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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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16/78

16. 竜の揺籃地 - 5

 


     [5]



 それから2時間ばかりの間、二人で遊具を楽しんだ後。レビンは「夕食を獲ってまいりますわ」と言い残し、森の家から出掛けてしまった。

 もちろんレビンにだけ働かせるというのも申し訳無いので、ナギも夕食の調達を手伝うとは言ったのだが、


「お姉さまはオークを狩って肉を獲ったり、または魚を獲るのがお得意ですか?」


 ―――とレビンに言われれば、ナギとしては引っ込むほか無かった。

 ちなみにお願いしてレビンにはオークを狩るのをやめて貰った。夕食のメニューなら魚だけで充分だと思うし、それに……森を歩いている最中に幾度となく会話を交わしたオークの人達を狩ってその肉を食べるなんてことは、考えたくもなかった。


 と言うわけでナギは、レビンが戻ってくるまでお留守番である。

 レビンから家の中で自由にくつろいで構わないと言われているけれど。女の子の部屋にひとりきりというのも、案外居心地が悪くて。

 折角ロズティアへ向かうのが明日になり、今日は時間の余裕もできたのだから。レビンの家から出て、ナギは古代樹の周辺で採取を行うことにした。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 □エデンガーベラ/品質[257]


   【カテゴリ】:薬草

   【流通相場】:1,780,000 gita

   【品質劣化】:なし


   魔力が非常に濃く、寒冷な環境でのみ育つ薬花。

   品質が高いほど色が抜け落ち、最高のものは銀色に輝く花弁を持つ。

   腕の良い錬金術師が加工することで若返りの力を持つ霊薬となり

   最高等級の銀の薬花を材料にすれば100年以上も寿命が延びる。


-

 □リニランサス/品質[212]


   【カテゴリ】:薬草

   【流通相場】:2,500,000 gita

   【品質劣化】:なし


   古代竜の生息地でのみ育つ、絶対に(しお)れることのない植物。

   秘術や呪具生産に用いる赤色の最高染料の材料となるほか

   ごく微量の油を採ることができ、数十株分を集めることで

   死者を蘇生する霊薬を作ることができる。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 ……半ば冗談気分で〈素材感知/植物〉スキルの閾値を『100万gita』以上の価値を持つ素材に絞ってみた結果が、ご覧の有様である。

 若返りがどうとか、死者の蘇生がどうとか―――『薬草』って一体何だっけ? と、思わず混乱してしまう程の大変な効果の数々は、見ているだけで目眩がしてくる。


《このクラスの薬草ともなりますと、もはや世間的には大金を出したからといって購えるものではありませんね。しかも品質も極上ですから……下手に売ろうとすれば、それだけで身柄を拘束される可能性さえありそうです》


(うわあ、理不尽……)


 どんなに高い価値を持つ素材でも、換金性が皆無なら収入にはならない。

 売れもせず〈収納ボックス〉の中で放置されるのは目に見えている。既に採ってしまった分は仕方ないが、あまり採りすぎないようにしよう。


(『少しだけ貴重』ぐらいの扱いで、気軽に売れる素材となると、大体どの程度の価格帯を狙えばいいものでしょうか……)


《そうですね……。1~2万gita程度の素材でしたら、まだ大丈夫だと思います》


 エコーのアドバイスに従い、感知対象の閾値を設定する。

 価値の低い素材を避けるのはともかく、価値の高すぎる素材も避けて採取を行うというのも、なかなか変な話だった。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 □コジシキョウ/品質[225]


   【カテゴリ】:薬草

   【流通相場】:14,997 gita

   【品質劣化】:なし


   温泉の近くでのみ育つ、非常に強い治癒力を持つ薬用植物。

   薬効が強すぎるため生のまま口にすると逆に身体には良くない。

   錬金術師が加工することで中級の生命霊薬(ライフポーション)となる。

-


 □ミズネンタケ/品質[182]


