473.明日から
冷静に考えると、サンドラも謎の多い人である。
大出力の原因はあるのか。
それとも、そういう体質なのか。
体質なら、固有魔術という線もあるだろうか。
いったいどうなっているのか。
非常に気になる。
せっかくの機会だ。
ぜひいろんな話をしてみたいところだ。
だが。
「今日はこれくらいにしましょうか」
――サンドラを始点とした、反対側。
そちら側の教室の掃除を済ませ、クノンは再び戻ってきた。
校舎内は暗い。
なので、外の明るさはわからない。
一応、窓ガラスはある。
薄ぼんやりと光は差し込んでいるのだが。
それでもかなり暗い。
まあ見えないクノンには、あまり関係ないが。
現在、きっと昼くらいである。
腹の減り具合からして。
ちょうど六階の掃除が終わったところだ。
そして、わりと時間も経っている。
引き上げるには、切りがいいと思う。
「なんだ、もう終わるのか?」
「僕はその方がいいと思います。
今日は様子見のつもりでしたし」
まず、状態を確認したかった。
校舎内はどうなっているのか。
どういった汚れがあるのか。
だから、今日は様子見のつもりだった。
この分なら、さくさく洗えると思う。
手こずりそうな汚れもあった。
だから、明日からは掃除用具を持ってきた方がよさそうだ。
全部魔術で片付ける必要もないだろう。
「今朝仕事の話が来て、即日動いています。
しかも今日は始業日。
サンドラ先輩も、他に予定があるのでは?」
たとえば。
クノンだったら関係者への挨拶回りとか。
まあ、三派閥にはすでに顔を出してしまったが。
掃除の協力者を探すついでに。
しかし教師たちにはまだだ。
今日の内に済ませておきたい。
「予定か……確かに関係者に顔出しはしときてぇな」
考えることは同じである。
――特級クラスには、登校日も始業日も関係ないから。
だから、周りに知らせておかねばならない。
ディラシックに帰ってきている、と。
また、誰が帰ってきているかも知っておきたい。
顔見せをしないと、連携が取りづらいのだ。
特に単位関係のお誘いだ。
あいつは帰ってきているかわからない、じゃあ誘わない、では後悔しか残らない。
「じゃあ帰るか」
「はい。お疲れ様でした、レディ。このあとランチでもいかがですか?」
「行かねぇよ。
それよりいいかげん身体中の手を取れよ。めちゃくちゃ掴まれてるじゃねぇか」
「気になる? 僕のこと」
「ああ、だいぶ気になるよ。いっそ服ごと全部引っぺがしてやりてぇ。
……でもその前に一つ、言っておきたいことがある」
と、サンドラは水を出していた「水球」を消す。
川の流れが止まった。
「この水、なんとかしてくれ」
廊下は水浸しだし。
きっと階下も水浸しだ。
「え? ……ノープランでやってました?」
てっきり解除すれば消えると思っていたのだが。
「ノープランじゃねぇよ、おまえがいるからやったんだ。
どうせできるんだろ、水の処理」
どうやら、変なところで妙な信頼を得ていたようだ。
これも紳士ゆえの信頼か。
「まあ、できますけど……ちょっと範囲が広いんだよなぁ」
古い校舎だ。
少し心配していたものの。
幸い、各部屋には、魔術遮断機構が生きていた。
ドアが閉まっていれば魔術を通さない、という術式である。
魔術学校の校舎や施設には、だいたいこれがある。
そうじゃないと。
有事の際、被害が広がってしまうから。
外からの干渉と。
また、内側から外への干渉。
両方を遮断する壁である。
さすがのサンドラも、それはわかっていてやったのだと思う。
だから、階段や廊下の水さえ処理すればいいわけだ。
木造なので染み込んでいるかもしれないが……。
まあ、できるだけ水を集めてみよう。
「そういえば、さっき家をめちゃくちゃにしたって言ってましたよね?」
「あ? ああ、小せぇ頃だけどな」
「僕もやったことありますよ。
庭中に真っ赤な水を撒いて、父に叱られました。血の海か、って言われました」
「おまえもそういうことやってんだな」
「魔術に失敗は付き物ですから――」
クノンの周りに、無数の「水球」が生まれる。
それは床板に落下し、ポンポンと弾んで転がっていく。
「後始末をしろって言われて編み出したのが、これです。
水分を集める『吸水水球』です」
あの時は、時間経過で解除される。
その時間を計る実験でもあったのだが。
即、やめるよう求められた。
お小遣いを人質にして。
懐かしい思い出だ。
「お、確かに水吸って大きくなっていくな」
川が止まり、所々に水たまりができていて。
そこに、クノンの「水球」がつっこみ弾んでいく。
水を吸い込みながら。
「範囲が広いので、何度か『吸水水球』を流していきます。
ちょっと時間が掛かると思います。
この間に、廊下の汚れがちゃんと落ちているか確認しましょう」
「そうするか。
あとおまえ、身体洗えよ。その格好で動くと汚れが広がる」
「そうですね。――そろそろやめてくれる?」
上にいる何かに言うと、落ちる血液が止まった。
「ね? 害はないでしょ?」
「見てる側としてはそれなりに害だけどな。マジで気になるし」
今日はここまで。
掃除の本番は明日から。
翌朝から掃除をすることを約束し、解散した。





