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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第四章 未来は嗤う
50/100

16

 練馬区には、もう使われていない雑居ビルが多く立ち並ぶ。今ほど正規とストレイとで区域がはっきり分かれてない時代には、発展指定区域として精霊による整備が行われていたらしいが、それも失敗。見事に流浪のストレイが雪崩れ込む吹き溜まりになってしまった。

 織笠にとっても二度と立ち寄りたくない場所だ。ただ犯罪者が逃げ込むには最適なため、インジェクターは警邏を含め頻繁に訪れる。

 学校のデータに載っていた住所に車を走らせた五人が目にしたのは小さなバー。有栖の両親が経営していたのだろうか。にしては、(さび)れて何十年も補修もされていないようだし、本当にこんなところで暮らしているのかと疑うぐらいみすぼらしい。

 相手に悟られないよう、車はかなり離れたところに停め、五人は足音すら殺してバーの傍にある横道の壁から様子をうかがっていた。


「……本当にここが容疑者の自宅なんですか?」


 声を潜めて、訝しげにアイサが問う。


「間違いない。学校名簿に登録してあった住所と一致している」

「……でも、居住スペースなんか無さそうっスよ?」


 路地の角に面したバーは、一階部分のみの平屋の造りになっている。店内の内装はここからでは窺えないが、一般的な構造なら生活には難がありそうだ。


「その名簿も改竄されてるんじゃねぇの?」

「……かもしれん。だが情報がこれしかない以上、信じるしかないだろう」


 キョウヤの疑問に、カイは自信なさげに答える。


「だなー。んで、作戦は?」

「俺とキョウヤ、アイサの三人で突入する。レイジとユリカはここで待機――いいな?」

「全員で、ではないんですか?」


 と、意外そうに尋ねる織笠。


「キョウヤが言うように、これが仕組まれたデマの場合もある。それに屋内は狭いしな。あまり人数をかけると、立ち回りにくいんだ。二人はここから様子を見ていてほしい」


 カイがユリカを一瞥する。

 ユリカの精神は非常に不安定な状態だ。有栖ともう一度対峙して、まともに戦闘できるのか。それだけじゃない。最悪、彼女自身にまた予期せぬイレギュラーが起こる可能性だってある。

 リスクを少しでも抑え、勝つ確率を上げる。

 チームにとって苦渋の判断だが、妥当な決断だろう。


「了解しました」


 ユリカも自分が足手まといなのは自覚しているのだろう。納得したように首肯した。


「それとキョウヤ」

「あいよ」


 暗闇に緑の淡い光が灯る。キョウヤが両手から生み出したのは、通信用として使う風の精霊だ。相手はハッカーかもしれない。常備している携帯端末だと、傍受される危険性がある。片方はカイ達、もう片方は織笠達が受け取る。


「よし、行くぞ」


 号令と共に、突入班が動き出す。足音を殺しながら素早く店の前に移動。扉の小さなガラス越しに中の様子を確認するが、当然照明の類は一切点いておらず、判然としない。

 それを確認すると、カイはキョウヤにアイコンタクトを送る。ドアの開錠といった隠密能力は風の精霊使いが適任だ。キョウヤが人差し指に巻き付く小さな風を作り出す。これがロックピック代わりとなるわけだ。

 が、それも無駄だったらしい。

 指先を近づけた瞬間、ドアノブが勝手に落ちてしまう。まあ老朽化のせいだろうが、これでは増々、人が住んでいるのかという疑問が強くなってくる。

 カイは音を立てないようそっとドアを開けて、身体を滑り込ませる。E.A.Wを構えて周囲を窺う――が、人の気配はなし。


「人が出入りした形跡がありませんね……」


 後ろからアイサが声を潜めて、テーブルの埃に触れていた。


「やっぱ情報がニセモンだったってことかねぇ」


 と、キョウヤが肩をすくめる。


「奥を調べよう」


 ライトを照らし、カウンターの裏に回る。細い通路に隣接した従業員用更衣室を覗いてみるも、空振り。他に隠れられる場所もなさそうだ。

 やはり有栖はここにいないのか。

 いつも以上に眉間の皺を深くしてカイが考えていると、反対側に回り込んでいたアイサがこちらに手招きしていた。もう一つの小さな扉、そこから地下に続く階段があった。


「この下って、何があるんでしょう?」

「普通に考えて、酒蔵だろうな」

「どう……思います?」

「行くしかないさ」


 足元に照らしたライトを頼りに階段を降りると、やけに広い空間に出た。やはり倉庫として利用していたのだろう。外に繋がる階段もある。そこから短い通路の先に、やや真新しめな扉がある。あれが酒の貯蔵庫だ。