   【カテゴリ】:薬草

   【流通相場】:13,350 gita

   【品質劣化】:-0.2/日


   大型生物が少なく、荒らされない森でのみ育つ平たいキノコ。

   茶色のことが多いが、質が良いほど橙に近い鮮やかな色となる。

   錬金術師が加工することで中級の魔力霊薬(マナポーション)となる。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 『1~2万gita』の閾値に反応する薬草は色々とあったが、あまり様々な種類の素材を採取していては、〈収納ボックス〉がすぐ一杯になりかねない。

 収納枠を抑えるためには、薬草の種類をある程度選別する方が良い。そう考えたナギは、特にロズティアに持ち込んで売れやすそうな薬草をエコーに相談した。

 その結果、エコーが勧めたのがコジシキョウとミズネンタケの二種類だ。


 コジシキョウは生命霊薬(ライフポーション)の材料となり、ミズネンタケは魔力霊薬(マナポーション)の材料となる。

 これらは魔物を狩って生計を立てる掃討者にとって非常に需要が高く、そのため掃討者ギルドに採取依頼が貼り出されている可能性も高いらしい。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 -> ナギは『ミズネンタケ』を『1個』採取。

 -> ナギの〈植物採取〉スキルが『Rank.3』にアップ!

 -> ナギは経験値『2』を獲得。

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 感知対象を二種類に絞って暫く採取を続けていると。途中で〈植物採取〉スキルのランクがもう『3』にアップした。

 今日会得したばかりのスキルなのに、随分と成長が早い気がするが。


《〈植物採取〉スキルは金銭価値が高い素材を採取するほど成長しやすくなります》


 ナギの疑問に応えて、すかさずエコーがそう捕捉を入れてくれた。

 なるほど、何とも納得できる理由だ―――と、ナギは内心で苦笑する。


「精が出ますわね、お姉さま。薬草の採取ですか?」


 いつの間に戻って来ていたのか、竹製の魚籠(びく)を抱えたレビンがナギのすぐ横に立っていた。


「あ、うん。おかえりなさい、レビン」

「ただいま戻りましたわ、お姉さま。川魚を調達して来ましたので、焚き火で焼いて頂きましょう?」


 魚籠(びく)の中を見せて貰うと、ニジマスに似た魚が全部で六尾入っていた。

 二人分の夕食にしては、充分過ぎる量だろう。


 近場に落ちている木の枝を幾つか拾い、【浄化】の魔法を掛けて洗浄する。

 魚のほうにも【浄化】を掛けてから、手折った木の枝の鋭利な部分を使って器用に内臓を取り出す。それから一尾ずつ丁寧に木の枝に突き刺していった。

 近くでレビンが焚き火を熾してくれたので、その周囲の地面に木の枝の端を突き刺して固定し、焦げない距離で串焼きにする。


 焚き火で魚を焼くコツは、魚を火が届かない距離まで充分に離すことだ。

 火に近すぎると表面だけがすぐに焦げ始めて、中まで火が通らない。だから火元から十分に距離を離し、遠赤外線でじっくり30分は掛けて焼くと美味しく出来上がる。

 そのことをナギは、昔祖父から教わって知っていた。


 魚が焼き上がるまでの30分間、ナギはレビンと様々な話をした。

 竜人種(ドラコニス)という種族についての様々な情報や、この場所での生活のこと。他にもレビンの両親についてなど、沢山の話を聞かせて貰う。


 レビンの『スノーホワイト』という姓についても教えて貰った。

 昨日エコーから、この世界では貴族や富豪のような社会的地位を持っている人だけが姓を名乗るのだと教わっていたが。竜の場合は別で、親や友人、恋人などから付けられた愛称を姓として名乗る習慣があるそうだ。

