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精霊世界のINJECTION  作者: 如月誠
第三章 アンダーグラウンド
33/100

18

 精霊がこれほどまでに爆散していく様を見たことがあっただろうか。

 彼らが衝突し合う度に火花が飛び交い、緑と黄の閃光を生み出す。観客はただただその光景に見惚れ、または呆然とし、己の器の差に打ちひしがれる。

 マスタークラスの精霊使いの激突。過去の歴史から考えてみても、そんな機会はまず訪れないだろう。巨大過ぎる力がまともにぶつかれば、核爆発に等しい損害が出てしまう。そんな危険物が狭い、しかも地下の空間で周囲も省みず全力を出し合っていた。

 きっと心のどこかで、こういう戦いを見たいと望んだ愚か者も多かれ少なかれいたはずだ。精霊使いとしての日常に物足りなさを感じ、刺激を求める。ここにいる観客の中にも、その不満を解消するために来ていた者もいたに違いない。

 しかし。実際に体感して感じるのは、間違いなく戦慄。それしかない。魔窟で行われる怪物共の饗宴は、どこまでも絶望しか与えてくれないのである。

 はた目から見れば、両者の実力は拮抗しているように映るだろう。ただそれは、彼らの次元があまりにかけ離れているために推し量れないだけだ。


(くっそ……!)


 キョウヤの胸中に宿るのは焦燥。メイガスの精霊を生み出す力は無尽蔵に近い。体の負担が大きいと分かっていても、マナの差が単純に倍な分、こちらが先に底をつく。マナを節約して時間稼ごうとしても、防御で消費してしまう。メイガスの自滅を待っていられないのだ。


(ジリ貧もいいとこだぜ、ったくよォ!!)


 メイガスが豪腕を振るう。即座にキョウヤはインビジブルを発動――姿を消して移動する。


(このままじゃ先は見えてる……、だったら!!)


 素早く背後へ回り込む。キョウヤが的を絞ったのは、成長した霊種。エネルギー増強のタンクを壊しさえすれば勝機を見いだせる――むしろ、その選択こそがメイガスを倒せる唯一の方法。

 キョウヤはインビジブルを解除しつつ、右手に意識を集中する。腰を捻り、腕を最大限に引くと、開かれた五指それぞれに精霊が宿る。


許されざる隠者の爪シンフルハーミットクロー!!)


 その形状は、獲物を刈るために研がれた猛禽類の爪。右腕が弧を描き、標的を定めた五つの緑のラインが引き裂きにかかる。


「――甘いわぁッ!!」


 メイガスの叫びが耳に届いた時には、キョウヤの視界は光に奪われていた。メイガスの回し蹴りが、キョウヤの右手を強引に弾いたのだ。

 読まれていたのか。右手の痺れに顔を歪めていると、メイガスが一気に距離を詰めてきた。


「くそがッ!!」


 再びキョウヤはインビジブルを発動、展開――しようとしたところで異変が起きた。効果が発揮されない。その隙をメイガスが逃すはずもなく、意識がそちらに奪われていたキョウヤの頬に蹴りを放つ。鈍い打撃音が響く。ほぼ反射的にキョウヤは肩で顔を庇いガードしたものの、大きく吹き飛ばされ、リングを抉るように地面を滑っていった。


「お前の狙いは正解だ。だが俺がみすみすやらせるとでも思ったのか」


 不満げにメイガスは言う。


「お前が存在の消去を図る度、俺は常に背中をケアしていた。遅いくらいだよ、狙いを絞るのがな。口先で騙そうとも、行動は矛盾しているぞ」

「ぐっ……」


 激痛に呻きながら肘をついて体を起こそうとすると、一瞬意識が朦朧とした。

 まずい。マナが切れかかっている。インビジブルがうまく機能しなかったのも、そのせいだ。ここまでの無計画な浪費が堪えてしまった。闘いが始まって、そう時間は経っていない。それだけ、一撃一撃にマナを注いでいるのだ。ペース配分など、そんな悠長なことをしている余裕などない。

 一方、メイガスが余力を残しているのは明らか。あのタンクの中身はあとどれだけあるのか。いや、そもそもあの霊種を埋め込んでいなかったとしても、敵う相手だったかどうかも怪しい。

