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477.音が聴こえる





「――それじゃ、今日中に終わらせましょうね」


 露骨に嫌がるカシスを連れて。

 三階までやってきた。


 今日は、ここから始めて。

 そして今日中に終わらせる予定だ。


 昨日の作業速度からして、たぶん余裕だと思う。

 遅くとも昼過ぎには完了するはずだ。


 まあ、順当かもしれない。

 水属性が三人もいるのだから。

 

 更に、今日は風属性までいるのである。


「――私は何すりゃいいのよ……」


 ちょっとやることが見つかっていないようだが。


「カシス先輩」


 クノンが呼ぶと、「一緒には行かない」と返ってきた。


 即座に。

 視線さえ向けずに。


 一昨日、昨日とクノンたちがやってきたこと。


 それを軽く説明したところ。


 カシスは嫌な顔をした。

 そして、サンドラから離れなくなった。


「いや、二対二で手分けしようなんて言いませんから」


 四人で分担作業するなら、そういう割振りも考えられる。


 カシスはそれを拒否しているわけだ。


 結果。

 サンドラは左手にユシータ、右手にカシス。

 両手に花状態である。


 実にモテモテである。


「先輩、音の魔術って使えますよね?」


「え? ……ああ、うん。探知ね」


 人には聞こえない音を飛ばす魔術だ。


 音の反響。

 これを読み取り、周辺の様子を探るのである。


 優れた風魔術師の探知は広範囲に及び、かつ正確である。


「僕たちは六階から掃除してきました。

 ちゃんと見て回ったつもりですけど、もしかしたら見逃してしまった場所があるかもしれません。


 探してみてもらえませんか?」


 特に、天井や壁だ。

 床は水の探知が及ぶが、水が触れていない場所は少々怪しい。


 ちゃんと探してきたが。

 見逃している可能性も、ちょっとある。


 やる以上、いい加減な仕事はしたくない。


「お、よかったなカシス。仕事あるじゃん」


「仕事とかしたくないんだけど。騙されたし。二回も」


 そう毒づくカシスだが。

 おざなりに頷いた。


「そんなの思いつくなよ、まったく……わかったよ。探すだけはやってあげる」


 こうして、掃除が始まった。


「――なんで一人で上に行かせようとするの!? ここからできるって!」


「――うおっ!? 今サンドラお尻触った!? どすけべ!」


「――私ブラシ二本持ってるんだわ。片手に一本ずつ」


「――……ケツ揉んでいいから近くにいろってば!」


「――何言ってんのおまえ」


「――こんな女の貧相なケツの何がいいの!? 私の太腿に興味持ちなさいよ!」


「――おまえも何言ってんだ。バカなこと言ってないで仕事しろ」


 にぎやかな三人から離れ、クノンは歩き出した。


 まあ、大丈夫だろう。

 あれだけ元気なら。


 間にいるサンドラは、ちょっと大変そうだが。





 今日も教室を回っていく。


 無数の手が来たり。

 天井から血液らしきものが落ちてきたり。

 耳元で囁く声が聞こえたり。


 クノンはすぐに、霊だの怪異だのに囲まれた。


 やはり、今日はがっつり多めである。


 まあそれらは害がないので放っておくとして。


「――図書室だ」


 何の教室かわからない場所も多いが。


 時々、目的がわかる教室がある。


 ここは図書室だ。

 倒れた本棚に、散らばる本の数々。


 実に乱雑で荒れ放題だ。

 何があったのか考えずにはいられない。


 しかしまあ、アレだ。


 荒れ具合はともかく。

 散らかり具合なら、クノンも負けない自信がある。


 ……変な自信だな、と自分でも思うが。


「ふうん……」


 足元の本を一冊拾ってみた。


 途端。


 床からにゅっと手が出てきて、クノンの手首を掴む。


「あ、これ君の? ちょっと見せてね」


 特に気にせず手首を抜き、本を広げた。


