第14話
前話の続き。
感想なんかを頂けると狂喜乱舞させて頂きます。
「や、矢原先生…」
ダメ…この匂いに抗えない。
「ユキちゃん。いつもみたいに傷を治療してくれないの?」
甘い匂いに、差し出された腕の赤い傷から目を離せない。
さっき奏音さんの血を見た時よりも強い吸血衝動に駆られる。
濃い匂いに…酔いが回る…
「あ…う……はぁ……」
ぴちゃぴちゃ
息を詰めたような静かな部屋の中で、わたしの血を舐める音と矢原先生の漏れる息だけが………
…あれ??
「ぅ…ん……ふぅ…」
ぴちゃぴちゃ
えっと…?
「ユキ様、そろそろ矢原みちるの血を止めて頂けますか?」
「あ…?」
い、いつの間に舐めてたの…?
奏音さんに言われるままに矢原先生の傷口に舌を這わせる。
「いっ…」
シャワーから上がってきたところだから、いつもみたいに眼鏡越しじゃない矢原先生の瞳。
「大丈夫ですか…?」
「だ、大丈夫よ」
赤い顔、潤んだ瞳の矢原先生…
「ユキ様。お力が戻られていますので、あまり矢原みちるにお力を使われない方が良いかと思われます」
「へっ?」
「ユキ様は強い魅了の力をお持ちですので」
「魅了?お力?…わたし、何かしてますか?」
「…いえ、今は落ち着かれました。どうやら吸血等で気分が高ぶられると無意識にお力を発散してしまわれるようですね」
なに…それって知らない間に変な事してるってことですか……
「ユ、ユキちゃん!火傷が治ってきたわね」
「矢原みちる、ユキ様のお体を拭く物を」
「これでいいかしら」
「あっ、ありがとうございます」
バスタオルを受け取って、冷えた体を覆う。
今更ですが…なんでこんな晒されてるんですか……?
「あの…服を着ます」
「介助いたしま――」
「いりません」
むしろ、着替える間くらい一人にさせて欲しい!
「白崎さん、ポットを片付けるの手伝ってくれない?」
あ…矢原先生は気を使ってくれてる。
「何故?矢原みちるがすればいいので――」
「奏音さん、矢原先生を手伝って貰えますか?」
「承知しました」
奏音さんの操縦方法が少し分かってきたな…
しかし…それにしても奏音さんって、何者?
そう。そうだよ!なんか説明は後回しみたいに言われてたけど、奏音さんは明らかに人じゃない。
わたしの事もわたし以上に知ってるみたいだし…
奏音さんも、わたしと同じなの??
「奏音さん…」
「なんでしょうか?」
「あの…」
「なんで、そんな喋り方なの?普段と全然違うわよね。それに、何故わたしにそんなに厳しいのかしら?」
矢原先生!大事なとこはそこじゃない!!
「矢原みちるに説明する必要性を感じな――」
「奏音さん…説明して下さい」
「承知しました。」
ちょっと面倒くさい…
「普段は人間との接触に支障がないように、喋り方・性格等に気をつけております。矢原みちるへの対応ですが、私の種族的に仲間意識が強いのです。排他的といえるかもしれません。特に人間とは相容れないものが御座います」
「種族…」
「白崎さんは…人ではないということね?」
「矢原みちるは、ここに至ってもまだ私が人だと思うのか?」
「そうね…。人ではないようね」
人ではない…なんでこんなに当たり前のように話しが出来るの?
「白崎さんは……ヴァンパイアなの?」
「わたしと同じ…人ではない存在……」
「ユキ様、違います!私は主ヴァンパイアでは御座いません」
「えっ?白崎さんはヴァンパイアではないの?」
「私はwerewolf《人狼》だ」
「werewolf《人狼》?」
「そうです。主ヴァンパイアの守護獣で御座います」
「守護獣?」
「はい。主ヴァンパイアとの契約に従い、一生をお側にお仕えするのが守護獣であるwerewolf《人狼》の役目です」
……うん。全然ついていけない。
「あの…色々聞きたい事があるんですけど……」
「ユキ様。わたしでお答えできる事であればお答えしたいのですが…主ヴァンパイアの事に関しましては、協会《Box》が説明するまでお答えすることは出来かねます」
「協会《Box》…それが何を意味することなのかも分からないのですが?」
そうだよね…まずはそこからっていうレベルです。
「失礼致しました。協会《Box》は主ヴァンパイアの評議会で御座います。主ヴァンパイアと守護獣を統括管理しており、世界の主ヴァンパイア及び守護獣の殆どの者が協会《Box》に属しております。古くはドイツに拠点を持っていたと聞き及んでおりますが、二世紀程前にイギリスに拠点を移したそうで、現在は人間との共存の為、表向きには世界的規模の活動団体として認知されております。聖アンテルスもその活動拠点の一つです」
なにそれ…統括管理?なんでそんなネットワークがあるの??
