484.時間ができたから
「よし」
クノンは自分の教室に戻ってきた。
掃除の件が無事片付いた。
数日で単位一点。
実に割のいい仕事だった。
――これでようやく、落ち着いて考えることができる。
さっき第一校舎音楽室で起こった現象。
あれの考察をしたい。
ちなみに。
サンドラ、ユシータ、カシスの三人は。
大揉めに揉めて、先に帰ろうとしたクノンを「一人だけ無関係みたいな顔をして行くな」と謎の圧を掛けてきて足止めし、更に揉めて。
結局、今夜三人でレストランに行く。
そんな結論に至った。
サンドラとユシータの二人で、一人分の料金を出し合うらしい。
そうと決まって、行ってしまった。
足止めしたクノンを置いて。
なぜ引き留めたのか。
本当に無関係じゃないか。
女性は気まぐれな猫のようだ、と思うばかりだ。
――さて。
「音が見える、か……」
どういうことだろう。
あの女性とカシスを取り巻いていた、色とりどりの糸。
二人の周囲を巡る様は。
繭を形成するかのようだった。
以前、教師サーフが色付きの風を飛ばしていた。
だから、風に色を付けるのは可能なのだろう。
しかし、根本的な問題がある。
カシスは魔術を使っていない。
風の魔術を使っていない。
ならば、あの現象は?
魔力の動きもなかったと思う。
ならば、あの女性が何かしらの力を発したのだろう。
何かしらの力。
その正体は、わからない。
魔術とは違う力なのだろうか。
霊的な力なのだろうか。
この辺は霊関係の資料をあされば判明するだろうか。
――次に、周囲の景色が変わったこと。
これに関しては心当たりがある。
魔術学校入学試験で行った「夜」の教室。
サーフと戦った一面白の実験室。
直近では、狂炎王子ジオエリオンと戦ったあの闘技場だろうか。
あの時は共闘したが。
違う場所になる。
この現象は知っている。
きっとあれと同じ現象で、その再現だったのだと思う。
「……ん?」
おかしくないか?
あの女性は魔術を使ったか?
使っていないと、思う。
魔力が動いている感じはしなかった。
にも拘わらず、場所が変わる魔術が発動した?
「……うーん」
そもそも「場所が変わる現象」。
あれが魔術なのかどうかがわからない。
魔術だろうとは思う。
そう考えないと不自然だから。
だが、さっきの現象には、魔力が動いていなかった。
別なのか?
ただそう見えただけ、あのダンスホールは幻覚でしかなかったのか?
幻覚?
幻覚が使える魔術はなんだろう。
光だろうか。
闇もできると思う。
それに水属性でもできるか。
カシスは風属性だ。
幻覚を見せる魔術は、たぶん使えないと思う。
ならば、どこから?
どこから幻覚がやってきた?
やはり霊的な力か?
「……」
とにかく問題点を書き残しておく。
答えはいずれわかるだろう。
そう信じて、記録を残しておく。
昼を少し過ぎるまで、思いつく限りを書いておいた。
ふと、何度か頭を触った。
頭にぴちゃぴちゃ水滴が落ちている気がして。
あの謎の赤い水滴、なんだか深く印象に残ってしまった。
不意に思い出すくらいには。
どうやら害はあったらしい。
ないと思っていたのに。
さて。
「そろそろ時間かな」
第一校舎の掃除をしている最中。
三派閥や同期、教師たちには挨拶をしておいた。
そんな中。
「実力の派閥」の拠点である古城を訪ねた時。
派閥代表ベイルに、こそっと耳打ちされたのだ。
――ちょっと時間取れねぇか、相談したいことがある、と。
周囲を気にしていた辺り、内緒の話があるようだ。
時間ができたら来て欲しい。
昼過ぎには拠点にいるようにするから、と。
そんな約束を交わした。
この時間なら拠点にいるはずだ。
ベイルには世話になっている。
特に「魔帯箱」関係だ。
今思えば。
あれの開発に費やした約半年は、長期拘束が過ぎた。
この学校で過ごす時間が長くなるにつれて。
強くそう思うようになった。
半年は長い。
いくら目的があったとは言え、さすがに長かった。
そんな開発実験に付き合わせたのだ。
彼が呼ぶなら。
答える以外ない。
――もちろん、呼び出す用事にも興味がある。
果たしてどんな内容なのか。
わくわくしながら、クノンは立ち上がった。
「あ、クノン君」
古城前にいた、「実力」のエリアと遭遇した。
「こんにちは、エリア先輩。どこかへお出掛けですか?」
彼女は旅装姿だった。
マントを羽織り、背嚢を用意し。
今にも飛び立ちそうだ。
「それとも僕に会いに来る途中でした?」
「あはは、そうだったらよかったんだけどね。近場で済んで。
これから何人かで遠出するんだ」
「遠出?」
「うん。今年も『調和』の皆が素材集めの旅に出ててさ」
そういえば。
「『調和』の人たち、魔道飛行船の準備してましたね」
「そうそう。昨日出発したみたいよ」
いわゆる恒例行事だ。
巨大な空飛ぶ船を出して。
派閥の皆で、拠点で使う素材を集めて回る、というものだ。
去年、後輩セララフィラが同行して。
彼女の使用人が困っていた。
行方不明になった、とかなんとかで。
ちなみに今年も行っているはずだ。
出発前に顔を合わせて、そう言っていたから。
――「お姉さま方との外泊チャンスですもの! 張り切って行きますわ!」
などと、とても張り切っていた。
きっと今頃張り切っていることだろう。
「でね、今年の夕焼草は品質がいいらしいって連絡があってね。
せっかくだから私たちも取りに行こうと思って」
「いいですね! 夕焼草、僕も欲しいなぁ!」
魔的要素を含む植物だ。
低級素材ではあるが、用途が非常に多い。
普段使いするならこれだ。
かなり重宝している。
「いっぱい採れたら譲ってもらえませんか?」
「残念ながら先約が入ってるんだ。皆そう言うからね」
なるほど。
重宝しているのはクノンだけではない、か。
エリアと別れ、クノンは古城へ入る。
顔見知りに挨拶し、奥へ。
勝手知ったるベイルの研究室へ向かう。
「――クノンか! よく来てくれた!」
クノンの教室に勝るとも劣らない散らかりっぷり。
この部屋の主。
「実力」代表ベイルは、約束通り研究室にいた。
「こんにちは、ベイル先輩。時間ができました」
「ああ、助かる! 座ってくれ!」
どこに。
椅子には本が積んであるのだが。
――まあ、少し片づけたり整理したりして。
「あのな、クノン。実はな」
向かい合って座る。
ベイルはひどく深刻な顔をしている。
見えないまでも、その強い気持ちが伝わってくる。
「……エリアの誕生日に、何か贈ることになっちまった。
おまえ女関係強いだろ?
何贈ればいいか教えてくれ」
「……あ、はい、そうですね」
クノンは答えた。
「それは自分で考えた方がいいですね」
よっぽど言いたかった。
「バカ」と。
だからエリアにバカと言われるんだ、と。





