465.依頼書が届いた
2025/10/17 修正しました。
「行ってくるね」
侍女に一言告げて、クノンは家を出た。
季節は秋。
だが、まだまだ残暑が燻っている。
今日から新年度。
無事進級したクノンは、今日から魔術学校三年生である。
まあ、なんだ。
丸二年過ごしたディラシックで。
毎日のように通っている学校だ。
学年が上がったところで、思うことなどないが。
夏季休暇中もほぼ毎日通っていただけに、特に。
「……いるなぁ」
時々、登校ルートを変えるようになった。
通学路にはない、広場へ足を向ける。
師ゼオンリーと駆けたあの夜。
クノンらの後を追ってきた、あのオーガが移動した場所だ。
彼は、今日も変わらず、そこにいる。
以前は路地裏に挟まっていたが。
今は広場に立ち尽くし、素通りしていく人たちを見守っている。
……いや、別に見守っているわけではないか。
ただそこにいるだけで。
そんな変わりない姿を確認し、学校へ向かう。
「――さて」
自分の教室へやってきた。
数日前にも来ているので、特別何か変わったこともない。
夏季休暇で故郷に帰った、先輩や同期たち。
彼らは戻っているのだろうか。
まあ、その辺も追々わかるだろう。
さて。
何をしようか。
夏の間は、ずっと魔術戦で負け続けたわけだが。
しかし、他に考えることもあった。
やはり実験や研究。
魔道具造りも。
やりたいこと、やってみたいこと。
色々と考えていた。
休みの間は、魔術戦を最優先してきたが。
あれは一区切りついた。
付けざるを得なかった、とも言えるだろうか。
相手の時間も取ってしまうから。
だから、クノンの意志だけではどうこうできない。
……一矢報いたかった。
強い後悔が残ってしまったが。
だが、気分はかなりいい。
あれだけ思い切りやっても勝てない相手がいる。
いい目標ができた。
二人も。
熟達の経験?
年齢の差?
関係ない。
魔術に年齢なんて関係ない。
属性の不利、有利?
風とは相性が悪い?
関係ない。
誰が何と言おうと、水こそが最高で最強だとクノンは信じている。
……。
まあ、なんだ。
最高で最強である、と証明はできていないわけだが。
卒業までには、なんとか追いつけたりしないだろうか。
頑張るしかない。
「――あ、はい。どうぞ」
硬質なノックの音に、クノンの意識が戻ってきた。
今日から何をしようか。
それを考えていたはずなのに。
先日までの魔術戦のことばかり考えていた。
この前まで続いていた一ヵ月。
本当に楽しかったから。
本当に、夢のような時間だったから。
だからこそ後悔も深く……いや。
気持ちを切り替えるべきだ。
「――おはよう、クノン」
ドアを開けたのは、
「クラヴィス先生?」
謎多き光属性の教師だったから。
「ああ、そのままで結構。……いや、すまないが来てもらえるかな。足の踏み場がない」
椅子から立ち上がろうとしたクノンを、一度制し。
いややはり来てくれ、とクラヴィスは言った。
「少しは片付けた方がいい、って思いました?」
乱雑なる我が教室を平然と歩くクノン。
慣れた足運びである。
実に紳士的だ。
「言いたいけど、私もこういうタイプなんだよね」
「あ、先生も!?」
まさかのクラヴィスも、片付けられない派の魔術師だった。
いかにも穏やかで整理整頓大得意。
そんな雰囲気しかないのに。
意外である。
「そうだね。弟子とか使用人にお任せだよ」
「仲間ですね!」
予想外の接点もあったものである。
片付けられない派の魔術師界隈に、期待の大型人材がいたわけだ。
嬉しくないわけがない。
「――でも教師として言っておこうか。片付けた方がいいよ、本当に」
まあ、その言葉は受け流すとして。
「それで、僕に何か? あ、何かすごい実験のお誘いとか!?」
隣の教室で植物を育てていた。
その時に会って以来、だろうか。
本当に、謎ばかりの教師である。
興味津々だ。
ぜひ一緒に実験をしてみたい。
片付けられない派の仲間でもあるし。
「手紙を渡しに来ただけだよ。
いわゆる使いっ走りというやつだね」
使いっ走り。
教師を使いっ走りに扱える人なんて、そう多くない。
――そう考えて脳裏をよぎるのは、かの褐色肌の少女の姿である。
「グレイちゃん? あ、今はアレか」
思わず口走ってしまい、口を押さえる。
グレイちゃんは、造魔の肉体に宿っている時の名だ。
グレイ・ルーヴァ。
あの人は、世界一の魔女である。
この街の支配者である。
そんな相手を、気安くちゃん付けで呼ぶなんて。
どんな恐れ知らずだ。
だが、仕方ないだろう。
強く印象に残っているから。
あの姿のグレイ・ルーヴァが。
影状態の時より、よっぽど。
今冷静に振り返ってみれば。
割と強引に、色々と付き合わせてしまった感もある。
ベーコンを作ってもらったり。
爆発で打ち上げたり……。
いや、よそう。
あの頃を冷静に振り返ると、本当に胃が痛くなりそうだ。
「フフッ、グレイちゃんか。
そのグレイちゃんからだよ」
何の変哲もない、二つに折っただけの紙を渡された。
「ちなみに私が代筆したから、内容は知っているんだけどね」
グレイ・ルーヴァが書かせたらしい。
なんというか。
彼女らしい気がしないでもない。
「もう一つ言うと、私は君はまだ早いと思うよ」
「早い? ……早い!?」
クノンは興奮した。
つまり、アレか!
あの魔人の腕開発実験のような、高難易度の何かか!
「――それじゃ、確かに渡したよ」
と、クラヴィスは止める間もなく言ってしまった。
見えないが、しばし彼の教師の背中を見送り。
ドアを閉めて。
少しだけ深呼吸して。
持っていた紙を広げた。
そこに書かれていた内容は、確かに――。
「……あ、確かに僕には早いかも」
書かれていたのは、とある魔道具の依頼書だ。
「あ、いや、待てよ」
ヒューグリア王国では、十五歳から許可されていたはずでは?
となると、早くはないのか?
……いずれにせよ、だ。
「醸造樽かぁ」
依頼書には、こう書かれていた。
「酒用の醸造樽を作れ。期限なし」と。
酒用の醸造樽と聞いて、クノンは思い出した。
――要するにあの魔道具。
「酒を捧げよ、神の渇きを癒せ」。
つまり、神の酒樽のような魔道具を作ってほしい。
そういう依頼である。
「――クラヴィス先生、ちょっと待って!」
クノンはドアを開けた。
そして、遠ざかる背中に声を掛ける。
ヒューグリア王国では、十五歳から許可される。
しかし、クノンはまだ十四歳。
来年の春、十五歳になる。
つまり、まだ、酒は早いのだ。
※致命的なミスが発覚したので、しばらく差し替えの話になります。
大変申し訳ありません。





