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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第七章 心の行方
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 爆発にも似た、轟音が炸裂する。

 白銀の獅子――セクメトの体当たりをまともに受けて、吹き飛ばされるユリカ。海面スレスレを滑りながら、頑丈な橋脚に激突。陥没したコンクリートに深々とめり込む。


「ぐ、は……」


 ユリカは血を吐きながら、力なく項垂れる。

 満身創痍だった。口からだけではない。あちこち破れた着物から露出した肌が赤く染まってしまうほど、身体中が血だらけだった。

 分かっていたことだが、何という強さか。天才という言葉だけでは片付けられない。白袖・リーシャ・ケイオスは最早、至高の存在と言っていい。マスターをも越えてしまっている……そう、ユリカは朦朧とする意識の中、感じていた。

 あれから何度攻撃を加えただろうか。二度三度の話ではない。どれだけ仕掛けても、一太刀も浴びせられていない。

 そう。繰り出す斬撃の全てが、あの二体の眷属によって防がれてしまうからだ。


(桁が違う。こんな能力者が存在するなんて……。私も、まだまだですね)


 自嘲するユリカ。相棒である霊滅地閃は指に引っかかっているだけで、今にも落ちて海に消えてしまいそうだった。

 とは言っても、眷属のどちらかを対処するだけならばそれほど苦では無い。一体ずつ確実に仕留められれば、術者に一撃加えられる好機は作れる。問題は、やはりすぐに復活させられてしまうこと。倒したそばからすぐに湧き出てこられてしまうと、いくら無尽蔵のマナを持つユリカとはいえ、対応しきれなくなる。


「ねぇ、ユリカさん」


 優雅に脚を組み、セクメトの背に乗ったリーシャが、ユリカに近寄る。


「…………?」

「私、昔から貴女とはシンパシーのようなものを感じていたの。初めて会ったときから、“あぁ、似ているな”って。他を寄せ付けない圧倒的な才能、だからこその孤独。馴れ合いを望まず、淡々と忠実に物事をこなすマシーン……それこそがインジェクターのかくあるべき姿だと信じて疑わない」

「そう……かもしれません」


 コンクリの破片が海に落ちていく様を見ながら、ユリカは肯定した。

 リーシャの言う通りだ。インジェクターは戦士。敵に同情などせず、ただ屈服させる。それで世界は回転する。心は冷え切っていた。でも、それでいいのだと納得していた。


「ですが、今は違う。B班の皆さんと出会って、私は変わった。仲間を想い、結束して職務を全うする。殺人を犯すための手段と状況を提供するだけの貴女と一緒にされたくない」


 言葉が熱を帯びる。しっかり刀を握り直し、埋まった柱から出ようと身じろぐ。


「不条理な世界では誰しもが鬱屈した想いを抱えている。理不尽を受け入れ、境遇を呪い、現実を嫌う。私は彼らを解放させたかった」

「それによってもっと多くの人が不幸を背負った」

「だからこその再生。一度全てを壊して、改めて地盤を固める。マスターに任せておけば、結局は奴らだけが有益な社会にしかならないのよ。貴女も嫌というほど見てきたでしょう」

「全市民が幸福に、というのは理想論なのは分かります。だけど、公平な世界はできる。その為に法があるのです。過去の積み重ねてきた教訓から調整されてきた法が。それを反故にしたら、何もかも台無しになる。過ちを未来に活かさないと、それが人類の使命なんですよ」

「誰もが品行方正に生きられると? 屑は排除しなければ汚れるわ。膿を排出しなければ、清らかな未来は訪れないわよ」

「無価値な人間など存在しない。私はそう信じています」


 リーシャは鼻で笑う。


「なんともおめでたい考え」

「結構!!」


 ユリカが力を放つ。全身から黄金色の風が渦を巻き、周囲を荒立てる。強引に壁から抜け出ると、そのままリーシャに刀を振る。


「おっと」


 リーシャの意思に沿い、セクメトが後方へ退く。追撃をかけようと柱を蹴ったところで死神――タナトスが立ち塞がった。

 人体をまるごと切断しそうな大鎌が、あらゆる角度から飛ぶ。一撃をいなすごとにユリカの細腕が痛みをよこすが、全てを捌ききり、タナトスの懐へ。腹部に刃を突き立てる。黒いマナが霧散し、タナトスは消滅した。すかさずユリカは本命に突撃する。


