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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第四章 未来は嗤う
51/100

17

「ミコト……」


 震えそうになる声を気力で無理矢理抑え付け、ミコトを見据えるユリカ。背中を滴るじっとりとした汗が、襦袢に張り付く。

 未だに信じられない。

 前方に(たたず)む女の子が、かつて殺めてしまった親友だということに。身体が有栖という少女であったとしても、内から放たれる気配は間違いなく彼女だ。

 喉が枯渇する。唾の飲み方も忘れてしまいそうなほど、ユリカは緊張していた。

 不意に、着物の裾が引っ張られる。

 振り向けば、織笠が心配そうな顔でこちらを見つめていた。当然か。これから死ぬと宣言したのだから。


(大丈夫ですよ、レイジさん)


 織笠の手を優しく振りほどく。彼の温もりが、手の冷たさを包んでくれるようだった。


「確認したいのだけれどいい? ユリカ」

「……何でしょう」

「お前は逃げることも出来た。お仲間に私の処理を任してもよかったのに、こうして現れた。――これはもう、そういうことでいいのよね?」

「……ええ。覚悟は決めました」


 潔い言葉に、ミコトは鼻で笑う。


「殊勝な心がけじゃない。そうよね、罪はちゃあんと償わなくっちゃ。お前は私の未来を奪ったんだから」


 ミコトの顔が歪む。今気づいたが、呼吸が荒い。明確な憔悴だった。

 ユリカは、頭に浮かんだ疑問をぶつけてみた。


「こちらも質問、いいですか」

「……? 何よ?」

「その身体の持ち主――宗島有栖は今、どうなっているのですか?」

「どうって……、眠っているだけよ」

「生きてはいるのですね?」

「二重人格みたいなものよ。深層領域に眠っているから、私が表にいるときの記憶はない」


 ミコトは、こめかみを指でリズミカルに叩く。


「でも不思議なことに、今はすごくスッキリした気分よ。あの子の感情とか想いがごちゃ混ぜになっているのに、気持ち悪くない。むしろ心地いいの」

「そう……ですか」


 記憶の共有。ミコトに自覚はないみたいだが、二つの人格は確実に融合を果たしている。

 とても危険な状態だ。

 このままでは、どちらの精神も崩壊する。時間の問題だ。有栖には、今回の事件も含めて背後関係など聞きたいことが山ほどあるのだ。それを失くしてしまうわけにはいかない。


「あら? でも他人の心配をする意味なんてないでしょ、ユリカには」

「分かっています。ですが――」


 E.A.W――霊滅地閃が弧を描き、その切っ先がミコトに向く。


「その子にはまだ用があります。後処理は仲間に任せますが、拘束はさせてもらいます」

「義理立てのつもり?」

「そんなところですよ。私の最後の仕事ですから」

「生意気」


 嘲笑したミコトの足元。背後の影が一気に伸びたかと思うと、空間に発生した黄燐の光がそこに吸い込まれていく。

 地下に精霊を送り込む――その意味。方法としてはユリカがE.A.Wを取り出すのと一緒だ。

 しかし、ユリカにも何が飛び出すのか予測がつかない。

 そして、それは顔を出した。

 アンカーで吊り上げられるように、じわりじわりとせり出す岩の塊。四肢があり、全高三メートルは超す、人の形をした巨像が現れたのである。


「な……な……」


 織笠が絶句する。


「ゴーレム、ですか」


 ユリカが呻くようにして、その正体を告げる。


「そういえば貴女は得意としていましたね。精霊を混ぜた粘土から、物を精製するのが。それをまさか地脈の中に隠し持っていたなんて」

「昔、よく貴女と土いじりして遊んだものね。懐かしい。ユリカは不器用だったから、作ってもすぐ壊れてたけど」

「私には才能がありませんでしたから」


 だから、今手に握っているE.A.Wも、製造には苦労した。生まれつき想像力に乏しいのもあるだろう。そんな自分が、本当にインジェクターとして相応しいのかと悩んだ時期もあった。


「ええ。だから私は殺されるハメになった」

「…………」


 押し殺していた憤懣(ふんまん)を静かに開け放つミコト。背後に控えるゴーレムが圧倒的重量をものともせず、歩行を開始する。岩を乱暴に削り取ったような足が、地面を激しく揺さぶってくる。


