460.こうして二年目の年度末は
二級クラスの魔術戦が終わった、翌日。
昨日から、魔術学校中があの一戦で持ち切りとなっていた。
二級クラス序列一位。
誰もが最強と認めている狂炎王子ジオエリオン。
そのジオエリオンを相手に。
ほぼ互角の魔術戦を繰り広げた特級のクノン。
特級クラス三派閥代表。
二級でも知らない者はいない、「雷光」と呼ばれるシロト。
それともう一人。
誰かはわからないが、結果的に、先の三人と遜色ない魔術を見せた褐色肌の子。
多くの者が気にする面子が。
変則的な、二対二の魔術戦を行ったのだ。
生徒は当然として。
教師たちも、かなり興味を示していた。
土を除く三属性が集い。
絡み合い。
交錯し。
属性違いの魔術をぶつけ合った。
おまけに試合展開も速く。
全てを理解するにはスピーディー過ぎて、解釈が追い付かなかった。
見届けた者たちが、記憶を持ち寄り。
一連の流れを詳細に残し、解明し、記録に興していく。
――何せ、試合に参加した当事者でさえ、全てはわかっていないのだ。
どこでどんな魔術が働いたのか、とか。
誰の魔術で何がどうなったのか、とか。
俯瞰で見ている者でもわからないのだ。
渦中にいる者たちは、もっと全景が見えていなかったのである。
「必死だった。だからよく覚えていないんだ」
登校してきたジオエリオンが、クラスメイトに囲まれる。
昨日の試合について教えてくれ、と。
そう懇願されたのだが。
「記憶は断片的で、考える間もなく動いていた。
思考を許すような余裕や隙は一切なかった」
それであれだけの動きをしているのだから、驚異的だ。
「俺がしっかり憶えているのは、爆発くらいだな」
彼が一番印象に残っているもの。
それは、最後の大爆発だ。
「あれは痛かった。死んだかと思った。
腕を青い炎で燃やされていたが、そんなのが些事に思えたほどだ。
まるで全身がバラバラになったかと思うほどの衝撃だった」
そして、それ以降の記憶がない。
気が付けば医務室のベッドに寝かされていた。
いつかのように。
――実際ジオエリオンは死んでいるし、死ぬのは二回目なのだが。
その事実は、グレイちゃんしか知らないことである。
「よそから見ていた君たちの方が、よっぽど見えていたんじゃないか?
俺も知りたいくらいだ。ぜひ俺に教えてくれ」
◆
「――二対二の魔術戦ってね、実は秘匿扱いになってるんだよ」
昼食時には少し早い。
食堂には、あまり人はいない。
サトリ・グルッケは、久しぶりに食堂までやってきていた。
食べているのは、パイ包みのシチューとサラダ。
優しい味ながら。
ハーブが利いていて、風味豊かだ。
「秘匿扱い、ですか?」
向かいにいるのは、サーフ・クリケットだ。
サーフがサトリを誘い。
この昼食の席が設けられた。
目的は、昨日の魔術戦について。
ぜひサトリの意見を聞きたかったから。
そして、彼女がまず話したのが、先の言葉だった。
二対二の魔術戦は秘匿扱い。
サーフは初耳だ。
欠片も聞いたことがない。
「若い子は知らないかもね。
あたしも小娘の頃に、親しかった先生に聞いた話だ。
今回の二対二形式を聞くまで、忘れていたくらいだよ」
ならば五十年前……とまで考えて、サーフは考えるのをやめた。
サトリの年齢のことはいい。
今の暗黙の了解や、常識にない。
それだけわかれば充分だ。
「だから資料が残っていない、と?」
「そうだね。
魔術と魔術を掛け合わせる、そういう研究はあったはずだよ。
でも、二対二の魔術戦が秘匿されると同時に、その研究も隠されたんだ。
だから資料は見える範囲にはない。
教師たちでも簡単には触れられない場所にしまい込まれた、らしいね」
「……なぜ?」
「さあね。
率直に考えれば、魔術を掛け合わせることで問題が生じるから、かもね」
魔術と魔術を掛け合わせる。
「危険だから、でしょうか?
