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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第四章 未来は嗤う
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12

 アビュランス精霊学校の職員室。昼過ぎとあって、窓から暖く柔らかな陽光が射し込む。

 普段なら眠気を誘うような休憩時間であっても、この学校に限っては陰鬱な空気が漂っていた。

 カイとキョウヤ、ユリカの三人が再びここを訪れたのには理由がある。

 二件目の被害者。その身元が判明したのだ。

 名は楠木法正くすのきほうせい、十七歳。前回の咲島同様、死亡推定時刻は夜。手口も死因も一致していた。分析結果からデータベースで検索をかけると、咲島と楠木は同じクラスだと分かり、大河内の元に赴いたのである。


「そうですか……、やっぱり楠木君だったんですね……」


 沈んだ声ながら、大河内は薄い反応でそう返した。


「ご存知だったのですか?」

「彼の親御さんから、まだ帰宅していないと連絡がありましたので……。嫌な予感はしていたんです」


 大河内は見るからに衰弱していた。無理もない。自分の教え子が立て続けに殺されたのだ。生徒想いの性格もあるだろう。保護者への説明や対応にも追われているはずだ。

 カイは、そんな彼を気に病みながらも話を続けた。


「確認ですが、咲島さんと楠木君は貴方の生徒さんですよね?」

「ええ。……もしかして、私を疑っているのですか?」

「いえ。貴方から感じるのは陽のマナだ。二人の生徒も陽の精霊使い。担任と生徒の属性は揃えておられるのでしょう?」

「そうですね。何分、一般教養よりも専門的な部分が主なので。……まあ、私なんてただのお飾りなんでしょうけど」


 自嘲気味に、大河内は漏らす。


「彼らを死に追いやったのは誰なんです? 犯人は陽の精霊使いじゃないんでしょう? 私の生徒でないとしたら、一体誰が――!」


 ガタン、と大河内の座る椅子が倒れ、カイに縋るように腕を掴む。乱暴に揺さぶられながらも、カイは落ち着かせるようそっと大河内の腕を解いた。


「容疑者が貴方や貴方の生徒でないにしても、何の関連もないと言い切れません。むしろ、学校関係者が一番怪しい。――これを見ていただけますか?」


 カイは、スーツの胸元から小さなメモリースティックを取り出すと、「ちょっと失礼」と大河内のPCに差し込む。

 ここに来る少し前のこと。楠木の検視結果と共に、もう一つ分析班から報告が上がってきていた。

 葦神水路で起きた第一の事件で、ハッキングされた形跡のある、浄水場の監視カメラの解析がようやく終わったのだ。そのデータが、メモリースティックに収められている。

 ファイルを開き、映像を再生。事件当夜の導水路が映し出される。カイ達も見るのは初めてだ。

 画質は荒く、あまりに不鮮明だった。元々夜なのだから暗い上に、ノイズも酷い。分析班の技術と能力をもってしても、ここまでが限界だったというところだろう。

 黙ってしばらく見ていると、まるで暗幕のような導水路のほとりに、何かがフレームインしてきた。

 ――人影だ。

 目をすがめてようやく判別できる程度だが、その人影はどうも少女らしい。腰まで届く長い黒髪に、小柄な体格。少女はカメラに背を向けながら、何かを引きずっているようだ。


「これは……。ま、まさか咲島君……?」


 唇を震わせながら大河内は呟く。判然としない中でも自分の教え子だと理解したらしい。ぐったりとして動かない様子から、既に殺された後か。

 そして少女は、自分よりも遥かに身長のある咲島を、易々と暗い水面に放り込んだ。ゴミを捨てるように死体を遺棄した少女は、水流にさらわれていく咲島を見届けることなく踵を返し、カメラの外に消えていった。