 中は、ぐちゃぐちゃだ。

 黒いインクで、ペンで、一ページずつ雑に塗りつぶしてある。


「へえ」


 幾重に重なる黒い線は、なんとなく、何かの形に見えてくる。


 これは、首を切られた人型だろうか。

 これは首を吊っている人型だろうか。

 水に溺れるたくさんの人だろうか。


 ページをめくるたびに、そんなものが続く。


「……アートの一種かな?」


 美術のことはわからない。


 絵は特に、だ。

 だって見えないから。


 本を床に戻す。

 魔術に関係しないなら、あまり興味もない。


 さっさと掃除を済ませて、次へ向かうことにした。





 三階の掃除が終わり、二階に降りてきた。


「はあ」


「はあ……疲れた」


 ユシータとカシスが疲弊している。

 叫び続けているせいだ。


 しかし。


 それでも掃除はちゃんとやっているらしい。


 早く終わらせて帰りたい。

 その気持ちの現れだろう。


「サンドラ先輩は大丈夫ですか?」


 怯えている二人を引き連れている、サンドラ。

 とても大変そうだが。


「おまえが大丈夫かよ。今日もすげぇ憑いてるぞ。手とか」


「害はないですからね」


 たくさんの手とか。

 上からの血とか。

 耳元の声とか。

 足にすがりついて離れない上半身だけの霊とか。

 少し距離を置いて、延々とついてくる人体模型とか。


 クノンの周りもにぎやかである。


 サンドラに負けないくらいに。


「それより先輩は疲れてませんか?」


「疲れ? 全然?」


 連れの二人は疲労困憊なのに。

 サンドラはまだまだ元気だ。


 笑顔がまぶしいくらいだ。

 見えないが。


「むしろ気分がいいぜ。


 実験だのなんだのでは、いっつもこいつらの足引っ張ってたからな。

 パン買いに行くしかやることなかったんだ。


 でも今はこの通りよ!」


 いつもと立場が逆だから気分はいい、らしい。


 頼もしい存在である。

 今日の水量も多いし、本当に頼もしい。


 最初はどうなるかと少し思ったが。

 サンドラを誘って正解だった。


 ユシータとカシスは、かわいそうだが。


「だったらちょっと急ぎましょうか」


 掃除には慣れた。

 もうやり方に迷うことはない。


 あとは一気に片付けてしまおう。





 そう、思っていたのだが。

 とある教室で、少しだけクノンの足が止まった。






「……?」


 耳鳴りかと思った。


 だが、足を進めていく、それは鮮明になっていった。


「……バイオリン、かな?」


 スローペースな弦楽器の調べ。

 霊のイタズラみたいなでたらめな旋律ではなく、ちゃんと曲を奏でている。


 クノンは知らない曲だ。

 寂しく、儚く、でも美しい音。


 ――この教室からだ。


 音は、音楽は。

 ここから聴こえている。


「……失礼します」


 人の気配はない。

 だから、霊のしわざで間違いない。


 だが、なんとなく。

 礼儀として。


 一応断りを入れて、クノンはドアを開けた。


 乱入者に対して。

 しかし音楽は、止まなかった。


 机や椅子が倒れる、荒らされた教室。

 無造作に床に散らばる楽器類。


 ここは音楽室だろうか。


「……へえ」


 教室の中央。

 バイオリンの音は、そこから聴こえる。


 魔力視では見えないが。

「鏡眼」では、ちゃんと見えた。


 向こう側が透けて見える、汚れたドレス姿の女性。

 

 彼女がバイオリンを弾いている。





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― 新着の感想 ―
やっと、イベントらしきイベントが来たか? 鏡眼で映る霊と、魔力視で映る霊の違いは何だろう?
一筋縄で終わらんとは思ってるけど、ここからどんな出来事があるんだろうなぁ
カニさんが曲に反応しそう
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