵になりますわ?」
ナギが答えあぐねていると、それを察したレビンが口を挟んでくれた。
レビンの言葉を受けて、ギルドマスターの表情がぴしっと硬直する。
「怖いことを言うのはやめてくれ……。レビンが敵に回ると都市が大災害になる。
……いや、すまない。別に詰問したかったわけでは無いのだ。ナギが言いたくないのであれば、別にそれで構わない」
「あ、えっと……こちらこそ、上手く回答できなくてすみません」
「なに、そういうこともあるだろう。無思慮に下手な嘘を囀る者よりは、むしろナギのように黙秘する者のほうが好感が持てるぐらいだ。
ああ―――ちなみに、いまレビンが口にした『ディノーク』というのは、私の名だ。挨拶が遅くなったが、私は『ディノーク・バルハー』という。ここロズティアの掃討者ギルド本部で、ギルドマスターを務めている」
そう告げて差し出されたディノークの手を、ナギは軽く握ることで応える。
どうやらこの世界にも、握手をする風習はあるらしい。
「話を戻すが。珈琲が好きなら、良ければ君の分も用意させて貰うが?」
「あ、いえ。確かに珈琲は好きですが、お茶もお茶で好きですので」
わざわざ用意してくれたお茶を無下にするのも申し訳無い。
提案を即座に断ると、少しだけディノークは淋しそうな表情をしてみせた。
「そうか。……個人的に気に入っている豆があるのだが、旨さを判ってくれる者が居なくてね。ナギも珈琲が好きなら、試しに飲んでみて欲しかったのだが」
「では、次の機会がありましたら是非」
そう答えてから、ナギは自分の目の前にあるお茶のカップに口を付ける。
レビンが言っていた通り、甘味の強いお茶だった。仄かに柑橘の匂いがするので材料は違う気がするが、日本で口にしたことのある甜茶に近い味わいをしている。
こういう温かくて甘い飲み物は、疲れているときには嬉しいものだ。檸檬を加えると相性が良さそうな味わいだな、とナギは心の隅でちょっぴり思った。
「……さて、一息ついた所でギルド登録の件に入りたいと思うが。先にレビンの要求に対して回答しておくと、ナギを『Bランク』または『Aランク』の掃討者として登録すること自体は不可能ではない。ギルドマスターである私が『相応の実力有り』と保証すれば、それだけで誰からも文句など出ないだろうからな」
「ふふ、そうでしょう。そのように思えばこそ、わたくしもお姉さまを直接この部屋へ案内したのですから」
「だが、確認しておきたいのだが―――そもそもナギは、自身が掃討者として登録する上で、初めから高いランクとして扱われることを本当に望んでいるのかね?」
ディノークのその問いは、核心を衝いたものだった。
それはレビンの望みであって、別にナギの望みではない。
「―――いえ。僕自身はむしろ、一番低いランクから始めたいと思っています」
だからナギは、正直にそう答えることにした。
掃討者とは『魔物との戦いを生業とする人』を指す言葉なのだと、過去にエコーから教わっている。ならば掃討者ギルドにおけるランクは、魔物を討伐した実績に基づいて認定されるべきものだろう。
まだ一度も魔物を討伐した経験がなく、そもそも戦おうと思ったことさえ一度もないナギがギルドから高いランクで迎えられるのは、明らかに不当なことだ。
「ごめんね、レビン。折角僕のために直談判してくれたのに」
「いえ。お姉さまが下位のランクから始めたいのでしたら、レビンに異論などありませんわ。むしろ余計なことをしてしまったようで、申し訳ありません」
「余計なことだなんて。レビンの気持ちは、ちゃんと嬉しかったから」
申し訳なさそうな表情をするレビンに、ナギは素直な気持ちからそう応えた。
実際、レビンがナギの為に心を砕いてくれることが嬉しくない筈が無い。
むしろ(どうして昨日出逢ったばかりの僕のために、レビンはここまでしてくれるのだろう)と。有難さと同時に、少し不思議に思ってしまうぐらいだ。
「ではナギを最も位階の低い『Fランク』の掃討者として登録する。通常通りの登録となるので、別に一階の窓口で手続きしてくれても構わないが―――」