……わたしも管理されてるの?
「奏音さんは守護獣なんですよね。…わたしは………わたしはなんなのですか?」
「ユキ様は主ヴァンパイアであらせられます」
「…そう……ですか……」
「ユキちゃん…大丈夫?」
「大丈夫です…。自分が人じゃなくなったのは分かってましたから…」
ヴァンパイア…赤く光る瞳、口元の鋭い牙…首筋に穿たれる鈍い痛み…
「ユキちゃん…ユキちゃん??」
「……矢原先生は知ってたんですか?」
「何のこと?」
「…知っててわたしに近づいてきたんですか?」
わたしが人ではないと分かっても、普通に接する事が出来るなんて…怖がらないなんて…有り得ないよ。
「ユキちゃん?何を言ってるの?」
「協会《Box》はわたしを管理してるんですよね!!……矢原先生は協会《Box》の人なんですか?」
「違うわ!!」
「………」
何が真実なのか分からない…
「わたしはヴァンパイアが存在してるなんてことも知らなかったのよ?」
「…………」
「ユキちゃん……!!」
「…………」
「ユキ様。矢原みちるの言っていることは本当です。矢原みちるは協会《Box》の人間ではありません」
「矢原先生は…人なんですね?」
「そうです。矢原みちるは協会《Box》に属していない人間です」
「そうですか…」
「ユキちゃん、信じて!!」
協会《Box》に関連していなくてヴァンパイアなんて存在も知らなくて、それでもわたしを怖がらない…
そんなの…どうやって信じればいいの?
「…………」
「ユキちゃん…」
「矢原先生は…わたしが人でないと知って怖くないのですか?こんな化け物がいるなんて知らなかったんですよね?わたしは人の血を吸う化け物なんですよ!?血を吸っても化け物なのに、血を吸わなかったらもっと酷い化け物になるんだそうですよ?矢原先生の血を吸ったんです。わたしの感想をお聞かせしましょうか???凄く美味しかったです!!矢原先生の血の匂いを嗅いだだけで頭が真っ白になるくらい気持ちよくて、自分で自分が分からなくなるくらい…周りの事なんて何も考えられなくなって、気がついたら矢原先生の血を吸ってるんです!矢原先生の血は甘くて体の奥から熱くなって気分が凄く高ぶるんです!!もう矢原先生の血を見るとただ美味しそうとしか思えません!信じられますか?人として生きてるのに、人のことが美味しそうに見えるんですよ!?矢原先生を見ると血が欲しくて欲しくて堪らなくなります!興奮するんです!!体中で血を欲するんです!!こんなの、もう人じゃない!!わたしはとことん化け物なんだ!人を人と思えない!わたしはいつか矢原先生を殺してしまうかもしれな――」
「ユキちゃん!ユキちゃん!!!!貴女は化け物なんかじゃないわ!!!」
矢原先生の大きな声と、椅子に座ったわたしの正面から矢原先生の胸に抱き締められた事で、わたしの叫びは途切れる。
「矢原先生…わたしは化け物なんですよ!!」
「違うわ!!!!」
違わない…違わない違わない!!!!
