466.クノンはまだ十四歳
「――ああ、年齢制限か」
廊下でクラヴィスを捕まえ、事情を説明する。
法律関係で無理かも、と。
「私が十代だった頃は、酒に関する法や規制はなかったんだ。
常識として、子供には飲ませるな、くらいのものでね」
どれくらい前のことだろう。
あるいは、どこの国のことだろう。
――場所ではなく。
クラヴィスの十代は、はるか遠い昔のこと。
クノンの想像もつかないほどに。
つまり、時代の違いである。
「そういえばセントランスにもそんな法ができたって聞いたことがあるな」
「あ、僕はヒューグリア王国出身で、そちらの規制です」
十五歳で大人と数えられる。
大人だから飲酒も認められる、というものだ。
ちなみに聖教国セントランスでは、十六歳からである。
「ヒューグリアは十五歳からで、クノンはまだ十四歳なんだね」
「そうです。
今度の春で十五歳なので」
そう、クノンは今十四歳。
十五歳になるのは、約半年後である。
自分の年齢である。
さすがに忘れるわけもないし、間違えるはずもない。
間違いなく十四歳だ。
こんなこと間違えようがないだろう。
誰も間違えるわけがない。
あたりまえだ。
「醸造樽を作ること自体は可能です。
でも、味見できないのは致命的だと思います」
酒は嗜好品。
甘いだの辛いだのしょっぱいだの、確認しながら調整する必要があるだろう。
「興味はあります。
だから挑戦はしてみたいんですが……」
酒。
婚約者ミリカが好きなもの。
醸造樽を贈れば、きっとミリカは喜ぶだろう。
それに。
「酒を捧げよ、神の渇きを癒せ」。
神器と呼ばれる、最高峰の魔道具である神の酒樽。
いかに神器に近づけるか。
そういう意味でも、挑戦になる。
ぜひやってみたい。
「なら十五歳になってからでいいんじゃないかな」
「いいんですか? 待っててもらえますか?」
「ああ、問題ないよ。
グレイ・ルーヴァは嗜好品は急がないから。気長に待つタイプだよ。十年単位で」
十年単位で。
それは気長すぎると思うが。
まあ、あの人らしいとも思うが。
しばらく時間が欲しい旨を伝え、クノンは教室に戻ろうとした。
その時。
「あ、ということは、クノンは今暇になった?」
「はい?」
何か話がありそうだ。
今度は使いっ走りではなく、クラヴィス個人の用事だろうか。
「暇……まあ、そうですね。
年齢がアレなら、すぐにでも醸造樽造りを始めたと思うんですけどね」
新年度初日だ。
やることは思いつくが、まだ具体的には決まっていない。
目下やりたいことと言えば。
やはり、魔術の訓練だろう。
夏季休暇中、ずっと魔術戦で負け続けたのだ。
やはり悔しい。
師の師である教師サトリにも。
「調和の派閥」代表シロトにも。
いつか再戦を挑みたい。
……いつになるかはわからないが。
まあ、その辺のことはいい。
「僕に何か用事ですか??」
「うん、一応指名になるのかな。
――君は掃除に興味ある?」
「全然ないですね。本当に全然。さっぱり」
おかしい。
さっきクラヴィスは、クノンの教室を見たはずだ。
あの惨状を見たはずだ。
クノンは見えないが、彼は見たはずだ。
なのに、なぜそんな質問を。
「だろうね。私も同じタイプだから、気持ちはわかるんだけど。
でも、君がいいらしいんだよね」
「……そういえば、さっき指名って言いましたよね? 誰かに頼まれたんですか?」
「厳密に言うと思念だけどね。
第一校舎の皆が、また君に会いたがっているんだ」
第一校舎と言えば。
「クラヴィス先生の研究室がある?」
「そうそう」
確かに以前行ったことがある。
そこで。
何者かわからないものに囲まれて。
エスコートをしてもらった。
手しかない女性に。
一度行ったきりだ。
しかし印象深い経験だっただけに、よく覚えている。
「じゃあ、掃除って第一校舎の掃除ですか?」
「そうだよ。
自然とできちゃうんだよね、謎の血溜まりとか魔力溜まりとか。謎の粘液の何かとか。
そういうのを定期的に掃除しないと、正体不明の何かがどんどん増えていくんだ。
でも、なかなかやってくれる人がいなくてね。
クノンは平気みたいだし、どうかな?
報酬ははずむし、単位も一つあげるよ」
報酬も嬉しいが。
何より単位が貰えるのありがたい。
「……どれくらい掛かりますか? あまり長いと困るんですが」
「協力者がいれば二、三日で終わるんじゃないかな。
一人でも、一週間も掛からないと思うよ」
迷う。
悩む。
一人でも一週間弱。
協力者がいればもっと早い。
これで単位一点は魅力的だ。
だが、掃除。
掃除か。
そこが一番引っ掛かる。
「先生、僕掃除が嫌いなんですけど、何より整理整頓が嫌なんです」
もう、それをするくらいなら。
その場の全部投げ捨ててもいいとさえ思う。
それくらい嫌いなのだ。
捨てたくないから、そのまま置いておくのだ。
その結果がアレなのだ。
「そうか。整頓はそこまで必要じゃないと思うが……。
さっきも言ったけど、一応君への指名なんだけどね。でも嫌なら仕方ないか」
……。
「その指名って、あの手だけの女性ですか?」
「彼女も含むね」
含むのか。
彼女も。
――ならば行くしかない、か。
「女性のお誘いなら、断れないですね……」
気は進まない。
だが魅力的ではある。
ここで迷うなら、決断するポイントは一つ。
女性がいるかいないか、だ。
そして、女性がクノンを求めているなら。
行くしかないだろう。
紳士なのだから。





