19
数日後。
事件の報告書作成のため、夜遅くまで残っていた織笠はキョウヤに誘われ、とある場所に連れてこられていた。
「はぁー……」
夜空を貫きそうな高層マンションを見上げ、あんぐりと口を開ける織笠。周辺のビル群よりも圧倒的に高い。立地から考えても高級なのは明らかだった。
だだっ広いエントランスからエレベーターに乗り、キョウヤが数十はある階層ボタンを押す。ぐんぐんと、どこまでも数字が高速で上昇するパネル。本当に動いているのか疑うほど、音も静か。織笠は唖然としたまま、隣で鼻歌を口ずさむキョウヤに訊ねた。
「いい加減教えてくださいよ。誰の家なんですか?」
「まあまあ。すぐに分かるって」
実は精保で誘われた段階で、こうやって何度もキョウヤに訊いてはいるのだが、全部はぐらかされていた。キョウヤの誘いはろくな事がないので内心嫌々なのだが、断れないのが後輩の辛いところである。
それにしても。
こんな家賃の高そうな所に住むのはどんなセレブなのか。
最上階近くで降り、カーブを描く廊下を歩いてキョウヤが奥の角部屋の扉をチャイムも鳴らさず勢いよく開け放つ。
「うーす。連れてきたぞー」
白を基調としたモダンな廊下。内装も掃除が行き届いていて、家主はさぞ几帳面な人なのだろう。玄関には男女問わず何足も靴が置かれていた。他にも呼ばれた人がいるようだ。
「お邪魔しまーす……」
まるで泥棒のように、そろそろ足を踏み入れてみると、リビングの前でよく知る顔が出迎えた。
「いらっしゃい。遅かったな」
出迎えたのは、黒いジャージ姿のカイであった。普段とは違うラフな出で立ちに、織笠は少々面を食らう。
「よく来たな、レイジ」
仕事モードがオフだからか、柔和な笑みを浮かべている。
「ここって……カイさんのお宅なんですか?」
「ああ。皆も先に来てるぞ。お前等で最後だ」
リビングの方に顎をしゃくるカイ。
皆? 首を傾げつつも廊下を抜けると、インジェクターB班の女性陣の姿があった。
「おっすー」
「こんばんわ、レイジさん」
アイサとユリカだ。この二人もプライベートモードだ。一度自宅に戻り、着替えてきたのだろう。アイサはゆったりとした白いブラウスに、フリルをあしらったショートパンツ。ユリカの方は着物姿は変わらないが、淡いベージュの無地だ。
カイの部屋は間取りとしては1LDKだが、リビングは一人暮らしにしては勿体ないぐらい広い。しかも精霊によるホログラムで自分好みの内装にアレンジするのが主流な現代でも、それすらしていない。必要最低限の物しか置かないのが実にカイらしい。
中央に陣取られた正方形のテーブルに女性陣が囲んで座っているのだが、彼女等だけではなかった。
視界にその人物が飛び込んだ途端、織笠は目を見開いてその人物の名を呼ぶ。
「レ、レアさん!?」
息が止まりかけ、むせてしまった。
そこにいたのは、メイガスに生死を問うほどの重傷を負わされ、レストルームにて集中治療を受けていたはずの辰善怜亜が呑気にくつろいでいた。
「よ、青年。久しぶり」
軽い調子で手を振るレア。織笠は他人の家というのも忘れ、ドタドタと駆け寄る。
「元気にしてたかい?」
「は、はい!――いや、じゃなくて! レアさんこそ、身体はもう大丈夫なんですか!?」
「あん? あぁ、全く問題ないよ。今まで顔を出さなくて悪かったね。いやぁ、ウチの連中がさ、もう平気だっつっても休め休めって仕事させてくれなかったんだよ。おかげで職場復帰がこんなに遅れてしまった」
やれやれだ、とレアは肩をすくめて笑う。当然の判断だろう。額から左目はガーゼと包帯で覆われているし、普段変質者と勘違いされそうな裸体を晒している上半身も、ミイラのようにぐるぐる巻きになっている。
