18. 要衝都市ロズティア - 2
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レビンの身体を腕の中に抱えたまま、森の中を歩くこと約一時間。
森を抜けて平地に出てから更に三十分近い時間を歩いて、ようやくナギはロズティアの都市を囲む城郭の近くにまで辿り着くことができた。
判っては居たつもりだけれど、空から俯瞰するぶんには近そうに見えていた距離も、一歩ずつ徒歩で移動するとなると結構な時間が掛かる。
もっとも、2度のレベルアップで身体能力が成長しているお陰なのか、レビンの身体を抱えて続けているのに、ナギは殆ど疲労を感じなかったが。
「レビン。もうロズティアに着きますよ?」
「……あ、おねえさま……」
とろんと蕩けた、ぼんやりした瞳で見つめてくるレビン。
ずっと抱えていたせいで眠くなってしまったのだろうか。
もっとも、その割にレビンの頬にはうっすらと紅が差しているようにも思えたが。
ロズティアの都市を囲む城壁の前で、ナギはレビンの身体を下ろす。
すぐに眠気は覚めたのか、レビンは軽い足取りで地面へと着地した。
「見えるのは壁ばかりだけれど……。どこから街へ入るのでしょう?」
「ロズティアは東西南北の四方に街門がありますから、入るならそのいずれかからですね。ここからでしたら壁伝いに左手側へ移動し、都市の西門を目指すのが一番近いと思いますわ」
「なるほど。ではそちらへ向かいましょう」
レビンの言葉通り壁沿いを左手側に進むと、すぐに大きな門と、そこから繋がる街道がナギの視界に見えてきた。
(……そういえば、僕たちは一切街道を通らずにここまで来たんだっけ)
今更ながら、ナギは内心でそんなことを思う。
門前から続く街道上には、六台ほどの馬車が列を作って並んでいた。
都市へ入場する待機列なのだろうと思い、ナギがその最後尾のほうへ向かおうとすると。レビンからくいっと袖を引っ張られ、制止されてしまった。
「あれは馬車に積まれた荷を、兵士が検める列です。荷の量に応じて税金を課し、馬車の持ち主である商人に請求するためのものですね」
「なるほど……。僕達も手荷物に応じて税金を払うのですか?」
「いえ、徒歩旅客が運べる荷など高が知れていますから。私たちが払う必要があるのは入市税だけですね。確かひとり300gitaだったと思います」
〈収納ボックス〉があるので、こう見えてナギは結構沢山の採取素材を持っていたりするのだが。それに税金が掛からないというのは有難い。
ランデンの村で泊まった宿の女将さんが、〈収納ボックス〉について『商人でも旅人でも喉から手が出るほど欲しいスキル』だと言っていたことがあるけれど。おそらく女将さんは〈収納ボックス〉に入れている荷物に税金が掛からない事実を知っているからこそ、そのように高く評したのだろう。
「〈収納ボックス〉のスキルを持つお姉さまでしたら、やろうと思えば商人としても一流になれそうですわね」
そんなナギの内心を見透かしたように、レビンが微笑みながらそう告げた。
昨晩『採取家』の天職について話した際に、レビンにはナギが有しているスキルのことも既に一通り伝えてある。
「もしお姉さまが行商で稼ぎたいと思うことがありましたら、わたくしがいつでも背に乗せて、どこの街へでもお連れ致しますよ?」
「僕を乗せながら飛ぶのは大変だったでしょう? レビンに負担を押しつけたくはありませんから、そういうお願いをしたりはしません」
「………? 竜にとって『空を飛ぶ』のは、人間が『大地を歩く』のと同じ程度の行為でしかありません。半日以上飛び続けるのであればともかく、数時間の飛行でしたら、お姉さまを乗せていても全く疲れることはありませんよ?」
「あれ? そうなのですか?」
てっきり先程までのレビンは、飛行の疲れでダウンしていたのかと思っていたが。
どうやらナギの勘違いだったらしい。
「ロズティアへようこそ、お嬢さん方!」
馬車の待機列を横目に見ながら門の直下にまで近づくと。革製の鎧を着込んで長槍を手に持った、いかにも兵士らしい人が朗らかに声を掛けてきた。
この門を守護している衛士の人なのだろう。
「女の子二人だけで旅をしてきたのかい? 勇敢だとは思うけれど、街道にも魔物が出ることはあるし盗賊が出ることだってある。保護者も護衛も無しというのは、あまり関心しないかなあ」