 そんなことを頭で巡らし、性能の差と弱気な自分に思わず苦笑した。


「……ったく、表情が変わらねぇ野郎だな。ちったぁ優越感に浸ったらどうだい? どう見たって、テメェの優勢――」


 キョウヤの言葉が途切れた。

 その理由は、キョウヤの目が、メイガスの異常を捉えていたからだ。恐らくは、蹴りで反撃した際の衝撃で、レザーパンツが破れてしまったらしい。左膝から下の肌が剝き出しになっている。問題は、その脚が痙攣しているのだ。しかも、始めは注視しなければ分からない程度だったものが、次第に症状が悪化していく。そして、太い枝のような血管が膨れ上がり――破裂した。


「ッ!?」


 激しく噴出する鮮血。赤いシャワーが、ブーツやリングを濡らしていく。体の左右のバランスが取れずぐらつき、さすがのメイガスもわずかだが顔をしかめた。といっても、痛みによる反応――というよりかは、この事態を予測していなかった、そんな感じだ。

 肉体が許容量を遥かに超えた精霊に耐えられなくなった。酷使し過ぎたために、筋肉疲労を起こし、限界を迎えたのだろう。

 そこでキョウヤは確信した。やはり、このメイガスという男も、精霊使いの規格内にいるのだと。怪物であるのかもしれないが、超人ではない。

 力に固執したがゆえの代償。これも拒絶反応の一種かもしれない。人は限界が近づくと、無意識にブレーキがかかる。それが余計なオプションを取り付けたせいで、自覚症状が起きずオーバーフローのような形になったのだ。


「……誤算、だったか?」


 キョウヤは、真っ赤に染まったすねを見つめ続けているメイガスに問うた。


「そうだな。頭の片隅にはあったが、正直意外に早かった」

「一度崩壊が始まれば、もう止まらない。ここが観念のしどころじゃないか?」

「今さら投降を呼びかけるのか? 無駄だ。状況を考えろ。満身創痍な貴様が説得したところで意味はなさん。これで五分になっただけのこと」

「強がりはやめろ。分かってんだろ、もう精霊は呼べねぇ。呼べばさらにお前の体は壊れちまう。そんな段階まできてんだよ」

「生きたまま貴様ら精保に捕まるぐらいなら、迷わず死を選ぶ。それこそが武人だった俺の本懐だ」


 聞く耳を持っていない。くそがっ、とキョウヤは心の中で吐き捨てた。


「風のインジェクターよ。俺は今最高に楽しいのだ。こんな気分を味わったのは今までなかった。だからこそ、結末はしっかり迎えたい。お前も戦いの中に身を置く者ならば分かるだろう。そこでしか生きる実感を味わえない、その不器用さを」


 低く重い圧を感じる声には、確かに本心が含まれていた。それはメイガスの咆哮に他ならなかった。


「だが、残念だ。終焉は近いらしい。……ならば、残りの力全てを振り絞り、決着をつけよう」


 と、突然キョウヤは異様な空気の変動を感じ取った。まるで悲鳴のような、震動。意思がないはずの地層が、壁が、天井が恐怖し、活力であるマナを削がれているようだった。


「ぐ……ぅおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 大地のマナが全て、メイガスへ結集していく。メイガスが黄金に輝き、マナが結合。瞬間、凄まじい円柱が立ち昇る。爆風が押し寄せ、周囲の瓦礫や観客までを巻き込んで激しく攪拌(かくはん)した。強固な材質で造られた足元のリングでさえも、その圧倒的な力に耐えられず亀裂が入り、倒壊。足場を失ったキョウヤが壁まで叩きつけられた。

 全てを崩壊に導くほどの精霊の顕現。肉体のリミットを知ったメイガスは、ちまちまとこのまま追いつめて自身の肉体のダメージを幾分抑えるよりも、命を賭して最高の術を行使するつもりなのだ。

 すぐにその反動は現れた。体のいたる箇所から血管が浮かび上がり、皮膚を突き破る。無数の赤い筋が光に溶け、柱は徐々に収縮を開始した。力の集約はやはり右腕。ただし、いままでとは様相が違う。違い過ぎる。溶鉱炉に直接浸したような禍々しい輝きを放つ、巨大な黄金の炎に包まれていた。

