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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第七章 心の行方
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「さぁてとぉ……」


 力を込めた拳の関節が、ゴキリと鳴る。


「イイ子ちゃんは、大人しくおねんねして貰おうか!」


 体勢低く、キョウヤが飛び出した。風の抵抗を無視したかのように織笠へ一気に距離を詰める。


「シッ!」


 捻じるようにして放たれた直線的な右が、織笠の左頬をかすめる。風の精霊を纏ったことで鋭さが増し、裂けた頬から血が噴く。

 たたらを踏む織笠。そこに続けざま、キョウヤの連打が襲う。織笠は上半身を振ってどうにかかわしていたが、キョウヤの無駄のない動作から繰り出される拳の方が速く、瞬時に防御の切り替えを余儀なくされる。純白の剣の腹を使って受け止め、キョウヤが大振りになったところを見計らい反撃に出た。


「おっとぉ!」


 横薙ぎ。軌道を見抜いたキョウヤは、後ろへ跳んで避け、距離を取る。

 間合いを詰めようとした織笠だったが、突然脚が止まった。自分の背後に飛び込むアイサに気付いたからだ。


「でやぁぁあああああああああああ!!」


 強烈な飛び蹴りが織笠の顔面を捉える――寸前。これも剣の腹の部分で防ぐものの、全体重を乗せた蹴りに織笠は押し流され地面を滑っていく。力任せに剣を振ってアイサを払いのけると、彼女は着地から瞬時に再度突撃してくる。

 そして、その反対方向からキョウヤも迫る。

 挟撃。


「悪く思うなよ、レイジ! 許されざる隠者の爪シンフルハーミットクロー!!」

「これで……眠って!!」


 かぎ爪のように開かれたキョウヤの右手。精霊によって鋭利な刃と化した指が、織笠の胸元を引き裂きにかかる。反対側からは、アイサの炎を付与した回し蹴りが背中を狙う。

 だが、そのどちらもが虚しく空を切る。

 織笠が真上に跳躍したからだ。反応速度の高さに、頭上を見上げながら驚きを隠せない二人。

 十メートルは跳んだだろうか。空中で後ろに反り返り、鉄塔に足をかけてその場にしがみつく。まるで高い運動性能を持つ獣のように。おそらくターンの要領で真下へ急降下するつもりだ。


「させるか!」


 彼等とはやや離れた距離にいたカイが銃口を織笠に向けて、引き金を引く。加減気味に、出力を抑えて織笠を撃つ。E.A.Wは殺傷武器ではない。最大にしても死んでしまうことはないが、本能が威力を調節してしまう。

 レーザーの弾丸が織笠に命中。爆発を呼び起こす。張られたケーブルが激しく揺れた。


「やったか!?」


 宙を覆う煙を突き破って、織笠が真っ逆さまに落ちてくる。直撃ならば、意識を刈り取ったはずだ。落下してくる織笠に動く気配はない。

 地上に激突する、その瞬間までは。

 急に体勢を変えたのだ。地面と水平にした織笠が、剣を振り上げた。――視界をも奪う眩い光。彼自身が稲妻と化し、地面へ突き刺さる。自然落下の勢いも利用しての『白雷』だ。落雷特有の凄まじい轟音と共に、キョウヤとアイサは宙に投げ出された。


「キョウヤ! アイサ!」


 爆風を、両腕で顔を庇いながらカイは叫ぶ。飛散するアスファルト片がカイの身体を切り刻む。

 あくまで通行用としか建造されていないマザーゲートが、これでは落ちてしまう。そんな考えが思わずよぎる程の威力。

 静けさを取り戻し、ゆっくりとまぶたを開く。チカチカする視界。強く頭を振って、もう一度目を開ける。目眩は治まったが、今度は暗幕が降りたかのように、辺り一面の闇が訪れていた。


「!?」


 何かに圧迫される感覚。気が付けば、幾つもの黒い球体が自分を取り囲んでいる。


「闇の精霊だと……!?」


 カイの背筋が凍る。この浮遊する物体の正体は弾丸だ。織笠が持つ漆黒の銃から放たれた闇の光弾。こうして空中をとどまっているのは対象を補足しているから。術者がその命令を下すまで、じっと待っているわけだ。

 白雷と対を為す『黒連珠(こくれんじゅ)』。


「よくもまぁ、こんな技を……。大したものだ」


 優秀な後輩に感心し、カイは呆れたように微笑む。次の瞬間、一つが起爆したことで次々に爆発を開始した。


「がぁあああああああああ!!」


 炸裂する小さな爆発が互いを喰い合い、どんどん大きな爆炎へと形を変えていく。カイは爆発の渦に呑まれていった。

『黒連珠』は精霊の爆弾による、いわば“檻”。空間を制圧し、対象の動きを封じるための技だ。一度に多くの弾丸を撃ち出すため、マナ消費を考慮し、一発あたりの威力を弱めてある。しかも直接対象に触れてダメージを与えるものでもない。あくまで自由を奪うものだ。それでも一度に全てが起動すれば、全方位からの闇の炎が問答無用で得物を焼き払う。


「かっは……」


 身体中を焼け焦がされ、カイは地面に膝を着く。前のめりに倒れそうになりながらも、途切れそうな意識をどうにか繋ぎ止める。


「ぐ……」


 苦悶の表情でカイは顔を上げた。煙が晴れ、残留する雷がまだバチバチと弾ける中に、織笠は無傷でその場に立っていた。


「くそったれ……」


 倒れていたキョウヤが苦しそうに上半身を起こす。彼等も直撃は避けたはずだ。それでも余波だけで熟練の精霊使いを軽々と退ける力。


「あんのやろう……。敵に回すとこんなにも厄介なのかよ……」

「あはは……。これからはレイジを怒らせちゃダメですねぇ……」


 うつ伏せのまま、力なく笑うアイサ。


「全くだ。身内が相手だと、こうもやりにくいなんてなぁ」

「ふっ……。いいじゃないか」


 ぼやくキョウヤに、カイは少し笑みをこぼしながら言った。諦念からではない。それこそ不敵に。


「どしたよ? こんな時に笑いやがって、気味わりーぞ」

「レイジの成長を喜べ。これだけ強くなったんだと、俺たちが身をもって証明している。もうアイツはいっぱしのインジェクターだ。そう思わないか?」

「……だな」


 意外そうにまばたきをした後、キョウヤも織笠を見て目を細める。


「しゃーねぇ。認めてやるかぁ」

「……ああ。だからこそ今度は俺たちが意地を見せる番だろう。二人とも、遠慮はいらん。全力で叩き潰すぞ」

「これでも全力ですよー。ま、これじゃ先輩の面子も丸つぶれだし? やったりますか」

「違ぇねぇ。生意気な後輩は一度お仕置きしねぇと。こちとらドSなんでな。覚悟しろや、レイジ!」


 これまではどこか悲痛な想いで戦っていたが、ようやく吹っ切れたらしい。生気を取り戻した三人に、自我のないはずの織笠が警戒心を露わにする。(はす)に構え、構えた剣の刀身部分から陽の精霊がオーラとなって漂う。直後、相対する三人の全身からも、膨大なマナから練り上げられた精霊が身体から湯気のように立ち昇る。

 静寂は僅かに。

 そして、彼らは激突する。

 今度は全身全霊で。





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