457.桁違い
「……っ」
――これはなんだ。
ジオエリオンの違和感は、すぐに焦りに変わった。
初手の雷。
「火種」と「水球」の展開。
そしてクノンが飛んだ。
それからずっと。
ジオエリオンは、生き物を模した「火種」を飛ばし続けている。
蝶と蜂。
鼠。
ウサギ。
動きが異なる火魔術だ。
そしてクノンの補助である「砲魚」が、火を高速で運ぶ。
あの速度域は、火ではなかなか出せない。
この生き物たちは、攻撃だが。
牽制、相手の出方を探る意味も兼ねている。
そう、探る意味もある。
――火が、奪われている。
風で防御された「火種」が奪われる。
己の魔術が自在に動かせない。
青い火となり、相手の傍に留まり続けている。
青い火は、操作を受け付けない。
ジオエリオンの魔力ごと、相手の……見覚えのない少女に、操作を乗っ取られている。
こんな現象があるのか。
二級クラスの魔術戦で、相手の火魔術を奪い取ったことならある。
魔力制御が甘い魔術なら、それくらいはできるのだ。
その延長線上の事象だろう。
しかし、だ。
しっかり操作しているのに、それでも奪われるという事実。
これが何を意味しているのか。
――あの少女は、ジオエリオンより上の魔術師だ、ということだ。
それも桁違いだ。
生徒相手の魔術戦なんて、遊びだと言わんばかりに。
まさに手のひらで弄ばれている気がする。
クノンが太鼓判を押すわけだ。
本当に、思いっきりやっても大丈夫なのだろう。
「フッ」
ならば遠慮はいらない。
魔術戦は短い。
長期戦になることなど稀である。
すぐに決着がついてしまう。
だから、今すぐ。
持てる魔術。
持てる戦術。
ジオエリオンの全てを駆使して。
「――『火炎槍』」
中級魔術「火炎槍」。
個人的には「火種」の上位互換と認識している、火の槍を呼び出す魔術。
形は槍じゃない。
あんな真っすぐしか飛ばない形状では出さない。
鷹。
隼。
百足。
大きさと威力は抑える。
その代わり、数を。
クノンの補助が付けば、また違う変化があるだろう。
――正直、まったく通用する気はしないが。
それほどまでに。
あの少女とは実力差を感じているが。
だが、諦める理由にはならない。
きっとクノンも同じことを考えているだろう。
どこまで通用するか。
実に楽しみだ。
「……ん?」
補助が、止まった?
クノンの補助は生きていた。
見える範囲でも。
見えない範囲でも。
きっとジオエリオンが把握できていないことも、しているはず。
だが、それが止まった。
はっきりわかった。
ふと見上げると。
クノンが乗った「水球」が、大きくバランスを崩していた。
◆
これはまずい!
これは本当にまずい!
クノンは本気で焦っていた。
目前に迫る、広範囲に広がる真空の刃。
この状況を打破する方法は、なんだ。
氷の壁?
いや、初級の氷では防ぎきれない。
全力でやって、刃二つ三つ防げればいい方だ。
順次作る壁より先に、刃の群れがクノンに到達するだろう。
逃げる?
避ける?
いや、無理だ。
真空の刃の効果範囲が広すぎて、逃げ切れない。
それに、今も容赦なくシロトの「風迅」が飛んできている。
クノンが逃げそうな方向にも。
ちゃんと牽制している。
これ以上食らうと、乗っている「水球」から撃ち落とされそうだ。
では。
どうする?
――悩む余地は、ない。
ちょっと早いけど。
もう少し戦いたい気持ちはあるけど。
でも、もう仕掛けるべきだろう。
長引けば長引くほど不利になりそうだ。
現に今、シロトに追い詰められている。
やはり風は速い。
特に、空への攻撃は向いているのだろう。
いや、関係ないか。
地上でも風は強い。
それに地力の差も感じる。
今どうにか逃げられたって、また同じように追い詰められるだろう。
とにかく。
このままでは、何もできないで負けてしまいそうだ。
だったら悩む余地はない。
やるしかないだろう。
――何発行ける?
片腕ずつ。
そして、身体か。
三発だ。
あとはジオエリオンが、どう合わせてくれるか。
きっとそれは、クノンが見ることは叶わない。
まあ元々見えないから、それはいい。
後のことはジオエリオンに任せる。
もっとも信用している彼に。
それだけのことだ。
「――よし!」
クノンは気合を入れた。
ここから先は、ちょっと痛い。
真空の刃に向けて、左手を伸ばす。
雷防止の「水球」を突き抜けて。
「風迅」を連発しているこの状況。
さすがに今、雷は飛んでこないだろう。
「――『大波寄』!」
左手から、大量の水が発生する。
しかし、留める。
放つことなく。
身の丈を大きく超える、「巨大水球」。
真空の刃がそれに触れた瞬間。
クノンが操作して下から持ってきた火の矢が、「巨大水球」を射貫いた。
ドォォォォォォン!
そして、爆発した。
「巨大水球」は液体爆弾だ。
爆発、爆風により、真空の刃を吹き飛ばした。
「――っ」
クノンは声にならない悲鳴を上げる。
熱い。
痛い。
左手が吹き飛んだかもしれない。
だが、いい。
紳士らしく我慢する。
どうせ、すぐに意識は失うことになる。
ほんの少し耐えるだけ。
爆風に弾かれて、クノンの身は下方、地面へと吹き飛ばされる。
――この形は想定内。
――飛んだ時から、こうなると思っていた。
それに合わせて仕込みを済ませてある。
その仕掛けを、発動させる。
そして、魔力の動きで状況を把握する。
ジオエリオンは……攻撃を続けている。
クノンの状況や、空の爆発に動じることなく。
さすがだ。
約束通り、彼は攻撃に集中している。
――さあ、勝負所だ。
◆
クノンが生み出した「巨大水球」が爆発した。
大爆発だ。
この空間ごと揺れるほどの。
渦中にいたクノンは、間違いなく無事ではいられないだろう。
それだけの規模だった。
現に彼は、乗っていた「水球」から振り落とされ。
頭から落下している。
意識があるのかどうか。
疑いたくなるほどの自由落下。
が――
心配する間もなく。
落下するクノンの姿が、消えた。
「まずい!」
シロトは状況を察した。
クノンが消えた。
恐らく、霧による目の錯覚。
探そうと思えば探せるだろうが――きっと、その余裕はない。