 あれがどれほどの威力を誇るのか、想像するまでもない。壁際からその様子を唖然と見ていたキョウヤも、現実に引き戻されると一気に背筋が冷たくなる。こんな感覚、何年振りか。

 正直、戦意すら失わせる莫大な力の渦。


 最早、殺るか、殺られるか。その二択のみ。

 腹をくくれ。覚悟を決めろ。これはもう、公務ではない。


 元々、風には不利なこの状況。限りなく少ない風のマナを必死にかき集め、発動する。それでも、当然メイガスの練度には敵わない。

 だから、E.A.Wでそれを補う。


「……!!」


 やはり無理がたたった。ごぼっ、と口から血がこぼれる。だが、いくら内臓に異常をきたしても、マナの捻出を止めるわけにはいかない。少しでも気を抜けば失う意識を繋ぎ留めるため、キョウヤは奥歯を噛み締める。


(まだだ……。まだこんなのじゃ全然足んねぇ……! もっと出力を上げろ。足りないなら、命を削れ……。ヤツに勝つには、ヤツと同等の未来を捨ててぶつかんねぇとダメなんだよ……!)


 右の拳に全てを込めて。メイガスに比べれば、どうしても小さい光だが、その中は限りなく濃いマナが凝縮された風の精霊が完成する。

 そして。お互いに深く息を吐き、余分な力を抜く。


「行くぜ。どこまでも不器用な罪人さんよぉ!!」

「――来い。本当の正義を知らぬ愚かな執行者よ!!」


 直後、二つの咆哮がユニゾンする。足を前に踏み出し、思考を止めて獣のように真っ直ぐ相対する者へと突っ込む。至近距離まで詰め、拳を突き出す。

 二人の腕が交錯する。

 瞬間、緑と黄の光がかすめ、火花が散った。タイミングはまるで示し合わせたかのように同時。キョウヤの視界が、眩い光に包まれる。

 ――その時だった。

 メイガスの腕に、切り傷のような無数の線が網目になって現れた。勢いよく赤いしぶきが飛ぶ。


「ッ!?」


 肉体の限界。脳からの指令を遮断された拳は力を失い、精霊は彼の元から離れていく。メイガスも驚いた様子を一瞬見せたが、自分の状態を悟ると、ひどく残念そうに、そして静かに目を伏せた。



 渇いた音が、辺りに大きく反響した。








「あー……、くそ……」


 キョウヤは脇腹を押さえた。戦いが終わった途端気が緩んだのか、呼吸するだけで激痛が襲う。

 どうにか勝てたらしい。安堵はしているが、余韻はまるでなかった。

 認めたくはないが、勝てたのはまぐれだ。

 もしあのとき、メイガスの一撃が届いていたら。相打ち覚悟でいったとはいえ、キョウヤとメイガスとではリーチが違う。その差が決定打となって、キョウヤは今頃死体として転がっていただろう。本当に幸運だった。


「一つ……聞かせろ」


 身体を引きずるようにしてキョウヤは、瓦礫に大の字で埋もれるメイガスに近寄っていく。


「どうして、殺人なんか犯した? お前のような男がなぜ、そんな愚かなことをしたのか分かんねぇ」


 メイガスという男は、常に戦いの環境の中に身を置いていたせいか、精霊を武としての活用法しか考えていない危険な思想の持ち主だ。戦場でしか自らの価値観を見出せない――それはこちらの社会において、あまりに適応しづらい性質。しかし、だからなのか、メイガスの言動には裏表がない。世界や自分自身に不満を持っていたとしても、私情――つまり怨恨から他人を殺すとは考えにくい。