血だらけのレアを救助して以来、安否が気がかりで仕方がなかった織笠は、全治とはいえないまでも彼女の姿を目にして心の底から安堵した。
「でも、皆さんどうして……。これって何の集まりですか?」
と、全員を見回しながら当初の疑問をぶつけてみる。しかし、誰もが何故かニヤニヤとこちらを見つめ、答えようとしない。
「な……なんですか?」
「……ったく、どいつもこいつも意地悪だな」
「カイさんこそー。言い出しっぺのくせにー」
「?」
ますます困惑する織笠。
「あ! レアさんの快気祝いですか?」
頭を回転させ、ようやく合点がいったと思ったが、当のレアに笑われてしまう。
「そりゃあ、まぁ……ついでだな。これはな、お前の歓迎会だよレイジ」
「歓迎会……?」
キョトンと目が点になる織笠。
「鈍いね~、レイジ。さぷらーいずだよ、さぷらーいず」
キョウヤはドカッと豪快に座り、織笠の肩に腕を乗せて寄っ掛かりながら耳打ちする。
「このところ事件続きでバタバタしてたしな。いつかやりたいってあそこのリーダーさんがぼやいていたのさ。んで、最近落ち着いたし、それで……な? 素直じゃないだろー?」
「うるさいぞ、そこ! おら、お前等! いつまでもダレてないで、さっさと準備しろ! 始めるぞ!」
耳を赤くしながらパンパンと手を叩くカイに、全員が失笑しつつ飲み会の準備を始める。ぞろぞろとオープンキッチンにある冷蔵庫から飲み物を取り、テーブル一杯に並べていく。展開についていけない織笠も呆気に取られながらも、徐々に嬉しさが込み上げてきた。
「ありがとう……ございます」
彼等の心遣いに感謝しながら、織笠も手伝いに加わるため立ち上がる。
「ピンフ。千点だ」
「だぁああ! まったかよ、テメェ!」
事前に用意してあったらしい缶ビールやワインなど各種お酒や(未成年のアイサだけジュース)つまみをテーブル一杯に並べ、織笠の新人歓迎会は開催された。
たわいもない話からレアの経過報告など、ひとしきり騒ぎ倒した――その後。突然、どこからかキョウヤが緑色の布を持ってきてテーブルにかぶせた。そして、長方形の箱を取り出し中を開けると、文字や模様が彫られた小さなブロックのようなものが沢山入っていた。いわゆる麻雀牌だった。
キョウヤは、これで麻雀大会をやろうと言い出したのだ。
以前、レアがそんな話を持ちかけたらしい。そのときは、只の報告のやり取りから生まれた冗談だと誰も真に受けてなかったらしいが、これがどうしてやり始めると、皆真剣になっていた。ちなみに面子はカイ、キョウヤにレア、そしてとりあえずルールを知っていた織笠である。
「テンメ、俺を狙い撃ちしてんのか。しかも、安いアガリばっかじゃねぇか!」
「親を潰すのは定石だろうが。……というか、お前が分かりやす過ぎんだよ。大物で一発かましてやろうってのが見え見えだ」
「ふふ……。麻雀は性格が出るからな。頭の体操にはもってこいだ。――ほら、キョウヤ。次だ次」
ジャラジャラと牌をかき混ぜながら対局を進めていく。
まだ麻雀初心者の織笠は、手を作るのにどうしても時間がかかる。手牌を見ながらウンウン唸っていると、左肩から覗き混んでいたアイサが、ある牌を指差しながら言う。
「これ捨てた方がよくない? いらないでしょ」
「う~ん」
そうなのかなぁ? と、首を捻っていると、今度は右肩からユリカがまた別の牌を指差して言ってくる。
「こちらを切って、このまま待つのがよろしいかと。流れから言って、そろそろ来そうですわ」
とまぁ、良く知りもしない女性二人が、独自の感性でちょくちょくアドバイスを送ってくる。そして、何となくユリカの方を信じると、これがまた何故か良く当たるのだ。