「化け物なんだよ!!!!」
「だったら!!だったら、そんな辛そうな顔で泣かないで!!!!」
…何を言ってるんだ!?……泣くってなんだ……誰が……
「あ…………」
「ユキちゃん……貴女は化け物なんかではないわ」
「…………っうぅ……ふ…うぅぅぅう…ぅわゎああぁぁあああああ…」
◆―◆―◆―◆
「………」
「……………」
頭が重い…瞼が熱い…
人前で泣くことが無くなっていたわたしが、気がついたら矢原先生に縋り付いて泣いてました。
どれくらい泣いていたのか分からないけど、体内の水分の心配が出来るくらいに泣いたわたしは、重くなった頭とは逆に気持ちは少し軽くなっていて、背中に回され力いっぱい抱き締めてくれる矢原先生の手に安心感を覚えていた。
「ユキ様…――」
「っ!!」
突然呼びかけられたことで、思わずびくついた背中を矢原先生がゆっくり撫でてくれる。
「…ユキ様。申し訳ありませんでした…。私の軽率な言葉により、ユキ様を混乱させてしまいました」
矢原先生の胸から顔を上げたわたしは、奏音さんを見上げる。
「いえ…。わたしが勝手に取り乱しただけです」
「ユキ様……申し訳御座いません…」
辛そうな顔の奏音さんが、絞り出すような声で謝罪の言葉を紡ぐ。
奏音さんには非はない。どんなに言葉を選んだところで現実は変わらない。
だから、わたしの気持ちの問題。現実を受け入れたくないわたしの…
「白崎さん、今日はこれ以上話しを続ける必要があるかしら?」
矢原先生の言葉は、わたしを気遣ってくれている言葉。でも…
「矢原先生、大丈夫です。聞いておきたいこともありますし…」
「……そう」
「奏音さん……わたしは奏音さんに管理されていたのですか?」
「ユキ様、管理というのは人間社会に不都合を起こさないように統制しているということです。監視しているわけでは御座いません」
「人間社会に不都合…どういうことなの?」
そもそも、存在自体が不都合でしょ…
「はい。捕食する為の誘拐、監禁、殺人等の行為は犯罪として協会《Box》では絶対の禁止事項としております。また、それを犯した者の捕縛、粛清が協会《Box》の大きな役割です」
「つまり、警察組織みたいな感じなのかしら?」
「先程も申し上げましたが、評議会としての役割も持っております」
矢原先生の質問なのに、わたしに向かって答える奏音さん…
「協会《Box》が大きな組織だっていうのは分かったけど、そんなに多くのヴァンパイアが存在しているの?」
「主ヴァンパイアは非常に高貴な存在で在らせられます。しかし、それと同時に非常に希少な為、協会《Box》に関わりがないと私たちでもお会いする機会は殆どありません。…私はこの聖アンテルス女学院で過ごして参りましたが、そのなかでも学院内で主ヴァンパイアをお見かけしたのはユキ様が初めてで御座います。」
「…白崎さんは、協会《Box》としてユキちゃんに接触したの?」
「違います。…先にも言いました通り、学院内で主ヴァンパイアにお会いすることもなかったのですが高校に入学してから、度々お力の残滓を嗅ぐ事がありました。しかし、個人を特定することが出来なかったので生徒会に入りました」
どういうこと?
「どういうこと?」
あっ、聞いてくれた。
「私たち守護獣も主ヴァンパイアも人間としての身体能力を凌駕致します。ですのでスポーツも勉強も非常に優れた結果となります。そのなかで一般とは別枠となる生徒会というものに組み込まれる可能性は高いと考えました」
なるほど…
「最初は蘭さんかユキ様かどちらか迷ったのですが…」
「蘭??」
「入学式で生徒代表という目立つ立場でしたし、成績も優秀で頭の回転も速く容姿も優れているので」
「えっ?でも高校に入学するまで感じなかったのよね?」
「高校に入学する頃に力が覚醒したと考えれば、おかしくはありません。最近はお力の残滓を纏われてることもありましたし。ですが、体育祭の時にユキ様からはっきりしたお力を感じることが出来ましたので、ユキ様が主ヴァンパイアであるということが分かりました」
「体育祭?妹さんを助けたときのことかしら?」
「ユキ様、琴音を助けて頂いた際、お怪我をされたのではありませんか?」
「あぁ…確かに」
「その時に治癒に多大なお力をお使いになったか、Color coating《補色》されたのではないですか?」
「あっ……」
どちらもしましたね…。
「御心当たりがあるのですね。私はあの日にユキ様が主ヴァンパイアであると確信出来ました」
「なるほどね。それで、白崎さんがユキちゃんに近付いた事に意味はあるの?協会《Box》からの指示なのかしら?」
「協会《Box》からは何の指示も受けておりません。ユキ様が契約守護獣をお持ちでないようでしたので、近くでお守り出来ればと…勝手な行動を取ってしまいました。申し訳御座いません」
奏音さんの独断行動?