「いいから早く通行手続きを済ませて下さいまし」
フレンドリーな衛士の言葉に、ぴしゃりとレビンが冷たくそう言い返す。
それはレビンが普段ナギに対して発するものとはまるで違う、何とも素っ気ない語調の言葉だった。
まるで『あなたに関心を持つ気はありません』とでも言わんばかりの、冷たく突き放すような声だ。
「おお……『嵐氷の乙女』のお嬢ちゃんか。こいつは失礼した。Aランク掃討者のお前さんが居るなら、並みの魔物や盗賊なら相手にもならないだろうな。
それじゃあ通行手続きを行うから、二人とも身分証を提示してくれるかい?」
衛士の人の言葉を受けて、レビンが携行していた鞄から何かカードのようなものを取り出して提示する。
おそらく、それがレビンにとっての『身分証明書』なのだろうが。生憎とナギは身を証せるようなものを何一つ持ってはいない。
一応〈収納ボックス〉の中に、写真付きの身分証である『学生証』が入ってはいるけれど……。日本での身分証がこちらの世界で役立つ筈もない。
というか―――そもそも年齢も性別も変わってしまった今となっては。まだ男だった頃の写真が入っている身分証明書など、他人のものにしか見えないだろう。
「すみません、身分証というのを僕は持っていないのですが……。持っていないと街に入れなかったりするのでしょうか?」
おそるおそるナギがそう訊ねてみると。衛士の人はすぐに頭を振って「そんなことはないから大丈夫だよ」と教えてくれた。
「村落育ちで都市に来たことがない人は、持っていなくて当たり前だしね。但し身分証を持っていない場合には、別室で今まで住んで居た土地のことや、これまでにやってきた仕事の話なんかを聞かせて貰うことになるかな」
「な、なるほど……」
つまり身分証を持っていない相手は、聴取によって出自や為人を調べるということだろう。
それ自体は納得できる話だけれど―――これは少し困ったことになったな、とナギは内心で思う。
つい昨日まで『この世界とは別の異世界にいました』と正直に話した所で、果たして衛士の人にそれを信じて貰えるだろうか。
一体今までの経歴について、どう説明すべきだろう―――。
「お姉さまの貴重な時間をつまらない尋問で失うのも馬鹿馬鹿しい話です。確か身柄を保証する相手がいる場合は、それで良いのでしょう? でしたらわたくしがお姉さまの保証人になりますわ」
「もちろんAランク掃討者が保証してくれるなら、それで大丈夫だね。
―――通用門を開けろ! 旅客を二名通すぞ!」
なんてことを考えていたら、意外にあっさり門の通行が許可された。
別の衛士の人から入市税として300gitaを請求されたので、それを支払う。
ちなみに税を請求されたのはナギだけで、レビンは払っていないようだ。
《高ランクの掃討者は大変貴重であるため、殆どの都市で入市税が免除されています》
そのことを不思議に思っていると、エコーがこっそりそう教えてくれた。
(Aランクの掃討者、かあ……)
そもそもレビンが『掃討者』であること自体も初耳だったナギとしては、ランクのことも含めて、ただ驚かされるばかりだ。
「びっくりしましたか?」
そんなナギの心を読んだように、レビンは小さくそう言ってくすりと笑う。
どうやらレビンは、黙っていてナギを驚かせようと考えていたらしい。
「ええ、驚きました。『Aランク』というのはかなり凄いのではないですか?」
「人にとってはそうかもしれませんね。ですが、わたくしは竜でもありますから」
「……な、なるほど」
竜は、多くのファンタジー小説で『最強』の存在として描かれるものだ。
レビンからすれば『竜の揺籃地』に多数棲息している屈強なオーク達だって、大した敵では無いに違いない。
馬車を通す大きな門からではなく、その脇に設けられた小さな通用門を通り、ナギとレビンの二人は『ロズティア』の都市内へと足を踏み入れる。
すると、重厚な壁に遮られて今まで全く聞こえていなかった街の喧騒が、すぐにナギの両耳に飛び込んできた。
門の内側からは、都市の中心部へ向かう目抜き通りが伸びているようだ。
大きいな通りに沿うように様々な店舗が所狭しと並んでおり、それらを利用する多数の人達が行き交う、活気ある街並みの様子が窺える。
異世界に来てから、こんなに沢山の人が溢れている光景を目にするのは初めてのことだったものだから。まるで心を奪われるかのように、ナギはその景観の中で自然と歩みを止めてしまっていた。