 そこへ向かおうとした矢先。アイサが突然、妙なことを言い出した。


「あのぉ……。ここ、寒くありません?」

「そりゃあ、酒を保存するんだから温度を低くしているんだろ。ってか、地下だし」


 腕をさするアイサに、キョウヤが思ったことを素直に言う。


「分かってますよ。でも、湿度も妙に高いし……。変じゃありません?」


 それを聞いて、カイは眉を顰める。アイサの違和感はもっともだ。ここは既に営業していないのだから、酒を保存する必要はない。そもそも在庫などないはずである。

 壁に触れてみると、確かに若干水気を含んでいる。自然に出来た洞窟を歩いているような気分だ。

 空調設備も動いていない。なら、この冷気はどこからきている?


「私語は慎めよ。対象が潜んでいるとしたら、ここしかない」


 緊張感を今一度高めて、貯蔵庫の扉がスライドすると同時、三人は勢いよく突入する。


「ッ!?」


 飛び込んできた光景に、三人が息を呑む。

 コンクリで覆われた正方形の部屋の中央に、巨大な水の球体が浮かんでいる。それだけでも驚きだが、その中には無重力のように水の流れに身を任す有栖の姿があった。


「これは……」


 雨の精霊使いであるカイですら、これが何を意味するのか、まるで理解できなかった。

 目的を達成した優越感からの遊泳ではないだろう。安らかな表情なのは、眠っているからだ。異常なまでに『睡眠』に対して執着する彼女のことだ。これは恐らく、治癒。それも、肉体的というよりも精神面のリセットを目的にしているのかもしれない。


「どう……して……」


 全員が唖然としていると、コポリ……という音と共に、有栖の唇から水泡が漏れた。


「どうして、私を静かに眠らせてくれないの……?」


 身体を抱きしめ、悲哀に満ちた双眸が宙へ投げられる。


「私はただ、楽になりたかっただけなのに。夢の世界へと漂っていたかっただけなのに」


 苦しみが、痛みが、嘆きの言葉となって吐露されていく。


「何で皆、邪魔するの? どれだけ殺せば、消せば終わってくれるのよ」

「有栖……」


 嗚咽混じりの本音。連続殺人鬼とは思えない、ただの幼い少女がそこにいた。


「私の物語は終わったはずなのに。それなのに、頭が割れそうになる。『まだだ』って訴えかけてくる」


 ミコトの人格だ。強引な融合を果たしたために、内で眠っているはずのミコトが呼びかけているのだ。いや、もっとひどく言い換えれば、これは精神の浸食。能力者のランクではミコトの方が上。ミコトの意識が、本来の所有主である有栖を乗っ取りかけているのだろう。


「だからね、訊いたの」


 有栖が歪んだ笑みを浮かべる。


「どうすれば理想郷に行けますか、って。そしたらね、答えは簡単だった。あの女を殺せば今度こそ完了だって。さすがよね。それを言われた途端、頭痛が止んだもの」

「……狙いはユリカちゃんか」


 瞬時に察したキョウヤが低く唸る。呆けていたアイサも、ライフルを構え叫ぶ。


「させない!」

「――邪魔するなッ!!」

「もう止めろ。お前の心と身体は限界なんだ。これ以上放置すればお前は――」

「うるさいッ!!」


 肉食獣のように歯を剥き出しにして、感情を爆発させる有栖。彼女の怒りに呼応して、巨大な水の塊が弾け、無数に分裂した。大きさにして、直径五十センチ。部屋を埋め尽くすそれは、とてもじゃないが数えきれるものじゃない。