「セクメト!」


 リーシャが跳ねるようにセクメトの背中から降り、鋭い声で叫ぶ。今度は白銀の獅子が障害になる。猛獣を相手に力勝負では分が悪いのはもう分かっている。だからユリカは正面衝突を避けるようにしなやかに横へ回転して、すれ違いざまセクメトの胴体に刃を刺す。自らの勢いのせいで真っ二つになったセクメトも、白い粒子となって消え去った。

 そうしてユリカとリーシャが肉薄する。


「……ッ!!」


 リーシャの顔色が変わる。好機とばかりにユリカが無数の斬撃を繰り出す。始めは回避していたリーシャもすぐに余裕が無くなり、両腕に陽の精霊を付与しての防御に切り替えた。

 だがそれも、ユリカの一撃の重さに耐えかねたのか、敢えて斬撃を受けた反動を利用し後ろへ逃げた。追うユリカ。大地の精霊使いは、当然ながら空中戦闘に向いていない。飛べるわけではないので、全ては大地の精霊を借りた脚力によるもの。悠長にしていると、また一度どこかに着地しなければならない。だから次の一撃で決めようと、力を振り絞る。


「――!?」


 しかし、絶好の機会も不意に終わる。

 ユリカを覆う影が出現したのだ。暗幕のようなローブが行く手を遮る。何度見てもおぞましい。死神――タナトスが眼前にいる。


(やはり――)


 本当にキリがない。戦意を失ってもおかしくないジリ貧な状況。

 にも(かかわ)らず、ユリカは確信めいたものを感じていた。弧を描く大鎌を受け止めながら、視線を真横へ。動きのないリーシャを見て、よりその思いは強くなる。

 ユリカは刀を滑らせながら大鎌を押し返し、両脚でタナトスの胸を蹴った。ひらりと反転しながら崩れかけた鉄塔の上に着地する。


「大地の特性を逆手に取られて戦う気分はどう? やりにくいのではなくて?」

「ええ、そうですね。私が不利になるよう、この条件に誘いこんだなら大正解でしょうね」


 荒くなった呼吸を整えて、ユリカは冷静に答えた。


「これが並の方ならそこまで苦にはならないのですが、貴女程の達人になればやはり厳しい。例え地上戦であっても勝率は五分……といったところでしょうか」

「健闘していると思うわ。セクメトとタナトス――この両方を相手にここまでやれるのはユリカさん、貴女が初めてよ」


 気付けば、召喚された白銀の獅子がリーシャを守るように鎮座していた。その横には死神。ユリカはこれ以上ない深手を負っていた。対してリーシャは無傷。最早、やられるのは時間の問題だ。思考が屈辱感で占められる。自分が最強という驕りなど決して持っていないつもりだったが、中々にどうしてプライドは高いらしい。


「ですが、ようやく見えてきました。――糸口が」

「え?」


 この絶対的不利な状況下で穏やかに笑みを浮かべたユリカに、リーシャは眉をひそめた。


「貴女は天才です。まっとうに生きていれば、後世に語り継がれるぐらいの英雄になれたでしょう。……ですが、そう。完璧ではなかった」


 紡いだのは素直な賛辞。心からリーシャの力には感心する。これで今でも仲間だったなら。こんなにも心強い同僚はいないだろう。だからこそ惜しいし、残念でならない。

 そして、続けられる言葉は徐々に硬質さを帯びていく。


「貴女は二柱属性の持ち主。稀少な二つの精霊の扱いに長けているというのは歴史上、貴女だけでしょう」

「禁忌の子は前例がないわけじゃない。秘密裏に淘汰されてきただけ」

「具現化という術式まで習得しているのには驚きました。しかも二体も。……具現化は意識の共有。術者の意思を伝達し、命令を実行させる。私も実際に目にしたのは初めてですので、文献でしか知りません。しかし間近にすれば、()も見えてくる」

「……何ですって?」

「二体だからこその弱点。二体同時に操作するとなると意識を分散しなければならない。それを貴女は容易にこなしていた。正しく修練の賜物と言えるでしょう。――しかし」


 一度、言葉を切る。すると、笑みを消したリーシャの青い瞳がユリカを射抜くも、構わず続ける。


「操作するよりも、もっと神経を使うのが召喚のとき。その瞬間こそ、絶大な集中力とマナを消費する。戦い方で巧く誤魔化していたようですが、何度も倒していく内に分かりました。……リーシャさん。貴女は二体同時に召喚出来ない。そこが唯一、陽と闇の両方を持っているが故の弱点でしょう」