昨日の試合を見る限りでは、そう思えますが」
「違うだろうね」
と、サトリはパイの器をさくりと崩した。
「危険な魔術なんてたくさんある。
その前提がある以上、掛け合わせる行為だけを危険視して秘匿する理由はない」
「そう、でしょうか?」
「あたしはそう思うってだけで、正解かどうかはわからないよ。
間違っている可能性も大いにある」
サトリも、詳しいことはわからないらしい。
「まあ前提の問題もあるしね。
魔術を掛け合わせて、何を目指すのか。
研究だったり実験だったり、やることは色々思いつく。
でも、少なくとも昨日の魔術戦は、ただの潰し合いだった。
あれなら秘匿する必要性は感じない。
危険な魔術をぶっ放しているだけだったからね」
それはサーフもわかる。
「危険と危険を掛け合わせてより危険になっただけ、ですね。
当然と言えば当然の話です」
「そう、当然のことだ。
それをあえて秘匿する理由は?
あたしには思いつかない。
――だから、秘匿された理由は別にあると思うんだよ」
「……」
魔術には。
魔力には。
まだまだ解明できていないことがある。
魔術と魔術を掛け合わせる。
それは従来の魔術の使い方とは異なる方法だ。
そこに、何かあるのか。
それはわからないが、しかし――
「サトリ先生。その話も興味深いのですが、そろそろ……」
サーフとしても気になるが。
今日彼女を誘ったのは、その話をするためではない。
本題が別にある。
「ああ、魔術戦? 気になるかい?」
「ええ。シロトは私と同じ風属性ですから、彼女がやったことはわかります。
でも、他の属性は少々怪しいです」
「当てにされて光栄ではあるけど、あたしも全部はわからないからね。
……ところで雷ってどうやるんだい?」
「え?」
「知識としては知っていたけど、あそこまで見事な雷を見たのは初めてなんだ。
魔術の雷って相当難しいんだろう?」
――サトリも思い出した。
昨日の魔術戦。
あれはちゃんと解明しておかねばならない。
近々、きつい灸を据えてやるつもりの弟子に、説明できないと困るから。
◆
学校中が大騒ぎしている最中。
実はこの日、クノンとシロトは登校していない。
多くの者が二人の姿を探したが。
しかし、結局学校へは行かなかったのだ。
体調を崩したわけではない。
怪我の影響でもない。
少々魔力は使いすぎたものの。
一晩ゆっくり休んだら、ちゃんと回復した。
そして、クノンは早朝、家を出ている。
いつものように。
学校へ向かうつもりで。
「――あれ?」
家を出てすぐ。
知っている魔力を感じた。
「待っていた」
そう。
家を出てすぐ、そこにいたのだ。
シロト・ロクソンが。
「シロト嬢? あ、登校のお誘いですね? もしくは登校デートかな? もう、ノックしてくれればいいあなたを待たせるなんて非紳士的な行為なんてしなかったのに。僕に紳士失格の烙印を押したいのかな? 困った三派閥代表のレディだ」
「いや、違う」
きっぱり否定された。
いつも通りというか、なんというか。
まあ、いつも通りだ。
「私は、昨日の魔術戦で悔いが残った。
だから誘いに来た。
おまえと決着をつけたい。
……フッ。デートと言えばデートかな? 魔術戦という名のデートだが」
悔い。
悔い、か。
「僕も、悔いがないと言えば嘘になります。
心情的にはすっきりはしてますけどね。出し切ったので」
本気でやって。
全部出したから。
だから、クノンはすっきりしている。
気になる点は、ジオエリオンを巻き込んだこと。
今日は彼の無事を確認する予定である。
「あの魔術戦、私はグレイに任せた部分が多すぎた。それが悔いだ」
「……それは仕方ないと思いますけど」
何せグレイちゃんは、世界一の魔女だ。
クノンたちは負けた。
でも、彼女に一矢報いることはできた、らしい。
偶然でもたまたまでもなんでもいい。
一撃入れることができた。
それだけで充分だ。
負けた結果も含めて、充分だ。
「私と魔術戦は嫌か?」
「いいえ」
クノンは笑った。
「僕はシロト嬢に負けたと思っています。
あなたの壁、自力でやぶれなかったし。
――こんなに早く再戦の機会が来るなんて、昨日から続くこの幸運が怖いくらいです」
拒む理由はない。
クノンはすっきり終わったと思っているが。
強いて残る、悔い。
それこそシロトに負けたことだから。
もし自分がシロトに勝てていれば。
試合展開は、もう少し変わっていたと思う。
ジオエリオンへの負担を、もっと軽減できていたと思う。
シロトに勝てなかった。
だから、サポートとして不十分に働けなかった。
それが悔いだ。
「それはよかった。では行こうか。
場所は……街の外にするか。街中ではできないからな」
「学校の施設は?」
「昨日の今日だ。大勢に捕まるぞ」
「そう、ですね……」
クノンが逆の立場なら、絶対に当事者を捕まえる。
そして話を聞く。
……確かに、学校に行くと、時間が取られるだろう。
「見届け人はどうしましょう?