「うっそ、きた……」
「ユリカ姉、すご……」
「綺麗に緑が揃いましたね」
流れを見極める心眼か、はたまた漠然とした予知能力か。見事な的中率で、まるで勝利の女神が憑いたようにツモッてしまう織笠。
「はぁぁぁああああ!? メンチンって、お前マジか!?」
「おやおや、やるじゃないか。えっと……あぁっと、ドラがないのが救いか。一万二千点だな」
「トンだー!! ってか、ズッリーだろ、ユリカちゃん味方につけるとか! それに何だよ、その図はよォ!?」
憤慨しながらキョウヤが唾を飛ばす。
「テメェはどこかの皇帝ですか、暴君ですかぁー!? ハーレム作って調子に乗ってんじゃねーぞ、レイジぃぃぃ!!」
「はいぃぃぃ!?」
確かに、織笠の両脇にはピタリと美女二人が寄り添って座っている。単純に麻雀素人の織笠をサポートしようというだけのことだが、嫉妬されても文句は言えない構図ではある。
「自分が負けてるからって八つ当たりはやめろ、キョウヤ」
と、諌めているカイも納得がいかないのか、若干不機嫌そうな様子。点棒を織笠に渡しながら、イライラをキョウヤにぶつけている。
「お願いだ女神様、こっちに来てくれ! 俺にも運を、幸運をもたらして下さい!」
「嫌です。レイジさんとは片時も離れません」
するりと織笠の脇に両腕を滑り込ませ、笑顔でバッサリ切り捨てるユリカ。
「ユリカ姉……?」
「? どうかしましたか、アイサちゃん」
「う、ううん。何でも……」
「うがあぁぁぁああああああ!!」
「だからうるさいんだよ。近所迷惑になるだろ!」
「まぁまぁ、夜は長いんだ。勝負はこれからだ」
何やら愉しげなレアが含み笑いを漏らす中、さらに夜は更けていく。
深夜も一時を回った頃。
集中力もさすがに切れ、睡魔と闘いながら続けていると、レアがふと真面目な口調で言ってきた。
「そうそう。宗島有栖のことを少し調べたんだがな」
カタッと牌を置く音が静かに響く。全員がレアに注目した。
事件の収束後、有栖の死体は分析班に回されていた。解剖を担当するのは彼女の仕事だ。有栖の身体には二つのマナが流れている。詳細を知るには重要だが、現場復帰していきなりの重労働だろうに、レアは疲れも見せず興味深そうに言う。
「面白いものだな。混血とはまた違うタイプだった。無理矢理な移植のせいだろうが、完全に血中でマナが分離していたよ。内臓もボロボロだった」
「もう結果が出たのか。というか、タフだなお前も……」
「誉めるなよ。あれでは報告のような副作用も出る。そんな状態でよく生活できていたものだ」
「――こちらでも彼女の身辺を精査してみました」
ユリカは、膝の上で寝息を立てているアイサの頭を撫でながら彼女を起こさないよう、神妙な面持ちで声を抑えつつ言った。
「裕福な家庭環境ではなかったようです。両親はストレイ。少ない収入で細々と暮らしていたみたいですね」
「え。でも、アビュランスの学費って高いって噂ですよ?」
織笠が訊ねると、悲痛の色を浮かべながらユリカは頷く。
「両親たっての希望だったそうです。彼女自身も働きながら工面していたようですが、その両親も過労の末、交通事故で……」
「死んだのか」
「…………」
「そうか」とだけ呟いて、カイは目を伏せる。
「そして、追い討ちをかけるように暴行事件が起きた。肉体的にも精神的にも傷を負った彼女は学校を自主退学し――」
復讐の鬼と化した。
精霊使いを憎み、世界を恨んだ有栖は、結末として自害を選択した。敗北した場合の処置を、前々から考えていたのかもしれない。あれは死を覚悟した笑み。命令されていたようには到底思えなかった。
