483.掃除、終わり
「そんなの許せない!
……って言いたいところだけど、ちょっと覚悟はしてた」
ひとまず、仕事は成功である。
踊ったり踊らなかったり。
演奏したりしなかったり。
そんなこんなを経て、四人は表に出てきた。
正確には、先に出ていたサンドラ、ユシータ、カシスに。
後からクノンが合流した形だ。
クノンは、教師クラヴィスに報告してきたのである。
そして合流した三人に通達した。
――カシスだけは単位を貰えなかった、と。
クラヴィスに言われてしまった。
さすがに合流したタイミングが遅すぎる、と。
まあ、そうかもしれない。
実働だけで言えば、カシスは昨日一日しか参加していないから。
今日の集まりは別件。
掃除とは関係ないから。
「すみません、カシス先輩。一応説得を試みたんですが」
クラヴィスの判断に。
クノンは少しだけ食い下がったのだ。
カシスにも単位をやってくれ、と。
怖い怖い言いながらちゃんと仕事はしたから、と。
太腿に鳥肌立ってたから、と。
だが、判断は覆らなかった。
「楽して単位が取れることは、生徒のためにはならないよ」と言われて。
反論できなかった。
功績、成果、仕事。
実験に研究に。
特級生たちが頑張った評価が、単位なのだ。
楽して単位を取るのと。
おまけで単位が貰えるのでは、意味が違う。
しかし、よかった。
単位が貰えない可能性。
カシス自身も考えていたようだ。
「でも、単位の代わりにこれを、って」
そして、食い下がった結果。
「ん? ……あ、ルジェ・バルのお食事券だ!」
そう。
食い下がった結果、お食事券を貰ったのだ。
単位は上げられない。
でも無報酬ではかわいそうだからね、と。
実に紳士らしいやり方だな、とクノンは思った。
「え、マジで!?」
「ルジェの!?」
サンドラ、ユシータは色めき立った。
ディラシックにある高級レストラン、ルジェ・バル。
クノンも知っている。
超がつくほどお高いレストランだ。
さすがの侍女リンコでさえ、ぼやいていた。
経費で行くのさえ躊躇われるお値段……とかなんとか。
「ディナー券!? 二枚も!?
確か一番安いコースでも五万以上じゃなかったか!?」
「カシスくん、デートしようよ。私ぃ、ルジェ行きたぁい」
「わ、私もぉぉ、行きたいぃぃい」
「二人ともキモイ」
「なんだこら!」
「いいからその券よこせよ!」
この三人はずっと仲がいいな、とクノンは思った。
――第一校舎を振り返る。
多くの視線が、こちらを向いている。
生命とも霊とも言い難い気配を、いくつも感じる。
うめき声だか、風の音だか。
遠く遠くから響く悲鳴のような声も聴こえる。
なんとも禍々しい雰囲気だ。
初めて来た時と何も変わらない、気がする。
……いずれまた来るだろう。
バイオリンの音は消えた。
彼女も消えた。
消えたが。
その後、彼女がどうなったのかは、わからない。
また来る必要がある。
確かめるために。
「鏡眼」で見えた彼女は、やはりオーガと似たような存在なのか。
それとも違うのか。
あの色の付いた線は、旋律が可視化されたものなのか。
それとも別の何かなのか。
わからないことが多い。
ただ、一つだけはっきりした。
こちらが敵意。
害意を向けなければ。
襲ってくるわけではない、ということだ。
師ゼオンリーがちょっかいを出した時は、襲ってきたから。
容赦なく。
その辺のところも、じっくり観察してみたいところだ。
――だが、まあ、ひとまずは。
これで第一校舎の掃除は完了だ。
たった数日で、単位が一つ貰えた。
今年度のスタートとしては、なかなかいい感じである。
◆
「……へえ。何かやっているとは思っていたけど」
クノンらが第一校舎前で話し込んでいる頃。
クラヴィスは、音楽室にいた。
ついさっきまでクノンらがいた場所に。
彼女がいない。
ウフル・シヴァンが止んでいる。
決して止まない、あの音が。
あの曲を聴くと思い出す。
今やほとんど思い出すことのない、気が遠くなるほど遠い過去を。
自分と。
婚約者と。
自分たちの友人と。
当時は、仲が良い三人だと思っていたが。
幻想だった。
未熟な自分には、彼女の気持ちはわからなかった。
いや。
察しようともしていなかった。
……。
死後でさえ。
クラヴィスの傍にいたいと願った彼女。
本人の願い通り、ここにいてもらっているが。
幸せそうに見えたことなど、一度もない。
そして、このままでいいのかどうか。
それも自分にはわからない。
未だに。
――個人的な想いはともかく。
「合わせたのか。
自覚がないっていうのも恐ろしいものだ」
いや。
真に恐ろしいのは、偶然か。
まさか風属性を連れてくるとは。
「掃除の依頼」なのに。
風は、いてもやることがないだろうに。
絶対に連れてこないだろう属性を連れてきた偶然。
「ふむ……まだ、かな」
クラヴィスは少し考え、まだ大丈夫と判断した。
――共振が起こった。
――しかし、そのことに彼らは気づいていない。
そこに気づくことができれば、魔術の可能性は、もう一段上がる。
彼らは気づくだろうか。
魔術師は、二つの属性を持っていることに。





