486.そして話は戻る
2025/12/05 修正しました。
「俺、エリアのこと好きじゃないんだよな。
エリアのことは妹にしか見えねぇ。
だから、好きとか嫌いとかじゃねぇんだよ。
家族だから大切とか、そういう感情しかねぇんだ」
クノンがカッと来た彼の言葉は。
こう続いたらしい。
ベイルの妹と、エリア。
驚くほど似ている、らしい。
「言っとくが、本当に似てるからな。
引くほど似てるからな」
引くほど似ている、らしい。
「俺初めてあいつ見た時、普通に思ったぜ。
『あ、妹が来た』ってよ。
よく見たらやっぱ違うんだけど。
でも雰囲気なんかはマジでそっくりだ。
実家のような安心感さえ覚えたぜ」
実家のような安心感を覚えるほど似ている、らしい。
そこまで似ているのか。
そこまで言われると、一度会ってみたいくらいだ。
「家族として好き、とかは?
そういうのもないんですか?」
「それは俺にとっては前提だな。強いて言う必要がないことだ。
おまえ日常で『お父さんのこういうところ好きだな』とか、家族に対して思ったことあるか?」
「……ないですね」
少し記憶を振り返ってみたが。
その感情は、クノンにはなかった。
「確かに家族に対して『好き』って思ったこと、ないですね。
学びや尊敬はありますけど……」
「わかってくれてよかった。
それが俺がエリアに対して抱いている感情だ。
好きは前提というか。
好きとか嫌いで考えたことがねぇんだよ。
つか家族ってそんなもんじゃねぇか?
……まあ学校に来ていろんな奴の話を聞いて、家族が嫌いって奴はいたけど。
だから、あくまでも俺はそうだってだけだ」
家族に対する感情。
まあ、個人差もあるだろう。
「妹にしか見えない、かぁ……」
そう言われると、クノンもわからなくもない。
「僕も兄がいるんですけど」
「へえ」
「僕も兄と恋愛なんて考えられないですね」
「お……おう。なんか違う気がするが……」
「だから、ベイル先輩の気持ちはよくわかります」
「いやそれ俺と事情が違わねぇ? 問題点が違うっつーか……」
「え? 兄弟間の恋愛って話でしょ?」
「……いや、似て非なるっつーか……まあ、いいや」
まあ、違うか否かはともかく。
家族と恋人になるとか。
ならないとか。
人のことをとやかく言うつもりはない、が。
自分もないな、とクノンは思った。
ベイルは庶民、エリアは貴族。
将来の就職先が国。
出身国が違う。
そもそも恋愛対象ではない。
以上の理由から。
ベイルとエリアは付き合うことはできない、と。
一つ一つも厄介だが。
こうまで重なると、もう、どうしようもないというか。
「エリア先輩に諦めてもらうことは考えなかったんですか?」
率直に言うと。
もうフッてしまえばよかったのではないか、と。
何年かずっと、エリアの片思いでどうとか。
クノンはそう聞いている。
いっそフッてしまった方が。
彼女にとっても幸せだったのではなかろうか。
中途半端が一番つらいのではないか。
そう、思わなくもない。
「貴族って面倒臭いんだろ?」
「と、言いますと?」
「貴族の娘が庶民にフラれるとか、プライドが許さねぇんじゃねぇの?」
「……ああ、それはご家庭によりますね」
そういう話もあった、とは、聞いたことがある。
過去の逸話だ。
昔は、家名が何より大事で。
ほんの少しでも家名を傷つけられると、すぐに決闘だなんだと騒ぐ家もあったとか。
この時代は、そうでもないと思うが。
でも、エリアの実家がどうかは、わからない。
「俺は国の支援や保護があるから、何かあっても後ろ盾がなんとかしてくれる。
でも、俺の家族は違うんだ。
本当にごく普通の庶民だからな。
そっちに矛先が向くと、俺にはどうしようもねぇ。
何かあってからじゃ遅い。
この辺のことは、万が一の可能性も許されねぇんだ」
なるほど。
エリアの家族がどう出るか、か。
確かに、気難しい貴族は少なくない。
何が理由で反感を買うか、わからない。
庶民出のベイルには、貴族界隈はわからないことだらけ。
結構な脅威を感じているのだろう。
――そんなのないない、なんて、クノンは言えない。
貴族界隈の闇は、確かにあるから。
「だから現状維持を選んできたんですね」
要するに、恨まれるかもしれないから突き放せなかった、と。
そういうことか。
「ついでってわけでもないが、エリアの心配もあったしな」
「エリア先輩の心配?」
「傷心の女に付け込む男なんて、珍しくもねぇからな。
あいつ人気あるだろ。
俺との関係がなくなければ、狙う男は必ず出てくるだろうぜ」
そういうものか。
エリアが魅力的なのは間違いないが。
「エリアを口説いて付き合う分には何も言わねぇ。
でも、俺がフッたあと、精神的に不安定な時にどうこうってのはいただけねぇ。
それは俺が許さねぇ。
何かあったら俺のせいみたいだろ」
まあ、無関係だと言い張れない、かもしれない。
たとえ責任はないにしても。
どうにも寝覚めが悪くなりそうだ。
「なんだか難しいですね」
「難しいんだよ。
とりわけ貴族関係は難しい。難しい上に面倒臭ぇ」
本当に。
対人関係って大変だ。
「つくづく庶民生まれでよかったと思うぜ。俺にはとことん向いてねぇ世界だ」
まあ、庶民の方が自由ではあるだろう。
しかし。
侯爵家次男に産まれた。
だからこそ、生かされた。
そんな見えないクノンからすると、ちょっと複雑だ。
貴族は貴族で大変だ。
面倒もしがらみも多い。
でも、いいところもちゃんとある。
「で、ここまで話したことを踏まえた上で、だ」
ベイルはぐっと前のめりになった。
「俺はエリアの誕生日プレゼント、何を贈ればいいと思う?」
……。
「あ、僕ちょっと用事を思い出したかも」
「逃がさねぇぞ」
立ち上がろうとしたクノンに、すかさず釘を刺すベイル。
「普通に相談に乗ってくれていれば、ここまで話すことはなかったけどな。
でも、おまえは聞いたんだ。
聞いた以上、付き合ってもらうからな」
どうやら逃げられそうもない。
こんな面倒事に巻き込まれるなら。
やはり、さっきここを去るべきだったか。
ベイルを軽蔑したままに。





