表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
463/494

461.幕間  ハンクの帰還





「しくじったな。もう少し早く帰るべきだった」


 ハンク・ビートがディラシックに戻ってきたのは、昨日の夕方である。


 招待を受け、アーシオン帝国へ行っていたのだが。

 想定以上に滞在が長引いてしまい、ようやくの帰還となった。


 今年度の終わりまで、そう間はない。


 単位に余裕があってよかった。

 そう思わずにはいられない。


「肉の会、でしたっけ? どうだったんですか?」


 同期であるリーヤ・ホースが問う、と。


「いや、私の話より昨日の話の方が気になるだろ。

 シロトとクノンに、あの狂炎王子が参加した魔術戦をやったんだろ?


 ……本当にしくじった。一日早く戻ってきていれば……」


 たった一日。

 だが、その一日の差が大きすぎる。


 ハンクの後悔は深い。


「――ねえ聖女! クノンいる!? ……いないか! どこだあいつ!」


 何も言う間もなく。

 顔を見せた特級生は、聖女の教室を見回し、走り去っていった。


 そう。

 ここは聖女の教室。


 この世代が集まるのは、だいたいここなのだ。


 しかし。

 同期三人は集まっているが、皆が探している彼は、ここにはいない。


「朝からずっとこの調子です」


 と、聖女レイエスは立ち上がり、開けっ放しにされたドアを閉める。


 今日で六回目だ。

 もういっそ開けっ放しでいい気がする。


 ――いや、ダメだ。


 大っぴらにしたくない植物に、商品になる植物もある。

 あまり見せびらかすものではない。


「これだけ評判ってことは、派手にやったんだろうな。


 ……肉の会さえなければ、私も見学できたのにな」


 まあ、行ったことに後悔はないが。


「私も少し気になりますね。肉の会とはいったい?」


 と、レイエスは元いた椅子に戻る。


「そもそも昨日の魔術戦は、四人分の魔術が行き交う複雑なものでした。

 一度見ただけでは、とても把握できない。


 クノンを探している特級生たちは、昨日の魔術戦の解明をしたいがために走り回っているのです。


 皆の記憶と知識を持ち寄り、全てを知りたいと考えています」


 レイエスはリーヤを見る。


「リーヤも同じ理由で、クノンに会いに来たのでしょう?」


「あ、うん。午前中は自分の教室か、ここにいることが多いでしょ」


「そうですね」


 それはリーヤだけではなく、皆知っていることだ。


 だからここに来るのだ。

 クノンを探す者が。


 そしてドアを開け放って去っていくのだ。


「もっと言うと私もだけどな。クノンに会えると思ったんだが」


 ハンクは昨日戻ってきた。


 今日、久しぶりに登校して。

 色々聞いて、ここへ来た。


「……まあ、本人がいないなら仕方ないな」


 クノンはいない。

 話題の魔術戦も、まだ解明されていない。


 気にはなる。

 が、肝心の当人がいないのでは、知りようもない。


 リーヤもレイエスも。

 説明できるほど理解はできなかったらしい。


 まあ、あとでシロトにでも聞けばいいだろう。


 ――と、ハンクは思ったのだが。


 今日はシロトも、クノンも、学校には来ない。





「肉の会のことだろ。

 正式には『深き夜に香る燻製肉の会』って言ってな、結構長い歴史がある秘密クラブなんだってさ」


 秘密クラブ。

 なんともいかがわしい響きである。


 それに「肉の会」という名称。


 これも、聞き様によってはいかがわしいかもしれない。


「発端は、私が作ってディラシックに卸していた燻製肉が、アーシオン帝国まで届けられたことらしい。


 それを食べて気に入ってくれたお偉いさんが、ちょくちょく商人を介して、私に注文をしていたそうだ。


 知らなかったよ。

 まさか私の作った燻製肉が、国境を超えていただなんて」


 まあ、生産者からすればそうだろう


 危険物を扱っているわけではない。

 誰に渡っても問題ない、安心安全の加工肉だ。


 だからこそ、誰が注文したかまで、逐一調べたりはしないだろう。


 それにしてもだ。


 随分遠くまで行っていたものだ。

 ハンク的には、ディラシックだけで消化されていると思っていたのに。


「私は庶民出だから、貴族の誘いを断るなんて後が怖くてな……。

 だからさっさと行って帰ってこようと思って、アーシオンに向かったんだ。


 だいぶ急いで発ったから、レイエスたちにも伝えなかった。

 すぐ帰ってくるつもりだったしな」


 しかし。


 ここで計算外のことがあった。