「お姉さま。雑踏の中で立ち止まっていては、はぐれてしまいますわ」
そう言って、すぐ隣からナギに腕を絡ませてくるレビン。
確かに彼女の言う通り、多くの人たちが行き交っている場所は、森の中とはまた違った意味ではぐれる可能性がありそうだ。
「どこか最初に行きたい所はありますか?」
「そうですね……。手持ちのお金に余裕が欲しいので、まずは『掃討者ギルド』という場所へ行ってみたいです。案内をお願いしてもいいですか、先輩?」
「うふふ、もちろんですわ」
嬉しそうにくすくすと微笑みながら、軽い足取りで闊歩するレビン。
飛びきりの美少女にぐいぐいと腕を引かれながら歩くのは、なかなか新鮮な経験でもあった。
「そういえば、僕は掃討者のランク制度というものがいまいち判っていないのですが。レビンの『Aランク掃討者』というのは、どのぐらい凄いのでしょう?」
「大したものではありませんわ。わたくしと同じ森に棲息しているオーク達を、単身で100体も狩ればすぐになれる程度のものです」
「そ、単身で、しかも100体もですか……」
あの森で出逢ったオーク達は『マッスル』という単語がこれ以上なく似合いそうなぐらい、どの個体も筋骨隆々だったのを覚えている。
人間より巨体というだけでも脅威なのに、鍛え抜かれた鋼の肉体まで持ち合わせている魔物なのだから。100体と言わず、1体が相手でもナギには勝てる気がしない。
「お姉さま。もしかしてオークに勝てないと思っていらっしゃいます?」
そんなナギの弱気を見透かしたように、レビンがそう告げた。
「そうですね。正直を言って、全く勝てる気はしません」
「……今のお姉さまの身体では厳しいかもしれませんね。ですが本来『吸血種』という種族は、他種族に較べて身体面でかなり秀でた部分を持っているものです。
まして、私の棲処に張ってある結界を素通り可能な、お姉さまは古代種でもあるのですから。『古代吸血種』の身体能力をもってすれば、オークなど木っ端も良い所だと思いますわ」
「そう……なのですか?」
当の本人であるナギとしては、オークどころかゴブリンにだって、なかなか勝てそうには思えないのだが。
「但しそれはあくまでも、種族本来の強さを持っておられればのお話です。吸血行為を全く行っていないせいで、現在のお姉さまの身体はかなり脆弱のようですから……。
今からでも吸血行為を行えば、種族本来の強さを少しずつ取り戻していくことは可能だと思いますので、是非ともお姉さまにはわたくしを『眷属』にして頂き、血を積極的にお吸いになって頂きたいものですわ!」
ナギのすぐ隣で、きらきらと目を輝かせながらそう提案してくるレビン。
けれど、こんなにも幼い女の子の血を吸うことなど、どうしてできようか。
「いえ、それはお断りさせて下さい」
「またお断りですの!? わ、わたくしの血はきっと美味しいですのに、どうして!?」
「味の問題では無くてですね……」
種族の影響なのか『他人の血を飲む』という行為自体には抵抗感を覚えないが。とはいえ、何も相手がこんなに小さな女の子である必要は無い筈だ。
(それに―――強くなる必要も、あんまりなさそうだし)
別にナギは魔物を狩りたいわけでも、ランクの高い掃討者になりたいわけでもない。
レベルは多少上げておきたい気もするけれど、ナギは魔物と戦わなくても経験値を稼ぐ方法を既に持っている。
むしろナギとしては、魔物と戦うような危険を冒さず、安全に採取だけをして生計を立てたいという気持ちの方が強いかもしれない。
それに、実際にオークの人達と会話して、相手のことを少しでも知ってしまった以上は。たとえ今のナギに本来の『古代吸血種』相応の実力があったとしても、彼らを好んで狩りたいとは思えなかった。
それよりは、戦わずにオークの人達と仲良くなる道を模索する方が。ずっと建設的で、楽しそうなことじゃないかと―――そう、ナギは思うのだ。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.3
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1
〈植物採取〉3、〈健脚〉1
91,690 gita
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