454.彼の推薦
「――もう一戦やろう! 自薦はダメ、推薦で生徒のみ!」
クノンは彼女を知っている。
だが、多くの者には見慣れぬ少女の言葉である。
果たして周囲の反応は……。
「あ、なるほど」
客席にいた何人かが反応している。
全員教師だ。
たぶん、一部の教師は知っているのだろう。
「もう一戦」を要求した、少女の正体を。
グレイちゃんの中身を。
慌てた教師が、何も知らない試合場の教師に駆け寄る。
そして何事か告げて、顔色を変えて。
「もう一戦やります! 推薦で生徒代表を選んでください!」
審判を務めていた教師が声を上げた。
突然の展開にざわめきが広がる。
戸惑う者も多いが。
「え、すごい、こんな展開あるんだ」
クノンは歓喜に震えていた。
グレイちゃんの正体を知っているから。
そして、これは彼女が魔術戦をやる流れだ。
しかも二対二なんて変則ルールで、だ。
まさか普通の一対一なんてやらないだろう。
あのグレイ・ルーヴァが、魔術戦を行う。
どんな大金を積んでも叶わない、夢のような展開だ。
前で見なければ。
最前列で見なければ。
見えなくても見てやる。
絶対に、一つの魔術さえも見逃してはならない。
「あ、クノン君!? クノン君!?」
今は、ジェニエの必死な声も、耳に入らない。
――代わりに、彼女の師サトリがずんずん近づいてきていた。
だから、大丈夫である。
これが終わった後は、わからないが。
◆
「……」
客席にいた一人に、多くの視線が集まっていた。
「ジオ様、どうする?」
横にいる護衛兼友人のガスイースが囁く。
「こうなると断りづらいでありますね」
と、逆隣にいるイルヒも囁く。
「……」
囁かれたジオエリオンは、小さく溜息を吐いた。
推薦だ。
無言の推薦の意思が集まっている。
二級クラス序列一位の狂炎王子に。
――興味がない、とは言わない。
二対二の魔術戦は、思ったより面白かった。
奥深さを感じたし、やってみたいとも思う。
思うが……。
あの褐色肌の少女は、見たことがない。
「彼女は誰だ? 知っているか?」
護衛兼友人たちは、首を横に振る。
ジオエリオンも知らない。
だから、恐らく二級クラスではない。
その上、教師たちを動かすだけの何かがあるのだろう。
そうじゃなければ、認められるはずがない。
ならば只者ではない、はず。
ただ。
「俺は彼女と魔術戦をするのか?」
恐らくそうなのだろう。
「よく知らない人に魔術を向けるのは抵抗がある」
魔術師がどうとか。
魔術都市の法律がどうとか。
そんなことではなく、人としての道徳と倫理観である。
魔術を人に向けてはいけない。
知らない相手なら猶更だ。
「ではやめるか?」
「我々はジオ様の意思を最優先するであります」
友人たちが気を遣っている。
「――そうもいかないだろう。行ってくる」
と、ジオエリオンは歩き出した。
気が進まない。
だが、そうも言っていられない。
これはきっと避けられない指名だ。
教師たちも動いているし。
「もう一戦」を所望した、見慣れない彼女もこちらを見ている。
見つかった以上、もう避けられない。
――こうなったら、彼女に怪我をさせないよう気を付けるしかないだろう。
試合場の中央。
教師たちと、最後の試合をした生徒たちと、見知らぬ彼女と。
「失礼」
現状、挨拶できる雰囲気にない聖女レイエスにそれだけ言い。
ジオエリオンが渦中に加わった。
「異論がなければ俺が出ます」
教師たちにも、生徒からも、文句はないようだ。
「それで、どうするのですか?」
問うと、見知らぬ彼女が答えた。
「そこの人と組んで」
と、水クラスの二年生アゼルを指差す。
「二対二では、誰よりも頭半分くらいは飛び抜けてたから。実力的に合うと思う」
「わかった」
文句はない。
アゼルの実力はよく知っている。
何度も魔術戦をしているので、手の内もだいたいわかる。
――さっきの二対二の魔術戦も、目を見張るものがあった。
中級魔術を同時に十。
少々込める魔力は弱めて、分散・操作に特化させていたようだが。
それでも充分いい腕だ。
「いや。ダメです先輩」
だが、アゼル本人が拒否した。
「私は魔力を使い過ぎました。万全ではありません」
それは納得できる。
あれだけ中級魔術を使えば、当然だろう。
むしろ。
今平然と立っていることの方が驚異的だ。
顔色も普段通りだし。
無理をしている様子もないし。
魔力量だけ取れば、ジオエリオンより彼の方が、よっぽど多いのかもしれない。
「それに、あなたの相方は他にいるでしょう」
「……」
誰だ、とは、言わない。
別に隠す必要も関係だ。
誰にバレていたって構わない。
……というか、そんなに有名なのか、と、思わなくもない。
「私の推薦でいいかな?」
アゼルが問うと、彼女は「もちろんいいよ」と頷き、続けた。
「でも君より強くない生徒なら認めないよ」
なぜだろう。
彼女はなかなか無茶を言っている気がするのに、言い返す気力がわかない。
なぜだか逆らえない。
まるで、彼女の我儘は全部通るのではないか。
そんな妄想さえしてしまう。
不思議な少女だ。
「その点は大丈夫だ。同い年で同じ属性だが、私よりはるかに強い」
そうしてアゼルは、首を巡らし。
彼の名を呼んだ。
「――クノン・グリオン! 私は君を推薦する!」
言うなり、踵を返して歩き出す。
「私はあなたの隣ではなく、向かいにいたい」
擦れ違いにそう言い残して。





