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底辺採取家の異世界暮らし  作者: 旅籠文楽


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12. 竜の揺籃地 - 1

 


     [1]



 ロズティアへ向かって移動している途中で、ナギは森を分断するように流れる小川に遭遇した。

 川幅は狭く、川底も浅い。水量も大して多くは無いので、問題無く歩いて渡ることができそうな程度の、本当に小さな川だ。

 とはいえ―――川端になかなか大きなサイズの岩石が落ちていることから察するに、ひとたび雨が降れば増水し、水勢もかなり強まる河川ではあるのだろう。


 ナギは滔々と流れゆく小川の周囲を見渡し、その畔に転がっていた直径60cmぐらいの岩石に腰掛ける。そして〈収納ボックス〉から、出発する前に宿で女将さんが作ってくれたサンドイッチが入った藁籠と、飲料水が入った革袋を取り出した。

 小川に沿って林冠が途切れているお陰で、この場所には光が溢れている。

 気持ちの良い陽光と、小川のせせらぎに耳を傾けながら。ここは食事休憩を取るには理想的な場所だろう。


 革袋に口を付けて水を啜ると。中の水にはすっかり皮革独特の風味が移ってしまっていて、正直あまり美味しくはなかった。

 一方で、卵と山菜を硬いパンで挟んだサンドイッチは、素晴らしく美味しい。

 宿で夕食を食べた際にも思ったけれど、あの女将さんの料理の腕前は、かなりのものだと思う。時間に余裕があれば再訪し、もっと色々な料理を味わってみたい所だが。


《もしや、オークは記憶や思考の一部を偏在させている……?》


 相変わらず頭の中に漏れ聞こえてくる、エコーのつぶやきに耳を傾けながら、ナギは思わず苦笑する。

 どうやらエコーは一度考え事の深みにハマると、なかなか抜け出せなくなる性分であるらしい。

 エコーは昨晩、自分のことを『アルティオ』という神様の欠片(エコー)だと明かしてくれたけれど。もしかするとそういった性分は、母体である『アルティオ』なる神様本人が持っていたものだろうか。


(いちど直接会って、色々と話してみたいかな)


 ナギは心の内で、まだ見ぬ神様に対しそんなことを思う。

 もちろん神様に会うなんて、そうそう叶うことでは無いのだろうけれど。


「―――【浄化(リューチシャ)】」


 小川から両手で掬った水に【浄化】の魔法を掛けて、ナギはそれを口に含む。

 【浄化】の魔法を使えば、水質の汚濁や寄生虫を纏めて取り除くことができる。

 革の味がする不味い水よりは、喉に嬉しい冷たさを帯びた小川の水のほうが、清涼感もあってずっと美味しかった。


(そういえば、川の水を直接〈収納ボックス〉に入れる事ってできるのかな?)


 ふとそんなことを思ったナギは、試しに川面に自身の手を差し込み、流れている水を直接『収納』してみようと試みる。

 結果は―――問題無く収納自体はできたのだが、かなり驚くべきことが起きた。

 ナギが『収納』を実行している間、少しずつ川の水位が下がり始めたのだ。


(わわっ)


 慌ててナギが収納を中止すると。絶えず流れている川の水位が、程なく元と同じ高さに戻ってくれたのを見て、ほっとナギは安堵の息を吐いた。




+--------------------------------------------------------------------------------+

 □トルキーア河川水/品質[91]×9186リットル


   【カテゴリ】:水

   【流通相場】:0 gita

   【品質劣化】:なし


   トルキーア川から採った河川水。

   上流で採水するほど透明度が高く、水質も良いものが得られる。


+--------------------------------------------------------------------------------+