相打ちになると、最悪二人とも死んじゃいますからね」
――昨日死んでいることを、クノンは知らない。
「ロジー先生かアイオンさんに頼もう」
「そうですね。では行きましょうか、レディ」
「ロジー先生の屋敷まで飛ぶからエスコートはしないぞ。手を引っ込めろ」
クノンとシロトの魔術戦は、ひっそりと行われた。
観客はロジーとアイオンだけ。
そして、約束をした。
この試合のことは誰にも話さない、と。
シロトが負けると、派閥の沽券に拘わる。
仮に勝っても、きっと挑む者が出てくる。
どちらにしても面倒なことになりそうなので、シロトが頼み込んだ。
こうして、年度末の日々は過ぎていった。
◆
親愛なる婚約者様へ
ゆっくりと夏の香りが強くなってきましたね。
陽射しが熱くなってきた今日この頃、いかがお過ごしですか?
いよいよ魔術学校二年目が終わろうとしています。
僕がディラシックにやってきて、もう二年です。
長かったような、短かったような。
過ぎてしまえばあっという間ですが。
でも、振り返ると、たくさんのことがありました。
いくらでも語れそうです。
とても手紙には書ききれません。
また今度会った時に、全部、全部、あなたに直接届けます。
魔術戦を憶えていますよね?
僕が師匠とよくやっていた、あれです。
実は、すごく驚く相手と魔術戦をする機会を得ました。
魔術師なら誰もが羨むような相手とです。
まさか年度末。
二年生最後の時期に、こんな幸運があるとは思いませんでした。
いつかちゃんとお話できたらいいな。
ちょっと頑張り過ぎて同期の女子に怒られたりもしましたが、僕は無事です。
安心してくださいね。
ちなみに同期の女子は、あなたも会ったことがある彼女のことですよ。
それともう一戦。
僕が尊敬する素敵な女性の先輩と、魔術戦をしました。
魔術戦をデートと呼んだ彼女のユーモアにときめきました。
勝負事をデート。
なんだかいいですね。
僕も今度使ってみようと思います。
あ、この話は秘密という約束でした。
後が面倒だから秘密にしてほしいと、彼女が。
しかしながら、僕はあなたに隠すことなどありません。
でも秘密にしてくださいね。
あなたには隠したくないけど、紳士として約束を守らないわけにはいきませんから。
どうか僕を、紳士のままでいさせてください。
近々、一ヵ月ほどの夏季休暇に入ります。
そちらに行くのは、さすがに無理かもしれません。
僕だけ単独で行ければいいのですが。
そういうわけにもいきませんので。
もう少し距離が近ければ。
日帰りできるような距離であれば。
そう願わずにはいられません。
また手紙を書きます。
これから本格的に暑くなりますので、どうかお身体に気を付けて。
あなたのクノン・グリオンより 眩い太陽にあなたの姿を重ねて
追伸
同期の女子が、またあなたに会いたいと言っています。
彼女とも手紙のやり取りをしているのでしょう?
ちょっと嫉妬しちゃいますね。
彼女もきっと、僕に負けないくらい、あなたが好きなのでしょう。
第十二章完です。
お付き合いありがとうございました。
よかったらお気に入りに入れたり入れなかったり入れたりしてみてくださいね!





