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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第五章 反逆への誘い
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『レイジ! そっちに行ったぞ!』


 通信用精霊からカイの声が飛ぶ。

 市街をパトロールしていたカイとレイジは、偶然スリの現場に居合わせた。現場はアーケード商店街。昼前の混雑した時間帯での犯行だった。中年女性の財布を盗んだパーカーの男は女性を突き飛ばし、人混みを強引に逃走――商店街を駆け抜ける。中年女性を織笠が介抱し、カイが後を追う。

 女性の無事を確認し、あらかじめ用意していた通信用精霊でやりとりしながらレイジも犯人を追うことにした。

 途中、別で動いていたキョウヤとも連絡しつつ、連携で動く。

 男は逃走ルートを考えていなかったのか、闇雲に街中を走り抜け、狭い路地裏へ逃げ込む。そこで、カイの通信を受けたレイジが先回りし、犯人を挟み撃ちにした。


(――来た!)


 真正面に対峙したレイジは、E.A.Wを起動。漆黒の銃を構え警告する。


「止まってください! もう逃げ場はありません!」


 男は一度止まりかけたが、臆せず突進した。懐からナイフを取り出し、身を屈め体当たりしようと迫る。


「――ッ!」


 引き金を引く織笠。銃口から黒紫の弾丸が射出される。稲妻のように光弾が走り、一瞬で男の肩口をかすめた。


(外した……!)


 狙いがズレた。

 E.A.Wは皮膚に触れただけでも、容赦なく対象のマナを奪う。なまじそこらのチンピラにはそれだけで十分な筈だが、この男は諦めが悪かった。一瞬よろめいたものの、構わず再度突進。織笠の腹部めがけナイフを突く。


「――ッ!」


 反射的に織笠は後ろに地面を蹴る。

 が、遅かった。

 刃が刺さる――その寸前だった。


「がっ!」


 男が突然、重力に押し潰されたように地面へ叩き落とされた。右腕が男の意思とは別に捻れながら上がると、その周囲の空間に不自然なブレが生じた。


「はーい、ご苦労さん」


 透明なパズルが色彩を帯びるように現れた、煙草をくわえた長身の男。そんな呑気な口調で男を組伏せていた彼に、織笠は安堵の声を漏らす。


「キョウヤさん……」

「よ、お疲れ。惜しかったな」

「いるなら早めに助けて下さいよ……」


 どうやらキョウヤはインビジブルを発動しながら事の成り行きを見ていたようだ。嘆く織笠に、キョウヤは意地悪く笑う。


「ばっか。甘えてんじゃねぇの。これくらい朝飯前でこなせなくてどうすんだよ。せっかくのE.A.Wも泣くぞ」


 先輩からのごもっともな指摘に、織笠は唇を尖らせる。毎日トレーニングルームで鍛えておきながら、引ったくり犯一人すら捕まえられないようじゃ先が思いやられるというもの。自覚しているからこそ拗ねた反応を示す。


