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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第八章 信念と共に
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 リーシャが奇襲をかける――少し前。


「キョウヤ先輩から連絡。今、高速に入ったらしいよ」


 アイサが端末の通話をオフにし、ジャケットの胸元にしまう。


「こっちもそろそろ行こうか」


 青空を眺めていた織笠がアイサに言った。極めて平静な態度。むしろ、これから最終決戦に向かうには穏やか過ぎるぐらいに落ち着きを払っていた。そんな織笠に、アイサは無性に不安に駆られてしまう。

 IC(インターチェンジ)付近にあるトラックターミナルに、織笠とアイサは待機していた。

 全国の中継基地でもあるこの場所には、全国から毎日多くの貨物が集結し、積み替え作業を行った後に地方へ運搬されていく。そのため、大多数の人間がここに通い詰めているはずなのだが、今は閑散としてしまっていた。まだ陽は高いというのに。

 大規模な人払いを行ったからである。但し、精霊による術式ではない。物流を一時的にストップするよう、通達を行ったのだ。それにより混乱が起きてしまうが、何せ都市部が壊滅したこんな状況だ。しかも『六属性合同会議』の為とあれば、配送の停止も止む無しだった。

 自分のバイクに跨ったアイサがエンジンをかける。織笠もアイサの後ろに乗り、彼女の腰に手を回す。


「……ねぇ、レイジ」

「うん?」

「リーシャ姉は来るかな、ここに」


 エンジン音にかき消されそうなアイサの声。大掛かりな作戦に対し、疑心暗鬼になっているのだろう。無理もない、と織笠は思う。アイサもまたリーシャの身近にいたことで彼女の怜悧さを熟知しているからだ。


「間違いないよ。あの人がこの機を逃すわけがない。だから心配しないで」


 断言する織笠。ちらっとこちらに目を向けて、アイサは大きく頷く。安易な気休めの言葉ではないのが伝わったのか、やがて勢いよく顔を上げた。ふわっと彼女の鮮やかな赤い髪が揺れ、覚悟を決めたようにスロットルを開放。小気味いいエンジン音が唸りを上げ、急加速を開始した。






 走り出して間もなくだった。突如、空気を圧迫するような爆発音が聞こえてきた。間髪をいれずやってきたのは激しい振動。


「始まった!」


 織笠が叫ぶ。


「アイサちゃん、もっとスピード上げて!!」

「了解!!」


 アイサがアクセルを思いっきり捻る。風の煽りを受けて織笠は思わず落ちそうになりかけ、アイサを掴む手に力を込める。

 加速したバイクがダミーの車に追いつく。黒煙を上げ燃え盛る横転した護衛車。その先にリーシャと、彼女が召喚したタナトスと戦闘を繰り広げるキョウヤの姿を捉えた。


「レイジ、ハンドルをお願い!」


 言うや否や、アイサはE.A.Wであるスナイパーライフルを取り出す。織笠は、ライフルを構えた彼女の脇の下から慌てて腕を伸ばしてハンドルを握り、バイクを安定させる。

 リーシャがこちらに気付く。セクメトを呼び出し、キョウヤとタナトスを置き去りにして逃走を図る。咄嗟の判断にしては迷いがないのは、これが罠だと薄々勘づいているからなのか。

 アイサのライフルが火を噴く。反動でバイクが大きく揺れるものの、織笠が必死にバランスを取る。

 炎の弾丸は吸い込まれるようにリーシャの背中へ。しかし、セクメトが真横に進路を変えたことで弾丸は彼女を通り過ぎ、道路に着弾。爆炎が、高速で追いかけるアイサたちの壁となる。アイサが片手で織笠の手にかぶせるようにしてハンドルを握り、身体を傾けこれを回避する。

 リーシャとの差が一向に縮まらない。アイサはもう一度ライフルを構え、今度は連続で引き金を引く。が、疾駆する白銀の獅子は動物特有の俊敏さを発揮。右に左に跳び跳ね、銃弾を次々とかわしていく。

 しかし、全く効果がないわけではなかった。

 左右に避け続けたことで走りにロスが生まれたのだ。機械と獣の性能の違いも出たのだろう。徐々に差が埋まってきた。

 バイクが白銀の獅子の横に並ぶ。

 そして、リーシャがこちらを一瞥――瞬間、彼女の瞳がみるみる大きく見開かれていく。

 愕然。その表情は紛れもなく、驚き以外の何物でもなかった。追いつかれたことによる精神的なショックではない。彼女の視線は、織笠に注がれていたのだ。

 彼が精保側についた――という事実。そう受け取ったが故の衝撃だ。


「レイジ……」


 うわ言のようにリーシャが唇を震わせる。

 動揺が判断を鈍らせる。織笠の左腕が動き、その手に握られているものを目にしても、それが何なのかまでは認識できない。

 E.A.W――漆黒の銃。至近距離で銃口を向けられて、ようやく敵意を感じ取る。


「ッ!?」


 銃口が光る。瞬時に前傾姿勢を取るリーシャ。弾丸がリーシャの背中をかすめた。避けられたのは当然のことのように、織笠は驚きもせずそのまま続けて銃弾を何発も放つ。しかし、その全てがことごとく回避されてしまう。不安定な体勢のはずなのに、リーシャは上半身を捻る動作だけでかわされ、かすりもしない。


「くそ……!」


 恐るべき動体視力に、織笠は吐き捨てる。もしくは、銃口の角度から瞬時に判断しているのか。

 銃撃が止んだ瞬間を狙って、リーシャが反撃に出る。セクメトを並走するバイクに体当たりさせたのだ。あわや転倒しそうになる車体。アイサは冷静に傾きを利用しつつその場で駒のように回転することでどうにか免れた。


