516.今はそこまではいいです
「あ、ジュネーブ先輩!」
教師調査の仕事が終わった翌日。
さて、これからどうしよう。
ジュネーブィズとエリアはまだ帰ってこないのか。
またラサミンに会いに行ってみるか。
などと考えながら学校へ向かっていると。
「――アハハッ。おはようクノン君、待ってたよ。というか、ただいま」
校門付近に彼がいた。
「帰ってきたんですね!」
今考えていた人物にして、待っていた人物。
ジュネーブィズ・サン・アマチカ。
アーシオン帝国辺境伯の三男である。
……何度反芻しても、衝撃の事実である。
「昨日の夜、戻ったよ。
疲れたからまっすぐ帰って寝たんだ。
フフ。
ずっと飛びっぱなしだったから、エリアちゃんもくたくたでさ。すぐに休んだと思うよ」
風属性の彼女は「飛行」が使えるから。
だから、これだけ早く戻って来られたのだ。
「ベイル先輩の家族とは会えました?」
「会えたよ」
「ベイル先輩の妹さん、素敵なレディでした?」
「うん、素敵なレディだったね。ハハッ! 私としては代表のお母さまが……おっと、これ以上はやめておこうかな!」
なんなのか。
ベイルのお母さまがなんなのか。
何を言いかけた。
なぜだかクノンは異様に気になったが……まあ、今はいい。とても気になるが。
「話してもいいけど、ウフッ。
私たちがいない間、君と代表も色々やっていたみたいだねぇ」
やっていた。
ジュネーブィズたちがいなくなった後。
「景色を記録する魔道具」の試作品を造り直して。
単位取得のために提出して。
そこから教師の調査が始まり。
そして、偽教師たちとの邂逅。
あの先生が偽教師だったという衝撃。
予想外の魔術戦。
そう、
ほんの数日の間に、色々あった。
個人的には、やはり。
あの眠そうな偽教師レディ。
ラサミン・アウリッツとの出会い。
とても大きかったと思う。
「朝食はお済みですか? その辺でお茶でもどうですか?」
と、クノンは早朝営業している喫茶店を指差す。
ゆっくり話したい。
エリアの恋の行方。
当然クノンも気になっていた。
だが、今すぐ本人に聞きに行く。
それはなしだろう。
もしかしたら。
今頃、エリアとベイルは会っているかもしれない。
さすがにこのタイミングで邪魔はできない。
そして。
ようやくエリアの恋が、動き出すのだろう。
恋が実るにしろ。
フラれるにしろ。
どちらにしろ、前進はするはずだ。
――まあ、クノンとしては、やはりエリアを応援したいが。
◆
ノックの音で、夢から覚めた。
「――おう。開いてるぞ」
ベイルは起きると同時に、そう口走った。
特に意識せず。
昨夜。
クノンと夕食を食べつつ、遅くまで話をした。
話しきれなかった。
「景色を記録する魔道具」。
教師の調査に、偽教師との魔術戦。
これらを中心に、あれやこれやと話をしたのだが。
時間が足りなかった。
まるで話が尽きなかった。
クノンの推測や考察は興味深かった。
あいつの話はいくらでも聞ける。
――やはりクノンは優秀だな、とベイルは何度も思った。
今では、一派閥に属さなくてよかったとさえ思う。
学校内での行動範囲が広い分。
特定の派閥にいたら経験できないことにも触れている。
今年度で卒業するベイルが、羨ましいと思えるくらいに。
自由に動いて、知識と経験を積んでいる。
長い夕食を済ませ。
それからベイルは、学校へやってきた。
「景色を記録する魔道具」の書類を整理するためだ。
いや、整理というか、改良案の考察か。
数日使ってみた感想と。
気になった点。
思いつくまま書き出して。
そのまま寝落ちした。
そして、今。
「……先輩……」
開いたドアの先に、後輩エリア・ヘッソンがいた。
見た瞬間、直感した。
――二人きりでいたらまずい、と。
根拠はない。
いつものエリアと違う、なんて思ったわけでもない。
態度に違和感を覚えたわけでもない。
本当にただの直感だった。
まあ。
ジュネーブィズと一緒にどこかへ行った、というのは知っているから。
何かをして、戻ってきた。
それはわかっているが。
「朝飯食ったか? 食堂行こうぜ」
とにかく。
二人きりでいるとまずい。
乱雑な部屋で寝ていたベイルが、起きて。
書類などに当たって、ばさばさ山を崩しながら移動して。
エリアの横を通り抜けて、廊下へ――
「先輩!」
許されなかった。
エリアが、ベイルの腕を掴んだから。
「見てください!」
そして、突きつけられた。
「景色を記録したガラス」を。
「――そんなに似てないですよ! 私とアルルちゃん!」
ガラスに記録された自身の妹を。
繋がった。
ジュネーブィズが試作品を強奪した理由。
エリアと消えた理由。
まさかベイルの故郷へ。
家族に会いに行っていたなんて、想像もしていなかった。
「ちょっと髪の色と目の色が似てて!
声も似てて!
なんとなく雰囲気も似てる感じはありますけど!
でも、ちゃんと見比べてください!
顔立ち、そんなに似てません!」
「……」
ここまでか。
いよいよ覚悟を決めねばいけないらしい。
もう、バカの振りでは、誤魔化せない。
エリアがここまでやってしまったのなら。
「……確かに、こうして並べると、似てねぇかもな」
パッと見では、本当にそっくりだ。
髪と目の色のせいか。
声もそっくりだ。
エリアの声を聞くたびに、妹を思い出したから。
妹は現在十二歳。
エリアの方が身体は大きいが、まあ大差はさほど……胸とか……いや、これはいい。
「でもよ。無理だろ。家や国の問題もあるし――」
「今はそこまではいいです!」
ぐっと、エリアが詰め寄る。
下から。
睨むようにして、まっすぐに。
強い眼差しで、ベイルを見詰める。
「これからは妹としてじゃなくて、女として私を見てください!
ちゃんと別人だと認識してください!
今の先輩、私にもアルルちゃんにも失礼ですからね!」
と、それだけ言って。
エリアはガラスをベイルに押し付けると、行ってしまった。
「……」
覚悟を決める時が来たようだ。
ちゃんと考える時が、来たようだ。





