515.動き出した夜
「ああ、なるほど。これは面白い」
報告書と。
「景色を記録したガラス」。
双方をテーブルに出すと、デルタはガラスの方に手を伸ばした。
非常に薄く、手のひらほどの大きさ。
そんなガラスである。
そこには人物の景色が写っている。
薄いそれは光に透けるが。
人相を読み取れるくらいにはくっきりだ。
「リーグ先生の紹介だっけ?
教師の調査……正確には教員調査指令は、教師に向けた依頼だったんだ。
納得した。
リーグ先生があんたら生徒を推薦するわけだ」
デルタはニヤニヤし出した。
そうして、ガラスに写る人物たちを見ていく。
「ふうん。知らない顔も多いじゃないか。
正式な教師とは、一度面通ししてるんだがな」
今度は報告書を見る。
一枚目は結果を。
二枚目以降は、足で数えた教師のリストになっている。
「何々……教師総員百五十一名、その中の四十九人が偽者だ、と。
はははっ。約三割が偽者ってなんだよ」
彼女はとても楽しそうだ。
「漏れはあると思います。
教師や生徒に聞き込みをして、名前と居場所を割り出して、直接会いに行きました。
でも、それに引っかからなかった教師もきっといます。
そもそも会えなかった教師も少なくなかったですし」
ベイルが言うと、デルタは報告書とガラスをテーブルに戻した。
「いや、充分だよ。漏れもあっていい。
そもそも運営本部さえ正確に把握できてないからね。
この通り、勝手に増えてるわけだし。
わかりゃいいな。
それくらいの依頼だったんだよ。
調査に手間も時間も掛けたくないし、やってくれる教師もいない。面倒だし。
それでずっと放置されてた。
それなりに危険もあるしね」
「危険っすか?」
「偽教師の抵抗」
「……ああ、ありましたね。
俺らはその辺は割り切ってやってましたけど」
「逃げられたら追わなかった、ってやつだね。
その場合、名前と居場所だけリストに残したんだろ」
報告書に書いてあることを、デルタは諳んじる。
「それでよかったよ。
深追いしたらそれこそ揉めていた」
判断は間違っていなかったらしい。
クノンたちが請け負ったのは、あくまでも調査。
だから調査以上のことはしなかった。
「それにしてもこれは面白い」
と、デルタは再びガラスを手に取る。
「調査にはもってこいの技術だ。どこの国も欲しがりそうだ。
でも問題は強度か。
ガラスじゃなくて、紙みたいなものに写せれば利用価値も上がりそうだね」
確かに。
ガラスは割れる。
かさばる。
そして場所も取る。
記録していくならば。
軽くて、少々雑に扱っても大丈夫なもの。
それこそ彼女の言う通り、紙が理想的だ。
「――よし、報告は確かに受け取った。
報酬は少し待っててくれ。
リーグ先生から伝えてもらうようにするから。
あとこのガラス、単位のアレだろ?
単位も出すからな。
で、このガラスは貰っていい? 返す必要が?」
「いえ、どうぞ。俺らには使い道ないっすから」
おっさんとか、おねえさんとか。
いい歳の人たちの顔の記録。
正直、あまり欲しいものではない。
返されても困る。
「ありがとう。活用させてもらうよ」
こうして、魔術学校運営本部への報告は無事終了した。
これで仕事は官僚である。
用事は済んだ。
二人はすみやかに、運営本部もとい質屋ギルドから表に出てきた。
「僕、しゃべる間がなかったですよ」
仕事だった。
だからクノンは、余計な発言は控えていた。
それにしたって口を挟む間がなかった。
一言たりとも。
「ちょっと迫力がある人だったもんな、デルタさん。
圧があるっつーか。
あの人、たぶん元冒険者だな」
圧はわからなかったが。
だが、元冒険者というのはわかる気がする。
逞しい身体。
頼りがいのある広い背中。
大きくハキハキした声。
冒険者らしい特徴だ。
それに加えて――
なんだかずっと、剣呑な雰囲気を感じていたから。
「危ないレディ、って感じでしたね」
危険な匂いがする、というか。
自然と緊張してしまう相手、というか。
クノンの印象は、そんな感じだった。
「ちょっと意味が違う気がするけど……まあそうだな」
――本気で危ない人かもな、と。
ベイルはそう感じていた。
◆
「――調査結果は?」
ベイル、クノンが部屋を出て行ってすぐ。
忽然と生まれた影から、人が現れた。
美男子だ。
教師クラヴィスと対をなすような美貌を持つ、黒髪の男。
ただし。
顔の半分に、タトゥーのような闇の浸食が刻まれている。
あれがなければ、……いや。
あっても女の視線を集めるだろう。
「なんだ、クロ。気になって見に来たのか?」
「ここは神聖なる師の庭。
不正を侵す者を許してはおけぬ」
男はデルタの正面。
さっきまでベイルたちがいた場所に座る。
「やるのか? 偽教師狩り」
「……」
男は答えず。
人の写るガラスを一枚一枚確認する。
時折眉が動くのは、不可解だからだろう。
「こいつ教師じゃなかったっけ?」と。
記憶と記録に齟齬があるのだ。
――申請漏れや資格失効などで、偽教師になっているパターンである。
「荒っぽいことはするな。グレイ・ルーヴァの命令だよな?」
「通達を出せ」
「どんな?」
「リストにある偽教師全員に出頭命令。
応じなければ俺が狩る」
「応じたら?」
「事情聴取と素行調査。
問題がなければ、学校に残れる資格を取らせる。
……俺はすべて排してもいいと思うが、師の望みだ。希望者はできるだけ残す」
「いいだろう」
デルタは頷く。
「その狩り、私も同行するからな」
「いらん」
「あんたの見張りだよ。一人だとやりすぎるだろ」
「やりすぎない」
「信じない」
グレイ・ルーヴァの直弟子。
闇の魔術師クロディウス。
心の底から師を崇拝する、やや変質的な男だ。
そして、デルタ・フロア。
かつては「赤き魔術師狩り」と呼ばれていた、凄腕の冒険者だ。
魔術師でこそないが。
魔術が効きづらいという特異体質を持つ。
偽教師界隈にとっては最悪のコンビが、動き出そうとしていた。
◆
そして、この日の夜。
ベイルの故郷へ行っていた二人。
ジュネーブィズとエリアが、ディラシックに帰還した。





