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22.骨を喰む:太古のロマンと骨への情熱

 まだ若かりし時分のことであります。ひさしぶりに実家に帰ったら、玄関にウシの首が飾ってあって、驚いたことがあります。いや、生ではなく、骨の方ですが。

 母の話では、デッサンに使うために兄がどこからかもらってきたとのことでした。当初は、こびりついた肉を除きやすくするため庭に埋めていたのですが、何でも匂いや匂いや匂いなど(そのほかにもいろいろと)たいへんだったそうです。


 さて、もし、異世界へ転生なり転移なりするとしたら、どんな能力が欲しいですか? 数学的な思考力も捨てがたいのですが、もし、望めるのだとしたら、私なら骨を読み解く能力が欲しいです。

 キリンとヒトでは、首の長さは違いますが、骨の数は同じです。骨を見ると、それがわかります。

 一方、爬虫類(はちゅうるい)哺乳類(ほにゅうるい)では、(あご)と耳の骨の構造が違います。

 ファンタジーの世界の住人といえば、ドラゴンです。リザードマンです。彼らの羽や顎の構造がどうなっているのか、この能力さえあれば、解剖しなくてもわかるのです。

 ただし、残念なことに、私には、骨を見て、肉を想像する才能はありません。どんなに美しい骨を見ても、すばらしい筋肉を想像することができないのです。ですから、そういった才能がある人たちのことを、ほんとうにうらやましいと思います(肉を付ける能力も込みでお願いする予定ではありますが)。


 骨を読み解く学問は、大きくいくつかに分かれます。ヒトを相手にするのとそうでないのと、古い時代を研究するのとそうでないのと。

 現在では、「ホモ・エレクトス」ということで、まとめられてしまっていますが、かつては、「シナントロプス・ペキネンシス(北京原人)」や「ピテカントロプス・エレクトス(ジャワ原人)」という区分がありました。子どものころの私の憧れは、この「シナントロプス・ペキネンシス」の研究者、神父でありながら古生物学者でもあった、ピエール・テイヤール・ド・シャルダンでした。

 原初の人類の存在をめぐる当時の研究は、国家の威信をかけた、激しいものでした。キリスト教の教えと科学の精神の間で、迫りくる戦争の気配を感じながら、信仰と信念のバランスを取りながら生き抜いた彼は、まさにヒーローです。日本軍の進行に伴い、失われてしまった北京原人の頭蓋骨(ずがいこつ)にまつわるミステリーなど、もしも、物語になっているのなら、ぜひ読みたいです(実は、「ギャラリー・フェイク」でネタになってくれないかと、期待していました)。


 さて、北京原人の話にも、頭蓋骨から顔を復元して、彫刻を作るというエピソードが出てきますが、実際の犯罪の捜査でも、こういった復元は行われるそうです。エミリー・クレイグの『死体が語る真実』などは、復元にいたるまでの状況をていねいに描写しています。

 しかし、骨の破片の一つひとつから背景が読み取れるということが、なぜ、これほどまでに心を揺さぶるのでしょうか? 私にもわかりません。


 精霊(死者)の声を聞くことと、骨の声を聞くことと、どちらの方がより多くの真実に近づけるのか、考えるときがあります。感じられないことを聞かされるのと、知りたくないことを聞かされるのと。

 人は、見たくないものを見ずに、聞きたくないものを聞かずにいることができます。捏造(ねつぞう)された幻の人類、「エオアントロプス・ドーソニ(ピルトダウン原人)」も、そういった願望の上に、「認められた」ものでした。

 この事件の経緯を考えると、迷うのです。異世界に転移なり転生なりしたときにもらう能力は、骨を読み解く力で良いものかと。その力があれば、世界ははるかに美しく、人生は楽なものになるでしょう。でも、楽しむことができるでしょうか?

 読み解くことの醍醐味(だいごみ)は、さまざまな事実を組み合わせ、積み重ねることにあります。犯人もトリックも動機もわかっている推理小説を最後まで楽しむことができるものなのでしょうか?


