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469.掃除を始める





 話もそこそこに、第一校舎に入ってみた。


「上からやるか?」


「その方が効率がいいと思います――」


  バン!


 クノンとサンドラが校舎に入った途端。


 勢いよく出入り口のドアが閉まった。


 まるで迷い込んだ獲物を逃すまいとする、何者かの意志のようだ。


「あれ? 強風のせいでしょうか?」


「違うんじゃねぇの?」


 そう、霊の仕業である。


「暗いな。ちゃんと窓もあるのに、謎の曇りで全然外が見えねぇ」


 きゅっきゅっ、と指先で窓ガラスを擦るサンドラ。


 しかし。

 濁ったガラスはまるで綺麗にならない。


  ドン!


「――おう。なんだよ」


 その曇りガラスの向こうに、勢いよく人の顔が張り付いた。


 血だらけの子供だった。

 そう、間違いなく霊である。


「急に出てくんなよ、反射的に殴っちまうぞ」


 至近距離で見詰め合うサンドラは、平然と恫喝する。


「誰かいます?」


「いや、何も」


 一瞬目を逸らした隙に、子供の顔は消え失せていた。


「早く済ませちまおうぜ」


「そうですね」


 しんと静まり、やけに軋む床板を踏みつつ。


 二人は上階へ向かった。





「この仕事を受けただけあって、サンドラ先輩は霊とか平気なんですね」


 階段を上りながら話をする。


 時々、クノンの足が引っ張られるような感覚がある。


 そう、霊の仕業である。


 まあ、もし転んだらサンドラが助けてくれるだろう。

 もしくは、自分でなんとかしよう。


「別に平気じゃねぇよ。

 もっと危険な悪霊とやり合ったことがあるだけだ」


「なるほど。慣れてるんですね」


「……そうだな」


 サンドラは、この環境が怖いとは思わない。


 だからこの仕事の話も受けたのだ。

 貴重な単位取得の機会だ、逃せなかった。


 魔術実技方面が壊滅しているサンドラである。

 単位は毎年苦労しているから。


 だが、全身の毛が逆立つような、ぞわっとする本能的な恐怖。


 それはちゃんと感じている。

 決して気持ちいいものではない。


 ――サンドラは、とある国の辺境伯の娘である。


 かなり身分が高い家の出で。

 王族の血も引いている。


 立場的には、お姫様と呼ばれてもいいくらいだ。

 自分でも似合わない、程遠い、とは思っているが。


 環境の問題である。


 土地柄のせいで、昔から周囲に魔物が多い環境で育った。


 サンドラの家系は、先頭に立って戦い、魔物の脅威を遠ざけてきた。

 民や領地を守るために。


 昔から。

 今まで。

 貴族として、辺境伯として、民や領地を守ってきたのだ。


 そんな家庭環境で誕生した、水の魔術師。

 それがサンドラだった。


 当初は将来を有望視された。

 水の魔術師として育って、いずれこの地を守る力の一つとなってほしい、と。


 だが、それどころではなかった。


 ――サンドラの魔術は、あまりにも強力過ぎたから。


 何せ基本の初級魔術さえ、中級くらいの規模で出てしまう。

 もう何を使おうが大騒ぎだった。


 そんな有様なので。

 訓練の必要なし、即戦力――そう見なされるのに時間は掛からなかった。


 何よりサンドラ自身の意志があった。


 大好きな家族。

 大好きな民たちに大好きな領地。


 それらを守るための力がある。

 当然立候補するだろう。


 自分も戦う、と。


 そうして、実戦に出るようになった。

 あまりにも早すぎる初陣だったが、それでも立派に戦果を挙げてきた。


 ――その最中に、危険極まりない悪霊とも戦ったことがあるわけだ。


 この校舎に住んでいる霊など、あれとは比べ物にならない。

 可愛いとさえ思えるくらいだ。





 とりあえず。

 上り階段が続いていた六階までやってきた。


 この学校の校舎や敷地は、外観と比例しない。

 空間がねじ曲がっているのだ。


 なので、実際に歩いてみないと、わからないことが多い。


 左右に伸びる廊下。

 左右にある扉。


 暗い廊下の奥で、何かが蠢いている。

 うめき声のようなものが聞こえる。

 ずる、ずる、と何かを引きずるような音がする。


 そう、霊のはしゃぎである。


 張り切っているのだ。

 久しぶりにここまで人が来たから。


「おい、肩に手ぇ乗ってんぞ」


 サンドラは怖くはない。


 が、気にならないわけでもない。


「あ、これ? なんか乗せたいみたいで」


 クノンの右肩に、手が乗っている。

 手、だけが。


 そう、霊の手である。


「乗せたいっておまえ……」


「害はないのでいいかなって。

 ちょっとひんやりしてるし、まだ暑いこの季節には丁度いいし」


 ――こいつの方がよっぽど度胸あるだろ、とサンドラは思った。


「おまえは霊とか平気なんだな」


「よくわからない気配は、昔からずっと感じてましたので。

 見えないだけにそういう感覚は鋭いみたいです。


 それこそサンドラ先輩と一緒ですね。慣れてるんです」


「それはわかったけど手を重ねるのはやめろよさすがに」


 肩の手に己の手を重ねるな。

 なんなんだ。

 恋人か。


「仲が悪いよりは仲が良い方がいいじゃないですか。

 紳士は争いを好みませんからね」


「……」


 なんとなく。

 クノンが三派閥に所属しても上手くいっている理由が、わかった気がした。


 やり方がブレないからだ。

 方向性はともかく。


 他者の意見に左右されることが、あまりないのだろう。

 本質的に。


 ……まさか霊相手でもこれとは。


 呆れるを通り越して、もはや尊敬に値するかもしれない。


「――もういい。仕事に掛かろうぜ」


 思うことがないでもないが。

 あまり気持ちのいいシチュエーションじゃない。


 さっさと用事を済ませてしまおう。





 端っこからやっていきたいが。

 肝心の端っこがわからない。


 第一校舎は古い建物だ。

 それだけに、空間のねじれが非常に強いようだ。


 仕方ないので、上ってきた階段を中心に、掃除をしていくことにした。


「露骨に血痕なんだよなぁ」


 二人は上ることを優先してきたが。


 登ってきた階段にも、汚れはあった。


 そして、今二人が立っている廊下にも。

 目立つ血痕が、奥から奥へと続いている。


 何かが通ったとしか思えない。

 まるで下半身を失った誰かが、身体を引きずりながら移動したかのような。


 そう、霊の痕跡だ。


「先輩、これを」


「あ? なんだ?」


 クノンが差し出す手には、指先ほどの小さな「水球」が六つほど。


「『洗泡(ア・ルブ)』を小さくまとめたものです。

 水を掛けたら、泡になって広がります。


 要は洗剤です」


「へえ。おまえほんと器用だな」


 見た目はただの「水球」だが。

 触ってみると、かなり固い。


 とんでもない量の泡を圧縮しているようだ。


「試してみてください。

 これで落ちない汚れもあると思いますが、その都度調整しますので」


「よし。あたしは廊下をやるから、おまえは教室やってくれ」


 二人は手分けして、掃除を開始した。


 そう、霊に見守られながら。





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― 新着の感想 ―
サンドラ、可愛い
霊の存在は、魔術的に解明されてるのかな?
クノン→背後に佇む蟹とか頭に突き刺さる羽根ペンとかもっと謎なものに比べたら普通 サンドラ→魔法ぶっぱすれば最悪どうにかなるから平気 うーん……
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