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490.エリアの事情





「……なるほど、ちょっと複雑な事情があったんですね」


 大貴族の三男に萎縮したエリアが語ったこと。


 それは、なんというか。


 ちょっと複雑だった。

 一言では語れないくらいには。


「齟齬がないか確認するので、情報を整理しますね」


 クノンは、今聞いた話をまとめる。


「まず、エリア先輩には婚約者がいる。

 先輩の婚約者なんて羨ましいですね。僕が立候補しても? ――おっ」


 隣のジュネーブィズに脇腹をつつかれた。


 いいから話を進めろ、だ。


「でも、先輩の婚約者には愛する女性がいて、そちらと添い遂げたい、と」


 エリアは頷く。


「お互い貴族の子で、親が決めた婚約者だから。


 だから私と相手の気持ちは、最初からなかったんだ。

 歳の差十五歳だったしね」


 随分年上の婚約者である。


「今のクノン君くらいの男の子が、産まれたばかりの女の子と婚約するって感じだね」


 そう言われると、確かに。

 話自体がめちゃくちゃである。


 子供の十五歳差はとてつもなく大きい。


「なるほどねぇ。

 それは、ふっ、エリアちゃんの婚約者も複雑だっただろうねぇ」


 ジュネーブィズも同感のようだ。


 十五歳差。

 貴族界隈では、そこまでない話でもないが……。

 

