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73.女子力という暴力と優秀な先輩方





「――よし、じゃあ早速始めるか」


 ベイルのその一言から、場が動き出した。


 一先ず、話すべきことは話した。

 最優先でやることが定まったので、クノンは頷く。


「作業する場所はどこにします?」


「ここで、と言いたいところだが、さすがにスペースがないな」


 確かにこの散らかりようでは難しそうだ。


「まあ古城(ここ)には空き部屋もあるから、場所はなんとでもなる。おまえの商売はどうだ? 長く留守でも大丈夫なのか?」


「はい。僕が不在の時は、格安で自由に使っていいことにしてますので」


 というか、クノンの「睡眠」の商売は、メインの稼ぎは教室ではない。


 お金持ちの教師や一部の生徒に呼ばれて、そこで「睡眠」を提供する出張商売の方だ。


 研究などでその場から離れられない魔術師が……


 ――あるいは、〆切から逃げないよう誰かに捕まっている魔術師や、逃げ癖のある半ば監禁されている魔術師が。


 さすがにここで休まないと倒れる、いや、もはや死ぬかもしれないという極限状態で、クノンを呼ぶのだ。


 短い休息時間で、現場に復帰できるように。

 奴隷が如く馬車馬のように働くことができるように。


 彼らにとっては、質の良い眠りは大枚はたいてでも必要なものなのだ。


 その辺のことは、クノンの研究室に、どこにいるかだけ明記しておけば大丈夫だ。

 彼らの使いが呼びに来るから。


「問題ないならいい。そうだ、ジュネーブに声を掛けていいか? あいつは魔道具造りが得意なんだ。戦力になるぞ」


「構いませんよ。時間が惜しいから、さっさと作っちゃいましょう」


 手伝いの手が増えれば儲けも減るのだが、クノンはそれより時間を取った。

 完成が早いほど、次の一手が早くなるから。


 ちなみにジュネーブィズは魔属性である。

 完全人型の「見えるもの」を背負った者だけに、やはり例外に分類された。


「私も! 私も手伝いたい!」


 エリアが挙手した。すると思った。


「おまえ風属性だからな……今回の魔道具にはたぶんいらないと思う」


「えっ」


 風と火は、何かを造る作業には向いていない。

 魔術師の定説である。


 光、闇、魔は、サンプルが少ないので何とも言えないそうだ。


「クノン君はどう思う!? 私が手伝ってもいいよね!?」


「あ、ずるいぞエリア」


 三人しかいない場で、エリアは絶対的な女性の味方の同意を得ようとした。


 クノンなら、女性の提案は受け入れる以外の選択はないから。


「僕は歓迎したいですけど、ベイル先輩がダメって言ってるから……」


「ええっ」


 予想外の答えだった。

 クノンなら、ぜひエリアを開発チームに入れようとまで言うと思ったのだが。


 ――いやわかる、とベイルは思った。


 口では女性女性言っているクノンも、やはり生粋の魔術師だということだ。


 魔術と女性を天秤に掛けたら、魔術の方が重いのだろう。

 普段の言動から勘違いしそうだが、根底にあるものはきっとそうなのだ。


 その辺も、ベイルの価値観と似ている。


「こんなに気になるのに!? 何ヵ月も知らされないまま待ってろって言うの!? 知りたい知りたい!」


 普段それなりに穏やかで普通の女子っぽいエリアだが、やはり彼女も魔術師。

 魔術に関しては目の色が変わる。


「おいおい、後輩を困らせるなよ」


「――ベイル先輩のことだってずっと待ってるんですけど! これ以上待つものなんて増やしたくないんですけど!」


「……は?」


「……バカ!」


 エリアは研究室を出て行った。


「…………」


「…………」


 得も言われぬ沈黙が訪れた。


 その中で、クノンは少しときめいていた。

「これがイコの言っていた女子力か」と思っていた。


 いくら教えられてもさっぱり理解できなかったが、今確かに、強く異性を感じている。


 男の子の胸を打つ、暴力ではない暴力。

 それが女子の持つ力、女子力だ、と。


 まさにこれのことだろう。


「……なんだあいつ。バカって言われたぞ。おいクノン、俺バカか?」


「僕はよくわかんないけど、たぶんバカなんだと思います」


「おい……」


 エリアの気持ちに気づいていて無視しているならバカだ。

 本気で言っているなら大馬鹿だ。


 あの女子力を食らって平然としていられるなら、男かどうかも疑わしいくらいだ。





 エリアの一件で少々ぎくしゃくしたが、他人の恋愛事情に下手に首を突っ込むなと侍女には口うるさく言われてきたクノンだ。


 一旦彼女のことは置いておくことにして。