「レイジさん、下がってください。出来るだけ遠くで、隠れていてくれると助かります」


 ゴーレムは各パーツが岩石を無造作に接着させただけのような図体をしているが、その正体は、大地の精霊を内包させた莫大な力の塊である。あれが暴れれば、どこまで被害が出るか分かったものじゃない。

 退避を促すのは当然の判断。しかし、織笠の返答は予想外のものだった。


「嫌です」

「は……?」


 耳を疑った。それとも聞き違えたか。思わず、ユリカは振り返る。


「ユリカさんは死なせません。俺も戦います」

「な……!?」


 この青年は何を言っているのか。冗談のつもりかとも考えたが、織笠はそんな性格ではない。


「ユリカさん、死ぬ気ですよね? そんなこと、誰も望んでません」

「まだそんなことを! 貴方の力で何が出来ると――!」


 織笠の手には、いつの間にか細長い光の刀が握られていた。着物の裾を掴んだときに力をコピーしていたのだろう。


「やめて下さい! 死んでしまいますよ!?」


 ユリカの制止を無視して、織笠は彼女をかばうように立つ。

 ミコトは、そんな織笠を今初めて視認したらしく、両眉を微かに上げた。


「あら。貴方、お仲間さん? どういうつもりか知らないけど、邪魔しないで欲しいわね」

「そうはいきません」

「強がりはよした方がいいわよ、逆に惨めだから。精霊使いにしては虫けらレベルのようだしね」


 確かに、織笠が顕現させたのは精霊がかろうじて刀のような形をした光の物体――いわば模造品。そんな風が吹けば消えてしまいそうな(もろ)い武器で、織笠は巨人に立ち向かおうとしている。無謀でしかない。


「人殺しなのよ、そいつは。守る価値なんてありはしない」

「結果的にそうかもしれない。でも、俺には――いや俺達にはユリカさんが必要なんですよ」

「生きる資格が、ユリカにはある……って?」

「少なくとも死ぬ理由はない。因果応報なんて認めないし、俺が死なせない」


 それは織笠のわがままだ。そう理解しつつも、ユリカの胸はじわりと熱くなる。そんな権利など、ないというのに。


「全く、おかしな話よね。引っ込み思案で、里に馴染めなかったユリカがこんなに慕われるなんて」


 織笠の真っ直ぐな言葉に気分を害したのか、ミコトの顔が歪む。


「いいわ。なら、試してあげる。その間違った正義を貫いてごらんなさい!」


 主人の命令に従い、ゴーレムがミコトを横切って突撃を開始する。猛然、とした勢いでなくともあの巨躯だ。歩幅は大きく、距離を詰められるのは一瞬だった。


「逃げて!」


 ユリカが悲痛に叫ぶ。

 ゴーレムが腰を捻りながら、まるで電柱のような豪腕で裏拳を放つ。その迫力に気圧されていた織笠は、真横からの衝撃に対処が遅れた。かろうじて刀で防ごうとしたが、間に紙を噛ませるようなもの。車が衝突したかのように軽々と身体が吹き飛び、ガードレールを飛び越えて雑居ビルの外壁に激突した。