 拳を交えて、キョウヤには釈然としない思いが生まれていた。


「…………」


 うたた寝をしているかのように安らかな顔をしていたメイガスは、うっすらとまぶたを開いた。


「それは……あの男のことを言っているのだろうな」

「たりめーだ。この闘技場で戦う奴等は、死ぬリスクも承知でリングに上がってんだろ。結果として死んでも、責任は本人だから関係ねぇ」


 ふっ、とメイガスは微笑む。


「……つくづく、インジェクターには似つかわしくない男よ」

「……インジェクターにも色々いるんだよ」


 口を尖らすキョウヤ。メイガスはまた瞳を閉じ、黙り込んだ。キョウヤもまた、メイガスの口から何が語られるのか、じっと待つ。メイガスに、抵抗する力は残されていない。マナの過剰な働きによる、体組織の破壊。きっと、指先一つ動かせないはずだ。


「……なぁ、インジェクター」

「あん?」

「この世界の人間は好きか?」

「何だよ、いきなり。気持ち悪い質問だな」


 眉をひそめるキョウヤ。


「……別に考えたこともねぇよ。大体、一緒だろ。元いた世界にも人間はいたわけだし、パーソナルな部分は精霊使い(俺達)も変わらない。区別して物事を判断したことは、俺はねぇ」


 キョウヤの返答を聞いて、メイガスはただ「そうか」と言った。


「こちらの世界に渡った者は皆、その文明の高さに感動し、同時に困惑する。本当にこんなところで生活していけるのか、とな」

「…………」

「だから、手を差し伸べられれば感謝の念を抱くし、下手をすればその相手に依存する。共に、想像もしない未来を夢見たくなる。……結果、一番大事な懐疑心が失われてしまうのだ」

「……一体、何があった? テメェと矢崎の間に」


 天井の照明は大半が破損しているというのに、メイガスは眩しそうに目を細めた。まるで明かりの中に、過去を見ているように。


「信じていれば分からないものだ、利用されていることに。……いや、信じたくないと、頭とは反対に心が拒否してしまうのだろうな。愚かだよ、気付いたときには全てを失っていた」

「その恨みから、矢崎を殺したのか」

「俺は高望みしていたわけではない。ただあるがままに受け入れる――それで良かった。変化が怖かったのかもしれない」


 自嘲気味にメイガスは笑う。


「だが、この世界は常に変化を続けていく。永遠な暮らしを望めば孤立してしまうのだ。俺がこの世界に、人間に感じたのは“無力感”だったのだ」

「無力……」


 その言葉は、鉛のようにキョウヤの心にのしかかった。

 インジェクターの役目は、精霊使いを取り締まり、更生させること。立場上そうなっているが、本当の意味で彼らを救えるわけではない。結果として社会復帰してくれればいいが、そうならない例もままある。

 なら、俺たちは? 正義のために、なんて陳腐な鍵も握れない。

 そんな葛藤がいつも付きまとう。


「インジェクターよ。貴様はこの世界に生きているのか?」


 キョウヤの表情が硬くなる。何かを言おうとして、キョウヤは口を噤んだ。それだけで、自分がこの社会に疑問を持っているという回答だった。


「俺は――」


 その時だった。


 突然、視界が闇に閉ざされた。どうやら照明が完全に落ちたらしい。一メートル先も見えない真っ暗闇に、会場にいる観客がざわめく。本来なら、すぐに自動で予備電源に切り替わるはずが、中々作動しない。


(メインシステムがダウンしたか……? まぁ無理もねぇが……)


 こんなに暴れたのだ。上のカジノだってただじゃ済まないだろう。

 数分後、ようやく明かりがついた。緊急を告げる赤色の光に目を細めながら、天井に向けていた視線をふとメイガスに向ける。


「なっ……!?」


 絶句するキョウヤ。

 メイガスがいない。あの巨体が忽然と姿を消したのだ。そこには、瓦礫のくぼんだメイガスの型だけが残されているだけだった。


(まさか……逃げた!?)


 馬鹿な。信じられない。あんな重傷で一体どこに?

 慌てて周囲を見回す。目に入るのは、生きているのか死んでいるのか判別の付かない倒れた観客の山。出入り口は開いた様子がない。となると、関係者用の通用口なのか。


「くっそ……!?」


 足を動かそうとして、前のめりに倒れた。

 ひどく身体が重い。力が抜けていく。

 マナを出し切った後遺症だ。不甲斐なさから、がりがりと地面を引っ掻く。


(くそが……ッ)


 徐々に視界に(もや)がかかっていく。抗う意思も奪われ、意識が断絶した。




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