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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第八章 信念と共に
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「リーシャの相手をお前一人がする……だって?」


 呆然と、カイは織笠の言葉を繰り返す。


「はい」

「おいおい、正気かよ!?」


 織笠があくまで真剣な表情で頷く。キョウヤが織笠の肩を掴み、強引に自分の方に向かせる。


「何を言いだすのかと思えば! 気でも触れたのか!?」

「厳しい戦いになるのは間違いないでしょうね。それでも、そうしなければならないんです」

「待ってよ! じゃ、私たちは指をくわえて見てろってこと!?」

「そうだね」

「レイジが死ぬかもしれないのに!? 冗談じゃないよ!!」

「リーシャとサシでやって、お前が勝てるわけねぇだろうが!!」


 矢継ぎ早にアイサとキョウヤが怒声を放つ。ユリカは不安そうな顔つきで、


「やはり洗脳が解けていないのでは……」

「俺が信じられませんか?」


 反対どころか疑われる始末であっても、織笠は淡白に返す。すんなり了承してくれるわけはないと最初から思っていた。そんなのは織り込み済みだ。


「俺があの人側につくつもりで、皆さんを騙すためにこちらにやって来た……そんな風に見えますか?」

「そうではありません。ありませんが……」

「それならば、こんなまどろっこしい行動はしませんよ。カイさんの提案通り、リーシャと共に行っていた。もしくは、皆さんが邪魔ならとっくにこの場で排除している……違いますか?」


 冷ややかな口調でさらりと恐ろしい口にする織笠に全員が呆気に取られる。当然これは演技。全員に納得してもらうためには、冷徹を貫く必要がある。

 覚悟を示すために。


「……どうして一対一にこだわる? そこまで言うからには、ちゃんとした理由があるんだろう?」


 眼鏡の位置を直しながらレアが静かに訊ねた。織笠は正直に答える。


「俺とリーシャ、さらには陽のマスター……。今回の事件は元を辿れば“混血の精霊使い”に起因しています。リーシャが生まれたときから悲しい歴史は始まった。混血児には時として才能に恵まれることがある――そんな偶然の産物なんかのために、多くの人が犠牲になったんだ」


 織笠は言葉を切り、嘆息した。


「一つの成功のために多くの犠牲を出す……そんな馬鹿げたことはこれっきりにしなきゃいけない。俺で終わりにしないといけないんです」


 織笠は自分の胸を強く掴む。そして、顔を歪めながら言葉を絞り出した。


「だから俺とリーシャが戦う。混血児同士で決着を付けるんです。横やりがあれば、それは単なる事件の処理になってしまう。それでは意味がない……!」


 感情を剥き出しに、織笠は真情を吐露した。

 間違った歴史をいかにして清算させるのか。織笠が考えた末に、導き出した答え。それが“リーシャとの一騎打ち”だった。

 純粋な実力はリーシャの方が断然上だろう。そんなことは分かっている。勝ち目なんてない。だが、重要なのはそこじゃないのだ。同族であるリーシャと自分が戦うこと自体に意味があるのだ。