「ディノーク。それはやめておいたほうがいいわ」
「ほう? それは何故だね、レビン」
「お姉さまのギルドカードを作成して、その天職を知れば判るでしょうね。
さて―――お姉さま。わたくしは予定通り一旦離席して、今晩の宿を確保して参りますわ。あまり悠長にしていると、良い部屋から埋まってしまいますから」
そういえば、そういう話になっていた。
レビンはこの都市に慣れているようだから、宿選びは任せておけば安心だろう。
「ありがとう。お願いするね、レビン」
「はい。良い宿を選びますので、期待していて下さいませ」
そう告げて、レビンは部屋から出て行ってしまった。
掃討者ギルド二階の部屋に、ナギはディノークと二人きりで残される。
ディノークは暫くの間、顎に手を当てながらレビンが告げた一言について、何か思案している様子だったが。
「……まあ、実際にギルドカードを作るのが手っ取り早いか」
やがてそう割り切ったようで、早速ギルド登録の手続きを行うことになった。
最初にディノークから口頭でナギに幾つか質問が行われる。
それは『名前』は何か、『生まれた場所』はどこか、『現在の住所』はどこかといった簡単なものだった。
ちなみに『名前』はすぐに答えられたが、『生まれた場所』は『覚えていません』と回答するに留めた。また現住所の問いには『どこにも定住していない』旨を回答する。
「ふむ、宿暮らしか。これから暫くはロズティアに滞在する予定かね?」
「一応そのつもりですが、お約束はできかねます」
動物や魔物、盗賊などから絶対に襲われない〈非戦〉のスキルを持っており、重量を気にせず大量の物資を運べる〈収納ボックス〉も利用できるナギは、たぶん他の人に較べて随分と容易に世界を旅をすることができる。
生活に必要な物を色々買い揃えたいので、当面はロズティアから移動するつもりは無いが。とはいえ何か必要が生じれば、旅立ちを躊躇する理由もまた無いのだ。
「では次の質問だ。君の『種族』は何だね?」
《ナギ様が『古代種』であることまで、教える必要は無いと思われます》
エコーが即座にそう忠告してきたので、ナギは彼女の言葉に従い、ディノークに自分が『吸血種』であることだけを明かす。
するとナギの回答を受けて、ディノークは「ほう」と感嘆の声を漏らした。
「なるほど、吸血種か……。随分とレビンが君に懐いている様子だから、少し不思議に思ってはいたのだが。間違い無くそれが最大の理由なのだろうな」
「………? それは、どういう意味ですか?」
「レビンが他人に対して冷たく当たっている所を、ナギは見たことが無いかね?」
あの優しいレビンが、他人に対して冷たく当たる……?
その光景が上手く想像できなくて、思わずナギは困惑してしまうが。
けれど―――よくよく思い返してみれば、確かに心当たりがひとつだけあった。
「そういえば……。僕の勘違いでなければ、ロズティアの都市へ入る際に、西門に立っていた衛士の人と話すレビンの態度が、少し冷たかったような気が……?」
流石にまだ数十分と経っていないので、その時のことは明確に覚えていた。
「無論それは、君の勘違いなどではない。ロズティアの都市を護る騎士や衛士は、その全てが『人間』だけで構成されている。であれば当然、それと相対するレビンの態度も冷淡なものとなるだろうな」
「……つまり?」
「端的に言えば、レビンは『人間』が嫌いということだ」
ディノークが告げたその言葉は、ナギの心に小さくない衝撃を齎した。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.3
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1
〈植物採取〉3、〈健脚〉1
91,690 gita
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