 スノーホワイトの姓は、レビンの身体の白さに(ちな)んで両親が付けたものらしい。

 確かにレビンの真っ白な肌は、雪の白を彷彿とさせる。ナギがそう納得して頷いていると、レビンはくすりと小さく笑いながらそれを否定してみせた。


「竜の姿になると、わたくしの身体は本当に白いのです」


 あくまでも竜になった時の姿に(ちな)んで付けられた愛称であるらしい。

 とはいえ人の姿をしている今も、レビンの肌は本当に、透けるように白いのだが。


 もちろんレビンが自分のことを何でも話してくれたのと同じように。ナギからもまた自分についてのことを包み隠さずレビンに話した。

 古代吸血種(アンシェ・カルミラ)という種族のこと。採取に関連するスキルばかりを修得する『採取家(ピッカー)』という天職(アムル)のこと。

 それから―――ナギがこことは違う、全く別の世界から来たということも。


「お姉さまは稀人(ミレジア)でいらっしゃるのですね」

「……ミレジア?」

「主神の御業によって、異世界から招かれた方を指す言葉です。この世界(アースガルド)へ最後に稀人(ミレジア)が招かれたのは、およそ一千年前のことだと両親から聞いたことがありますわ」


 竜は平気で数千年の時を生きる。ましてレビンの両親はどちらも古代竜エンシェント・ドラゴンであり、もはや寿命という頸木を持たない生き物だ。

 だからレビンの両親は、過去一千年前の稀人(ミレジア)と普通に会ったことがあるらしい。


 ちなみに一千年前にこの世界(アースガルド)へ招かれた稀人(ミレジア)は、『地図職人(マッパー)』の天職(アムル)を持つ男性だったそうだ。

 長命種族であるエルフに産まれた稀人(ミレジア)は、とある王国の貴族となって沢山の子を儲け、無事に世界の天職(アムル)を『98種類』から『99種類』へ増やした。

 これにより『地図職人(マッパー)』の天職(アムル)を持つ人が少しずつ各地で増えていき、世界中で正確で安価な地図が普及するようになった。そのお陰で各国の交易網が著しく発達し、魔物の生息域の調査なども大きく進展したらしい。


「お姉さまが来て下さったことで、今後はこの世界に『採取家(ピッカー)』の天職(アムル)を持つ人がきっと増えていくのでしょうね」

「そ、そうです、かね……? ……どうでしょうか……」


 自分が『子供を作る』ということにまるで実感が沸かないナギとしては、レビンの言葉に曖昧にしか答えることができない。

 ましてや、女性の身体になってしまった今となっては……。


 そんな話をしていると、魚の両面の皮が弾けて、ぽたぽたと脂が滴り始めた。

 早速ナギとレビンの二人は会話を切り上げて、思い思いに魚に齧り付く。

 身がふっくらと仕上がった焼きたての魚は、何とも言えない程に美味しかった。

 川魚ということもあって少し塩を足したくなる味わいではあったけれど。直火で焼き上げた魚ならではの豊かな香ばしさが、少し足りない食味を覆い隠し、充分な満足感を与えてくれる。


「そういえばお姉さま、よろしければ服を貰っては下さいませんか?」


 食事を終えたあと、レビンの家に戻って彼女が入れてくれた食後のお茶を頂いていると。不意に思い出したかのように、レビンがそうナギに提案してきた。


「服……ですか?」

「ええ、その、ちょっとお恥ずかしい話なのですが。もう少しは身体が成長すると期待していましたもので、いま着ている服よりワンサイズ上の衣服や肌着などを、随分前に幾つか揃えてしまっておりまして。

 生憎と、わたくしの身体の成長は既に止まってしまったようですが……。お店でちゃんと仕立てて頂いた上等品もありますのに、袖も通さないまま古着として処分するのも悲しくて。ですので、よろしければお姉さまが貰っては下さいませんか? ちょうどお姉さまぐらいの身体のサイズに合うと思うのですが」

