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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第八章 信念と共に
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 織笠零治のまぶたが、ゆっくり開く。

 ぼやけた視界に映ったのは白い景色。それが天井だと理解したのはしばらく経ってからだった。

 まるで無菌室のような、何もない全面白に覆われた部屋。ベッドに寝かされながら織笠は、そこが病室だということをようやく理解する。

 思考が上手く働かない。そもそも、どうして自分がこんなところに寝かされているのかさえ思い出せなかった。酷い倦怠感の中、体を起こそうとして、激痛がようやくやってきた。


「が……!」


 呻き声を上げて、織笠は再びベッドに横たわる。反射的に身体を押さえようと曲げた腕に、何かが引っかかった。全身のあちこちに貼られた電極のコード。それがモニターに繋がり、織笠の状態を常時計測しているようだった。

 自分はそんなに重傷なのか。

 深呼吸して痛みが落ち着くのを待つ。まだ頭に靄がかかっているが、次第にそれはさざ波のようにやってきた。


(そうだ、俺……)


 リーシャに洗脳されていたのだ。頭の中の何とも言えない気持ち悪い感覚も、彼女の術の後遺症によるものだろう。思考の一切を遮断する恐ろしい能力。自我を失っていないものの、脳の指揮系統が根こそぎ奪われているため、自由が利かないのだ。

 同時に甦ったのは、戦闘の記憶。

 仲間に矛を向けた。全力で殺そうとしたのだ。 


(俺は、なんてことを……)


 その後悔がどっと押し寄せる。頭を抱え、皮膚に食い込むぐらい強く爪を立てる。

 大切な人たちを傷つけた。操られていたとはいえ、許されることではない。結果的に取り押さえられたが、一歩間違えれば取り返しのつかない事態になっていた。これは犯罪者に加担した、立派な反逆行為だ。処罰は受けて然るべきだろう。

 彼等の顔が脳裏に次々と浮かぶ。何といって詫びればいいのか。


 そして。


 糸を辿るように、さらなる記憶が呼び起されていく。

 洗脳を受けた経緯。主犯格であるリーシャに対し、どうして隙を見せてしまったのか。

 真実を知ってしまったのだ。この世界の裏側に潜んだ恐るべき闇――あまりに業の深い所業を。

 他種の精霊使いの遺伝子を掛け合わせ、人為的に二属性持ちという特殊な個体を生み出す実験――『D・E・P』。命をまるで物のように弄び、失敗すれば破棄する。そんな許されざる実験に、両親が参加していた事実。それだけでも怒りで気が狂いそうになるのに、その先にあった身の毛もよだつ顛末。

 そう、その唯一の成功体が『織笠零治』と名付けられた自分であったのだ。

 だから、壊れた。精神が崩壊し、そこにリーシャが付け込み自由を奪われた。

 この最悪な現実を、まだ信じられなかった。いや、受け止めることを拒絶している。

 それも違う、と織笠は自問自答する。まだ心が死んだまま、動こうとしていないだけ。

 織笠はおもむろに上半身を起こす。虚ろな瞳で、だらりと下がった右腕を見つめる。


(造り物の肉体に、紛い物の精神……か)


 その手で目元を覆う。


「はは……は……」


 笑っていた。肩が小刻みに揺れ、とめどない弱々しい笑い声――悲哀とも自嘲とも取れない、複雑な感情が溢れて止まらなかった。


「俺は……」


 そうして織笠は、悲しげに呟く。誰にも届くことのない虚しい問いを。


「俺は……何だ……?」


 手のひらからすり抜けるようにして、一筋の水滴が頬を伝う。ベッドのシーツに付いた染みは、しばらくの間、消えることはなかった。







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