「それよりも――」

「いだだだだだ!」


 男の右腕をさらに締め上げながら、キョウヤは訊く。


「こんな時代によくもまぁ古くさい真似をしたもんだ。どうしてこんな馬鹿やったのよ?」


 男のポケットから女性ものの財布を奪い取り、織笠へ放る。男は何とかキョウヤから離れようと、もがきながら吠えた。


「痛ってぇな、放せよ! てめぇらインジェクターだろ、これぐらい見逃せよな!」

「凶悪犯罪だけがインジェクターの担当じゃない。大小限らず精霊使いの犯罪を取り締まるのが俺達だ」

「そーいうこと。一括りなのが辛いとこなのよねー。だーかーらー、こういうしょーもないのは勘弁願いてー……の!」

「うぎゃああああああ!」


 近寄ってきたカイの言葉に同調しながら、お仕置きとばかりにさらに腕を捻るキョウヤ。加減のしどころは熟知しているだろうか、折れはしないかと織笠はヒヤヒヤする。


「しょうがねぇだろ、金が欲しかったんだからよ! それに俺は『伊邪那美の継承者』のメンバーだ! 何やっても許されんだよ!!」

「……あん?」


 男の口から出た驚きの単語。

 一瞬キョウヤの力が緩んだが、それ以上の力を以てもう片方の腕で男の頭を地面へ押し付ける。


「そいつは聞き捨てならねぇな。……どういうことだ」

「知らねぇのかよ。ネットじゃ今、『伊邪那美の継承者』は大々的にメンバーを募集してるんだぜ。名を語れば正規に好きなように復讐しろって謳い文句付きでな」


 信じられないとばかりに顔を見合わす三人。







「なんだ、これは……!」


 精保に戻った織笠達は、ひったくり犯の言葉を確認するため、さっそくPCで検索をかけた。結果、あっさりヒット。『伊邪那美の継承者』絡みのファンサイトが存在している。しかも一つではない。不特定多数だ。

 その膨大な数に、呆れを通り越して怒りすら含んだ声をカイは漏らした。他の面々も各々のPCでサイトをチェックしながら嫌悪感を滲ませている。

 中身はどれも似たり寄ったりだ。トップページに、あの鮮烈なデモンストレーションとなった動画を貼りつけ、『伊邪那美の継承者』の紹介文と彼らを称えた文章を添えているのが基本として作ってある。

 あまつさえ問題なのは、その動画の内容だ。ニュースではカットされているはずの殺害シーンまでもが、ご丁寧に収められている。


「あまりにふざけてるぞ!」


 不謹慎さの塊を目にして、カイは机を叩く。


「おかしいですよね。この映像もどこから流出したのか……」


 アイサが困惑気味に呟く。

 あのライブは全国放送されていた。テレビカメラの映像は押さえられている筈だし、当然観客による撮影は禁止。どこから流れ出たものなのか、分からない。しかし、角度からいって確実に観客席から映されている。運営スタッフの誰かが売り渡したのか、それとも始めからああいった状況になることを知っていた何者かが録画していたのか――。


「これも『伊邪那美の継承者』の計画と考えると、仲間があの会場にいたのかもしれませんね」

「可能性としては高いよな。これが目的なら大成功だ。一度ネットの海に投げてしまえば後は放置でいいわけだからな」


 ユリカやキョウヤの推測は正しい、と織笠は感じた。

 あのデモンストレーションは鮮烈だった。過激にして衝撃。鬱屈していたストレイエレメンタラーは痛快極まりなかっただろう。それがサイトの数に表れているし、コメントも称賛しているものが九割を占めている。


 〈遂に神が降臨した〉

 〈前からあのクソグループは気に入らなかった。スカッとしたわ〉

 〈最高!〉

 〈伝説の始まりだ〉

 〈ここから先の展開に期待〉

 〈でもさ、リーダーってどんな人だろ? 名前ぐらい晒せ〉

 〈ばか。あえて隠したからカッコいいんだよ。女なんだろうけど、超イカす〉

 〈『伊邪那美の継承者』入信希望〉

 〈絶望の世界に舞い降りた救世主〉


「これだけの数が奴等を支持し始めている。まるでゲーム感覚だ。ネットのコメントなんて、本気か冗談か信じるに値しねぇけどな」


 キョウヤの言うように、大半は面白がっているだけだろう。日常に刺激を求める――ストレイエレメンタラーには尚更に。


「ですが、看過できるものではありません。精保としては由々しき事態でしょう」

「当然だ。こんなもの即刻削除だ」

「管理人に警告すんのか? そうしたら余計面白がって、逆に盛り上がるだけだぞ」

「…………ッ」


 カイが大きく舌打ちをする。

 既にこれだけ拡散されているのだ。対処の仕様はないに等しい。どこのサイトにもメンバー募集の文言が載っており、カウンター形式になっているが、秒単位でどんどん上昇していっている。


