459.大爆発の、その後
「――はっ!?」
意識が戻ると同時に、クノンは勢いよく上半身を起こした。
前にもこんなことあったな、と。
そう思いながら。
「魔術戦は終わりました」
濃い緑の香りに気付くとともに。
予想通りの声がやってきた。
そう。
ここは聖女の教室だ。
今回も、彼女の仮眠用のベッドに寝かされていたらしい。
「……ごめんね、セクシーで」
と、クノンは胸を隠した。
三回目だ。
さすがにわかる。
「クノン」
植物を観察していた聖女が、歩み寄ってくる。
「今回は一言いいたいと思います」
「え?」
「自殺行為が好きなのですか? 今度あんな魔術戦をしたら私は助けませんからね」
じっと。
無表情で、じっと、クノンを見詰める聖女。
そこには……なんとなく、何かしらの感情が見える、気がする。
クノンは見えないが。
見える、気がする。
「あの……怒ってる?」
「そうですね。今抱いている感情が怒りだというなら、怒っています」
いつにない聖女の顔である。
いつも通りのはずなのに。
「……すみません」
どうやら、かなり心配を掛けてしまったようだ。
「聞かれる前に答えます」
と、聖女は話し出した。
視線で圧を掛けながら。
「あなたとジオエリオン様は、あの爆発で、ちょっと人の形に見えないくらい爆散しました。
生きているのが不思議なくらいの有様でした。
こうして身体を再生して無事復帰できたのは、もはや奇跡と言えるでしょう。
ちなみにジオエリオン様も無事で、彼は先ほど帰りました。
別の場所でクノンの目覚めを待っていたのですが、門限だそうです」
ジオエリオンも大丈夫のようだ。
まあ、今回は心配していなかったが。
だってグレイちゃんがいたから。
何があっても大丈夫。
たとえ死んでも、どうにかしてくれるだろうと思っていた。
だからこそ、あそこまで無茶ができた。
そうじゃなければ、さすがにやらなかった。
少し無理をするくらいで留めたはずだ。
ジオエリオンは……ちょっと巻き込んでしまった感があるが。
爆発に呑まれたらしい。
彼なら防御もできたと思うのだが――いや。
攻撃に全振りしていたのだろう。
打ち合わせでそう決めていたから。
そう――決めていたことだ。
「レイエス嬢。僕らが爆発した後、どうなった?」
クノンが意識を失った後のことだ。
……聖女の圧が、一段増した気がする。
「爆発しました」
爆発した。
つまり、最後の仕掛けは作動したのか。
「それで?」
「負傷しましたよ。知らないあの子が」
知らないあの子。
クノン。
ジオエリオン。
シロト。
グレイちゃん。
この中で、聖女が知らない子と言えば。
「まさかグレイちゃんが!?」
負傷したのか。
あの世界一の魔女が、クノンの最後の仕掛けで。
◆
上からやってきた大量の水が、爆発した。
とても殺傷性の高い一撃だった。
「クックックッ。やれやれ、無茶をする」
まあ、グレイちゃんが防御したが。
――随分なことをするものだ。
きっとその辺の教師でも危なかっただろう。
防御するだけでも困難だったと思う。
あの爆発。
瞬間的な威力だけなら、弱い上級魔術にさえ匹敵したかもしれない。
完全に殺す気じゃないか。
思わず笑ってしまうくらいに。
「……まあ、こうなるか」
続いていた攻撃が止み。
途端に静かになった試合場には、二人の生徒が倒れていた。
――死んでいる。
クノンとジオエリオンは、黒焦げになって転がっている。
生命活動がない。
それはそうだろう。
あの間近で、ほぼ無防備で、あれだけの爆発が起こったのだ。
無事でいられるわけがない。
「……あの二人、大丈夫か?」
シロトも見てしまったようだ。
黒焦げで転がり、ぴくりともしない二人を。
「大丈夫だよ」
いつかのように。
一瞬だけ「影」に包んで、戻しておく。
これでまた、心臓が動き出した。
あとは医療班がどうにかするだろう。
「楽しかったね。あんまり参考にはならなかったかもしれないけど」
一応、グレイちゃんからすれば。
二級クラスに教えるため。
見本の魔術戦にするつもりだったのだが。
シロトの初手の雷を皮きりに。
極めて殺し合いに近い勝負になってしまった。
まあ、いい。
あまり参考にはならないと思うが、勉強にはなっただろう。
魔術戦の考察。
これは立派な魔術の勉強だ。
時間にすれば、かなり短かったと思う。
しかし見所は多かったはず。
生徒にはぜひ、この一戦を考察してみてほしい。
「――医療班、来てくれ!」
シロトが医療班を呼び。
クノンらに歩み寄ろうとした、その時。
「あ、ダメ!」
グレイちゃんは油断していた。
クノンとジオエリオン。
二人の死亡を確認した、その時から。
まさか。
まさか、地中に。
グレイちゃんたちのすぐ傍、足元に。
水が仕掛けられているなんて、思いもよらなかった。
あまりにも微弱。
グレイちゃんでさえ見逃すほどの、本当に極々わずかな魔力を帯びたそれ。
たぶん、あの爆発を仕掛けている時に。
水の動物たちが、視界や聴覚を封じている時に。
その時に仕掛けたのだろう。
ジオエリオンのせいだ。
目の前で魔力勝負を仕掛けてきた奴のせいで、回りを把握する余裕がなかった。
思ったより強かったから。
この造魔の身体では、多少、抵抗するのに苦労したから。
「……っ」
シロトが踏んだ。
踏んで、作動した瞬間。
膨らむ魔力で気づいた。
飛びつくようにしてシロトを付き飛ばし。
グレイちゃんは、その爆発に呑まれた。
「はっはっはっ! やりおるわ!」
モロに爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされて。
地面を転がったグレイちゃんは。
倒れたまま、笑った。
「グレイ!」
駆け寄ってきたシロトに、「構わん」と返す。
「二種類の違う水。
混ざることで燃えるような熱を帯び、それが引火の種となった。
契機は重さ。
踏むと混ざるようになっていた、か。
憎たらしいトラップを仕掛けてくれたな。
術者が気を失っても残る魔術とは、実に狡猾で容赦がない」
身を起こすグレイちゃん。
焦げた顔の半分が青い火に染まり、元通りの褐色の肌になる。
火による自己修復だ。
「これだから魔術は面白い。なあ、シロト?」
彼女はどこか呆れたような顔で、小さく息を吐いた。
「……シロトお姉ちゃんだろ」
――こうして、二級クラスのテストは終了するのだった。





