13.あなたは誰かと問う前に:ファンタジーと身分証明、または人口調査の話
異世界あるある展開の一つですが、トリップしたあるいは成長した主人公は、大概、冒険者ギルドという派遣会社のようなところで登録をするものです。
ここで、いや、産まれたら役所とか寺とか教会に登録ってされているよなあと、こちらの世界の知識で突っ込んではいけません。お約束ですから。封建的な社会なら移動が制限されているはずで、ムラやマチなら顔見知りなんだから身分登録の意味がなくねえかと、こちらの世界の常識で突っ込んではいけません。お約束ですから。
むしろ、突っ込むべきは、何をもって個人の識別をしているかという説明をし始めたときです。
窓口係はおそらく、こう説明するはずです。あなたの魔力で識別するのですよと。では早速、突っ込んでみましょう。
話を単純にするために、識別は魔法の属性と大きさで測ることにします。属性は、ポピュラーな風/土/水/火の4種類、大きさは0(まったくない)〜9(最大)まであることにしましょう。すると、10×10×10×10通りで、これだけ見ると問題はないように思われます(その世界の人口がどれだけかという設定は置いておいて)。
しかし、たとえば、普通の人は属性を1つしか持たないとしたらどうでしょう。10+10+10+10通りです。魔力の大きさは少なすぎるということもなく、多すぎることもないのだ、平均すると5〜6くらいだとしたらどうでしょう。2+2+2+2通り? 魔法の力が遺伝する(「遺伝」という概念があるかは別にして)という設定があったら? 水属性の両親の間に生まれた兄弟(というか家族)全員、水属性の5〜6になりませんか?
まあ、そもそもの問題として、この識別方法というのが、魔力を指標としているという時点でおかしいのですけれどね。いくら鍛錬しても、属性も魔力の大きさも変わらないということですから。
ということで、窓口では何を測るのか、何をもって識別するのか、ぜひ突っ込んでください。おそらく、その説明はインチキです。あれは、ギルドが加入者から料金を巻き上げる口実なのです。
逆に、窓口係は説明したら負けです。ギルドカードによる個人識別は、とにかくすんごい仕組みなのです。
話は変わります。現代のように、DNAや指紋による識別方法が普及していない時代であっても、指紋や掌紋(手相)などが人によって違うということは、それなりに知られていました。ですから、中世ヨーロッパ風の社会で、包帯を顔に巻いた怪しげな男がスケキヨさんかどうか、神社に奉納された手形をもとに判断されたという話があってもおかしくありません。
ただし、指紋なり掌紋なりを本人の照合に(あるいは犯罪捜査に)使えるようにするためには、統計的な考え方が必要です。これとこれは同じかどうかだけでなく、これと同じものはあるのかということを、すべてのデータから考えなければならないので。
この、指紋のどの部分を特徴として捉えることにするのかという方法は、たいへんややこしく、普及に多くの時間がかかりました。
特に、フランスではイギリスへの対抗意識もあってか抵抗が大きく、人間の身体をいくつかに分けて認識する(たとえば、耳や指の長さなど)というベルティヨン式人体測定法による識別方法が長らく、主流を占めていました。元祖ルパンが脱獄できたのには、こんな背景があったわけです。
まあ、それはそれとして、徴税や防衛のためには人口調査が有用で、地球の過去の統治者も度々行っていたわけです。行政執行者にとっては、誰かという個人の属性よりも、何か(納税者となるか)というデータの方が大切ですから。
元祖、馬小屋の王子様も、それらの人口調査の旅の途中で生まれました。
人口調査を描いた児童文学で、忘れられない話があります。といっても、話のタイトルは忘れてしまいましたが。
そこは帝国に支配された土地で、生まれるにも死ぬにも皇帝の許可が必要なのです。何年か毎に行われる人口調査のために、老人と子どもが連れ立って出かけるのですが、これは同時に死出の旅でもあるので、その辺りが微妙に怖いのです。
なろうの内政系のファンタジーでも描かれませんが、統計調査っておもしろいと思うのです。何を数えるのか、どこまで数えるのか……
数字には表れないものがあります。数字でしか表せないものもあります。目の前の数字に一喜一憂してしまいそうなときは、比べる対象を変えてみる(1年前の自分とか)とよいかもしれません。
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★その人が本人であると証明するのって、案外難しいという話
・宮部みゆき『火車』R15/難易度中。カード破産の話より、こっちの方が怖かったです。
・金素雲 (編)「すがたを盗まれた話」『ネギをうえた人―朝鮮民話選』所収。爪の削り屑を食べたネズミが本人に入れ替わっちゃう話。一応、解決はしていますが、本人証明はできていません。この話だけならU14/難易度低。
★指紋とDNA鑑定の歴史
・C.セングープタ『指紋は知っていた』平石律子(訳)。R15/難易度中。翻訳の問題か、ところどころ、自分で噛み砕かないと流れがわかりにくいところがあります。日本の歴史との関わりも興味深いです。長年の疑問だった、ルパンが脱獄できた謎が解けました。
←同じようなものに、C.ビーヴァン 『指紋を発見した男―ヘンリー・フォールズと犯罪科学捜査の夜明け』茂木健 (訳)があります。こちらは未読。
・S.ワインバーグ『DNAは知っていた』戸根由紀恵(訳)。R15/難易度中。開発者が性犯罪の被害者となってしまったため(本文中に表現あり) 、読み進めるのは結構きついです。
※アルセーヌ・ルパンとベルティヨン式人体測定法の話。「ルパンの脱獄」
※シャーロック・ホームズと指紋の話。「ノーウッドの建築業者」
※どうでもいい豆知識。ゴリラは鼻の皺(鼻紋)がそれぞれの個体で違うそうです。
★スケキヨさん
・横溝正史『犬神家の一族』石坂浩二版で観ました。死体がシンクロナイズドスイミングするシーンでおなじみのやつ。原作は未読……な気がします。
★たぶん、人口調査の出てくる話
・P.ディッキンソン『ザ・ロープメイカー 伝説を継ぐ者』三辺律子(訳)。U14/難易度中? 魔法使いも出てきます。タイトルに最後まで引っ張られました。
タイトル修正しました。
脱字を修正しました。