「レイジさん!!」


 ゴーレムが緩慢な動きで、壁にめり込む織笠に顔を向ける。その場で方向転換し、織笠に近づいていく。

 ゴーレムは言うなれば、主人の命令を忠実に従うだけの、感情のない人形だ。目や鼻といったパーツが一切ない、のっぺりとした顔面には対象を捉えるのは不可能だ。

 ならば、どこで認識しているのか。

 ミコトである。彼女の視覚と同期し、ミコトの脳内で計算した対象との距離感を伝達しながら戦う仕組みになっている。

 ゴーレムが織笠の頭を掴んで、持ち上げる。意識がないのか、織笠の全身はだらりと垂れ下がって動く気配さえない。


「やめなさい、ミコト!!」

「何? 邪魔しないでほしいわね」

「レイジさんは関係ありません! 狙いは私のはずでしょう。彼には手を出さないでください!!」

「それは彼に失礼よ、ユリカ? こいつは貴女を助けるために騎士(ナイト)を気取っているんだから」


 他人の顔で醜悪な笑みを浮かべるミコト。


「まあ、待ってて。すぐに片付けるから。その後に、じっくりいたぶってあげるわ」


 顎をしゃくって、ミコトがゴーレムに命令する。織笠の頭部をすっぽり覆う大きな五指に、じわりと力が込められる。その程度の力でも、織笠の頭を潰すのは容易い。

 ミシミシ、という耳障りな音が夜の静かな街に響く。


「があああああああああああああああ!!」


 織笠が激痛にもがく。必死になって暴れるもゴーレムはびくともせず、徐々に握力を強めていく。

 ――まずい!

 ユリカが飛び込もうとした、その矢先。足元に亀裂が入り、アスファルトが勢いよくめくり上がった。まるで彼女の行き先を阻むようにして、瓦礫の壁を形成する。


「邪魔しないで。私はそう言ったはずよ?」


 歯噛みするユリカ。瓦礫は精霊によって硬度が増しているらしく、E.A.Wでも破壊するのは困難だと瞬時に悟る。


「ミコトォオオオオオ!!」

「咆哮なんてよして。せっかくの美人が台無しよ? そんなにこの男が大事なのかしら」


 おどけた調子で言うミコトに、増々頭に血が上る。激昂から尋常じゃないマナが溢れ、大気を震わした。空間がまるで恐怖しているかのように、この辺り一帯が軋み、ビルや道路にヒビが入る。

 これにはさすがのミコトもはっきりと動揺を示した。彼女には、幼少時の記憶しかない。ユリカの潜在能力が、これほど高いとは思わなかったのだろう。


「やりなさい!!」


 軽く舌打ちしながら、ミコトは腕をゴーレムの方へかざし、声高に命令する。

 しかし、それが実行される直前。織笠の身体が大きくねじるような運動を起こした。苦し紛れの抵抗――だったのかもしれない。刀を真横に振り抜いた。

 細い光がゴーレムの前腕部を通過する。強度の差は歴然なはずなのに、ゴーレムの腕がずるりと下がった。


「なに……!?」


 頭を掴まれたまま、腰から地面に落ちる織笠。力の供給を失った腕がボロボロと崩れていった。


「……へぇ、中々やるじゃない。気を取られてたとはいえ、私の力を上回るなんて」

「……こんなもの……」


 頭を押さえながら織笠は起き上がり、ミコトを睨みつける。


「俺だって、毎日ユリカさんから厳しい稽古をつけてもらっているんだ。それに比べたら……、どうってことはない」


 だとしても、彼との修行を始めたのはつい最近だ。肉体やマナコントロールだって、まだまだこれからの段階。基礎しか教えていないのに、そんな短期間で急激な成長などあり得ない。

 なら、どうしてなのか。

 ユリカにも理解できないが、恐らくは精神力の部分。それだって、長く厳しい修練で徐々に培われるものだというのに。


「だけど……今ので分かった。貴女の実力はユリカさんよりも下だって」

「……なんですって?」


 ミコトの笑みが強張る。


「私がユリカよりも劣っている……ですって?」

「ええ。貴女が操る精霊には芯が欠けている。精霊は魂と密接に繋がっているんでしょう? 死人の貴女だと、無理もないかもしれませんが。逆に、ユリカさんはこれでもかってぐらい凝縮されている」

「言うじゃない。このクズが」


 ゴーレムの右腕が自動修復する。術者からの供給が続く以上、身体が一部でも残っていればすぐに再生するようだ。しかも痛覚もないのでは、どれだけ破壊しても活動が止むことはない。

 戻ったばかりの右腕で、ハンマーのように織笠の脳天へ大きく振り下ろす。あまりに速すぎて、風の唸る音が遅れてやってくる。

 拳が激突する寸前で、織笠が後ろに地面を蹴った。ゴーレムの初動に対しての直感だろう。それが彼の発言通りなら、修行の成果と言える。

 空を切る岩石の拳が地面を叩く。一瞬でアスファルトが陥没し、内蔵を揺さぶる振動で織笠の身体が浮きながら、暴風によってさらに舞い上がる。

 自由の利かない体勢。そこをゴーレムは見逃さない。織笠の腹部に、左の拳を叩き込む。


「ごはッ!!」


 くの字に折れ曲がりながら、織笠が数十メートルは軽く吹っ飛んだ。車道を数回跳ねながら、地面を削るようにして転がっていく。

 その勢いも収まらぬ内に、ゴーレムが追撃にかかる。跳ねるように接近した巨体が、ボールを蹴るようにまた織笠の腹部に脚部を振り抜く。乾いた音が響きながら、織笠の身体が錐揉み状で距離を伸ばす。身動きの取れないユリカからはもう豆粒のような距離まで離れてしまった。