「協会《Box》はわたしのことを認識はしているのですか?」
「確認はしておりませんが、お力の残滓が漏れておりましたので、まず間違いなく把握していると思います」
「協会《Box》はわたしに接触してきますか?」
「はい、それは確実です。ですので、先程私ではお教え出来ないことがあると申し上げました通り、主ヴァンパイアの事は協会《Box》の者が御説明に上がると思います」
「そうですか…」
人でない以上、協会《Box》に監視されるのは確定事項なのだろう…
わたしを監視して、行動を縛って、暴走する前に処分してくれる足枷がある…何かある前にわたしを止めてくれる…何かあったら殺してくれる……ありがたい
「ユキ様。私でお答え出来る範囲の事に関しましては全てお答えします」
「お願いします」
「ユキちゃん、今日はもう遅いわ。日を改めた方がいいのではないかしら?」
確かに、外は大分暗くなってる。今日はもう帰ったほうがいいかな…
「ユキ様。日を改めてもよろしいでしょうか?」
「そうですね」
「はい。…――あ…」
うん?どうしたんだろう?
奏音さんが急に、予備室のドアを開けた。
ガチャ
あれ?それと同時くらいに保健室のドアが開閉する音が…
「失礼します」
この声…
「蘭さん、どうしたの?」
はい。蘭さんですよね。
「あぁ、奏音さん。やはり、ここにおられたのですね。外も暗くなってきたので、そろそろ切り上げましょうということになりました」
「そうなんだー。後半サボっちゃってごめんね」
「いいえ、もう殆ど終わっていましたし。矢原先生とユキさんは予備室におられるのですか?」
「そうそう。ちょっと話しに付き合って貰っててさー」
なんだろう。元々はこの話し方だったはずなんだけど、もの凄く違和感を感じる…
「ユキさん。今日は折角のお誘いを申し訳ありません。また誘って頂けますか?」
は…?わたしが誘ったことになってるの!?
「え、えぇそうですね。また宜しくお願いします…?」
なんで……
「ユキさん、今日は色々ありがとーね」
「あ、いえこちらこそ…」
これで、今日は解散ってことになるのかな…?
「でさ、最後にさメアド交換してくんない?」
あぁ…日を改める為に連絡先ね。
「わかりました。これにお願いします」
「ユk…遠野さん。わたしのも入れておいていい?」
えっ?
「いいですけど…?」
「Color coating《補色》が必要になったら躊躇わずに連絡しなさい」
「………」
耳元で囁くように言われた言葉に返事が出来ない。Color coating《補色》が必要になったら………そんなの、躊躇いますよ…
「あっ、矢原先生、これ私の連絡先です」
「あら、私に?」
「折角だから交換しましょー。何か連絡が必要な事があるかもしれませんよ」
「えぇ…そうね」
「ユ、ユキさん。私も宜しいでしょうか?」
蘭さん?
「いいですよ」
「有難う御座います」
この流れで断れる訳ないじゃないですか。
「蘭さん、もういい?」
「はい。大丈夫です」
突然始まったメアドの交換が、やっと終わった。
「暗いから、気をつけて帰るのよ」
「はい。矢原先生、ユキさん、さようなら」
「ユキさん今日はありがとー。じゃあねー」
「あっ、さようなら」
なんか…疲れた。
「…………」
「はぁーーーーー」
「矢原先生?」
「疲れたわね…」
「すみません…。巻き込んでしまいました」
「違うわ。わたしが好きで巻き込まれたのよ」
「…有難う御座います」
「ユキちゃん…」
「…??」
「………なんでもないわ。気をつけて帰りなさい」
「はい。矢原先生もお気をつけて」
「えぇ、ありがとう。さようなら」
「さようなら」
今日、自分が人ではないヴァンパイアという化け物だとわかった。
それでも受け入れようとしてくれる矢原先生だけは、傷つけないようにしたい……
奏音ちゃん。君、話し方面倒くさいよ。
普段通りで話そうよ…
ユキ…服着れたね。笑