「…………」

「私に対して手加減をしている、という可能性も勿論あります。その場合は悔しいですが素直に降参しましょう。でも、そうは思えなかった」


 二つの属性持ちは、何も利点ばかりだけではない。要は、切り替えに僅かではあるがラグが生じるということだ。特に相克関係にある陽と闇とでは、身体に何かしらの影響があるとユリカは感じたのだ。身近に同じ体質である織笠がいたこともヒントにはなっただろう。彼の能力向上に付き合った時間が一番長かったのはユリカである。

 リーシャが力なく笑う。「さすが――」と称賛の言葉を送ろうとしたところでユリカが遮る。


「種明かしは必要ありません。答えは、これから決着という形で明らかになります」


 手先で器用に刀を回転させ腰元に。そっと左手で刃を支える。前傾姿勢を取ったユリカは、ゆっくりと瞳を閉じた。噴き上がる黄金色の光。足場が崩れても、微動だにしない。

 大気が渦を巻く。呼吸すら奪う圧迫感。リーシャはユリカがしようとしていることが何なのか、一瞬で理解した。背筋を伝う寒気はこれが生まれて初めてだ。


「行きます」


 一言。

 大地の精霊によって付与された爆発的な脚力で空を蹴るユリカ。彼女を包んだ黄金色の光が弾丸の如く、風を切り裂く。

 猛然と迫るユリカに、明確な焦りの色を示すリーシャ。勢いよく腕を水平に振って、眷属に叫ぶ。


「セクメト、タナトス! 行きなさい!」


 感情のない獅子と死神は臆しもせず、真正面からユリカをめがけ飛ぶ。リーシャが両手をかざし、より力を込めているのか、二体の眷属も自属性の光を纏う。

 一瞬で縮まる両者の距離。

 衝突する――寸前。ユリカの右手が小さく反応する。柄に触れるか否かにあった掌が、脈打ったかのように力強く掴み、握りしめる。

 そして。

 速度を殺さぬまま、ユリカは刀を抜く。


「万物の一切を割断せよ――“天地開闢”!!」


 次元すらも切断しそうな光の一閃。斜めに走った黄金のラインが並列にいた眷属をまとめて切り裂く。あまりに速すぎて、音は相手が消滅した後からやってくるほどだった。

 これで終わりじゃない。ユリカのスピードは衰えることなく、そのままリーシャへと突き進む。最大の一撃を出させたことで安堵しきったリーシャが、ユリカがもう一度同じ構えを取ったことで驚愕に目を剥いた。


「何ッ!?」


 反射的に両腕で庇う体勢を作るリーシャ。すると、ユリカは瞬時に構えを変えた。そこだけ時間の流れが急激に緩やかになったのかと錯覚しそうな、低い姿勢から伸び上がる上半身。さらには両手に握り直した刀の切っ先が天を向く。


「フェイク!?」

「残念。もう一度あの技を放つ余力はありません。――ですが!」


 リーシャには眷属を呼べる時間の余裕はない。ユリカの狙いは、端から天地開闢でリーシャを斬ることではない。いかに集中を逸らすか。だから最強の技を捨て石にしたのだ。


「今の貴女ならこれで十分でしょう。――覚悟!!」


 残されたマナを絞り出し、刀に僅かな精霊を呼び込んで、ありったけの咆哮を放つ。


「やあああぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」


 振り下ろされた一撃。刹那、雷光のような眩さが空を襲った。





 ユリカとリーシャが激闘を繰り広げている、その一方。

 カイたちの戦闘も佳境を迎えていた。

 徐々に形勢は逆転。織笠との戦いに最初こそ手こずっていた三人だったが、キャリアの差がものを言った。戦闘経験の浅い織笠は、攻撃のバリエーションが少ないためパターンが読みやすく、また無駄が多い。そこは意識を失っていても変わらなかった。――いや。むしろ、感情が失われているからこそより機械的な反応になるのだろう。織笠の疲労も相まって、勝機は見えてきた。


「――ふっ!」


 カイのE.A.W――沈黙の霧雨(サイレント・レイン)が唸りを上げる。キョウヤと接近戦をしている織笠に連続射撃。それに気づいたキョウヤがその場から離れる。針のようなレーザーが、織笠の無防備な背中に直撃した。

 前のめりによろめく織笠。すかさず、横からキョウヤが肘鉄を加える。欄干に身体を叩きつけられながらも、織笠は反撃を試みる。漆黒の銃を、尚も迫るキョウヤに照準を合わせる。――が、その左腕が勢いよく跳ねた。カイの銃撃が、漆黒の銃に命中したのだ。

 地面に落下した銃は遠くへ転がっていく。それを、思わず目で追ってしまった織笠が自分を覆う影に気付いた瞬間、腹部に重い衝撃が走る。キョウヤの拳が深々と突き刺さり、織笠の身体が浮く。鮮やかな連携に、織笠は成す術もない。