 そして、カイたちは戦慄する。この後に何が起きるのか、ユリカから事前に聞かされた有栖の能力が頭をよぎったからだ。


「――ッ!?」

「ァァァァアアアアアアアアアアアッ!!」


 言葉にならない咆哮を上げ、有栖が体内のマナを一気に解き放ち、無数の水塊に伝えていく。

 一切の余力を残さず、精霊を放出するのは自殺行為でしかない。要は生命力、その全てを注いでいるわけだから、文字通り命を削ってことに他ならない。

 証拠に、彼女の両目から赤い雫が流れていた。代償はそれにとどまらず、内臓をも破壊し、口から血の塊が噴き出した。

 自暴自棄の産物は、全方位型の氷針。それがこちらを標的に構えている。


「おいおい、冗談じゃねぇぞ!!」

「私は安息を手に入れるんだ。そして、お姉様と永久(とわ)に――!!」


 少女の細い両腕が弓のように引かれ、全身をバネのように使いながら前へ突き出される。刹那、有栖が念じ、願いを受けた全ての氷針が立ち尽くすカイたちに一斉に射出される。


「くっ……!」


 畜生、と吐き捨てる暇もなく、それは猛然と迫る。






 待機命令というのも、これはこれで辛いものだ。突入組の動向が気になるし、退屈なんて余裕を感じるほど、織笠はキャリアを積んでいるわけではない。

 とりわけ、織笠の心中をざわつかせているのが、ユリカの存在だ。

 長年苦しみを抱えながら罪を悔いてきた彼女に、予期せぬ最悪な事態。過去の亡霊が蘇るという、偶然にしても運命のいたずらが過ぎる。

 織笠は前方のバーに注意を払いつつも、横目でユリカを窺う。

 闇夜に紛れたユリカの沈んだ表情からは様々な葛藤が見て取れた。心の整理など出来ようはずもない。傍目にもはっきりと苦しみが伝わり、こちらまで辛い気持ちになる。

 こういう時に何を言えばいいのか。糸口さえ織笠には思いつかなかった。


「車中でずっと考えていました」


 静寂の中でさえ、消え入りそうなかすれた声の呟き。


「……え?」


 唐突な言葉に織笠はどきりとする。ユリカは(うつむ)き加減に続ける。


「ミコトが生き返った……その理由を」

「それは……移植のせいですよね? マナの統合、それと……その……ユリカさんがいたから反応して……」


 織笠は言いづらそうに返答する。そう、これはユリカ本人が言っていたことだ。


「ええ。科学的な根拠も、精霊的要素もない、ただの推測です。きっと偶然が重なり合った奇跡だと思うのです」


 頷きながらも、織笠は眉をひそめた。奇跡という表現は間違いじゃないのか。もし使うとしたら“不運”ではないだろうか。


「私は親友を殺してしまいました。罰は受けて然るべきです。その覚悟も出来ています」

「ユリカさん……」

「ミコトの望みは私への復讐。ならば、その願いを叶えてあげるべきだと思っています」

「な……ッ!?」


 驚きのあまり、絶句する織笠。突然何を言い出すのか。一瞬、言語を理解する能力が止まってしまった。

 ユリカは己の命を以て贖罪をしようというのだ。


「しっかりして下さい、そんなのだめですよ!!」

「どうしてです? よく言うでしょう、因果応報なんですよ」


 悲愴にまみれた笑みが、織笠に向けられる。覚悟を決めている。そんな顔をされては返す言葉が見つからないが、織笠は必死に頭を巡らし、説得する。


「そんなの間違っています! 殺したから殺されるなんておかしいですよ。皆だって納得しません!!」

「他の方々は関係ありません。これは私個人の問題です」

「でも!」

「じゃあ!!」


 ユリカが声を荒げる。


「どうすればいいというのですか!? どうすればミコトの無念は晴れるのか教えて下さい!!」

「…………ッ」

「ね? ないでしょう? その方法以外、存在しないんですよ」


 織笠は唇を噛み締めることしかできなかった。

 織笠には人を傷つけた経験がない。むしろ、そうならないよう、可能な限り関係に深入りすることを避けてきた性質(たち)だ。人間関係希薄な織笠に、第三者として解決方法の選択肢を提示するなんて無理。否定の言葉を連ねるのが関の山だった。

