517.衝撃のあまり言葉が出ない
「……これでひと段落かな」
クノンは書き上げたレポートを見直しつつ。
雑に積み上げた書類をまとめる。
借りている学校の教室は、書類や器具、メモ、本だらけだ。
そして。
この部屋にまた、書類の山が増えた。
三年目の学校生活。
始まってすぐに予定が入り、立て続けに色々あったが。
ひとまず、予定は片付いた。
教師の調査が終わり、ジュネーブィズたちが戻ってきて。
数日が経った。
クノンは腰を据えて、レポートをまとめていた。
単位用のレポートもあったが。
その他、考えたいことがたくさん見つかった。
「これは、掃除の件と」
――第一校舎の掃除。
あそこにたくさん住んでいる、謎の存在も気になるが。
最も気になったのは、やはり。
あのウフル・シヴァンの二重奏だろう。
あの音楽室でのことは、鮮明に思い出せる。
サンドラと踊ったり。
カシスが演奏したり。
ユシータは……ちょっとあの時何をしていたかはわからないが。
気になるのは、あの色のついた線の存在。
あれは結局なんだったのか。
何がどうなってどういう作用が働いた結果なのか。
魔術ではなさそうだが。
ならば何かと問われると、「わからない」としか言いようがない。
これからじっくり考えてみたい。
それから。
「ガラスの魔道具、と」
あまり間を置かず「景色を記録する魔道具」に着手した。
きっかけはベイルの相談だった。
エリアへの誕生日プレゼントが、という話だったが……。
結局誕生日はどうなったのか、少し気になるが。
それよりエリアの恋の行方が気になる。
しかし、今はまだ放置中だ。
いずれ必ず続報が入ってくるだろう。
だから、それまでは我慢するつもりだ。
他人の恋愛に口を出すな、と。
かつての侍女イコから教わっているから。
口を出したらとんでもない目に遭うぞ、たとえば――と。
身の毛がよだつ恐ろしい逸話を、いくつもいくつも聞かされたから。あれは恐ろしい話だった。今思い出しても身震いしてしまう。ああ、思い出したくもないのに不意に思い出してしまった。あんな恐怖、もう二度と味わいたくなかったのに。
……まあ、とにかく。
クノンは紳士だから急かさない。
落ち着いて、エリアたちの進展と報告を待とうと思う。
――魔術的にも気になる点は多い。
「景色を記録する魔道具」。
これは一定の効果を上げた。
もう少し改良はできるはず。
ベイルが卒業する前に、もう一度開発を行いたいところだ。
それに、偽教師の存在。
これも衝撃だった。
あの先生、この先生が。
まさかの偽物の教師だった。
そんな、ある意味怪談より恐ろしい話だ。
まあイコの怖い話よりは数倍優しい話だとは思うが。
調査結果を報告して、数日経っている。
果たして学校側は、偽教師たちにどう対処するのだろう。
いなくなると困る気がする。
何せ、実務的に教師の仕事をこなしている偽者もいたのだ。
追い出すと、きっと運営側に影響が出るだろう。
業務に穴が空くとか。
そんな不都合が生じると思う。
それほどまでに。
偽教師たちはしっかりと、魔術学校に根を下ろしていたのだ。
意外というか、なんというか。
多くの偽教師が、きちんと実力があった。
実力の問題で偽教師をやっている。
そんな風には思えない人も、多かった。
試験さえ受ければ、みたいな人だ。
なぜ偽教師に甘んじているか、という感じである。
とにかく。
学ぶべきことが多い人たちではあると思う。
彼らの処遇はとても気になる。
特に、彼女との出会いだ。
――ラサミン・アウリッツ。
師ゼオンリーに強めの恨みを持つ彼女も、偽教師だ。
魔術の腕は、クノンよりはるか上。
魔術だけに限れば、サトリよりも上手いかもしれない。
そして。
彼女には「鏡眼」を知られてしまった。
ラサミンの魔術はすごかった。
クノンはまだ、彼女の魔術の連射速度の謎が解けていない。
連射速度はそう変わらないそうだ。
だが、明確に、ラサミンの方が速いのである。
クノン的には、これを最優先に解決したいところだ。
「……うーん」
簡単に分けて、書類を積み上げておく。
「気になった点の考察」などは、人に見せられない。
なので、鍵付きの机に突っ込んでおく。
「……片付けないとなぁ」
机の引き出しが、だいぶ窮屈になってきた。
書類の整理をしなければ。
本当に。
……したくない。面倒臭い。
片付けは後日やるとして。
机に着いたまま、クノンはずっと考えていた。
ラサミンの魔術の連射速度。
時間が空けば考えていたことだが、未だに解けていない謎である。
クノンの技術が足りない?
いや、ラサミンの態度では、そういう感じではなかったと思う。
何か見落としているのだろうか。
ただ単純に連射するだけではない、そんな秘密が――
ドォォォォン!