 そこから追撃の回し蹴りを叩き込むキョウヤ。しかし、直撃でない感触。直前に腕を使ってダメージを緩和した織笠は、吹き飛ばれながらも機敏に宙返りして靴底で地面を滑るようにして勢いを殺す。顔を上げ、キョウヤを視界に入れた織笠は、低い体勢のまま純白の剣を握りしめた右腕を高々と上げた。

 刃に白い雷が宿る。キョウヤが接近するのを思わず躊躇し、足を止めた。『白雷』の威力は近距離であればあるほど、その破壊力は増す。直撃でもすれば塵と化すだろう。


「そこまでだ」


 剣を構えたまま、織笠が硬直する。声はすぐ後ろからだった。ゆっくりとまず目線から、そして織笠は顔を背後に動かす。

 そこには、E.A.Wを織笠の後頭部に向けたカイの姿があった。


「チェックメイトだ。例え意識を乗っ取られていても、コイツを喰らったらどうなるか……お前もよく知っているよな?」


 恐らく、織笠自ら降参の判断は下せない。最初からその選択肢はリーシャによって除外されている筈である。彼女の意のままに、織笠は動かされているだけなのだから。

 ならば、意識を断つに他ない。カイは銃の引き金を絞る。銃口に精霊が宿る――発射。弾丸は織笠を貫く……かと思われた。

 しかし。

 織笠はさらに身を屈め、地面を擦るほど低い体勢になりながら振り返る。


「ッ!?」


 カイとの間合いを一気に詰める織笠。カイはすぐさま発砲しようと銃を構えるが、織笠が純白の剣で斬り払う。


「この……ッ!!」


 織笠の斬撃が舞う。さすがにユリカ程の洗練さは無いものの、密着されると回避は難しい。ただ、カイも体術の心得はある。剣の切っ先がスーツをかすりながらも、振り下ろされた腕に、自分の腕をぶつけることで動きを止めた。


「アイサ!!」


 吼えるようにカイは叫ぶ。およそ五メートルは離れた路上にアイサは片膝を着いていた。彼女もまた、織笠によって傷を負っているが、うずくまっているわけではない。肩口に乗ったライフル型E.A.W――炎鷹の両翼(フレア・ウィング)を構え、スコープから照準を定めているのだ。

 アイサは息を短く吸い、鋭く吐くと同時に引き金を引く。銃身を駆ける数本の赤い筋。充填された炎の精霊が砲口に流れ、轟音が空間を震動させる。直線状の紅い光が宙を切り裂き、織笠に吸い込まれていく。

 炸裂する火花。弾丸が届く寸前、ブラインドとなっていたカイが真横に飛ぶことで織笠の無防備な胸元を直撃。地面を何度も跳ねながら転がり、止まった頃には織笠の意識は途絶えていた。


「終わったか……」


 スーツを正し、疲れたようにカイは息を吐く。事実、徒労感は凄まじい。仲間に矛を向けるほど無駄な労力もないだろう。


「やれやれだな。ったく、苦労させやがって……」


 ジャケットから取り出した煙草に火を点けるキョウヤ。煙を吐き出して、こめかみを親指で強く揉む。


「まだ油断はできん。洗脳が解けているのかまでは分からないんだ。拘束はしておこう」

「しかし、とんでもなく強くなりやがったなぁ、コイツ……。お兄さんビックリだぜ」

「逆に俺たちの腕が鈍っているのかも知れんぞ。 今度俺たちもユリカに稽古つけてもらうか?」

「先輩……、それ本気で言ってます?」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて織笠の手首に拘束具をつけているカイに、アイサが後ろからげんなりした顔で言う。


「そういや、そのユリカちゃんはどうなった? ずっと空でドンパチしている音だけは聞こえてきたんだが――」


 キョウヤが頭上に視線を移した、その時。

 空に浮かぶ小さな物体を捉えたかと思うと、それは急速落下し、彼等のすぐ傍の路面に激突した。吹き上げる突風。土煙と破片で視界が奪われる。隕石でも衝突したかのような衝撃に、立つことすら敵わない。


「うおっ! な、何だ……!?」


 爆煙が風によって一気に流される。すると、二人の女性が重なるようにして倒れていた。ぐったりとしているのは二人ともだが、覆いかぶさっている方は血まみれで意識があるのか分からない。それが彼女だと気づいて、カイは慌てて名を呼ぶ。


