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468.少し長い諸注意





 第一校舎出入り口前。

 しばしそこで佇んでいると。


「――意外な子を連れてきたな、クノン」


 教師クラヴィスが校舎から出てきた。


 ここで落ち合おう、と約束していたのだが。

 いいタイミングで現れたものだ。


 まるで見ていたかのようだ。


 そんなクラヴィスの視線は、サンドラに向いている。


「先生……?」


「そうだよ。初めまして、クラヴィスです」


「あ、初めまして。サンドラです」


 クラヴィスとサンドラは初対面のようだ。


 だが。


「サンドラ先輩のこと知ってました?」


 さっき「意外な子」と言っていたが。


「ああ、特級クラスの生徒は皆才能ある若者たちだ。

 当然教師も気にしている。


 その中でも、サンドラはちょっと特殊だ。

 彼女に注目している者は多いよ」


 特殊、か。


 それならクノンも知っている。


「可愛すぎるという特殊さ?」


「いや違うけど。本人の前で否定するのもなんだけど」


「ですよね。

 そういう意味なら、特級クラスの女子全員が可愛すぎることになりますからね」


 みんな素敵で、みんな特殊。

 それを否定できる者などいないだろう。


 少なくとも、クノンは否定しない。


「おまえ教師の前でもそんなんかよ。すげえな」


 呆れるサンドラに、クノンは言った。


「初めてサンドラ先輩に褒められましたね」


「いや褒めてねえ。本当に。マジで」


 まあ、挨拶はこのくらいにして。


「掃除の説明をするね」


 と、クラヴィスは第一校舎を振り返った。





「難しい注文はないよ。

 汚れがあったら取り除く、それだけでいい。


 二人とも水属性だから問題ないと思うけど、汚れには直接触らないでね。


 下手に触ったら呪われるから」


 呪われる。

 幽霊が住んでいるだけあって、いわくも多そうだ。


「見ての通り、古い木造建築だ。

 でも強化魔術が掛かっているから、そう簡単に壊れることはない。


 ただ、強化魔術自体が古いのは確かなんだ。


 軽く水を流すくらいなら構わない。

 しかし長く水を張るようなことは避けてくれ。


 床板なんかに深く染み込んだら変形してしまうから」


 つまり、長時間水溜まりを作るな、ということか。


「はい、先生」


 クノンが挙手する。


「上階から大量の水を流して一掃するパターンは?」


「それだと汚れが落とし切れないことがある。


 汚れが落ちたか確認するなら。

 結局、校舎内を歩き回ることになると思う。


 逆に手間じゃないかな」


 確かに手間かもしれない。


 加えて「水溜まりを作るな」という諸注意。


 大量の水を流し。

 汚れに触れた水だけ、その場に残す。


 そんな方法を考えていたが。


 ――一応、そんな方法を考えていた、とクラヴィスに話してみた。


「ああ、それなら一角ずつ、一階層ずつくらいに区切れば大丈夫かもね」


 一気にやらなければいいそうだ。


 少し楽ができそうだ。


「それから、鍵の掛かっている教室は無視していい。たとえ中に汚れがあってもね」


 それも楽できそうなポイントである。


「あとは……そうだな」


 クラヴィスは腕を組み、考え込む。


「……目的はあくまでも掃除だから、整理はしなくていいよ。


 荒れた教室もあるけど、何もしなくていい。


 あくまでも汚れの除去が目的だ」


 それは助かる。

 クノンは整理整頓は絶対にしたくない。


「最後に、住人についてだ。


 積極的に襲い掛かろうとする者は少ない。

 でも、安全とも言いづらい。


 もし危険を感じるようなことがあったら、すぐに校舎から出るようにね」


 そこで、「はい」とサンドラが挙手した。


「もしあたしたちが襲われた場合は? やっちゃっていいんすか?」


「もちろん。


 襲ってくる相手は返り討ちにしていいよ。

 だが、そうじゃないのは放っておいてほしい。


 ここで静かに過ごしているだけの霊も、多いから。


 ……説明はこんなところかな。


 何か質問は?」


 ――細々した確認をして。


 クラヴィスは「じゃあよろしくね」と言い残し、校舎へと消えていった。





「初めて見る顔だった。あんな先生もいるんだな」


 クラヴィスの背中が見えなくなると、サンドラは呟く。


「あまり人前には出てこない先生らしいですよ」


「そうか。

 まあ光属性は珍しいからな。教える生徒もなかなかいねぇし」


「え?」


 クノンは思わずサンドラを見る。見えないが。


「光属性って、わかったんですか?」


「当たりか? あたしなんとなくわかるんだ、そういうの」


 すごい才能である。


 クノンは、サンドラを「出力は大きいが魔術の操作が下手なレディ」と認識している。


 とにかく魔力の操作がうまくない、と。


 しかし――他者の魔力を見る感覚。


 そういうところは、優れているのかもしれない。


「聞いてもいいですか?」


「やだよ」


「サンドラ先輩の得意な魔術は?」


「聞くなよ」


 そう言いつつ、彼女は面白くなさそうな顔で答えた。


「今更おまえに隠しても仕方ねぇから、はっきり言うぞ。


 中級魔術は全部得意だ。

 ぶっぱなすだけでいいからな。


 だが初級は全滅だ。一つもうまく使えねぇ」


「へえ……」


 クノンは少し考え込み、笑った。


「てめぇ笑ってんじゃねぇぞ」


 サンドラにすごまれても。


 感情が押さえきれない。


「――すごく興味深いですね」


 前々から薄々思っていたのだ。


 サンドラの噂や逸話を聞くたびに、思っていたのだ。


「僕、ずっと考えてました。


 サンドラ先輩の魔術を解明してみたい、って。


 だから今回先輩が話を飲んでくれて、とても嬉しかったです」


「……消去法だったじゃん」


「……」


 まあ、それは、そうだが。


 三派閥の拠点へ挨拶に行き。

 ついでに第一校舎の掃除の件を頼み込んだのだが。


 誰一人として、話を受けてくれなかった。

 誰一人としてだ。


 無理、と一言告げて逃げる者。

 とにかく「無理」の一点張りで逃げる者。

 あそこやばいんだって、クノン君もやめときなって、と、クノンの心配をしつつ逃げた「合理」のカシス。


「実力」のエリアなんて。

ベイル(すきなひと)が一緒でも嫌だ」と言い切ったくらいだ。


 もう本当に、一人もいなかったのだ。

 なんならクノンから距離を取る者が続出したのだ。


 悲しくなるほど避けられた。


 そんな中。

 唯一話を受けた人物。


 それがサンドラだったのだ。


 たまたま最後に誘った形で。

 クノンが「もう誰にも頼めないんですお願いです」と。


 必死で口説き落としたのだ。

 決め手は「パフェおごるから」だった。「いらねぇ」と言われたが。


「でも以前から興味があったのは本当ですから!


 僕がこんなに女性に興味を持つなんて……まあよくありますけど。


 今日はあなたが一番ですから!」


「いや普通に嬉しくねぇよ」


 ――こうして、第一校舎の掃除が始まった。





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― 新着の感想 ―
中級は出来て初級は出来ない。 中級は力技でなんとかなる。 連想できるのは型に材料を流し入れるイメージかな。 型に流し入れて形にできたら発動で、初級は型が小さく、中級は大きい。 面積あたりの複雑さは同…
まぁ、本当「すげぇな」(笑)
基本的には文字識別の水魔法の応用で汚れを判断か。 割と気になるのはサンドラの出した水をクノンがコントロールできるかだな。片や出力は抜群、片やコントロールは抜群で役割分担できるし。
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