「でも……」


 ふと、織笠は不安げに漏らす。


「『伊邪那美の継承者』はこんなに人を集めて何をする気なんでしょうか……」


 サイトには募集だけかけて、それ以上は何も記していない。

 ストレイエレメンタラーの救済。『伊邪那美の継承者』は、そう全国民に投げかけた。

 それが何を意味するのか。

 織笠の問いは明確な答えを得られぬまま、宙に虚しく消えていく。織笠たちの胸には妙な胸騒ぎだけが、不快にまとわりつくだけだった。





 練馬区――通称アウト・パラダイスと呼ばれたスラム街の一画にある、小さな工場跡。使われなくなってもう何年になるか、誰にも判らない。元々、下請けのさらに下請けだったようで、儲かっていなかったのか定期的な修繕もなかったのか老朽化が激しい。

 割れたガラス窓から身を突き刺すような風が入る寒い環境の中に、十人以上の男女が集まっていた。

 年齢層もバラバラ。まだ学生のような若者もいれば、三十代後半の肉体労働者もいる。

 彼等の注目は前方。スーツ姿の男と、その後ろに立つサングラスをかけた銀髪の女性に向けられていた。

 ぼんやりとした月の光がまるでスポットライトのように照らされた箇所へスーツ姿の男が立つ。


「皆様、ようこそお集まりいただきました。私はハイト。『伊邪那美の継承者』の代表補佐を務めております」


 慇懃にお辞儀をするハイト。セレモニーの司会者のような口調で次は後ろの女性を紹介する。


「そしてこの御方が私共のリーダー、白袖・リーシャ・ケイオス。世界の盤上を覆す先導者であらせられます」


 リーシャは何も言葉は発しなかった。柔らかな微笑をたたえるだけで、挨拶らしき仕草さえない。尊大な態度、と取られなくもないが、それを感じさせない気品が彼女にはあった。


「我々の目的は只一つ。この不条理な世の中を変革です。そして、貴方方を含む全てのストレイエレメンタラーをサルベージすることにあります。地獄の底から、ね」


 どこからか、口笛の音が聞こえた。それが好意的な反応なのか、世迷い言と揶揄したものなのかは判断がつかない。

 ただ言えるのは、この場にはものものしい雰囲気が蔓延しているということ。ハイトの言葉に耳は貸しているが、誰もが警戒心を抱いている。

 ハイトもそれを理解しながら、構わず彼等に語りかける。


「そのためには協力者が必要です。我々にはまだ力が足りない。そう、力が。純粋な力だけじゃない、負の感情に支配された強大な意志。この場にいるのは、その資格を持った方々なのです。選ばれたのですよ、我等が救世主によって」


 ここ最近急増した、『伊邪那美の継承者』のファンサイト。その全てを用意したのは、他ならぬハイトだった。管理者として、もしくは宣伝を担当する広報として。何人も人格があるように使い分け吹聴する。過激な内容に刺激を求めていたストレイエレメンタラーは簡単に飛び付く。匿名性の高いネットでは、特に効果は抜群だった。

 ファンサイトで募ったメンバーの数もこの短時間で一万は軽く超えた。そこからハイトは募集者を一人一人調べあげ、個人的に声をかける。当然、その中には冷やかし半分、興味本位で参加した者もいるからだ。そんなのは必要ない。欲しいのは、資質に恵まれながら本気でこの社会に憎しみを持つストレイエレメンタラー。犯罪歴があろうと構わない。むしろ大歓迎だ。

 リーシャとハイトはこうやって資格のある者たちに声をかけていた。少数なのは精保に勘づかれる恐れがあるため。そもそもハイトの推薦に、リーシャが了承するかどうかの判断基準が厳しいのもあるわけだが。


「光栄だぜ。今、巷を賑わせている『伊邪那美の継承者』にお声をかけていただけるなんてな」


 この場に集まったストレイエレメンタラーの中で一番体格のいいオールバックの男が言った。確か調べではこの男、過去に殺人を二件犯し、このアングラを隠れ蓑に生活をしているらしい。