 日常の延長のような淡々とした行動。

 いや、そうじゃない。あの少女には何の感情もないように思えた。

 怒りも、悲しみも、後悔も、苦しみも。あくまで事務的。そんな流れだった。

 シークバーを少し戻し、少女の顔が見えたところで、カイは動画を停止。ふぅ、と重い息を吐き出し、大川内に尋ねる。


「……この少女に見覚えは?」

「…………」


 やはり刺激が強かったのか、しばらく放心状態に陥っていた大河内は両手で顔を覆う。


「大丈夫ですか?」


 ユリカが気を遣いつつ、大河内の椅子を元に戻し彼を座らせた。大河内は顔色悪くしながら深呼吸を一度。改めて画面を注視して、首を横に振った。


「画質が悪いので何とも……」

「では、全生徒のデータと照合してみましょうか。……やっていただけますか?」


 カイに促され、大河内は頷きながらキーボードに指を走らせる。セキュリティシステムにアクセス――検索開始。生徒の顔写真がコンマ単位の高速で切り替わる。

 数秒後――ヒット。


 宗島有栖むねじまありす


 それが彼女の名前だった。

 目にかかる程の位置で切り揃えられた前髪で、やや不健康そうな顔立ち。地味というよりは暗い。生気が薄い印象。


「この子は……ストレイクラスの生徒ですね」

「というのは……まさか」

「ええ。この学校は基本的に成績優秀者が集まったエリート校だと世間では言われています。それは当然で、ほぼ正規の精霊使いしか在籍していないからです」

「ですが、それは公表していませんよね?」

「勿論。そんなことをすれば批判の的。保護者からの受けもよくありません。なので、願書は公平に受け付けます。そして一般入試後、ストレイ受験者の内、成績上位者だけ入学させ一クラスを造る。属性も分けずに。生徒数の割合で言えば九対一といったところでしょうか」

「桑舘校長の方針ですか」

「ええ、まあ」


 画面を見つめたまま、バツが悪そうに頷く大河内。


「……あの狸がやりそうなこった」


 不愉快とばかりに、キョウヤは吐き捨てる。


「でも考えても見て下さい。正規とストレイを同じ枠組みになんてしたら、それこそ諍いの元でしょう」


 桑舘を擁護するように大河内は言うが、そんな建前、当の生徒からすればたまったものじゃないだろう。ストレイというだけで隔離される。立派な差別だ。

 正規とストレイの問題は国家レベルだ。学校の実態を知って怒りが沸かずにはいられないカイだったが、今彼を責めたところでどうにかなるものでもない。どのみち、今回の事件の全貌が露見すれば、桑舘はマスコミに叩かれまくるだろう。

 カイは頭を切り替え、大河内に言った。


「とにかく、容疑者の素性は明らかになったんだ。今からその子に話を伺いますが、よろしいですね?」

「いえ、ちょっと待ってください」


 すかさず呼び止める大河内。カイは眉間に皺を寄せながら、強い口調で放つ。


「授業中だから、というのは無しですよ。もしかしたらその学生は殺人鬼かもしれないんです。生徒を守りたいのは結構ですが――」

「違うんです。彼女……もういないんですよ」

「……はい?」


 カイがPCを覗き込む。名簿の記載欄には大河内の言う通り、自主退学となっている。半年程前だ。


「どうしてだ……?」

「さあ、さすがにそこまでは……。こういう環境なので、ストレイクラスの子なんかは辞めていく数も少なくはないと、聞いたことはありますが……」


 もしかしたら今回の事件と関係があるのか。殺害の動機に繋がる何かと。


「だったら自宅に向かおう。なんとしてでもこの少女を確保するぞ」


 メモリースティックを抜き、三人は職員室を出ようとした。

 が、次の瞬間。予期せぬ事態に見舞われる。

 唐突に聞こえてきた、女生徒の張り裂けんばかりの悲鳴。その声が合図かのように、別に今度は幾つもの絶叫が重なり波の如く押し寄せてきた。

 急いで廊下を出ると、地鳴りのような足音。玄関方面から一斉に生徒がこちら側へ逃げてくる。

 生徒間のトラブルか。優れた能力者が集まった場所ならば喧嘩沙汰でも大事になってしまうものだが、どうにもそう思えなかった。ここはある意味、異質な施設だ。精霊を武力にする時点で犯罪となるこの国で、特に将来にこだわる彼らがそれを台無しにする愚行を犯すだろうか。