「っ!? えっ!?」
ものすごい音がした。
比喩でもなんでもなく、校舎が揺れた。
その証拠に。
重心を無視して積み上げていた書類が、本の山が、崩れた。
この学校。
事件など日常茶飯事だ。
急な爆発音も割と多いし。
校舎がちょっと壊れるくらいなら、月一くらいである。さすがに全壊は珍しいが。
走り回る教師や生徒もざらだ。
謎の生物が逃げたとか、何かから逃げているとか。
しょっちゅうである。
すっかり慣れてしまったクノンだが。
「……まさか!」
そんなクノンでさえ驚くような。
とても大きな衝撃だった。
脳裏に走るのは、第十一校舎大森林化事件。
校舎一つを破壊してしまった、あの事件である。
特に片付けが。
後始末が。
これまでの魔術学校生活で、一番の苦痛だった。
今の衝撃。
まさか校舎をやってしまったのではないか。
誰かが、この校舎を。
破壊してしまったのではないか。
身の危険より何より。
片付けの心配をしてしまったクノンは、慌てて廊下に飛び出した。
「――うわ……」
廊下に出て。
「鏡眼」で窓から外を見て。
わかった。
とんでもない水柱が、天に向かってそそり立っていた。
あの水量はなんだ。
規模からして中級魔術だろうか。
恐らくクノンの知らない、大規模魔術である。
水柱から距離があるので。
ここ新設第十一校舎に影響はなさそうだ。
あの方向は、第六校舎方面だろうか。
「……」
気になる。
気になるなら、行くしかないだろう。
いったい何が起こっているのか。
どんな魔術を使ったのか。
それを確かめるため。
クノンは窓から飛び出し、「水球」に乗って飛んだ。
――そして。
先の大きな衝撃とは違う、別方面の衝撃を受けることになる。
「……えぇ……」
飛んでいる間に、水柱は忽然と消えて。
クノンが現地に到着すると。
そこには三人いた。
クノンと同じように、野次馬も集まってきているが。
中心には三人だ。
「――ああ、クノンか。こんにちは」
まず、先日会った魔術学校運営本部の人がいた。
赤い髪で、頼もしい体格のデルタだ。
ベイルは元冒険者ではないか、と言っていた。
まあ、彼女のことはいいのだ。
それより衝撃なのは、あっちの彼女の方だ。
「――フフッ」
彼女は――ラサミンは。
クノンの見えない視線に気づくと、気だるげに笑った。
「笑いなさい、クノン。
これが魔術に魅入られた哀れな者の姿です」
そう語る彼女は。
両手に縄を掛けられていて。
まさに犯罪者、といった姿である。
まさに犯罪者が逮捕されてしょっ引かれる瞬間。
そんな姿である。
「しかし、これはあなたの姿でもある。
私もまた、魔術に狂わされた、ただの犠牲者に過ぎないのです」
……。
眠そうな顔で何言っているんだろう、とクノンは思った。
衝撃を受けながらも。
どこか冷静に。
「無用な抵抗などするから人が集まってきたではないか。
さっさと歩け」
フードをかぶった男と、デルタに連行されて。
ラサミンは……三人は行ってしまった。
「……えぇ……」
衝撃が強すぎて、何も言えなかった。
いったいラサミンに何があったのか。
悪いことでもしたのだろうか。
……。
そういえばしていたか。
普段から常に。
壁を抜いたり。
不法侵入したり不法占拠したり、か。
◆
親愛なる婚約者様へ
残暑が厳しい今日、いかがお過ごしでしょうか?
僕は無事進級して、魔術学校三年目に入りました。
そちらは何も変わりありませんか?
実は今日、衝撃の事件がありました。
正直まだ動揺しています。
考えをまとめるために、ペンを取った面もあります。
ただの雑談程度に読んでください。
今日、魔術学校で、とある女性が連行されました。
恐らく逮捕的な意味での拘束だと思います。
もしかしたら、僕のせいかもしれません。
直接的な関係はないし、僕にはどうしようもない話ではあるのですが。
もしかしたら、間接的に。
彼女の逮捕に関与してしまった、かもしれません。
実は最近、その女性と知り合ったのです。
とてもすごい人です。
僕は彼女にとても興味があり、近々また会おうと思っていました。
もっと言葉を交わしたい。
彼女の声を聞きたい。
魔術の話をしたい。
そう思っていた矢先の事件でした。
人って、思いがけない光景を見ると、言葉が出なくなるのですね。
連れていかれる彼女に、僕は何も言えなかった。
あんな時こそ、きっと。
紳士的な言葉が必要だったのに。
傷ついて不安に震える、逮捕された彼女。
そんな彼女を慰めるような一言が。
まあ普通に平気そうでしたけど。
まだまだ理想の紳士には遠いようです。
あなたに相応しい紳士になれるよう、これからも励みたいと思います。
今年の予定は、まだ立っていません。
またあなたに会いに行きたい。
ですが、スケジュールの調整ができるかどうか、わかりません。
この感情のまま、心のまま会いに行けたら。
そう思わずにはいられません。
今回は少し感情的な手紙になってしまいましたね。
まだ動揺しているのかもしれません。
次こそ、冷静で紳士的な手紙を書きます。
だから今回だけは許してください。
あなたのクノン・グリオンより 一日も早い再会を夢見て
追伸
ウフル・シヴァンという曲を知っていますか?
少々縁があり、踊る機会がありました。
あれくらいスローなら、僕も踊りやすいです。
今度は、ぜひ、あなたと踊りたいです。
第十三章完です。
お付き合いありがとうございました。
よかったらお気に入りに入れたり入れたりしてみてくださいね!





