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90.新たな法則崩れ





「面白いなぁ」


 水を出す。

 凍らせる。

 水を出す。

 凍らせる。


 そんなことを繰り返している間に、庭には動物の氷像が並ぶようになってしまった。


 今日、クノンは新しい魔術を二つ覚えた。


 個人授業で修得した「砲魚(ア・オルヴィ)」。

 そして、普通に授業で習得した「氷面(ア・エゥラ)」。


砲魚(ア・オルヴィ)」は散々サトリに鍛えられた。

 新しいやり方や使い方を見せて、クノンを導く教育法だ――と、振り返った今ならわかる。


 遊んでいるように楽しんで習熟を促す。

 あれこそサトリの教育者の一面だったのだろう。


 ――なので、帰宅した家では、もう一つの魔術の訓練をしている。


氷面(ア・エゥラ)」。

 水を凍らせる、という氷に関する初歩の魔術だ。


 水を生み出すこともなく、氷そのものが発生するわけでもない。

 これ単体では意味がないのだとか。


 だからクノンは、いろんな形の「水球」を出して、それを即座に凍らせるという訓練を繰り返している。


 氷の魔術。

 やはり面白い。


水球(ア・オリ)」を操作することで氷にすることはできるが、それとは根本的に違う。


 ――率直に言うと、「水球(ア・オリ)」で再現するより、簡単だ。


 あたりまえか。

 クノンの「水球(ア・オリ)」は、高度な……というか、無駄に複雑な変化を加えることで、ほとんど原型を留めない魔術にしているのだ。


水球(ア・オリ)」では二十近い付加を付けて「氷」を再現する、

 だが氷の魔術なら、その手間がまったくいらない。


 そうなると、手間が空いた分だけ余裕が生じる。

 氷の魔術に、二十以上の付加を付ける余裕ができる。


 水を使うことなら「水球(ア・オリ)」を使い込んだ経験が活かせそうだが。

 氷の扱いは、ほぼ初めてである。


 これをどう活かすのか。

 どういう使用方法があり、どんなことができるのか。


 これからひたすら可能性を模索することになる。

 楽しみすぎて仕方ない。


「――クノン様、そろそろ夕飯にしましょう」


「あ、うん」


 楽しみに思いを馳せてニヤニヤ考え事に耽っていたクノンは、侍女に呼ばれて振り返る。


 どうやらすでに陽が傾いているようだ。

 周囲に動物の氷像があるせいで、気温の低下に気づけなかった。


 いや、魔術に夢中になっている時は、ほとんどのことが気にならないが。


「氷ですねぇ」


 庭に並ぶ氷像を眺めて、侍女は言った。


「氷なんだよ。やっと氷の魔術を覚えたんだ」


「そうですか。氷って冬しか調達できない貴重な物って思ってたんですけど、こうして見るとそうでもないって気がしてきますね」


 自然の力に頼らないと、氷は作れない。

 それが一般人の認識である。


 まだ冬の最中なので、今なら作れるとは思うが。

 しかし、ただでさえ寒いこの季節に、氷は必要ない。使い道もない。貴重であっても拒否したいくらいだ。


 夏だったら大歓迎なのだが。


「氷って聞いて、リンコは何が思い浮かぶ?」


「え? そうですねぇ……ああ、子供の頃はよく姉と湖に行っていましたよ」


「みずうみ?」


「はい。冬になると湖面が凍っちゃうから、滑って遊べるんですよ。懐かしいなぁ」


「へえ」


 靴底で滑る発想はあるが。

 滑る場所を用意する、という大掛かりな試行はしたことがなかった。


 明日やってみよう、とクノンは思った。


「でも、ある日氷があまり厚くなかった時があって。運悪く氷が割れて幼馴染のユックが湖に落ちたことがあるんです」


「危ないね」


 氷が張るほど冷たい水だ。

 そこに落ちるだなんて、命に関わる。


「はい。私と姉とほかの子供たちで、必死になってユックを助けようとしたんですけど――」


 侍女は小さく舌打ちした。


「混乱したあいつは大暴れして必死になって私たちにしがみついてきて、結局全員湖に引きずり込んだんですよ。ひどいと思いませんか?」


 クノンは頷いた。


「後のリンコの婚約者だね」


 ユック。

 確かこの侍女の婚約者の名前だったはずだ。


「あ、ごめーんクノン様。のろけちゃったぁ」


「あ、大丈夫だよ。全然のろけに聞こえなかったから」


 それに、別に普通にのろけられても聞き流すだけなので、特に問題はないのである。