「となると……、やはりハッキング技術は習得していなかったことになるな」
レアが「ふむ」と顎に指をあてながら唸る。
「あの地下倉庫にPCはなかった。実家は既に売却されていて分からんが……生活を鑑みると難しいだろうな」
「私も舌を巻く技術だよ。ハッカーは別にいる、か。防犯カメラは依然として元を辿れん。――全く何なんだ、その『伊邪那美の継承者』とやらは」
カイが嘆息しながら、かぶりを振る。
「分からん。大仰な名前だが、目的は謎だ」
「……犯罪組織なら何かしらあるはずだよなぁ。主義とか思想やらが」
煙草を取り出し、咥えながらベランダに向かうキョウヤ。カイへの配慮だろう。合間の休憩で、ああやって一服しに外へ出ていく。
「伊邪那美……。この国を生んだ、日本で最も古い神ですわね。夫の伊邪那岐が生を司るなら、妻の伊邪那美は死を司る……。確かそのような記述が残されていたかと思いますが」
「神の継承……。カイの言うように御大層な名前を付けたもんだ」
「だが、それを表現していない。犯罪組織というのは大体、自分等を誇示するためのマークを残すものだ」
「世間に対するアピールか……確かにな。だが逆に無いなら無いで不気味だな」
と、レアも煙草を吸いたくなったのか、立ち上がったところでふと思い出したように言った。
「っと……。そういえばもう一つ面白いことが判明してな」
「……? 何だよ」
「メディカルセンター襲撃事件。覚えているよな、レイジ?」
「勿論です」
もう何ヵ月前のことか。それでも忘れるはずがない。
全てはあれからだ。織笠の人生が一変したのは。
「その首謀者――名は影内だったか。そいつの自宅に押し入り、証拠隠滅のために荒らした精霊使いがいたろ」
「残留マナの解析結果が出たのか?」
「ようやくな。――驚くなよ?」
口角を吊り上げて、わざとらしくたっぷり間を空けるレア。全員を焦れさせておいて、ようやく口を開く。
「メイガスだよ」
「あぁん!?」
一番の驚きを見せたのは、ベランダから会話を聞いていたキョウヤだった。すっとんきょうな声を上げながらレアに詰め寄る。
「何であのヤロウの名前が出てくんだ。メイガスが違法ドラッグの情報を流したってのか。何のために!?」
声を荒げるキョウヤ。メイガスと拳を交えたのは、他ならぬキョウヤだ。メイガスもまた復讐者だったが、彼には武人としての矜持があった。ある意味で認めていた部分もあったのだろう。
だからこそ余計に困惑しているのかもしれない。
「知らんよ。私は事実を言っているだけだ」
突き放すようなレアから目をそらし、キョウヤは舌打ちした。
「メイガスもまた単独犯ではなかった。協力者の力を借り、サポートを受けながら目的を果たした。……有栖と同様に」
カイの呟かれた最後の一言に含まれた意味を理解し、ユリカが静かに息を呑む。
「まさかカイ様。メイガスも『伊邪那美の継承者』の一員だと……?」
「突飛な発想だと笑うか?」
小さく自嘲し、カイは肩をすくめる。
「だが、こうも立て続けに起こるとな。メイガスにしても有栖にしても、そして影内にしても。動機は本人にあった。一つ一つは小さくとも、この世をディストピアと鬱屈していた奴等を手助けしていた者がいる。繋げて考えたくもなるよ」
反論できる者は誰一人としていなかった。すっかり静かになった室内に、アイサの無垢な寝息だけが小さく響く。
バラバラだった欠片が線となっていく。メディカルセンターの一件にしても、情報をリークしたソースはまだつかめていない。しかし、メイガスがそこに関わっているとなると様相が変わってくる。どこかの誰かが根も葉もない噂を流し、それを信じたのとは訳が違う。向こうには極めて優秀なハッカーがいる。