 中央ロビーに躍り出ると、辺り一面立ち込める煙と瓦礫の破片で埋め尽くされていた。あれだけ綺麗に維持されていた内観は見る影もない。柱や壁が何かに抉り取られていたり、破片が散乱した床は蜂の巣のように小さな穴が無数、穿たれている。

 そして、そこかしこに転がる生徒たち。呻き声が耳障りな共鳴を成す中、血まみれであったり、うつ伏せのまま動かない者もいた。

 嵐でも過ぎ去ったような後だが、そこはしっかりと精霊が渦を巻いていた。

 呆然とするカイ達。彼等の前方に、この騒乱の原因である人物が立っていた。

 今しがた見ていた、映像の中の少女。

 喪に服しているかのような黒い衣服を纏い、何故だか分からないが大きな枕を大事そうに抱え、悠然とたたずむ宗島有栖。こちらに気付いた彼女は、口が裂けるほどの笑みを浮かべた。


「あらら、こんなところで出くわすなんて。ごきげんよう、精霊の番人さん」

「白昼堂々ド派手にやってくれちゃって、まあ」


 現状を見渡し、こめかみを掻くキョウヤ。その手には既に、彼のE.A.Wが装着されている。


「こいつらが私に不快な眼差しを向けるものだから、少し痛い思いをしてもらったの。でも、殺していないわよ。目的が違うから」

「目的……?」

「そう、私にとって……いえ、違う。私以上に、ある人にとって、特別な目的が」

「動機なんてどうでもいい――今はな。お前を、二件の殺人容疑ならびに傷害の現行犯で拘束させてもらう。両手を上げろ」


 カイがE.A.Wである大きなハンドガンを構えながら警告を発する。しかしインジェクターだけが許される絶対の凶器を向けられても、有栖は表情を変えることはない。

 引き金にかけられた指に力が入る。


「な、なんだこれは……! は、早く、早く救急車を呼ばないと……!」


 そこへ遅れて様子を見に来た大河内が、慌てふためきながら近くにいた生徒を抱き起こす。


「先生、ここは危険です。下がってください」

「で、ですが……」


 ユリカが顔を少女に向けたまま、静かに注意するが、大河内はその場から離れようとしない。生徒の心配もあるが、この惨状を目にして腰を抜かしてしまっているようだ。


「見ぃ~つけたぁ」


 低く、妙に間延びした呟きを有栖は発した。獲物を発見した獰猛な獣のように、瞳に鈍い光を宿した彼女は、手に持っていた枕を思いっきり真上に放り投げた。回転しながら宙を舞う布製の物体は、次第に色を変える。白から無色透明へ。さらに、ぐにょぐにょと、アメーバのように蠢いたかと思うと、それは大きく丸い水の塊へと性質を変化させた。


「な……っ!」


 全員が呆然としながら、身体を強張らせる。

 雨の特性は変質。物体を一度分解し、新たに別の物体へと再構築させる性質を持つ。それは雨が有する能力の一つではあるが、個々の能力差で大きく変わる、いわば性能のバロメーターになっている。