 クノン、ベイル、ジュネーブィズの三人で、霊草シ・シルラ用を保存し携帯する箱――「薬箱」の開発に着手した。


「――ウフッ、エリアちゃんと代表のこと? 私が知る限り二年間はあんな感じでさぁ、微笑まフフハハハハッ、……微笑ましいよね」


「――煽ってません?」


「――おい、飯持ってきたぞ。食おうぜ」


 ジュネーブィズの笑い癖は相変わらずだが、確かに魔道具の知識や技術は確かだった。


 二人で相談して方針を固め、ベイルに細々指示を出しながら形を整えていく。


「――いいねぇ! クノン君、君実にいいよぉ! アハッ、そう来たかぁ! いいなぁその発想! 新しいよアハハッ! そういうアレね!」


「――煽ってません?」


「――お、ジュネーブがご機嫌なんて珍しいな。おやつ持ってきたから一息入れようぜ」


 完成は早かった。


 元々魔道具に詳しいジュネーブィズ。

 魔術の知識が豊富で、一聞いただけで五は理解する優秀なベイル。


 彼らの確固たる実力でもって、着々と完成に近づく。


 まさに薬箱の開発にうってつけのメンバーだった。


「――魔属性って面白いですね。物質の構造・特性を一時的に変化させる魔術なんて初めて見ました」


「――珍しい属性だからわかってることも少ないんだけどね。ウフッ。全然使いこなせてる気がしなくてねぇ。使える魔術なんて四つしかないんだよ。私もクノン君くらい自在にアハッ使えたらなぁアッハッハッ!」


「――煽ってません?」


「――エリアたちが林檎のタルト焼いたってよ。持ってきたから休憩にしようぜ」


 こうして、「中に入れた物の水分を奪う小型の箱」と、「中に入れた物を完全密閉する小型の箱」が完成した。


 開発に掛かった日数は、五日。

 思った以上に早かったな、とクノンは思う。


 いくら保存庫という雛形がすでにあったにしろ、この速度はなかなかである。

 ベイルとジュネーブィズの力が大きかった。

 先輩方の腕は確かである。


 魔道具には二種類ある。

 一つは霊草の傷薬のような、薬そのものが魔力を持つ使い切りのもの。

 そしてもう一つは、魔力を原動力に動く物だ。


 一般的には後者の意味で使われるが、シ・シルラの傷薬のようなものも、間違いなく魔道具の一つとされている。


 そして今回開発した薬箱は、後者である。


 魔道具だけに魔力を込めないといけないが、一度の充填で一ヵ月は持つはずだ。

 素材は少々高価だけに販売価格もそれなりだが、中に入れた薬を守るために頑丈な造りとなっている。

 一生もののアイテムだと思えば、そこまで高くはないだろう。


 箱の大きさは、葉巻を入れるシガレットケースくらいだ。

 上着の内ポケットに入るくらいの大きさである。かなりの小型だ。


 これは冒険者だけではなく、貴族や王族やお金持ちと言った人たちが、常に携帯することを想定してである。


 そしてクノンは、二つの魔道具完成の過程で、ちゃっかり両方の特性を持つ「紙型シ・シルラの傷薬用薬箱」を独自に作っておいた。


 まあ、三人でささやかな打ち上げをした時、バレていたことが発覚したが。





 五日ほど「実力の派閥」の古城に通っている間に、教師スレヤ・ガウリンから手紙が届いていた。


 霊草シ・シルラの栽培による単位に関してである。


 手紙には「単位を二つ与える」と記されていた。


 本来なら、一つの報告に対しては最大三つの単位が与えられるそうで、霊草の栽培は間違いなく単位三つ分の成果だったそうだ。

 が、あくまでも共同作業だったことを考慮し二つとなった、と。


 複数名で行われた実験や研究には、単位二つが最大数なのだとか。

 その例に漏れず、という話である。


 一だと思っていたが、予想外に単位は二となった。

 そしてベイルの話では、あの薬箱の開発でも、単位が貰えるだろうとのことだ。


 これで単位は三か四である。





「次は何しようかな。――あ、そろそろ空飛ぼうかな」


 クノンは次の単位取得に向けて歩き出した。





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[良い点] ジュネーブ先輩、アハアハ言ってて究極に怖いわー笑 スタンドが口抑えてるし、めちゃくちゃ恐ろしい絵面だ。
[良い点] ――あるいは、〆切から逃げないよう誰かに捕まっている魔術師や、逃げ癖のある半ば監禁されている魔術師が。 ははは、ははは。
[一言]  風と火こそ作るのに向いてる気もするが空気の成分も真空も窒素も無風空間も疑似無重力空間も温風や温室も保温器も床暖房も熱燗も保温便座も無い時代なら仕方がないか。
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