「――クノン君いる!? ……いない? そこのでっかい花の影に隠れてない? いない? いないかー……シロトもいないんだよなぁ」


 ちょっと横槍が入ったが。


 立ち上がったレイエスは「続きをどうぞ」と、ドアを閉めて戻ってきた。


「で、招待状をくれた貴族の屋敷を訪ねたら――まさかの好待遇だったよ。


 こんなに早く来てくれるとは思わなかった、って感激されてさ。

 貴族にでもなったかのような待遇を用意されたよ。


 一応名前は伏せるが、畜産が有名な領地で、代々肉や乳製品で領地経営をしてきたらしい。


 で、私の燻製肉を食べて、驚いたそうだ。


 これまでいろんな加工肉を食べたけど、この風味は初めてだ、ってさ」


 ――実はこのセリフ、クノンにも言われたことがあるのだ。


 ハンクが工夫して作る加工肉。

 その一番のファンは、クノンである。


 この風味、この香りは初めてだ。

 従来のより食感がいいとか、肉の脂が一味違うとか。


 そんなことを言っては、色々と注文をつけていた。


 ハンクは「大袈裟だな」くらいにしか思っていなかったが。


 さすがに畜産を専門にやってきた貴族に言われたら、信じざるを得なかった。


「滞在中、私の知らない加工方法とか、調理法とか、香草とか。

 惜しみなく教えてくれたんだ。

 とても勉強になったよ」


 対価として、ハンクも色々と情報を開示したが。


「火の魔術師しか作れない」という前提に、大いに驚いていた。


「――クノンいるか!? いる!? いないか!? ここに女がいるぞクノン! 早く出てこないと女どっか行っちゃうぞ!? ……いねぇか」


 レイエスが立ち上がる。


「その勉強で滞在が伸びたのですか?」


 何度も慌ただしいことである。


「それもあるんだが、結局は待ち時間だったな。

 若き燻製肉職人の姿を一目見ようと、帝国中から人がやってきた。


 あ、職人ってのは私のことだよ。

 肉の会ではそう呼ばれていたから。


 で、その人たちこそ、『深き夜に香る燻製肉の会』のメンバーだったんだ」


 思えば、そう。


「変な人たちだったけど、でも、秘密クラブの魅力の一端は理解はできたよ」


 あくまでも夜。

 あくまでも、深夜。


 昼ではない。

 明るい内ではダメだ。


 深夜なのだ。

 暗がりという閉鎖的な時間が、秘密のスパイスになるのだ。


 ちょっとした玄関先で。

 満点の星空の下で。

 あるいは、窓を開けただけの室内で。


 ひっそりと肉を炙るのだ。

 使用人にバレないように、門番に見つからないように。


 誰も介入しない、自分だけの楽しみ。

 ささやかな肉の宴。


 こっそりと肉を食い、酒を飲む。

 ただそれだけの行為だ。


 ただそれだけの行為を、こよなく愛する変な人たち。


 それが「深き夜に香る燻製肉の会」の全てである。


 同好の士がいるのもいいが。

 やはり、基本は一人でやるのがいい、らしい。


「本当にささやかな楽しみなんだね……」


 リーヤの顔には、呆れの色が見える。


 初めて話を聞いた時のハンクも、似たような顔をしていたかもしれない。


「一度やってみるといい。私は理解できたよ」


「えぇ……」


「説明しづらいけど、なんかいいんだよ。

 キャンプで焚火を見ながらのんびり過ごすのに似ているかな」


「あ、そう言われると……」


 なんとなく、わからないでもない、かもしれない、とリーヤは思った。


「深夜、こっそりと肉を炙って食べる、ですか……」


 ――レイエスにはまったくわからない。


 しかし、歴史ある行為ではあるらしい。

 そしてそれなりに魅力のある行為でもあるらしい。


 長く続くだけの理由がある。

 そういうことだ。


「……ふうん」


 それからハンクは、帝国滞在中の話をしてくれた。


 長く滞在しただけに、色々と話せることもあるようだ。


 その間。

 八回ほど、ドアを閉めることになった。


 そして――





 その日の夜。

 レイエスは怒られた。


 理由は――そう。


 夜中に肉を炙って食べていたから。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版『魔術師クノンは見えている』好評発売中!
『魔術師クノンは見えている』1巻書影
詳しくは 【こちら!!】
― 新着の感想 ―
感情はないけど、純粋に欲望に素直なんだよね
おかえりベーコン…グレイちゃんとの燻製バトル待ってるよ…
『深き夜に香る燻製肉の会』へようこそレイエス嬢
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