「……なんでクノン様の婚約者は手紙を返してくれるのに、私の婚約者は手紙を返してこないんでしょう?」


「――食事にしよう」


 なんかまずい。


 急に不穏な雰囲気になったのを敏感に感じ取ったクノンは、話を切り上げることにした。

 下手なことを言うと侍女に絡まれそうだ。


「ねえ、どう思います? これって浮気してるんでしょうか?」


 しかし逃げられなかった。


 愚痴のようなのろけのような侍女の話を聞きながら、夕食を取ることになった。


 ――手紙くらい返せよユック、ばか、とクノンは顔も知らない男に心の中で文句を言った。





 翌日。


「面白いなぁ」


 クノンは朝から三級クラスにいた。

 数日はここで授業を受ける予定なのである。


 昨日はあまり話せなかった三級の生徒たちも、一人二人とやってくる。


 その中の二人にクノンは興味津々だった。

 グリフス・キーヴァとリム・レースという、男女である。


「どうしたの?」


 しかもリム・レースは、クノンの隣の女子である。

 昨日ちょくちょく話しかけていただけに、普通に会話できるくらいにはお互い慣れた。


「君の不安定な『水球(ア・オリ)』が面白いって話だよ」


「またそれ? 面白くないってば」


 リム本人は不本意なようだが、クノンにとっては面白い現象でしかない。


 何せ定型魔術で定型じゃない魔術が出るのだ。

 ぜひ詳しく調べてみたい。


 だが、クノンも学んでいる。


 ――聖女の時は、いきなりグイグイ行き過ぎたせいでしばらく敬遠されたのだ。


 しかも口説いていると勘違いもされてしまった。

 心外な。

 クノンは婚約者一筋なのに。


 とにかく、いきなりグイグイ行くのはやめるべきだ。

 だからクノンは我慢する。


「今日ヒマ? 授業が終わったらパフェ食べに行かない?」


 だから今は、軽めに誘うだけに留めておく。


「えー? うーん、どうしようかなぁ」


 リムの反応は、ちょっと嬉しそうだ。

 誘われたこと自体はまんざらでもないのだろう。

 

 聖女の時は無視された。

 やはり、グイグイ行きすぎるよりは、軽めのお誘いの方が印象は良さそうだ。


 まあ、気長にやろう、とクノンは思った。


 ――本当に興味深いのだ。


 恐らくは、リムもグリフスも一ツ星の魔術師だ。


 ランクで言うと一番下で、もっとも魔力が低い紋章を持っているはず。


 本人に確認したわけではない。

 だが、クノンには見えている(・・・・・)





 リム・レースは、左手に白い枯れ木のようなものが絡みついている。


 最初は何かと思ったが――恐らく珊瑚だ。

 クノンに蟹が憑いているように、彼女には珊瑚が憑いているのだ。


 それはいい。

 問題は別にある。


 そう、ここで重要な法則崩れが発生したのだ。


 今までは「何かが完全に出ていると魔術師」だと思っていた。


 しかし彼女の珊瑚は、完全に出ているわけではない。

 むしろ左手から生えている、そんな感じだ。


 生えている。

 だとすれば、そのケースは兄イクシオの黒い翼と同じではないか?


 なぜ彼女は魔術師なのに、兄は違うのか?

 その差はなんなのか?


 疑問は尽きない。

 いろんな意味で興味深い観察対象である。

 

 ちなみにもう一人の一ツ星であるグリフス・キーヴァは、何が憑いているかわからなかった。


 周囲からぐるぐる見て回ったが、何かは露出していない。

 服の下にあるのか、それともこれもまた法則崩れの対象なのか。


 彼もまた、実に興味深い。




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― 新着の感想 ―
紋章をきっちりと描ける魔術師→完全顕現 紋章を描き切れない半端な者・紋章を持たない者→部分変化 かなぁ?今のところはだけど。 魔力の練度的なアレが作用してんじゃないかなぁと予想してみたり。 独立組?分…
[一言] 氷を骨格にして水魔法を循環器にすれば人工生命体もどきとか造れそうだよね。これ。操作は100%クノンがしなきゃアカンけど
[一言] 魔力は万人が持っていて外部出力器官(クノンに見えてるもの)が十全かそうでないかで魔術が使えるかどうか決まるとか?
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