「あ、あっぶな! レイジ、大丈夫!?」

「あ、ああ!」


 安堵し、アイサは後ろにいる織笠の無事を確認する。織笠も危うく落ちかけたものの、アイサにしがみついて何とか耐えていた。

 しかし、これでまた距離が離れてしまった。ここからではかろうじて後ろ姿が見える程度。ここまで距離が遠いと、織笠の弾丸は届かない。撃ったとしても逆風によって自然消滅してしまうだろう。

 ならばアイサのライフルに頼るか。いや、どうせさっきの二の舞だ、と織笠は頭の中ですぐに否定する。

 どうすれば――と、思考を巡らしていた織笠に、あるものが目に留まった。

 それは、公道ならば一定間隔に必ず設置してある物体。誰の目にも分かりやすいように造られた巨大な案内板。そう、道路標識だ。

 一か八か。織笠は上空に狙いを定める。

 アクセル全開で追いつこうとするバイクが、もう一度獅子に詰め寄っていく。そのタイミングで、織笠は道路標識を撃ち抜く。留め具を失った標識は真下に落下。二車線の道路の幅と同等の鉄の塊は、巨大な断頭台のように道路に叩きつけられる。

 リーシャにとっては眼前に突如、壁が現れたように見えただろう。対処する暇もなくセクメトが衝突した。同時にリーシャも上空に跳ね飛ばされ、高速道路の外へと投げ出された。


「おわッ!!」


 当然、すぐ後ろにいたバイクも影響を受ける。間近に迫ったアイサはハンドルを思いっきり切って中央分離帯を乗り越え、反対側車線へ。


「レイジ!!」


 アイサの掛け声に織笠がシートを蹴った。さらに標識を踏み台にして、人形のように力なく空中を漂うリーシャに一気に近付く。漆黒の銃を左手に持ち替え、右手に純白の剣を握る。

 絶好の好機。むしろ、この瞬間を逃してはいけなかった。

 リーシャの腹部めがけて全力で剣を振り下ろす。


「リーシャぁぁあああ!!」


 が、刃が届く寸前。リーシャが意識を取り戻す。両腕に陽の精霊を付与させ、剣を受け止める。腕の硬度が増したわけではない。目視すら困難な光の膜が腕に纏わりつくことで、純白の刀身が生身に触れるのを防いでいるのだ。溢れた精霊が白光の稲妻となって周囲に飛び散った。


「ぐぐ……!!」

「ハッ……!!」


 愉しげにリーシャが(わら)う。それでも織笠はがむしゃらに剣を振り回し、リーシャはその鋭い連撃を易々と弾き飛ばす。何もない空中に稲光と剣戟音だけが響き渡る。

 その時点で地上である草原まで数十メートル以上。その間にも落下速度はどんどん勢いを増していく。

 このままではリーシャに傷一つ負わせられないと感じた織笠は、銃を構えた。リーシャの顔色が変わる。カーチェイスのときよりも、さらに近い、ほぼ零距離。リーシャの額に銃口を押し当て放つ――も、リーシャは自由の利かない空中で後ろへ回転し、銃を握る織笠の腕を蹴る。


「くっそ……!」


 さらに、織笠は剣と銃の攻撃を織り交ぜながら繰り出していく。その甲斐あってか、攻撃方法を変えたことがリーシャに僅かな混乱を与えた。全てを捌ききれなくなってきたのだ。リーシャはやむなく織笠の両腕を絡め取るようにして、動きを封じる。もつれあい、密着した状態になりながら、そのまま地上へと急降下していく。

 どちらも着地のことなど考えている余裕は皆無。

 そして。

 隕石が落下したように、地面に激突する。爆発音が炸裂し、突風を巻き起こす。緑豊かな草原が荒れ狂い、草花を一瞬のうちに吹き飛ばしてしまう。叩き落とされれば人間の肉体など簡単に消滅できるレベルだ。


「ぐ……あ、が……!」


 しかし、かろうじて織笠は意識を繋ぎ止めていた。

 地面に激突する間際、必死にもがいてリーシャの腕から逃れ、漆黒の銃を地面へと連射し衝撃を緩和したのだ。結果、地面を何度も跳ねながら転がっていく程度で済み、即死には至らなかったのだ。

 とはいえ、無傷で済むはずが無い。全身に激痛が走り、呼吸すらままならない。骨が軋み、まともに動けなかった。

 リーシャはどこに……? 不安が織笠の頭をよぎる。もうもうと立ち込める砂煙の中では、一メートル先の視界も確保できなかった。

 だが、あんなもので死ぬようなヤツではない。確信がある。

 煙が晴れ、激痛が走る身体を気力で起こし、よろよろと立ち上がる織笠。視界が霞んで景色がぼやけている。フォーカスが次第に定まってくると、前方に同じく身体をふらつかせているリーシャを発見する。


「白袖・リーシャ・ケイオス……」


 眼前に立つ女は、一切狂いのない美貌で微笑んでいる。ぎこちない動きをしていても、まるでダメージを感じさせない恍惚の笑み。


「レイジ……」


 織笠がこういった選択をするのをどこかで予期していたのだろうか。そう思えてしまうほど、彼女の表情は清々しい。



 かわいた風が、対峙する二人の間を通り抜ける。

 広大な草原。この場にいるのは彼等のみ。


 ここからは、運命に翻弄された姉弟だけが戦うことを許された時間。


 誰にも分かち合えない悲しい死闘の幕が上がる――。







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