 だからといって、ユリカの決断に首を縦に振るなんて、できるはずがない。


「神に感謝すべきですね。罪を償う機会を与えて下さったのですから」


 何か、何かないのか。

 ユリカを死なせない方法が。


「ありがとうございます」


 苦悩する織笠を見て、穏やかにユリカが微笑む。織笠の震える手を取り、ユリカは両手でそっと包み込む。


「私を心配して下さって。レイジさん、本当に貴方は優しい方ですね」


 違う。そんなのじゃない。


「これでいいのです。彼女は私を殺すために生き返ったわけではないですが、運命が巡り会わせてくれたのでしょう」

「俺は許しません。もし、ユリカさんが殺されれば、今度は俺が復讐鬼になってその人を殺します」


 気付けば、目頭が熱くなっていた。今にもこぼれそうな涙を見せたくなくて、織笠は顔を伏せた。


「だけど、そんなことレイジさんにはできませんよね?」

「でも、俺は――!!」


 そこで、織笠の言葉は遮られる。

 突如、地面から微弱な振動とくぐもった音がこの辺り一帯に響いたからだ。


「な、なんだ!?」

「恐らく、カイさん達が戦闘に入ったのでしょう」


 鈍器で豪快に殴りつけるような音は立て続け響き、酒場の横――非常階段からは霧のようなものが噴き出している。

 やはり有栖はここにいたようだ。

 直後、通信用に浮遊する風の精霊に音声が入る。


『……リカ……』


 カイの声はノイズ混じりだった。通話の応答性は、上位の能力者ほどクリアなものだが、戦闘時は他の精霊の干渉もあって多少乱れてしまう。


「カイさん!?」

『す……まん。ミス……た……』


 それだけなら問題ないが、聞き取りづらい理由は別にあった。呻き声なのだ。ユリカが切迫した様子で呼びかける。


「どうされたのですか!? 皆さんは? 状況は一体――」

『問題……ない。少し……不意を突か……ただけ……。だが……すぐ……には、動けそう……ない』

「ミコ……いえ、対象は?」

『すまん……、逃げ……れた。今そっちに……』


 言葉尻が消えぬ間に織笠とユリカは視線を酒場に戻す。すると、非常階段の方から黒い人影が飛び出してきた。夜闇であろうとも、あれが有栖であることはすぐに理解した。


『気を……付けろ……。奴はもう……』


 そこで風の精霊は霧散していった。消えてしまったのは、キョウヤが意図的に解除したか、もしくは初歩的な術すらも維持する余力がなくなったかだ。

 通信中にアイサも含めて反応がなかったことからも、事態は重いと判断すべきだ。


「行きましょう!」

「カイさん達はどうするんです!?」

「……対象の追跡を優先します」

「放っておくんですか!?」

「精保に連絡を入れて、回収してもらいます。三十分もあれば救護班が来るでしょう」


 くそ、と織笠は舌打ちをする。

 今のユリカはとてもじゃないが冷静ではない。どう止めたって彼女は有栖を追う。ここで分かれて、自分がカイ達を助けに行くという選択肢も頭をよぎったが、無理だ。ユリカは間違いなく死ぬ気なのだから。

