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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第六章 TRUTH
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10

 織笠の両親から話を聞き終えたカイとユリカは、すぐさまキョウヤ・アイサ組と連絡を取った。

 キョウヤたちに現在位置を教えてもらうと、織笠夫妻を静郷に預け、車を走らせた。丁度、世田谷区の鎮圧を終えて移動しようとしていた彼らを強引に待機させ合流。織笠夫妻の話をキョウヤたちに全て伝えた。

 ――すなわち、織笠零治の真実である。


「マジかよ……」

「そんな、レイジが……?」


 ガードレールに腰掛け、煙草をふかしていたキョウヤとその横に立っているアイサが同時に言葉を失う。至極、当然の反応だ。長々と説明していたカイでさえ、いまだに信じられないのだから。

 デザイナー・エレメンタル・プロジェクトと大仰に称された実験によって造られた唯一の生命体、織笠零治。その責任者の立場にいた織笠夫婦は、無数の犠牲の上に生み出された貴重な合成体を守るためユニットごと実験所から持ち出した。

 彼ら自身、罪滅ぼしの意味もあったのだろう。自分達の息子として『零治』と名付け、育てることにした。マスターや他の研究者に見つからぬよう住まいを地方から地方へ転々とし、実験が中止となった段階で安全と判断したため東京へ戻ってきたようだ。


「けど、とんでもねぇよな……。合成実験? しかもマスターの命令で?」

「俺にもマスターのお考えは分からん。何のためにそんなことをする必要があったのか」

「ですが、これで辻褄が合います。どうして精霊使いでもないレイジさんが精霊を操れるのか」


 沈鬱な表情でユリカがぼそりと呟く。


「陽と闇は相克関係。互いに打ち消します。でも“無”ではない。微弱ながらも力は備わっていた。だから他人のマナを借りることでようやく発現できる程度だった。前例のない別種の精霊使いですから、検査をしても精霊使いの判定が出ないのは当然でしょう」


 ずっと謎だった織笠の持病の原因も、やはり実験の副産物であることが推測できる。普段の生活では何も起きなくても、突発的な事態――例えば感情の揺れ動きなどによって微妙なバランスで成り立っていた陽と闇のマナに狂いが生じてしまうために症状として表に出るということなのだろう。


「で、レイジの親御さんたちはどうした?」

「静郷さんに家まで送ってもらうようお願いした。それから今後しばらくの間、こちらで見張りを立てることにした」

「そりゃまたどうして?」

「どうも嫌な予感がしてな」


 携帯端末を取り出したカイは、誰かと連絡を取り始めた。数秒のコールの後に画面に女性の顔が映る。


『――どうした?』


 応答したのはレア。疲労が溜まっているのか、顔の血色があまり良くない。


「すまないな、忙しいところ。少し前に頼んでおいた『伊邪那美の継承者』の構成員の検死はどうなった?」

『そのことか。既に終わっているよ。死因は全員同じ、マナドラッグによる強力な副作用が原因だった』

「やはり、な」

「それってあれか。匿名の通報で練馬区の雑居ビルに行ったときのやつのことか」


 キョウヤがハッとして立ち上がる。唇に煙草をくわえつつ、カイが握る端末を覗き込む。


『症例としては影内と似たようなものだ。マナを一時的に増幅させる代償に、心身に過大なダメージを及ぼす。しかし、今回のは少し違う。どこのルートで手に入れたのか、それとも独自に調合したのか知らんが、とても薬物とは言えない代物だ。治療もしくは増強のような効果は一切期待できない、投与された側の組織を破壊するだけ破壊し尽くす只の毒物だよ。想像するに、服用した場合、途端に元々体内にあるマナが暴れ出し血管系の細胞を破壊。血の奔流が皮膚をぶち破り、死に至らしめる――そんな具合だろう』


 雑居ビルの狭い一室に転がっていた十名以上の死体。どれもこれも血まみれだったのはそういうことだったのか、とカイは納得する。同時に、それを聞いて新たな疑問も湧いてくる。