 〈収納ボックス〉の中身を視界に表示させると。一覧の中に『トルキーア河川水』という名称で、間違い無く川の水が収納されていた。

 僅かな時間の間に収納された水量は、実に『9186リットル』。

 これほど大量の水が失われれば、一時的に川の水位が下がりもする筈だ。


 〈収納ボックス〉には、同じアイテムであれば個数を問わず『1枠』として収納できる。なので膨大な量の水を収納していても収納枠は1つしか消費しない。

 ちなみに、さすがに水の回収では〈採取生活〉のスキルは発動せず、採取行為による経験値は得られなかったようだ。

 もし経験値が入っていたなら、きっと大変なことになっただろうな―――と。そんなことを頭の中で想像して、ナギは思わず苦笑してしまう。


 食事休憩を満喫して英気を養ったナギは、浅い小川を渡って再び森を歩き始める。

 移動しながらの採取作業はそれなりに楽しいが、相変わらずエコーは思考の海に嵌っているらしく、反応が無い。


「エコー、エコー。そろそろ戻って来て下さい」


 ひとりきり森の中を歩いたり、採取作業しているのが淋しくなって、ナギはこちらからエコーに呼びかけてみる。

 なかなか気付いて貰えず、呼びかけても最初の数度は無視されてしまったが。根気よく名前を呼び続けると、ようやくエコーは我に返ってくれた。


《あっ……。な、ナギ様、申し訳ありません!》


「こちらこそ、考え事から引き戻してしまってすみません。その……悪いかなとは思ったのですが、エコーがそんな調子ですと少し淋しかったものですから」


 エコーとの会話が途絶えてしまうと、異邦の地で独りきりという現在の境遇を、否応なく再認識させられてしまって。それが少しだけ耐え難かったのだ。


《昨晩も話しましたが、現在の私の支配権はナギ様にあります。会話相手に私が必要な時には、もちろんいつでも声を掛けて引き戻して下さいませ。

 ああ―――ナギ様、そろそろ『古代樹』の結界が見えてくると思われます》


(えっ? もうですか?)


《……もう、と仰いますが。既にランデンを発って8時間が経過しております》


 やや呆れた口調でエコーはそう告げると、ナギの視界に時計を表示してくれた。

 現在の時刻は『15時33分』と表示されている。

 エコーの言葉によれば、村を発ったのが午前7時過ぎだったらしい。なのでエコーの言う通り、既に村を発ってから8時間以上が経過しているようだ。


(ロズティアまではあとどのぐらいですか?)


《直線距離で、およそ19.1kmになります》


 即座に返されたエコーの回答を聞いて、ナギは軽い絶望を覚えた。

 ランデンの村からロズティアへ向かって、街道ではなく直線距離で移動しているので、その距離は約『40km』になる。

 もう8時間も歩いているのに、その半分しか移動できていないのだから、ショックは大きい。

 時速に換算すると、大体『2.6km/h』ぐらいの移動ペースで移動してきたことになるだろうか。


(……せめて、時速3kmペースでの移動を維持したいんだけどなあ)


 胸の内でナギはそう苦笑する。

 〈健脚〉のスキルがあるとはいえ『身長141.8cm』の『女性』の身体で、『森の中』を『採取しながら』移動していることを思えば、ペースが遅くなるのも無理はない。


(ロズティアの都市には、深夜でも入ることができますか?)


 最悪のケースを想定して、ナギはエコーにそう問いかける。

 まだ道程が半分しか消化できていないのだから。仮にこのままの変わらないペースで歩き続けられたとしても、ロズティアへ到着するまでにはあと8時間が掛かる。

 採取を止めれば多少はペースを上げられるだろうが、それでもおそらく6時間以上は掛かることだろう。到着はどう考えても日が暮れた後になりそうだ。


《都市の門は24時間いつでも通行できますので、それは大丈夫です。ただ……あまり到着が遅くなりますと、都市には入れても、空室のある宿を探すのが大変になってしまうかもしれません。

 旅客にとってアクセスの良い、門の近くや都市の中心部にある宿は、日暮れ前の時点で満室になることが多いようですので》


(な、なるほど。そうか、宿を取るという問題がありましたね……)


 8時間も歩き続けている割に、ナギの身体には疲労が殆ど感じられないが。それでも丸一日歩き詰めるわけだから、せめて夜はちゃんとした宿に泊まりたいと思う。

 夜間に宿を探し回る苦労はできれば避けたいし、都市へ到着したのに『野宿』するだなんて事態は絶対に避けたいところだ。


(もう薬草は充分な量を採ったし、あとは移動に専念しようかな)


 そう決めて、ナギは〈素材感知/植物〉のスキルを一旦『オフ』に切り替える。

 小柄な体躯のせいで歩幅も狭いとはいえ、さすがに採取を行わなければ時速3km以上のペースを保つことはできるだろう。

 あと6時間で着けると仮定するなら、到着時刻は午後9時半を過ぎた辺りになる。充分遅い時間ではあるけれど、日付が変わった後に宿を探し回るよりはマシな筈だ。


 ―――ナギがそんなことを考えていた、その瞬間のことだった。


「おお……!?」


 考え事をしながら森の中を歩いていたナギのすぐ目の前に、突如としてバリア状の壁が聳え立つように現れて。思わず、驚きが口をついて出てしまった。

 それはまるで森を分断するかのような威容を持つ、薄紫色をした半透明の障壁だ。

 障壁は林冠を越えて、森の遙か高い位置までもを覆い尽くしている。


(これが、エコーの言っていた結界ですか?)