「ほら、言ってみなさい! 私のどこがユリカに劣っているのかを!!」


 プライドに障ったのか、激昂するミコト。彼女がここまで感情を露わにする姿は、過去の記憶にない。


「……全て、ですよ……」


 赤い雫が地面に垂れる。

 食い縛った織笠の歯から零れたからだ。身体を起こし、さらに吐血しながらも織笠の瞳には強い光が宿っていた。

 どうして。どこにそんな力が宿っている? 疑問が頭を駆け巡りながら、けれどユリカは思う。


 (……もう、止めて。立ち上がらないで)


 ――だが、言葉にならない。


「まだ出会ってそんなに時間が経ってないけど、俺には伝わってきた。長い時間をかけて培われた、ユリカさんの努力が」


 呻き混じりに、言葉を吐き出す織笠。


「生まれ持った膨大なマナ。暴発事件で心を砕かれ、罪を抱え苦しみながらそれでも力と向き合い、成長してきた。だから今、インジェクターとして正義のために戦えている。ユリカさんの大地の精霊にはそういう様々な想いが詰まっているんです」


 破けたジャケットを脱ぎ捨て、織笠は乱暴に口元を拭う。そして吼えた。


「貴女は天才かもしれない。――でも、ユリカさんはそれをも超える天才。俺が尊敬する、最高の精霊使いだ」

「レイジさん……」


 じわりと目頭が熱くなった。どうしてそんなことが分かるのか。まるで自分に寄り添い、陰で見守っていてくれていたかのように。

 しかし、自分は忘れていたのだ。むしろ消去しようとしていたのかもしれない。ミコトという親友を。脳から排除して、逃げていたのだ。

 弱かったから。

 嫌だったから。

 死のうとも考えた。でも臆病だから死ねなかった。


(あぁ、そうか)


 ユリカはようやく気付く。


(私は聞いて欲しかったんだ。誰かに、苦しみを知って欲しかったんだ)


 惨めで、情けなくて、どうしようもない自分。

 それでも。

 贖う方法ではなく、ちゃんと受け止めて生きなければいけないことに。


「ユリカさんッ!!」


 そして、今度はユリカに向かって織笠は叫ぶ。


「どんなに悔やんでも過去は変えられない! 時間は元に戻せないし、止められないんだ! だから醜くても前を向く。死んで許されそうなんて思っちゃいけない。生者は時間を、生涯を費やして二人分の命を抱えながら、その重さを受け止めていくしかないんです!!」

「…………」

「傲慢だこと。当事者以外だから述べられる、眩しくて鬱陶しい理屈だわ」


 ミコトは不快そうに鼻を鳴らすが、織笠は構わず続ける。


「俺はそんなありきたりなことしか言えないけど。でも、貴女は強い! だから絶対に負けない!――もし、それでも押し潰されそうと言うのなら、俺も一緒になって背負います。一生かけて、支えますから!!」

「!!」


 その瞬間。

 ユリカを纏う空気が一変する。

 爆発的なマナが高出力の精霊を呼び起こし、光の衝撃波が生まれた。まるで精霊が歓喜しているかのよう暴れ、彼女を囲んでいた強固な壁を粉砕した。爆風の凄まじさにゴーレムすらたじろぐ。


「な……!?」


 肌に感じる圧力に、ミコトは狼狽した。

 金色の光に包まれながら、今までに感じた事のない力の高揚をユリカは感じていた。今更ながら、ようやく精霊の本質を理解した気がする。長く、艶やかな藍色の髪をなびかせながら、ユリカの瞳はしっかりとミコトを見据える。