「じゃあ、薬を提供した者は最初から仲間を殺すつもりだったのか……? 口封じのために」

「どうかな。もう必要がなくなったから殺したって線もある。多分だが、調合したのはハイトの野郎だ。科学にも精通していた奴なら薬ぐらい作れてもおかしくねぇ」

「俺もそう睨む。……レア、ハイトは目を覚ましたか?」

『まだだな。治療は終わっているから、意識を取り戻すのは時間の問題だとは思うが』


 キョウヤが舌打ちをしながら乱暴に頭を掻きむしる。もどかしい思いなのはカイも同じだ。ハイトは『伊邪那美の継承者』における重要参考人だ。この大量殺人だけではなく、過去の事件すべてに関与の疑いがある。リーダーの片腕として、事件を起こした犯人の裏で助力していた――そんな気がしてならない。


「……キョウヤ。あの死体だらけの部屋の壁に書かれていた文字……覚えているか?」

「ん? あ、ああ、そういやなんか書いてあったな」


 カイが話題を変えたことにやや戸惑いを見せながらキョウヤは軽く返事。記憶を探るように宙を見上げながら、


「あー、確か……。ん~、なんだったっけな……」

「あそこには三つ、言葉が並んであった。どれも謎かけのようにこちらに投げかけくるもので、意味はまるで分からなかった。その中でも特に――」


 カイは端末を操作し、撮影しておいた写真を空間に投影させる。他の三人がそれに注目する。


「D・E・Pという文字。何かのキーワードだということは予想が付いていたものの、解読ができなかった。しかし、織笠さんの話を聞いたことでようやく理解した。――どうだ、思い当たらないか?」


 カイの問いかけに三人が黙考する。まもなくして、いち早くその答えに辿り着いたのは、現場を直に見ていたキョウヤだった。


「そうか、合成実験のことか」


 画面を凝視していたキョウヤが驚愕混じりに言葉を漏らす。


デザイナー・(Designer)エレメンタル・(Elemental)プロジェクト(Project)。その略称が血文字にして並べてあった。そして、後の二つ――sacrifice。これは“生贄”という意味。それに『窯の中には何が入っている?』という問い。関連性から見てもD・E・Pがあの実験だという証明になる」

「じゃ、じゃあ、奴等は実験のことを前々から知っていたってことっすか!?」


 愕然とするアイサ。カイは彼女を一瞥して重々しく頷く。


「何故『伊邪那美の継承者』がそんなことを知っていたかは謎だ。一つだけ分かるとすれば、わざわざ俺たちを呼び出して死体を見せたこと……、あれもメッセージに付随してより印象付けるための演出だろう。その為だけに仲間を殺したのかもしれん。……いずれにせよ、この切り取られた空間は俺たちに対する挑戦状だ」

「……だからレイジのことも端から知っていた……ってわけか」


 口元を歪ませて唸るキョウヤ。


「では……レイジさんが行方不明なのは……」

「これだけ捜したんだ。既に向こうの手に渡ったと考えるのが妥当だろうな」


 不安を無理矢理抑えるように身体を抱きしめるユリカに、カイが悔しさを滲ませながら同意する。


「奴等にとってレイジはキーパーソンなんだ。そしておそらく真の目的は――」


 そこまで言って、カイは口を噤む。

 カイが導き出した答え。それは何とおぞましく、醜悪なものであり、直感を否定したくなる程の信じがたい話だ。

 だが、それしか思い浮かばないのだ。きっと他の三人も勘づいているに違いない。それでも黙ってカイの言葉を待っている。

 小さく息を吸って、カイがもう一度口を開く――その瞬間。

 カイが手にしていた携帯端末から甲高い音が鳴り響く。

 投影されていた画像が素早く切り替わる。『CALL』の文字。

 着信だ。発信相手――“織笠零治”と表示されている。


「レイジ!?」


 すぐさま通話モードをオンに。

 安否が不明だった仲間からの連絡に顔が強張る。


「な……!?」


 喘ぐようにカイは声を漏らした。

 画面の向こうでは見慣れた青年の姿が映る――はずだった。

 違ったのだ。

 ノイズ混じりの長方形のホログラム映像に映し出された人物に、呼吸が思わず止まりかけた。

 確かに見慣れた人物がそこにいる。

 変わらない絹のような銀糸の長髪と氷のような青い瞳を持つ美しい女性だ。戦闘には不向きな華奢な身体でありながら能力はずば抜けていた、世にも珍しい二属性持ちの天才。

 ただ以前と違うのは、誰の心も癒していたあの笑顔はもうどこにもなく、浮かべていたのは冷ややかで嗜虐的な笑み。

 だとしても、間違いない。

 正しくその人物は、かつての同僚――白袖・リーシャ・ケイオスだった。




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