 ナギが問いかけると、すぐにエコーは淀みなく答えてくれる。


《はい。およそ400年前に古代竜エンシェント・ドラゴンの親竜が、生まれたばかりの子竜を保護するために張った結界です。

 経年によって衰えない結界は極めて高度な魔法ですので、古代竜エンシェント・ドラゴンの親竜が持つ魔力の大きさや、魔法技術の高さが窺えます》


(ふむふむ……。これは触ると危険な結界だったりしますか?)


《いえ、それは大丈夫と思われます。劣化を防ぐ『固定化』の術と、障壁の『強度』にこそ極めて優れているようですが。用いられている術式は、ごく一般的な『侵入不可』の結界のようです。障壁に触ったり攻撃したりしても危険は皆無でしょう》


(……あ、あの、エコー)


《はい? 何でしょうか、ナギ様》


(この結界、普通に通れてしまうのですが)


《………………は?》


 試しに触れてみようと結界に伸ばされたナギの右手は、けれど簡単に障壁を擦り抜けてしまう。

 もちろん右手だけではない。紫色をした透明な障壁は、まるでこの場に映し出されているだけの、質量を持たない立体映像(ホログラム)であるかのように、ナギにとっては苦もなく通り抜けられてしまった。


《こ、これは驚きました……。ロズティアへ急がれている所を恐縮ですが、宜しければ数分ほどこの場に留まって頂いてもよろしいでしょうか? ナギ様がお許し下さいますなら、結界構造を少しだけ調べてみたいと思うのですが》


(はい。その程度でしたら)


 先を急ぎたい気持ちは多少あるけれど、どうせどんなに頑張ってもロズティアへ到着するのは深夜になる。今更数分遅れる程度など、誤差のようなものだろう。

 エコーの言葉を了承し、ナギは近くにあった倒木に腰掛けて休憩を取ることにした。


 疲労自体は殆ど感じていなかったのだが、リラックスできる体勢をとって自分の両脚に触れてみると、思った以上にパンパンに(むく)んでいることが判る。

 まだまだ歩き続けること自体はできそうだが、残り半分の道程を歩いてロズティアに到着したなら、自分の手で軽くマッサージしたほうがよさそうだ。


《この結界は―――。どうやら古代種(アンシェント)以外の通行だけを妨げるように、設定された術式で構築されているようです》


 ふくらはぎを軽く揉みほぐしていると、もう結界の調査が終わったようで、エコーがそう説明してくれた。


(……古代種(アンシェント)以外だけを?)


《はい。ナギ様が苦もなく結界を通過できるのも、その設定が原因のようです。

 ナギ様の種族である『古代吸血種(アンシェ・カルミラ)』は、古代竜と同位の、完全にして純血の古代種(アンシェント)ですから、当然この結界は全く機能しないことになります》


(な、なるほど……)


《何にしても、良かったですねナギ様。これで結界を迂回する必要が無くなりましたので、このままロズティアまで最短距離を移動することができます》


(―――あ、それはそうですね)


 確かに、本来であれば結界に沿って迂回するしかない所を、真っ直ぐ通り抜けることができるというのは。時間に追われている現状としては非常に有難い。

 最短距離の移動でさえ、ロズティアに到着するのは深夜になりそうなのだ。もし迂回していたなら、日付変更前に到着できるかどうかも疑わしい所だった。


(エコーの話通りなら、この結界の中に一頭の古代竜がいるのだろうけれど……)


 古代竜は長い時を眠っているという話だった筈だから、近くを通り抜けるだけであれば、起こしてしまう可能性は低いだろうか。

 それにもし、仮に古代竜を起こしてしまう事態になったとしても。〈非戦〉のスキルに護られている以上、ナギが攻撃される心配は無い筈だ。

 いや、むしろエコーの翻訳を介して話しかけたなら。オークの時と同じように、その古代竜なる生物と会話することさえできるかもしれない。


 ―――折角、異世界なんて場所に来てしまったのだ。

 安全に竜と話ができるかもしれないなら、ちょっと興味も湧くじゃないか。





 

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お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.3


  〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1

  【浄化】1


  〈植物採取〉2、〈健脚〉1


  91,990 gita

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