46.試験官が来た
幻視の法則と考察は後にするとして。
「――君が聖教国の聖女?」
クノンは、後光を背負った銀髪の少女に声を掛けた。
聖女が入学するという話は聞いていた。
あとは、それが事実であることを確認した上で、話を聞きたい。
もし本当に聖女であるなら、彼女の属性は光だ。
ただでさえ珍しい魔術師という存在だが。
その中でも、光と闇の属性を持つ者は、更に珍しい存在である。
そして、その上聖女ともなれば。
恐らく、現在世界にいるのは一人か二人か、それくらい希少な存在である。
「だったら何です? ナンパならお断りですよ」
「やっぱり!? そうなの!? すごい!」
やたら冷たい声で対応されたが、クノンは興奮した。
「光の属性だよね!? 治癒の魔術が使える唯一の属性だよね!? すごいよね!」
「……なんですあなた。馴れ馴れしい」
やたら冷めている少女だが、クノンは構わなかった。
「お願い! お願いお願い! 光属性について色々聞かせて! 試験のあと……なんか甘いものでも食べながら! お金はこっちで出すから! お願い! ディラシック名物マジックパフェがおすすめだよ! 食べた? 僕は食べた! 二回!」
「……はあ」
とにかく冷めている少女は、溜息を吐いた。
「ナンパはお断りだと言いましたが?」
「ナンパじゃなくて魔術のことが聞きたいんだ! それ以上は何もしない! 行くだけ! 行くだけだから! 指一本触らないから! 約束するから!」
「あなたは光属性じゃないでしょう? 聞いてどうするのです? 聞いたところであなたに何の得が?」
「それは聞かないとわからない! 参考にできる部分があるかもしれないから聞きたい!」
「……はあ」
構うだけ無駄と言わんばかりの冷たい眼差しで今一度溜息を吐き、少女は言った。
「光は他の属性魔術の上位に立ちます。上位の魔術が下位の魔術にどう参考になると?」
「え?」
クノンは戸惑った。
ついでに、見る気はないが目の前で急にナンパを始めた少年とナンパされる少女を見守っていた受験者二人も、ちょっと癪に障った。
光は他の属性魔術の上位。
そんなことはない。
光と闇の属性は希少だというだけで、明確な上下関係などない。
……ただ、少女が聖女であるなら、間違いとも言いづらい。
光属性の魔術師であることと、聖女であることは比例しない。
聖女じゃない光属性持ちもいるからだ。
むしろ光属性がどうこうではなく、聖女という存在が魔術師の上位に立っていると言われると、一理あると応えざるを得ない理由がある。
その理由が、固有魔術という聖女しか使えない特別な魔術なのだが――
「つまらない理由を並べ立てないで、ナンパがしたいだけと本心を言いなさい」
「え?」
クノンは重ねて戸惑ったが、――とりあえず一つずつ訂正することにした。
「僕は水属性が最高で、どんな属性にも負けないと思ってるけど」
「は?」
今度は少女が戸惑った。
言うに事欠いて、魔術師としては平凡であると言わざるを得ない水属性が最高? どんな属性にも負けない?
耳を疑うばかりだ。
「あとほんとにナンパじゃないよ。いくら僕でも初対面の女性にいきなりデートを申し込むほど不躾なことはしないよ」
それにその髪の銀色は嫌いだよ、とは、口には出さない。
「やっぱり一回か二回は会った後だよね。お互い名前も知らない内から誘うことはないよ。そんなの誠意ある紳士のやることじゃない。
ごめんね、期待させちゃって」
「……」
よくわからない理屈をこねられた上で、最終的にフラれたみたいな形になったこの状況はなんなのか。
少女は戸惑うばかりである。
「期待なんてしてませんけど」
「それはよかった。じゃあ試験のあと話を聞かせてくれる?」
「何が『じゃあ』なんですか? 話はしません」
「――おーい。ナンパは後にしろよー」
更に言い募ろうとしたクノンだが、それはできなかった。
そもそもナンパではないと訂正したかったが、それどころではなくなった。
突如割り込んだのは、このメンツの中では一際強力な魔力を持つ若い男性。女性を従えている。
クノンと少女がなんだかんだ話し込んでいる間に到着したようだ。
そう、ついに試験官を務める教師がやってきたのだ。
「私の名前はサーフ・クリケット、このディラシック魔術学校の教師だ。こちらは助手のセイフィさん」
「セイフィです。正式採用されていませんが、準教師という立場になります」
試験官が名を名乗り挨拶をすると、さっきまでクノンのせいで緩んでいた空気がぴしっと引き締まる。
いよいよ入学試験が始まるのだ。
――なお、幻視で見たサーフは緑色の光球が四つ浮かび、セイフィは足元に土鼠を十匹ほど飼っていた。新たな法則に反してはいない。
「さて。まずは四人とも、入学おめでとう」
と、サーフの言葉とともに二人はパチパチと気のない拍手をする。
「うちは基本、魔術師というだけで採用するんだよ。だって今魔術がパッとしなくても、知識が足りなくても、これから鍛えればいいからね。
むしろここは、それらを鍛える場所でもある。貴重な魔術師をそう簡単に放り出したりはしないんだ」
なんと。
そんな絡繰りがあったとは。
「知らなかっただろ? 意外とここの関係者は、そこんところは話さないんだ。どうせ皆、誰かから試験は難しいとか聞いてたんじゃないか? それ卒業生なんかのはったりだからね。……まあ全部はったりとも言えないけど」
なんと。
クノンはすっかり騙されていたようだ。
「あの、じゃあ、試験というのは? なんのために?」
聞いたのは、大人の受験者だ。
「ここでどう過ごすのかの割り振りだね。これから説明するからよく聞いてね」
サーフは語った。
これから行う試験で、魔術学校で通うコースが決定するそうだ。
理由としては、誰も彼もが学びたいことが違い、得意分野も違う以上、一堂に介して学ぶのは却って効率が悪いからだ。
クノンのように事前にしっかり準備をしていたり魔術の鍛錬をしている者もいれば、ただ紋章が現れたからここに連れて来られた、というまだ魔術師見習いにもなり切れていない者もいるらしい。
そんな二人を一緒に学ばせようとしたところで、どうしても無理が出る。
だから、この学校での過ごし方を分ける。
要は、実力によってクラスを分ける、という話だ。
クラスは、特級、二級、三級の三つ。
「特級は別名『自由研究組』。
自分がしたいこと、学びたいことを自分で選んで勝手にやっていいってクラスだ。
二級は別名『教師付き』。
一般的な学校での過ごし方と一番似てると思うよ。ここに分類される者が一番多い。
三級は別名『基礎組』。
その名の通り、基礎から学ぶクラスだが……今日の面子だと、ここは誰もいないだろうな」
つまり、クノンが狙うのは特級ということだ。
自由に研究ができる。
これほど嬉しいものはない。
――魔術学校の試験が難しいと有名なのは、恐らくこの特級に入ることが難しい、という意味だろう。
魔術師なら、だいたいの者が自由に実験や研究をしたいものだから。
「言っとくが、どこのクラスでも卒業は楽じゃない。特に特級は一流の魔術師を育てるコースだ。楽だと思うなよ」
一流の魔術師を育てるコース。
ここ以外を目指す理由はない。
「これでざっと説明は終わったんだけど。試験、始めていいかな?」