 とはいうものの、骨は好きなので、スケルトンな主人公の話は書いてみたいのです。恋をしながらも、心臓がないので「恋」という気持ちがわからず、脳がないので「愛しい」という気持ちを説明することができない主人公の話を。

 元ネタは、「オズの魔法使い」に出てくるブリキの木こりと(わら)のかかしですが、どう考えても「シラノ・ド・ベルジュラック」や「オペラ座の怪人」という美女と醜男の悲恋になってしまうため、考え中です。


 さて、ウシの頭蓋骨の行方です。つい最近、帰省したところ、玄関ではなく、兄のアトリエ(物置きともいう)に移されていました。さすがにあの大きさは、ジャマだったのだと思われます。

 額に、なぜか「肉」と書かれたお札?が貼ってあったのには、気づかなかったことにしたいと思っております。


 _______________________________


★有名な骨たちの話

・スー(ティラノサウルス・レックス)

 ピーター・ラーソン/クリスティン・ドナン『スー 史上最大のティラノサウルス』池田比佐子・訳/冨田幸光・監訳。R15/難易度中。ティラノサウルスの発掘とその所有権をめぐる裁判の、太古のロマンと世俗のドロドロの話。恐竜の話は、いずれ、また書きます。


・ルーシー(アウストラロピテクス・アファレンシス)

 イヴ・コパン『ルーシーの膝 人類進化のシナリオ』(馬場悠男/奈良貴史・訳)、ドナルド・ジョハンスン/ジェイムズ・シュリーヴ『ルーシーの子どもたち 謎の人類、ホモ・ハビリスの発見』(堀内静子・訳)、ドナルド・C・ジョハンソン/マイトランド・A・エディ『ルーシー 謎の女性と人類の進化』(渡辺毅・訳)といろいろありますが、たぶん、読んでいるのは、『ルーシーの子どもたち』だけだったと思います。発見当時のようすの描写などが、かなりおもしろかったような……


★法人類学の話

・エミリー・クレイグ『死体が語る真実 9.11からバラバラ殺人まで衝撃の現場報告』三川基好/訳。R18/難易度高。

 内容はそれほど難しくありませんが、題材の都合上、グロテスクな表現があります。どのように、真実を積み重ねていくのか、捜査の限界はどこかなど、推理小説や科学小説が好きな方なら興味深く読めると思います。センセーショナルな題材の割に、静謐(せいひつ)な印象を与えるのは、翻訳の賜物(たまもの)ではないでしょうか。


・埴原和郎『骨を読む ある人類学者の体験』日本の法人類学の第一人者の話なら、こちらになります。「骨を読む」能力が要求されたのが、戦死者の遺骨の判定のためだったということには、胸が苦しくなりますが。R15/難易度中。


・大倉崇裕『福家警部補の挨拶』。復元術の話がほんとうに少しだけ、出てきます。R15/難易度中?


★テイヤール・ド・シャルダン

 マイ・フェイバリット・坊さんその1。スティーブン・ジェイ・グールドの本(書名はうろ覚えです。確か『パンダの親指』だったと思います)では、ピルトダウン原人のお茶目な犯人にされていますが。

 評伝としては、アミール・D・アクゼル『神父と頭蓋骨 北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展』(林大/訳。U14/難易度高。訳が古めかしいというか、読みにくいところがかなりあります)があります。


★骨格標本の作り方

 鳥の手羽先と、マニキュアの除光液、入れ歯洗浄剤があれば、骨格標本をおいしく、楽しく作れるそうです。(読売KODOMO新聞2016年10月6日号)


★麻布大学いのちの博物館

 上記の新聞に紹介がありました。さまざまな動物の骨格標本のほか、寄生虫の模型なども展示されているとか。


★タイトルの意味

 「孔雀王」に、夢の世界を現実のものにするために、骨を取り込む子の話があったので。

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