 そう、たとえその結末が“死”であろうとも。


「お前……全てを背負うつもりでいるのか」


 さしものレアも戸惑っているのか、躊躇いがちに言った。自嘲気味に、ぼそっと織笠が呟く。


「……そんな大層なものじゃありませんよ」

「だけどよ」


 キョウヤが腑に落ちない様子で頭を掻く。


「言いたいことは分かるけどよ。そんなのは形式的な話であって、根本的に解決になんのか? リーシャにも効果があるとは思えんのだが」

「あの人は筋書きを重要視します。それはこれまでの行動から明らかです。だから問題はありません。……まあ、互いの自己満足、というのは否定しませんが」

「分かってんなら尚更賛同できねぇよ。それでお前たちはいいかもしんねぇよ? だからって――」

「ですから第一の条件と言ったんです。まだ続きがあります」

「あん?」


 織笠は目を部屋の奥にいるカイに向けた。


「これはカイさんにお願いしたいんですが……。いや、むしろカイさんにしか出来ないでしょう」

「……なんだ?」

「それは――」


 説明しようと口を開いた織笠は、言いかけた言葉を飲み込む。視線をさまよわせた逡巡の後に、大きくかぶりを振った。


「どうした?」

「いえ、この場では止めておきましょう。カイさんには後で個別にお伝えします」

「おいおい、そんなにヤバいことなのかよ」


 キョウヤが頭を抱えて嘆く。


「まあ、そうですね。ですが、レッドゾーンならもう既に振り切っているでしょ?」

「そりゃそうだが……」

「なら今さらですよ」

「お前な……」


 どこか開き直った織笠に、げんなりと肩を落とすキョウヤ。


「ねえ、それって私達にも話せないってことなの?」

「あまり大っぴらに話すものじゃないってだけ。皆を信用していないわけじゃないけど、どこで漏れるか分かんないからさ」


 答えをはぐらかす織笠に、アイサは不服そうに唇を尖らせた。


「これだけは極秘裏にやってもらいたい。相手に先手を打たれちゃまずいから」

「……分かった。後で聞こう」


 明るい調子で織笠は話すものの、その内容の重要さからカイは重々しく頷いた。織笠も安心し、頷き返す。


「そして、ここからが本題です」

「まだ……あるのですか?」


 ユリカが面食らったように訊いた。


「ええ。お聞きしますが、あの人は今、どうしていますか?」

「リーシャか? 雲隠れの真っ最中だよ。十中八九、アングラに逃げこんでいるようなんだが」


 誰に言うでもなく織笠が問うと、レアが鼻を鳴らした。そうですか、とだけ言って織笠が微笑むと、他の面々がそれぞれ不思議そうに顔を見合わせた。


「だと思いました。要は時機を窺っている――そういうことですよね?」

「だろうな。……なんだ、勿体付けるなんて青年らしくないな。何が言いたい?」

「俺がリーシャと戦うには、まずその舞台を用意しなきゃいけない。その為にはリーシャを引きずり出す必要がある」

「その通りだ。そのことで今まさに頭を痛めていたところだよ」

「何か良い策があるというのですか?」


 ユリカが身を乗り出す。確実ではありませんが、と前置きする織笠。しかし、表情は不敵さに満ちている。


「リーシャが来ざるを得ない状況を作り出します。彼女の狙いはマスター。ならば、マスターを囮にします」


 織笠は、さらりと口にした。

 マスターは精霊使いにとって、神にも等しい。インジェクターにしても、その一点だけは不変。崇める対象であって、決して利用していいものではない。それは、過去の時代から永遠に刷り込まれてきた常識だ。

 驚愕して言葉を失う。時が止まったように、室内が静まり返る。


「な……」

「馬鹿か、お前は!」

「いくらなんでもそれは……」


 しばらく唖然としていた面々だったが、理性を取り戻した途端に猛反発してきた。大胆な発想どころじゃない、不敬極まりのない短絡的な思い付きだと感じたのだろう。これまで以上に感情的になるのも無理もない。精霊使いの中でも彼等は旧世代の転移者なのだから。


「ほんと、お前大丈夫か?」


 キョウヤが織笠の肩を掴む。揺さぶろうとしたところで織笠は彼を宥めつつ、補足した。


「少し表現が悪かったですね。囮になってもらうといっても、実際に動いてもらうわけではありません。要は()()()()()()()()()()と錯覚させればいいんです」

「と、いうと?」


 興味が惹かれたように、レアが訊く。


「今回の“伊邪那美の継承者”の暴動で多くの犠牲者が出た。それは、国にとっても相当なダメージです。人間と精霊使いに危機感をもたらした――それをトップが黙っているわけにはいかないでしょう」

「今後の対策や、復興作業……マスターも傍観しているわけにはいかないだろうな。各省庁への連絡のために動くことになる」

「恐らく既に働きかけている……とは思うが」


 レアが唸り、カイも答えた。


「俺もそう思います。これは主に精霊使いが起こした問題です。こんな大事件があれば、精霊使い自体の立場が危うくなる。人間側にとっては脅威でしかないのですから」

「精霊は暴力……でしかなくなる……」


 悲壮感を漂わせ、アイサが呟いた。精霊の危険さを織笠に教えてくれたのは彼女だった。力の重み――その大切さを知ったからこそ織笠は成長できたと自覚している。


「精霊使いには今後、より慎重な立ち位置に置かれるかもしれない。それはまだ分かりませんが、でも少なくとも話し合いが行われると思うんです」

「――そうか、合同会議か!」


 得心がいったとばかりにカイが顔を上げた。


「六属性合同会議ならば、各マスターがアークから出向することになる。お前はそれを使おうというんだな!?」


 マスターという存在は基本どこかに赴くことはなく、アークに常駐しながらマナの動きを通して、世の中の状況を全て把握している。六人のマスターだけで世界の権限を握られるのもそのためだ。

 ただし、それは自身の属性のみ管理可能なだけであって、他属性までは大まかな流れでしか読み取れない。故に、年に一度だけ各マスターが一同に会して話し合いを行う決まりがある。

 それが、『六属性合同会議』である。現状報告から今後の方針、必要であれば掟の改正案など、様々な決定が下される。元々、他属性の精霊使いとは接触すること自体禁忌とされてきたが、人間社会を見習ってこの制度が出来たらしい。


「六属性合同会議は緊急時にも適用される。“伊邪那美の継承者”の反乱を逆手に取るわけか」

「これだけ大規模なテロです。マスター達も動くはず。会議も行う方向で考えているでしょう。ですから、こちらからお願いして実際に開いてもらいます」

「リーシャがそのチャンスを逃すはずがない……か」

「待ってください。マスターに危険が及ぶのは変わらないのですよ? 許可してくださるかどうか……」


 ユリカの懸念はもっともだ。陽のマスターも、リーシャの目的が自身への復讐だというのは理解しているだろう。

 織笠はユリカに穏やかに微笑みかけた。


「大丈夫。そこは俺が説得してきます。俺が行けば間違いなく、マスターは動くはずですから」

「レイジさん……」


 不安な眼差しを送るユリカを安心させるように言って、織笠はおもむろにE.A.Wである純白の剣と漆黒の銃を取り出す。織笠はその両方を額に付けて、まるで祈るような仕草を取り――そして低い声音で言った。


「最終局面です。必ずリーシャをおびき出し、俺が倒します。その為の細かい打ち合わせを始めましょう」


 誰のものか分からない。息を呑む音がはっきりと聞こえた。


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