 彼女と同じ雨の精霊使いのカイが驚愕したのは、その精巧さだ。ここまでの再現力。本当にストレイエレメンタラーかと疑ってしまう。


「ようやく会えましたね、大河内先生。貴方で終わりです。貴方を始末すれば、私は真の意味で夢の中へと旅立てる」

「き、君は何を……」


 怯えながら声を震わせる大河内。


「私は知らない。君はストレイクラスの子だろう。面識なんて……」

「そうですね。貴方にとって私は限りない学生の一人。直接的な接点はない」


 でもね、と小さい声で挟んで、有栖は表情を消す。


「間接的にはあるんですよ。貴方は教職員として、教え子の手綱を握っていなかった。だから奴らは付け上がった。自らが頂点だと自惚れた!」


 彼女の怒号が場を震わせる。頭上にある水の塊もまた、彼女の怒りを聞き届けたように大きく膨張する。いまにも弾けんばかりに。


「職務怠慢。責任放棄。だから私はいつまでも眠れない。ようやく眠れても、悪夢が付き纏う」

「宗島有栖! 精霊を今すぐ解除しろ!」

「私のために、そしてあの人の崇高な計画のために――死ね!!」


 高々と掲げられた右腕が、勢いよく降ろされる。

 巨大な水の球体は、さらに激しく動き始めた。さながら、生物が中で飛び出したがっているように。

 そして破裂。

 細い糸状の水が豪雨のようにカイたちのいる方へ降り注ぐ。

 否。糸なんて生ぬるいものじゃない。一つ一つが槍のような鋭利な刃物となって高速飛行してくるのだ。

 躱すか、防ぐか――その判断を下す暇さえない。させてもらえなかった。容赦なく雨の刃がカイ達を切り刻んでいく。


「がっ……!」


 痛みに呻きながら、膝をつく。滴る血が、顎から、指先から、床へとつたっていく。


「おいおい。なんだ今のは……」


 カイの背後で、キョウヤが苦悶に顔を歪ませる。


「あの嬢ちゃん、でたらめな出力だぞ……。さっきの生徒達を襲ったのもこいつでやったってわけかよ……」


 それだけじゃない。

 カイは直感した。これが殺害の凶器にして、方法。水の刃をドリルのように高回転させ、殺傷能力を極限まで上げる。そもそも雨の精霊は攻撃性が低い。だからこその技術だろうが、あれだけの質量と威力を、一体どこから捻出しているのか。


「ふ……ぐ……」


 激痛に苦しみながらカイは首を背後に回して仲間を確認する。キョウヤとユリカ、共に致命傷は避けているようだ。あれだけの攻撃を浴びて、よく急所から外れたものだ。

 内心安堵したカイだったが、すぐにそれは勘違いだと自覚する。

 言葉が出なかった。呼吸も止まった。

 最初から少女の狙いは俺達インジェクターではない。自分達は元・生徒と()()の前に立っていただけだ。

 中腰になっていた大河内が、壁に磔になっていた。水の刃に串刺しにされ、全身を真っ赤に覆われて。がぼっ……と口内から血を吐き出して――崩れ落ちた。


「くそッ!」


 止められなかった後悔と少女への怒り。カイは正面に身体を戻すと、感情に任せ有栖に向けてE.A.Wを発砲。黒い銃口から放たれた鋭いレーザーは、対象を射ぬくため、標的に走る。

 が、有栖は読んでいたかのように、着弾すれすれで跳躍。空中で一回転しながら、この学園が誇る西洋風の螺旋階段に着地した。そして、こちらを一瞥しながら嘲笑すると、上へ逃げていった。


「私が追います。お二人は皆さんの救護を!」


 素早く立ち上がったユリカが彼女を追いかける。


「おい、ユリカ!!」


 逃走したユリカ一人に任せて大丈夫なのか。カイは逡巡するが、この場にいる多数の負傷者も放っておけない。


「…………ッ」


 敵の力は侮れない。例えユリカでも無事に済むとは思えない。それだけの相手。

 有栖の能力も気になるが、カイにはもう一つ、引っ掛かる点があった。

 ユリカの飛び出す瞬間に見せた、あの表情が嫌にこびりついていた。

 困惑と動揺、そこから漂う悲愴の色。

 不安が渦巻きながら、カイは見えなくなったユリカに言葉を投げ掛ける。


「無茶するなよ、ユリカ……」





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