 横柄な歩き方で二人に近寄って行き、リーシャの顔を値踏みするように覗き込む。


「でもよ。お前さん、本当にあの『伊邪那美の継承者』のリーダーか? 俺には到底信じられないんだが」

「おや。動画は見られたのでは?」


 首をかしげながらハイトが訊く。オールバックの男は、鼻を鳴らしながら大袈裟に肩をすくめる。


「おお、見たぜ。最高すぎて、女を抱くより興奮しちまったぜ」

「では、なぜそんな疑問を?」

「拝んでみたかったんだよ。あんなスゲェ事をやらかす大馬鹿が、どんなツラをしてんのかな」

「……で? ご感想は?」

「それがどうだ。こんないかにも弱そうな女だとは思いもよらなかったぜ。どこぞの温室育ちなお嬢様にしか見えねぇ。――なぁ、そうだよなぁ?」


 同意を求めるように男が振り返ると、人を小馬鹿にしたような下卑た笑いがあちこちから漏れた。彼等の中の交遊関係を把握してはいない。集まった大体の動機は、この男と一緒のようだ。


「俺はな、いや、ここに住む奴等は自分の目で見た真実しか信じないのさ。――そう、力を預けるに足るのかどうかってのはな」


 実に単純な理論だ。

 男の背後からまた二人、別の若い男たちが彼の左右に躍り出る。

 眼前の男ほどでもないが、二人とも暴力沙汰を起こした前科持ち。いかにも喧嘩慣れをしているといった感じだ。

 おやおや、とハイトは眉を垂れていると、隣のリーシャが胸の下で組んでいた両腕を静かに下ろした。明確な敵意を前にしながら、悠然とリーシャは絹糸のような銀髪を耳にかける。


「ご随意に」


 笑みを深くしながら、リーシャに一礼し、ハイトは影に消える。


「そうこなくっちゃな」


 にやり、とオールバックの男がリーシャを見下ろす。


「価値を測る――。それは、思考能力を備わった生物のみ許された貴重な行為」

「……あ?」

「有益であるかどうかを己の力でのみ判断する――そこには賛成。ただ事前情報を目にしながら、それを否定した上での決断なら、賢い選択とは言えないわね」

「んだと……ッ!?」


 ようやく唇を動かしたリーシャに、男は簡単に憤慨しながら臨戦態勢を取る。熊のような右手から渦を巻いた漆黒の光が生み出される。

 リーシャはサングラスの奥からそれを一瞥。


「闇の精霊は、魂を黄泉へと導く崇高な案内役。暴力のような条件下でも、それは変わりはしない」

「ああ、そうだ! これでテメェを葬ってやるぜ!!」


 男の拳がリーシャの顔面めがけ、勢いよく放たれる。腕力に物を言わせた、精霊がもののついでに付着したような直球の攻撃。

 精霊の本質をまるで理解していない、とリーシャは悲しげに目を伏せた。

 ――直後。

 耳をつんざく破裂音がした。

 男の精霊が弾け飛んだ。いや、精霊だけではない。男の肩口から右腕にかけて、まるごと消し去っていた。

 肉片すら残さずに。

 まるで最初から存在しなかったかのように。


「――は?」


 何が起こったのか。男が、顔を震わせながら消えた右腕部分を見ても、瞬時には理解が追い付いていないようだった。

 伝達された脳からの痛覚、そしてシャワーのように噴き出した鮮血で男はようやく実感する。


「ひ、ぎゃぁぁぁあああああああああああああ!!」


 誰であれ、卒倒するレベルの激痛。男はうずくまり、絶叫を上げた。後ろに控えていた男たちが、あまりの衝撃に尻餅をつく。大量の血液が、塗装を施された床にどんどん広がっていく。

 男が苦しむ姿を、リーシャは無表情で見つめていた。


「テ、テメェ、いっ……一体何を……」


 リーシャの片眉が僅かに反応する。並の人間ならここで死んでいるだろう。それだけでもこの男を選んだ意味はあった、と感心したような具合に。


「簡単な話よ。貴方は闇の精霊使い。私も闇を扱うのは()()な方なの。こんな風に」


 リーシャは男を指差した。

 正確には、左腕を。


「今度は貴方にも見えるようにしてあげる」

「ふっ……は?」


 男の正面に豆粒ぐらいの黒い点が出現した。一見して虫のように思えるほどの小さな黒い点が、徐々に範囲を広げ、局所的な竜巻へと進化する。

 そして拡大した闇の精霊は、男の左腕をあっさりと飲み込む。ブラックホールのように、腕を強引に吸引。耳を覆いたくなるような筋繊維のちぎれる音が響く。男は悲鳴を上げているようだが、無情にもかき消されて、リーシャの耳まで届かない。やがて骨ごと奪い去ると、また闇の精霊は縮小し、何もなかったかのように消滅した。