 もうそこに迷いはない。


「現金ですね、私は」


 霊滅地閃の切っ先をミコトに向けて、ユリカは自嘲気味に呟く。持ち主の精神を体現したかのように、刀身は今まで以上に眩い輝きを放っていた。


「ミコト……。貴女は既に死んでいる。今、私の目の前にいる貴女は悔恨の念が生んだ幻影。認識を改めます」

「はぁ……? 何を言い出すかと思えば。なんて都合のいい――」


 「ええ、本当に」と、ミコトは苦笑する。


「虫のいい話ですよ。ですが、目が覚めました。私は人として、大切なことを見失うところだった。レイジさんには感謝しなければいけません」

「ユリカさん……」


 その言葉を聞いて、ホッとした表情を浮かべる織笠。


「貴女の分まで私は生きます。貴女が過ごすはずだった時間も全て背負います。だから、このまま私の人生が終わるまで、ずっと恨んでいてください」

「殺人者が……。何、綺麗事をぬかしてんのよォォォォオオオオオオオオオオッ!!」


 ミコトの怒声を穏やかな表情で受け流して、ユリカは刀をくるっと回して、腰の左側に据えながら重心を落とす。

 ゆっくりと首を回し――猛然と迫り来るゴーレムに臆することなく、静かに息を吐く。


「貴女が知らないことを一つ教えましょう」


 至極、冷静に。ただ唇だけをユリカは動かす。


「抑えの利かない力を、どうやって制御したか。解は単純。――一点集中です。私が行ったのは“一撃に全てを注ぐ”、それだけに特化させました。練って練って練って、研いで研いで研いで。気の遠くなるような時間をかけて、極限に至らせました」


 そして、さらなる力を込めるかのようにユリカは上半身を屈めた。鋼の刀身が灼熱のマグマのような橙色を帯びながら、鮮やかながら強い輝きを放つ。


「しかし、そのためには普段、強引にでも力を封じる必要があります。それが、私のE.A.W。この霊滅地閃は武器ではないのです。私の力が暴発しないよう強制的に押さえ付ける――只の鞘なんですよ」


 至近距離にまで縮まったところで、ゴーレムが拳を繰り出す。自我のないゴーレムには、ユリカが放つ尋常ならざる殺気を感知することはない。

 そして、ユリカは低い声音で言葉を紡ぐ。


「万物の一切を割断せよ――“天地開闢(てんちかいびゃく)”」


 抜刀。目にも映らぬ速さで右腕を縦に振り抜く。ユリカが行った動作は至極単純。それのみだった。

 しかし――その一振りに全てが集約されている。黄金の光刃が、まるで天を貫くかのように実際の刀身よりも距離を伸ばし、直線的なラインを描きながら音もなく駆け抜けた。

 それが、彼女が己の御しきれない力をいかにして操るか思考し、辿り着いた答え。会得した一閃必殺の抜刀術だった。

 直後。

 辺りを静寂が包んだ。ユリカを除いて、世界が停止したかのようだった。黄金の粒子が舞い散る中、多量の精霊で構築されたゴーレムが真っ二つに引き裂かれ、ボロボロと泥人形のように崩れ落ちていく。

 純然たる資質はどちらが上か――明白な結果。見る者の目を奪う、美しい絶技だった。


「なん……です……って……」

「これが私が自らに課した縛り。結局は貴女の言うように、何の才能もない、役立たずな精霊使いですよ」

「ユリカぁぁぁあああああアアアアアアアアアッ!!」


 皮肉交じりに言いながら哀しげに笑みを浮かべるユリカに、ミコトが生身で突撃を仕掛けてくる。

 ユリカは両手で刀を構え直す。その手に、いつの間にか傍にいた織笠の手が添えられる。もう立っているのも辛いはずなのに。だが、その優しさが勇気を与えてくれる。



 もう、大丈夫。



「ミコト。私が死ぬその時まで、永遠に恨んでいてください。地獄に落ちるには、まだ時間は掛かるでしょうが……。ええ、……そうですね。だから、それまで幽世(かくりよ)で待っていてください」


 刀身から粒子が噴出する。燦然と輝く流星のような光の乱射。圧倒的な精霊の奔流に成す術もなく、ミコトは光刃に貫かれた。






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