意味があるのだ。それこそが、彼等の主義なのかもしれない。
自分達の届かないところで、何かが渦を巻き、蠢いている。
それだけは確かだ。
「『伊邪那美の継承者』。今後、俺達インジェクターB班はこの組織に焦点を当て、捜査を進めていこうと思う。――異論はあるか?」
カイがリーダーとして、毅然とした口調で捜査方針を提示する。無論、そこに異を唱える者はいなかった。
「なら私も協力しないとな。――で、だ」
レアがニンマリとこの上ない笑みを浮かべながら、織笠を見る。
「戦力強化として、レイジ。君のE.A.Wを造ろうと思うがどうだろう?」
「え、え?」
「レイジにE.A.Wを?」
「ああ。レイジも正式にB班の一員になったんだろう? なら必要だと思ってね」
「いや、でも俺、精霊使いじゃないですよ? 造ろうと思っても無理じゃ……」
E.A.Wはインジェクターだけが持つことを許される、唯一無二の裁きの武器。類い稀な資質と、精保が誇る科学が融合した奇跡の代物である。
しかも。
E.A.Wは個人の特色が色濃く反映される。他人のマナをコピーするだけの織笠だと、製造など無理な話ではないだろうか。
他の面々も「またマッドサイエンティストが変なことを言い出しやがった」と、話し半分で呆れている。
「お前等な、揃いも揃ってそんな顔をするな。私をおちょくってるのか?」
「レアちゃん。もうちょい休んでも誰も文句は言わないから」
「休みならもう十分取ったわ。今は身体が疼いて仕方がないんだよ」
「じゃ、ワーカーホリックだ。分析班には言っとくから、また休め」
疲れたように頬杖をつくカイに、レアが顔を寄せる。
「お前が言うか、この仕事馬鹿め。――ったく、話は最後まで聞け。いいか、あくまで仮だ。模造品を作るんだよ」
「模造品? そんなものが精製可能なんですか?」
「E.A.Wは固有の武器。精霊使いと科学技術の半々で造られるのはお前等も知っての通りだ。姿形は能力者の意思が大きく反映される。だからレイジには、科学寄りにしたE.A.Wにするんだ」
「それじゃただのオモチャじゃねぇか」
キョウヤが口を挟むも、レアは無視。話を進める。
「構造は従来と同じ。言ってみればE.A.Wは、持ち主の血液が流れた“生きる武器”だ。毛細血管のような、繊細かつ緻密なコードが張り巡らされているのさ。そしてレイジの特異な能力を活かすため、E.A.Wにはサンプルのマナを搭載する。これならいつでも使用可能だろう」
「本当……ですか?」
「理論は既に完成してる。だから安心していい。うむ、模造品は言い方が悪かったな。全く新しいE.A.Wが生まれるぞ」
背筋が震えた。織笠は沸き上がる高揚を抑えられず訊ねると、レアは自信満々に深々と頷いた。
「そこで重要なのが持ち主の意見だ。やはり自分の命を預ける大事なものだからな。形状や種類など、要望はあるかい?」
「要望……ですか?」
「何でもいいぞ。私の辞書に創造不可能の文字はない」
織笠は両手を見つめ、考え込む。
何が欲しいか。
どんなものが相応しいか。
想像を巡らし、輪郭を形成していく。ただ、やはり上手くはいかない。漠然としたオーダーを前にして、まとまらないのだろう。
「――どうした? 深く悩むことはない。こういうのは直感が大事だ」
織笠は顔を上げて、ゆっくりと皆の顔を見回す。
そして、たどたどしくありながら素直に思いを語った。
「はっきりと望むものは……ありません。けど思うのは、皆さんのサポートが出来ればそれでいい。それだけです」
大事な仲間。自分がインジェクターになったのも彼等を助けたいと強く願ったからだ。