「これでお分かり?」

「がっ……ぐっ……はっ……!」

「貴方と同じことを私はしただけ。闇の精霊を操り、貴方の腕をあの世へ送り届けたの」


 自分の血溜まりに浸る男の口からは、既に泡を吹き始めていた。虫の息――淡々と説明していたリーシャも、これ以上は無駄だと判断したのか、悲しげに息を吐く。


「これ以上は彼の来世に響く。早急に次の未来に旅立ってもらいましょう」


 ――と。

 信じられないことが、またも起きた。

 男の身体から、白い光がいくつも出現した。淡く一つ一つが小さい。まるで蛍が男に群がっているようだ。

 温もりさえありそうな柔らかな光の正体。

 陽の精霊である。

 一体、誰が生み出したのか。

 無論、倒れている男ではない。ハイトにもそんな素振りはない。成り行きをじっと見守っているだけだ。集まった参加者の誰でもない。凄惨な光景を前にして、そんな余裕はないだろう。


 ならば、結論は一つ。

 リーシャ・白袖・ケイオスである。


 目立った動作もなく、彼女は陽の精霊を顕現させたのである。

 その場にいた参加者は全員、声も出せず愕然の色を浮かべていた。その驚愕の現実を目にして。


 陽と闇。

 二つの精霊を、彼女は扱ったのだ。


 精霊の混血。誰もが頭をよぎったことだろう。

 精霊使いの混血など、別段、珍しくもない。驚いているのは、その威力。陽と闇は相克の関係にある特殊な属性なのだ。その混血ともなれば、受け継がれた素質がまるごと消えてしまうパターンだってある。

 しかし。彼女が生み出したのは決してお粗末な精霊ではない。希釈されているどころか、常人の数倍にも及ぶ技量。

 男の全身がゆっくり持ち上がっていく。陽の精霊を遠隔操作して屈強な男を宙に浮かせたリーシャは、右腕を彼に伸ばし、慈悲の言葉を口にした。


「お逝きなさい。貴方の幸せをお祈りしているわ」


 広げていた手のひらを、軽く握る。男を包み込んだ陽の光が一層強く輝き、勢いよく弾け飛ぶ。

 そこに、男の姿はもうなかった。

 静まり返る空間に、拍手の音が響く。ハイトだ。

 リーシャはわずかに口角を上げると、固まったまま動けないでいる参加者たちの方へ、歩を進める。


「さて。貴方方の中に、まだ私に疑問符を持つ者はいる?」


 ――返答はなし。ならば、とリーシャは、地の底を震わすような重く低い声色を出す。


「諸君らは選ばれたのだ。運命を切り開く、栄誉ある先達としてな。誇りに思うといい。いよいよなのだ」


 西洋の王族かと思えるほど傲岸な態度。しかし、誰ももうそこに異は唱えない。

 目撃してしまったのだ、彼等は。

 彼女の圧倒的なカリスマを。


「罪深き主によって、生きる意味すら奪われた。絶望しただろう、辛かっただろう。私がその枷を外してやる」


 リーシャは、自分に怯えていた参加者の女性の頬を撫でる。その途端、震えが止まる。瞳には憧憬の色を宿した強い輝き。

 もう、そこにいるのは敬虔な使徒のみだ。


 準備は整った。


 そして、この場を掌握した彼女は両腕を広げながら、こう締めくくる。


「激情に身を焦がしながら、慟哭すら上げられない不遇な者たちよ。汝らに勇気があるのなら、共に世界を造り変えようぞ」


 参加者が一斉に吼えた。

 彼等が自分の名を何度も呼ぶのを耳にしながら、リーシャは不敵に微笑む。


 ここから。

 そう、ここから始まりなのだ。



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