489.知らなくてよかったかもしれない
「……そういえば、ジュネーブ先輩と個人的な話ってしたことないですね」
エリアはしげしげとジュネーブィズを見る。
その表情からは、感情が読み取れない。
強いて言えば、珍しいものを見る顔、だろうか。
興味深そう、だろうか。
「そうだね。付き合いはそれなりに、ははっ、長いはずだけどねぇ」
恐らくジュネーブィズが避けていたのだろう。
一対一で話すと。
殴られるか、怒らせるから。
「私も聞いていいですか? 個人的なこと」
「何かな?」
「ジュネーブ先輩の出身国と、フルネームを。
……どちらも、この街で聞くのは無粋かもしれませんけど」
もちろん答えたくないなら、と言葉を続けるエリアを、
「いいよ。
でもここだけの話だからね。約束だよ」
ジュネーブィズが頷き、止めた。
「ジュネーブィズ・サン・アマチカ。
旧アーシオン帝国時代から続く、ふっ、は、辺境伯アマチカ家の三男だよ」
「「えっ!?」」
クノンとエリアは驚いた。
クノンは貴族教育を受けている。
この反応を見るに、恐らくエリアもだ。
ゆえに、わかる。
辺境伯といえば、上位の貴族になる。
身分だけで言えば、王族の一つ下。
時世や政治不審などの理由が絡めば、王族より力があるかもしれない。
クノンの侯爵家なんて、比べ物にならない。
それくらいの家格だ。
しかもアーシオン帝国の辺境伯。
あの大国の上位貴族となれば……。
更には、帝国の四大旧家の一つ。
あのアマチカ家か。
帝国を興した初代皇帝が、まだ皇帝ではない頃から。
肩を並べて活動していた忠臣の家だ。
この大陸の貴族で、知らない者はいないと思う。
いやはや。
で恐ろしいビッグネームが出てきてしまった。
さらっと。
世間話みたいな感じで。
決して、こんなノリで出てきていい名前じゃないのに。
「……あの、いろんな意味で、謝った方がいいですか?」
エリアが恐る恐る問うと、ジュネーブィズは首を横に振る。
「フフッ。ここだけの話だからさぁ。内緒だよぉ。
特に代表には内緒だからね。
今更あの人に、家格ありで見られるの、つらいからさぁ」
なるほど。
ベイルは、ジュネーブィズが貴族出身であることを知っている。
だが、それ以上は知らない、と。
あるいは。
アマチカ家を知らないか、か。
「……僕も謝った方がいいですか?」
「君は普通に大丈夫だよ。
ジオエリオン君と仲いいんでしょ? 何かあっても彼がかばってくれるよ」
君付けなのか。
あの狂炎王子を。
君付けで呼ぶことを許されているのか。
「そ、そうなんですか……なんだか萎縮しちゃいますね……」
「はははははっ、ふふっ、いつも通りでいいんだよぉ。ははっ。ほら、いつもの『煽ってるでしょ?』って言ってみなよぉ? ほらほらぁ」
――今のは完全に煽ってたな、とクノンは思った。
たぶん彼流の冗談なのだろう。
きっと。
……怒ってはいなさそうなので、まあ、いつも通りでいいだろう。
ちょっと衝撃の事実が判明したし。
なんだか今は、エリアのことよりジュネーブィズの方が気になってきたが。
「話を戻しましょうか」
今はエリアのことだ。
「エリア先輩」
「えっ!? な、何?」
彼女もジュネーブィズが気になって仕方ないようだ。
気になって気になって仕方ないようだ、が。
今は本題が違う。
クノンらがここに来たのは、エリアの話を聞くためだ。
……あのアマチカ家の三男のことが気になるのは山々だが。
今は、エリアのことなのだ。
「色々隠して話す……というのも考えていたんですが。
この際、あなたの本心が知りたい。
一切の誤解がないくらいに。
だから、包み隠さず、僕たちが来た理由を話そうと思います。
これに関しては僕の独断です。
ジュネーブ先輩も同じ意見だとは思いますが、あくまでも僕だけの責任ということでお願いします。
もしこの件でベイル先輩が怒ることがあったら。
僕のせいだと言ってください。
同じ派閥同士、やりづらくなるのは避けたいでしょう?
その点僕は三派閥に属しているので、『実力』でやりづらくなってもあまり支障はありませんから」
ただ。
今は、別の意味で支障が出そうな気がしてならないが。
たとえば、横にいる辺境伯三男のこととかで。
……このタイミングで知るべき情報じゃなかったのではないか。
クノンはそう思いながら。
事情を説明した。
「ベイル先輩への想い、か……」
最初はプレゼントの相談だったが。
問題点は。
そこではないだろう。
結局、行きつくのは双方の気持ちだ。
特にエリアの気持ちだ。
どういうつもりでベイルに言い寄っているのか。
貴族出身と聞いているが、身分差の問題はどうするのか。
最終的にはどうなりたいのか。
その辺のことを、包み隠さず聞いてみた。
「まあ、確かに、ずっと先輩には片思いはしてるんだけど――あ、これは皆には内緒だからね? ここだけの話だよ?」
「皆知ってますよ」
「えっ?」
「バレバレだよアハハ。あんなにわかりやすいとどうしても、ははっ、わかっちゃうよね! 私はもうわざとなのかなって思ってたよ! ぶふっははははは! 周りを味方につけて外堀を埋める策略家な女子なのかなってね! フッ! ハハハハ!」
これは煽っているだろう。
だが、煽ってるでしょ、とは言いづらくなってしまった。
「今の煽ってましたね?」
でも言ってみた。
いつも通りに。
紳士は度胸も大事だから。
あと、言わないと。
エリアまで萎縮しそうだったから。
「うん。今のはちょっと煽ってた」
「え」
「――もう話したから、率直に言うけどさ。
はは。は。貴族が庶民を困らせちゃダメだよ。
困らせるんじゃなくて、守るものでしょぉ?
あんまり言いたくない、けどさぁ。
君の態度は、貴族としては、あまり褒められないかな」
――言葉が重い。
へらへらしながら言っているのに。
身分を知った今は、とても重い。
「出身国が違う相手に言うのも嫌だし、はは、魔術学校で身分を持ち出すのもナンセンスだけどさ。
でも、身分差ありきで庶民に言い寄るってさ。フ、フフ。
相手への嫌がらせに近いからねぇ。
ぜひ、君の言動には理由があったと、信じたいね」
やはり、なんだ。
アレだ。
ジュネーブィズの出身国やら身分やら。
今知る必要はなかったのではないか。
そう思わずにはいられなかった。
「あの、単刀直入に言うと」
だいぶ萎縮してしまっているエリアが、ぽつりぽつりと漏らす。
「私には婚約者がいるんです」
それは……まずいのではないか。
婚約者がいるのに。
ベイルに言い寄っていた?
なぜ?
「でも、その人とは結婚できない理由があるんです、けど……」
萎縮しながら、ジュネーブィズを見る。
「……重要度の差が比べ物にならないんですけど。
ここからは内緒でお願いしますね?
誰にも話さないという約束をしていまして……」
でも、話さずにはいられない状況だ、と。
だってアマチカ家三男が聞いているから。