「ユリカ!!」


 反応があった。ただし、それはユリカではなかった。下になっているリーシャが体を起こそうとしたために、ユリカが動いたように見えたのだ。


「ぐ……」


 呻き声を上げながら邪魔になっているユリカを腕でどかして、リーシャは息をつく。彼女もまた、至るところに傷を負っていた。それだけで、二人の戦いは壮絶だったことを物語っていた。


「惜しかっ……た、実に……惜しかったわ、ユリカさん。最後の一撃に全てを賭けたつもり……だったんでしょうけど、止めは刺せなかった。所詮、貴女には無理……だった……」

「――いいや、これで終わりにしよう。リーシャ」


 カイが近づく。憐れむように言葉を投げながら、ゆっくり銃口をリーシャに突き付ける。


「――!?」


 振り返ったリーシャの視線の先に、倒れている織笠が映る。項垂れ、そして憤怒に顔を歪めながらカイを睨む。


「よくも……!」


 大事な存在を奪われた喪失感。怒りと悲しみが混ざり合っているのか。半身をもがれたように痛々しい表情を浮かべながら奥歯を噛み締めている。

 ふらふらと立ち上がったリーシャは肩で息をしながら、こう言った。


「……まだよ、まだ終わりじゃない。今回は私の負けを認めましょう」

「リーシャ……」

「今は一旦退くわ。だけど、次はレイジを取り返して全てを成し遂げる」

「次はないさ。ここで全ての決着だ」


 鼻で笑うリーシャ。逃亡のためか、右手に精霊が宿る。無駄なあがきだと、黙ってカイはかぶりを振った。

 そのときだった。


「させ……ませ……ん」


 今にも消え入りそうな弱々しい声が聞こえた。リーシャの足元からだ。意識を取り戻したのか、倒れ伏せたユリカがリーシャの足首を掴んでいる。


「罪を……、罪を償っ……て……」

「…………」


 朦朧としながらも、懸命に訴えるユリカ。だがすぐにまた意識を失う。リーシャは一瞥の後に冷笑を浮かべて、ユリカの手をぞんざいに振りほどく。


「また会いましょう。皆さん、ごきげんよう」


 陽の精霊を放り投げる。白い光が地面に落ちると、円形の紋様が瞬時に浮かび上がった。せり上がるように微粒子が集まって、一つの物に形を成す。召喚、いや顕現といった方が適切だろう。

 白銀の獅子が姿を現した。


「な……っ!?」


 精霊の具現化という高次元の能力に目を見張る三人。驚愕しているその隙をついて、リーシャは獅子の背中に乗って飛び立つ。


「――! 待て!!」


 我に返ったカイが大声で叫ぶ。しかし時すでに遅く、疾走する獅子の速度はあまりに速く、あっという間に後姿が小さくなっていく。


「私が行きます!」

「あ、おい!」


 アイサが踵を返し、リーシャの後を追う。リーシャが逃げたのは街中の方角。アジトなのか自宅なのか……、逃走場所は見当が付かない。あの速度を考えると、雲隠れされてしまう可能性が高い。発見の望みは薄いだろう。


「いいのかよ、アイサちゃん一人行かせて」

「……どう思う?」

「……難しいよな」


 キョウヤも、カイと同じ結論に至ったのだろう。紫煙を吐き出しながら、肩を落とす。進展があれば彼女の方から連絡があるはずだ。一つだけ懸念があるとすれば、もしもリーシャを発見した場合、冷静に対処できるのか……という点か。


「賢い子だ。暴走するとは思えない」

「そう……祈るしかねぇやな」

「さて……」


 カイはE.A.Wを腰元のホルスターに収めると、地面に倒れている織笠とユリカを交互に見やった。織笠は血中のマナを抜かれて、昏倒状態。ユリカは、リーシャとの戦闘で意識不明の重傷。こちらは早く治療してやらねば命に係わる。


「俺たちは二人の保護を最優先。収容後、速やかに精保に帰還し、医療班に引き渡す」

「ん」


 けだるい……というよりは疲労感からの気の抜けた返事をして、キョウヤが二人の側に寄って行く。

 無理もない。史上最大の犯罪組織のリーダーが、元・同僚だったのだ。


(もしかして、マスターはリーシャが主犯格だと分かっていたのだろか……)


 俗世の出来事を見通す能力がある人だ。早い段階で気付いていてもおかしくない。織笠をこちらに確保したのも、リーシャが何かしら関係していると考えたからだろう。

 ただ、そんな超越的存在であるマスターにも、過去の愚行があった。


「正義とは何か……か」


 思わず呟いたその言葉は、橋の上を強く吹く突風によって簡単にさらわれてしまった。





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