514.これはわからない
「――クノン! こっちだ!」
夕方から夜になろうという時刻。
商業ギルド近く。
そこで会おう。
そんな曖昧な待ち合わせ場所で、ベイルと合流することができた。
「待ちました?」
「全然。おまえ晩飯食った? 報告終わったらその辺で一緒に食おうぜ」
「はい」
そういう流れになるかも。
そう予想して。
侍女リンコには門限の調整のついでに、夕食はいらない旨を伝えてきた。
偽教師との諸々について。
話したいことはたくさんある。
きっとベイルも同じ気持ちなのだろう。
「じゃあ行くか」
ベイルは足元に置いていた、一抱えほどの木箱を持つ。
「景色を記録したガラス」が入っているのだろう。
「重くないですか?」
「箱に浮遊石を仕込んであるから、むしろ飛んでいかないように抑えてるんだ」
浮遊石。
師ゼオンリーも、重い物を運ぶ時はよく利用していた。
難しい魔術で出すらしいが。
ベイルなら、使えてもおかしくないだろう。
「……この辺、僕も結構来るんですよ。素材とか買いに。
でも、これはわからないなぁ」
大通り添いではないが、すぐ近くだ。
店も多いので、クノンは何度もこの辺に来ている。
なのに知らなかった。
「だよな。俺も全然気づかなかった」
先に来ていたベイルが聞き込みをして、場所を特定したのだ。
果たしてそこは、ほぼ民家だった。
ちょっと大きめで綺麗めで、やや富裕層向けの物件……みたいな。
そんな感じの建物だった。
だが、門扉は開かれている。
この辺は店らしい開放感がある。
看板が出ている。
質屋ギルド、と。
そう書かれている。
「質屋ギルドか……」
これも知らない施設である。
「横に『その他』ってあるだろ?」
「あ、はい」
「質屋ギルド」の隣に「その他」と、付け加えられている。
控えめに。
この「その他」。
これこそ魔術学校運営本部を指しているそうだ。
こんなのわかるわけがないだろう。
看板さえ出ていないのだから。
なぜこんなにもわかりづらくしているのか。
まあ、きっと、理由はあるのだろう。
まったく想像もつかないが。
……それにしても、だ。
「質屋ギルドなんてものもあるんですね」
クノンは、魔術学校運営本部も知らなかったし。
こちらも知らなかった。
「一般人向けじゃねぇらしいぜ。
ほぼ買い取り専門みたいな組合で、商人相手に売り買いやってるんだってさ」
「へえ……」
まだまだ知らない施設も多そうだ。
「――そっちの奥だからね」
質屋ギルドに入り。
カウンターに座るおじいさんに要件を話すと。
そっち、と。
横手にある通路を指差された。
奥へ続く廊下。
その付近の壁に、プレートがあった。
魔術学校運営本部、と。
そう書かれていた。
看板が出す場所を間違えている気がするのだが。
まあ、いい。
通路を行き、奥へ向かうと……いくつかのドアが並んでいる。
プレートが出ていない。
なんの部屋かわからない。
そして、開けっ放しのドアを見つけた。
「あのドアが開いた部屋、人がいます」
気配を感じたクノンが言うと、前を行くベイルが「そこだろうな」と返した。
会う約束は取り付けてある。
運営側も、クノンらを待っているはずだ。
「あの」
と、ベイルが部屋の中に呼びかけると。
「――おう、待ってたよ。こっちだ」
気風のいい女性の声が返ってきた。
「よく来た。私は魔術学校運営本部の主任、デルタだ」
と、彼女はソファーを勧めてくれる。
簡素な部屋だ。
向かい合ったソファーとローテーブル。
それくらいしかない。
「えーと、特級クラスのベイルとクノン、だね?」
「あ、俺がベイルっす」
「クノンです。初めまして、素敵なレディ」
「ああ、はいはい。あんたの噂は聞いてるよ。
旦那がいるからお誘いは勘弁してね。いちいち断るのも悪いしさ」
クノンの紳士っぷりは耳に入っているようだ。
「私は理事長の代理ってことになる。
悪いね。
理事長に会いたかったんだろ?
あの人忙しいからさ。今日のところは私で我慢してよ」
と、そんな話をしつつ、三人はテーブルに着いた。
「こんなところに運営本部があって驚いただろ」
デルタは快活に笑う。
目が覚めるような赤毛の、三十後半から四十くらいの女性だ。
がっしりした体格だ。
逞しくて頼りがいがある。
「そうっすね。表に看板出さなくていいんすか?」
「いいんだよ。
ここな、基本的に機能してないんだよ。普段は誰もいないから」
機能してない。
普段は誰もいない。
なかなか衝撃的な言葉だ。
「ここでの仕事は、全部書類整理だからな。
計算したり管理したり。
関係者各位に通達を出したり。
そんなのここじゃなくてもできるからな。
みんな仕事を持って帰って、家とかその辺でやってるんだよ」
なんと。
「それいいんすか? 学校内の情報が丸見えっつーか……盗まれませんか?」
そう。
そんなことが許されるなら、情報が駄々洩れになってしまう。
魔術学校の管理。
それはすなわち、魔術師の管理と同義である。
なんというか……非常にまずいのではなかろうか。
中には、王子とか皇子とか。
普通に生徒にいるのに。
「私も就職した時は同じことを思ったよ。
でも、この街は特別だ。
魔術師関係に粗相をしたら、生きていけないからな。言葉通りの意味で」
……。
「支配者グレイ・ルーヴァは優しい人だと思う。
もっというと、自分の管轄外には善にも悪にも寛容だ。
でもあの人の弟子たちは違う。
割ときついのもいるんだよ。
――おっと、学生さんにはちょっときつい情報だったかな」
まあ、あまり聞きたくない話ではあったが……。
でも、興味がないとも言い切れない。
ゆるいようで、ゆるくない。
そんな管理体制がどうなっているのか、気になる面はある。
「さて。
確か、教師リストの提出と報告だっけ? 報告を頼むよ」