 同様に、逆のパターンもあり得ない。

 迷っている間にも、ユリカは既に駆け出している。織笠も慌てて追いかけた。





 有栖に追いつくのは、あっという間だった。

 脚力の面では、やはりそこは普通の少女。インジェクターが劣るわけもないが、有栖の足が遅いのはそれだけではなさそうだった。

 身体が重そうな、いかにもな疲労が見て取れた。


「有栖!」


 背後からの呼び声に、有栖の足が止まる。道路の真ん中で、ゆっくりと彼女はこちらを振り返った。


「ああ……、お姉さん。そこにいたんだぁ……」


 虚ろな眼差しがユリカを捉えると、有栖は薄い笑みを浮かべた。


「よかったぁ、捜していたのよ。今から精保に行くところだったから。手間が省けちゃった」

「……目的は私ですよね、勿論」

「正解。予定外だけど、お前で終わりだから」

「……いいでしょう。決着をつけましょう」


 静かな口調で、ユリカは言った。


「貴女も時間がないようですし」

「…………?」


 息を切らしていた有栖の肩が、ピタリと止まる。


「既にお気付きでしょう、有栖さん。貴女の自我がもうじき消えてなくなるのが」

「何ですって?」


 眉をひそめる有栖。同時に、僅かばかりの動揺が覗かせる。


「分からないのですか? マナ移植の後遺症ですよ」

「後遺症……? 馬鹿なこと言わないで。お姉様の処置は完璧よ。ミスなどあり得ない」

「では、なぜそれほどまでに苦しそうなのですか。貴女も自覚しているのでしょう? 意識が侵食されていく感覚を」

「それは……!」


 ぐっと言葉を詰まらさせる有栖。


「違う! 絶対に違う!」

「貴女がどれだけその方に恩義を感じていようとも、私はもう一人の人格と刃を交えています。貴女の神様がこの事態をどこまで予測していたのか知りません。意図していたのならば、貴女は実験台だったのかも――」

「やめろ! お姉様を愚弄するな!!」


 有栖は長い黒髪を振り乱しながら叫ぶ。聞き分けのない子供のような反応だが、きっと主君に対する懐疑心をどうにかして否定したいだけなのだろう。


「お姉様が私を利用するはずがない!」

「無償の救済だと……貴女はあくまで信じるのですね」

「そうよ!! お姉様はいつだって私を抱き締めてくれた。その度に不安や恐怖が綺麗になくなっていくの。どこにも疑う余地はない!」


 狂信的なまでの揺るがない、その信頼はどこからくるのか。

 血走った眼で吠えていた有栖が、ふと何かを思い至ったように、口角を吊り上げた。


「とんでもない魔女だわ。だからお姉様はお前を殺せと仰ったのね」


 思考の逃避。すりかえ。有栖は、自分の都合がいいように解釈したらしい。

 それが彼女の答え。現実から目を背け、夢の世界に逃げ込んだ有栖が行き着いた結末だった。

 だが、迷いがなくなったことで、定まっていなかった瞳の焦点に力が戻る。

 ぞわっと、織笠の背筋が粟立つ。有栖がまとう精霊が、オーラのように立ち昇っていく。


『諏訪守由梨香。お前を殺せば全てが終わる』


 少女の唇から、二つの声が重なる。

 意志の結合。有栖とミコトの意識が完全に同調した瞬間だった。

 有栖から、青の光と黄金の光が広範囲に放射される。それらが植物のツタのように絡まりあって、竜巻を起こした。凄まじい暴風がビルの外壁や道路のアスファルトを無惨に引き剥がす。 単にマナの暴走という言葉だけでは済まされない。明確な攻撃性が含まれている。

 あまりに濃度の高い精霊は、浴びるだけで毒となる。ユリカはE.A.Wを抜刀――織笠の腕を掴んで、強引に背後に引き寄せる。刀に力を集中し、精霊を噴出。刀身の延長として伸びた光が、前方から津波のごとく押し寄せる精霊を切り裂く。


「ぐ……!」


 ユリカの上半身が仰け反る。無尽蔵のマナを持つユリカでも、強烈な圧力には耐えるのが精一杯だった。

 そして、一際大きい突風が通り過ぎた後で、ユリカが膝をつく。体力を根こそぎ奪わんばかりの威力。

 織笠もユリカの身体を支えながら、愕然とする。これが、眼前の少女にとっては、ただの力の解放でしかないからだ。

 風が止んだその中心で、不敵な笑みを浮かべながら少女が口を開く。


「お待たせ、ユリカ。さぁ、大人しく私に殺されて頂戴」


 織笠には聞き覚えのない声だった。しかし、落ち着き払った冷淡なその口調に、ユリカの顔が強張るのが横目に映ったことで直感する。

 今の彼女がそう、ミコトであると。



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