「キョウヤさんとユリカさんは前衛タイプ。カイさんとアイサちゃんは後衛タイプですよね。なら俺は、その中間で立ち回るのがいいのかな、と。――どうでしょう?」
息を小さく吐いたところで全員に意見を求めてみると、誰もが目を丸くしていた。俺、マズイことを言った? と、内心慌てるが、次の瞬間、一同が盛大に吹き出した。
「ははっ、こいつはいい! 最高だ!」
「え、え?」
「あのな、レイジ。お前の注文は、分かりやすそうで実は一番難しいんだよ」
「そ、そうですか?」
「たりめーだろ。要は遊撃ってことだろ。状況に応じて的確に判断して立ち回りながら戦闘を行う。とにかく忙しい、チームのバランサーだもんよ」
言われてハッとする織笠。途端に恥ずかしさが込み上げてきた。
「与えられた役割をこなす方が簡単ですからね。攻防一体は、器用な方でないと務まりません。ですが、実にレイジさんらしい発想だと、私は思います」
嬉しそうに笑うユリカ。横で同じようにカイは静かに微笑みながら席を立ち上がる。
「オッケー、注文は承った。昔からE.A.W精製はどこか物足りなくてな。難解な発注は燃えるぞ。いやぁ、これから愉しくなりそうだ」
不気味な笑い声を上げて興奮するレアを見て、やはり全体が共通して思う。
やっぱりマッドじゃねぇか――と。
緊張が緩和されたことで、本格的な眠気が襲ってきた。
「んなぁああああああああああああああ!?」
突如、大音量で響き渡る大絶叫。何事かと声のした方に注目すると、カイが冷蔵庫の前で頭を抱えている。
「ど、どうしたんですか!?」
愕然としながら、ぎこちなくこちらを振り返るカイ。わなわなと身体を震わせながら、さらに発狂する。
「誰だぁぁぁあああああ!! 俺のプリン食ったやつぁぁぁぁああ!!」
「――はい?」
誰もが唖然だった。くだらない。というか意味がわからない。あのいつも冷静沈着なカイが、プリンでああも取り乱すなんて。
カイが大の甘党なのは周知の通りだが。
「プリンだよ、プリン! 俺が楽しみに取っておいたプリンが無くなってんだよ!!」
「いや、飲み会始まる前に冷蔵庫覗いてんだからそこで気づけよ。――まぁ、俺が食ったんだが」
「あぁん!?」
「だってよ、買い出しの直後に酒入れようと思ったら邪魔でよ。食っちった」
「テンメ……! あれはどれだけ俺が大事にしてたと……!」
「いーじゃねぇか。冷凍庫にゃ山程アイスがストックしてあんだろ? それで我慢しとけ」
悪びれもなく欠伸をかますショウヤに、カイが顔面にアイスクリームを思い切りストライクさせる。バニラを大量に浴びたキョウヤが逆にぶちギレ、終いには取っ組み合いのケンカにまでなり、ベッドの上で揉みくちゃになった。
その光景があまりに可笑しくて織笠は声を上げて笑った。
久しぶりだった。腹の底からこんなに笑ったのは。
他人と遊んでこんなに楽しかったのは。
彼らと、少しだけ距離が縮まった――、そんな夜だった。
どうも、お久しぶりです。
如月誠です。
第四章が終わりました。
物語も折り返しになります。
ここまでの二~四章は、各キャラクターにスポットを当てながら(カイは別ですが……)お話を進めてきましたが、特に今回のユリカ編は辛かった。本当にしんどかった!
不慮の事故とはいえ、親友を殺めてしまった罪をどう帰結させるのか。
これは悩みました。
その末の答えは“解決させない”。ただ先延ばしにさせただけという、ある意味最低な結末に致しました。
そうすることしかできませんでした。
いかがでしたか?
さて、ここからは初めに言った通り、後半に入ります。
核心部に迫ります。
僕がどこまでこの世界を表現できるかは分かりませんが、楽しみにしていただけたら幸いです。
それでは、またいつか。