「確かに僕の今の身体は、レビンよりも少しだけ大きいですが……。

 竜にとって400歳というのは、まだまだ『子供』の年齢なのですよね? でしたらレビンの身体が、今後もう成長しないとも限らないのでは?」

「年齢的にはそうなのですが。実はもう、わたくしは成竜になってしまっていますの。残念ながら、これ以上の身体の成長は望めそうにありませんわ」


 肩を竦めて、そんな風に言ってみせるレビン。

 成竜―――つまり『大人の竜』に、もうなっているとのことらしいが。

 可憐さの中に少女特有の稚さを孕んだ、レビンの容貌を眺める限りでは。彼女が既に大人になっているようには、ナギには到底思えなかった。


《竜が『成竜』であるか否かは、能力値の[知恵]が一定水準に達しているかどうかで決定されます。成竜となった時点で身体の成長が停止するため、知性面の発達が著しい個体ほど、稚い矮躯のまま成竜となってしまいます》


 ナギの疑問に応えるように、すぐにエコーがそう教えてくれた。

 レビンは体躯や声色こそ幼いものの、既に十分過ぎるほど聡明な少女でもある。

 成竜であるか否かの判定に知性のみが寄与するのなら。なるほど、彼女が既に大人であるというのも納得できる気がした。


「そういうことでしたら、有難く頂きます。ロズティアに着いたら衣類は購入するつもりでしたので、僕としても出費が減るのは助かりますし」

「まあ! ありがとうございます、お姉さま! とっても可愛らしい服ですから、きっとお姉さまも気に入って下さると思いますわ!」


 ぱん! と両手を打ち鳴らして、満面の笑顔を浮かべるレビン。

 そんなレビンの喜びようとは対照的に、どうしても『可愛らしい服』に抵抗感を覚えるナギは、少し複雑な表情をしてしまうが。


 食後の休憩を終えた後には、古代樹が生えている泉のほうへと行ってみる。

 レビンから聞かされていた通り、昼間は冷たかったはずの泉の水が、夜になった今では朦々と湯気が立ち込める温泉へと早変わりしていた。

 水質も変化しているのか、昼は水底がはっきり見えるほどの清水であったのに対し、夜の今は白さを帯びた濁り湯へと変化している。

 白くて熱い湯が湧き出しているのに、温泉らしい匂いが全くしないというのも、少し奇妙な気がしたが。何にしても、ここ二日間湯に浸かれていない身からすると、強く興味を惹かれる光景であることは間違いなかった。


《人体には無害です。むしろ有益な成分が非常に多く含まれているようですね》


 入っても安全なお湯なのか、水質だけエコーに予め調べて貰った上で。掛け湯の代わりに【浄化】の魔法を自分の身体に掛けてから、ナギは近場に服を脱ぎ捨てて温泉の中へと浸かる。

 久々に感じられる、身体の内側にじんわりと湯が染み入って来るような快楽の心地に目を細めていると。いつの間に服を脱いでいたのか、レビンもすぐに湯の中へと入り、ナギの隣にまで歩み寄ってきた。


「お姉さまは温泉がお好きなのですね」

「ええ……とっても好きですね……。できれば毎日でも入りたいぐらい……」


 あまりの気持ちよさに、緩みきった声でナギがそう答えると。

 その返答が可笑しかったのか、レビンはくすくすと笑ってみせた。


「夜にここに来れば、いつでも入れますわ。お姉さまがお望みでしたら、私が竜に姿を変えて、毎日この温泉までお運び致しますよ?」

「ああ……。それは、魅力的ですね……」


 身も心も蕩けるような、この湯に毎日浸かれるというのなら。

 それはなんとも幸せなことだろうと、今のナギには思えた。


「ふふ、わたくしは冷たい水に入る方が好きでしたが……。お姉さまと一緒に堪能できるのでしたら、これからは熱い湯も好きになれそうです」


 嬉しそうな声色でそう告げながら、お湯の中でナギにぴたりと身体を寄せてくるレビン。

 濁り湯に変化しているお陰で、一糸纏わぬ姿になっている自分やレビンの身体について、あまり意識しないで済むのは幸いだった。





 

-

お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.3


  〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1

  【浄化】1


  〈植物採取〉2→3、〈健脚〉1


  91,990 gita

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