 いや。

 さすがに昨今は珍しいだろうか。


 よほどの理由がありそうなものだ。


 たとえば、エリアの家に借金があるとか。

 そんな婚約を結ばなければならなかった理由が。


「それで」


 クノンは話を進める。


「その婚約者は当初、いずれエリア先輩とは結婚はするけど、本命は愛人にして……みたいに考えていた、と」


 僕ならあなたを幸せにすることに全力を注ぎますけどね。


 ――というクノンの発言は、華麗にスルーされた。


 今度はジュネーブィズもつついてくれなかった。

 こちらを見てニヤニヤしていたが。


 すごく見ている。

 どういう感情のニヤニヤだろう。

 いまいちわからない。


「うん。まあ珍しい話でもないから、それも私は納得してたんだけど」


 愛人がいる。


 貴族界隈ならよくある話だ。

 貴族教育を受ける上で、学ぶことである。


 まあ、それを良しとするか否かは、当人同士の問題だが。


 クノンの父のように。

 母に惚れ込んでいて、愛人や浮気など考えられないというタイプも、もちろんいる。


 クノンも考えられない。

 自分にはミリカしかいない、と思っている。


「ただ、事情が変わってきたのよ」


 それもわかる。


「エリア先輩が魔術師として覚醒したから、ですね」


「うん」


 つまり。


 率直に言うと、エリアの婚約者としての価値が上がったから、だ。


 十五歳差の婚約という辺り。

 たぶん、相手の家格の方が上なのだろう。


 相手が格上で、エリアが格下。

 これで話がついていた。


 なのに。

 エリアは魔術師になってしまった。


 これで格上格下の関係が変わってしまった。

 恐らく対等とか、それくらいになったのだろう。


 そこで止まっていれば。

 まだ安定はしていたのかもしれない。


「もう一つ誤算が重なったんですね?」


「うん……私、どうも魔術の才が結構あったみたいで……」


 エリアは、魔術師には一番多い二ツ星だ。

 クノンも同じランクである。


 だが、エリアの魔術は精彩を放っていた。

 二ツ星とは思えないほどに。


 だから今。

 彼女はこの特級クラスにいるわけだ。


 将来有望。

 王宮魔術師も夢ではない。

 そんなエリート街道を歩いている。


 ――これで、婚約者との上下関係が入れ替わったのである。


「複雑だね。

 相手が格上となったら、愛人だなんて言えなく、な、はは、なっちゃうからねぇ!」


 そう。

 言えなくなる。


 そんなことを言ったら捨てられるかもしれないから。

 上下関係とはそういうものだ。


「それで――約束をしたんですね?」





 エリアが婚約者と交わした約束。


 彼女がディラシックへ発つ直前に。

 相手ととことん話したらしい。


 腹を割って。

 本心を。


 そこで「本命がいる」とか「いずれ愛人に」とか。

 エリアは相手の気持ちを聞いたらしい。


 ――「実はほっとしたんだよね」と、エリアは言っていた。


 何せ十五歳差だ。

 子供のエリアにとっては、大人も大人だ。


 五歳かそこらで大人の婚約者ができて。

 結婚まで決まっているのだ。


 普通に怖かったらしい。

 いろんな意味で。


 貴族界隈には特殊な趣味を持つ輩も、割といるから。


 ――だが。


 相手の本心を聞いて、エリアはほっとしたそうだ。


 彼は子供には興味がなくて。

 お付き合いしている女性がいて。

 その人が好きで。


 エリアのことは、普通に子供としか思っていなかった。


 相手も戸惑っていたらしい。


 こんな子供と婚約するのか。

 いずれ結婚するのか、と。


 そして。


「彼と約束をしたの。


 私は恋人、または婚約者を見つける。

 それができたら、相手から婚約を白紙にする、って。


 表向きは私の有責。

 その代わり、我が家への支援はしてくれるってさ。


 あ、うちかなり貧乏でね。

 家の借金だのなんだのを、彼の家が負担してくれるって。


 そういう婚約だったんだけどね」


 やはり理由があったか。


 むしろない方が怖いか。

 十五歳差の婚約者を宛がう親なんて。


「私が王宮魔術師になれるくらい出世したら。

 その程度のことは傷にもならないだろうってさ。


 私もそう思ったから、約束をしたの。


 私に恋人ができたら婚約を白紙に、ってね」


 要は、エリアたちはお互い結婚する気がない、と。

 そういうことらしい


 いや。

 相手からすれば、婚約を潰してほしいとまで思っているかもしれない。


 まあ、なんだ。


 当人同士で決着がついている話なら、とやかく言う必要はない。


 エリアの実家のことも気にはなる。

 彼女有責の婚約不履行は、家名の傷にならないか、とか。


 しかし、家庭の事情まで聞く必要はないだろう。


 彼女も家名を名乗りたくなさそうだし。


 アマチカ家三男。

 そんな名を先に出されているし。


 もはや王族くらいの名を出さないと、なんだか霞む気がするし。


「だいたいのことはわかったよ。

 エリアちゃんは、むしろ結婚をしないために動いてたんだね」


 ジュネーブィズの言葉に、エリアは頷く。


「それもありますけど。


 結局は、ベイル先輩を好きになったからです。……ぁ」


 言って、赤面した。


 さらっと言ってしまったからだろう。

 ベイルが好きだ、と。


 クノンはどきどきした。


 エリアの女子力がすさまじい。

 まるで胸倉を掴まれて連続ビンタでもされているかのような衝撃だ。


 されたことないけど。


「でも代表は庶民だよ? ふふふははは、はは……結婚できないんじゃない?」


「ベイル先輩なら大丈夫です」


 キリッとした顔でエリアは言い切った。


「あれだけの魔術師なら、親に文句は言わせません!


 しかも庶民、家名で縛られていない!

 ならば国だって移れるはずです!


 私はベイル先輩を婿に取りたい! 取りたいんです!」


 すごい気迫だ。


 強い意志を感じる。

 普段のふわっとした雰囲気のエリアからは考えられないほど、強い意志を。


 これは本気だ。

 本気でベイルを入り婿に欲しがっているレディの顔だ。


 見るからに、血に飢えた狼のような目をしている。


 見えないけど。

 でもきっとそんな目をしているはずだ。


 ただ――


「噛み合わないね」


「そうですね」


 ジュネーブィズの意見に、クノンも同意する。


 確かにベイルは、家名には縛られていない。

 貴族だったら色々と面倒も多いが、国を移ることも容易いだろう。


 だが。


 すでにベイルの祖国は、彼を囲ってしまっている。





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― 新着の感想 ―
勢いだけだったらハッピーエンドに向かいそうな熱だけど、それは両思いの場合であって…
婚約者に立候補発言は一線越えててちょっとショック クノンは女性を褒めたたえたりお茶に誘ったりチヤホヤすることが紳士であると認識しているが故にズレていて それ故全くやましい事をしてる感覚もないので 婚約…
最悪国の囲いは魔術の実力とか周りのコネでなんとかできてもベイルの気持ちがなぁ……… エリアさんには幸せになってほしいが、恋慕が一方通行なんだよなぁ…………… どーにかして妹エリアの印象を覆さないことに…
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