12.役立たずの英雄の話:のび太に見る平らな世界
子どものときと、大人になってからというよりは親になってからですが、見方が変わる話というのはよくあるもので、私にとっては、ドラえもんがその一つです。
ドラえもんというのは、見事な程に(それが傑作たる所以でもありますが)、子どもの視点から展開する理想的な世界のお話です。
いや、のび太の世界にも不条理はあるのです。たとえば、スネ夫の家は金持ちですし、ジャイアンは歌をうたいます。のび太は努力しても……いや、努力しないので勉強も運動もできるようになりません。
しかし、にもかかわらず、そこには理想的な子どもの世界があります。のび太のママはドラえもんを受け入れますし、生活環境が違う子どもたちが遊ぶことに嫌な顔をする大人は出てきません。
ヒジョーシキな大人の代表であろうスネ夫のママですら、大企業?の経営者の奥様なのに、中小企業に勤める夫を持つ専業主婦や自営業の兼業主婦とフツーに会話をしています。でっかいアメ車を駐車禁止の場所に停め、子どもを送り迎えすることはありませんし、忘れものをしたくらいでなぜ注意されなければならないのかとクレームを入れることもありません。子どもが100点を取れなかったからとテストのやり直しを要求しませんし、宿題をちゃんとやらせていますし、門限を破ったら叱っていますし、ものすごくまともな親御さんではないかと思うのです。
考えてみると、ドラえもんははじめから矛盾を含んだ物語だと思います。
のび太がジャイ子と結婚するという「最悪な」未来を回避するために、ドラえもんはのび太のもとにやって来ました。
しずかちゃんと結婚するためには、のび太は「成長」しなければなりません。しかし、成長したらドラえもんとは別れなければなりません(実際に大人になったのび太の側にドラえもんはいません)。さらに、ドラえもんが「助けて、ドラえも〜ん」と寄ってくるのび太を助けている限り、のび太は成長できないのです。
物語の中でもっとも皮肉なのは、しずかちゃんとのび太との結婚にドラえもんが関係ないということではないかと思います。結婚の決め手となったのは、のび太の優しさ(甘さともいう)です。ドラえもんの道具の結果ではありません。のび太が優しいのはもとからで、ドラえもんのおかげではないのです。
とあるエッセイを読んでいたときに、「しずかちゃんのような女の子と結婚できるというのは、凡庸な男の子に夢を与える。しかし、女の子にとっては悪夢である」というようなことが書いてあって、思わず吹きました。
いや、知り合いの小学生女子(当時)いわく、のび太は結婚相手としては、そう悪くない相手なのだそうです。自分が面倒を見ればいい話だし、離婚するときにいちばん揉めなさそうだとか。見捨てる勇気は必要そうですけど。
いずれにしても、のび太のような男の子でも、進学して、就職して、結婚して、子どもを持てるという展望を当たり前のものとして持てた時代があったことをうらやましく思います。
さて、短編ではダメダメなのび太ですが、映画では活躍します。主役です。ジャイアンも活躍します。かっこいいです(東南アジアではいちばん人気だとか)。スネ夫も活躍します。ときには、ですが。
では、しずかちゃんはどうでしょう。
基本的なしずかちゃんの立ち位置というのは、「かわいい女の子」です。つまり、添えものです。
かわいい女の子というものは、前に出て戦ったりしませんし、男の子以上に活躍したりしません(最近のはそうでもないらしいですが)。
ところが、このしずかちゃんがしずかちゃんである故に活躍する映画があります。「ドラえもん のび太と鉄人兵団」です。
映画の中で、ミクロス(名前のとおり、弱虫な、スネ夫のロボット)としずかちゃんは、危ないからという理由で=非戦闘員として(つまり、役立たず)戦いから外されます。しかし、戦争を終わらせたのは、まぎれもなく、しずかちゃん(とミクロス)なのです。
すべてが終わったとき、映画では何事もなかったかのように(実際にこちらの世界では何事もなかったのですが)、日常が始まります(この、世界の一大事を、子どもだけで活躍するというのもイイのです)。
子どもは基本的に無力なものです。ところが、ドラえもんの映画では子どもが活躍します。大人は役立たずです。いや、大人が手を貸すというか手を出す映画もありますが、のび太たちの保護者たるパパやママが出てくることはありません。
親からすると、自分のあずかり知らぬところで、子どもが傷ついたり戦ったりしているとは考えたくないものです。しかし、親が冒険に同伴してはなりません。親は子どもの「冒険」において、役立たずでなければならないのです。
さて、原作者の藤子・F・不二雄先生によると、『ドラえもん』の主人公はドラえもんだそうです。
ただし、物語における話のあらすじのように、「(誰)が、(何)を、(どう)する話である」とドラえもんの話をまとめたとき、「ドラえもんが、のび太を、( )する話である」の空白の部分に当てはまる適切なことばを、私は考えられそうにありません。
「ドラえもん」は、子ども視点のお話です。子どもから大人への成長というのは、「守られる」立場から「守る」立場への変化でもあります。はじめから「守る」立場にある(ドラえもんは子守りロボットですよね)ドラえもんを、子どもにも共感できる存在として描くことは難しいのではないでしょうか。ドラえもんの話は、のび太が大人になったとき終わります。ドラえもんを終わらせるのは、のび太なのです。
ドラえもんの変化を中心に描くのなら、「ご主人さま」の命令で、だめだめキャラ(祖先でも婚約者でも)を育成にきたけれど、情が移って……というような、執事か家庭教師(昔の上流階級の女教師)ロボットとか精霊のお話として組み替えれば良いのかもしれません。
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★ドラえもん映画:主なもの
好き
・「ドラえもん のび太と鉄人兵団」旧版の方が、より逆転要素が強いです。「もっとも弱い者がもっとも強いのだ」というところが好きです。もっともSF的な話だとも思います。
リメイク版はメッセージ性があからさますぎるのと、ミクロスが活躍しないのが寂しいです。ラスボスの声を何とかして欲しい……
・「ドラえもん のび太の宇宙小戦争」めずらしくスネ夫が活躍する話。ドラえもんの道具チートとならず、現地人との攻防も楽しめます。
まあ好き
・「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」しずかちゃんの悪女っぷりがすごいです。水中バギーの設定がおもしろかったです。
・「ドラえもん のび太の大魔境」ジャイアンがかっこいいです。スネ夫のぶれ方も好きです。道具の縛りなどがうまいと思いました。オチが秀逸。敵役があまり魅力的ではありません……
途中までは……
・「ドラえもん のび太の魔界大冒険」石像の謎など伏線の盛り込み方はおもしろいです。メデューサがおどろおどろおどろしく、ジャイアンの歌がすてきでした。ただ、ラスボスの弱点というか倒し方がひねりがないというか……
まとめると、環境破壊などメッセージ性があからさまなものや、タイムパトロールなどの大人が出張ってくる話が好みではないのだなあと思いました。
★吹いたエッセイ
・中川右介『源静香は野比のび太と結婚するしかなかったのか : 「ドラえもん」の現実』R15/難易度中。言い回しが固いかもしれません。皮肉のつもりなのか冗談なのか真面目に書いているのか、ときどきわからなくなります。




