453.もう一戦
二対二の対抗戦は、早くも最後の組み合わせとなった。
希望者だけ。
その括りのせいで、そもそも参加人数が少なかった。
大半の客席にいる者たちが、「実に惜しい」と思っている。
まだまだ見たいのだろう。
クノンも同意見だ。
残り半分は「自分もやってみたい」だ。
きっと魔術の新たな可能性を感じたのだろう。
クノンも同意見である。
もちろん両方兼ねている者も多い。
クノンがそうだから。
アゼルの出番は、最後だった。
そして、ここで想定外の組み合わせが来た。
「あ、そうか。こういうパターンもあるのか」
クノンは考えもしなかった。
「両方とも水属性……」
ジェニエも驚いている。
そう。
最後の試合、アゼルと組んでいるのは水属性の生徒。
つまり水と水である。
そして相手は土と風だ。
今のところ最強の組み合わせに思える。
しかも、ベイルとカシスが教えた子たちだ。
手堅い攻防を教えたらしきベイル。
先手必勝を教えたのであろうカシス。
彼らの教えは、確実に生きている。
もっと試合を見たい。
そう思うくらいに、興味深い仕上がりである。
「――クノン君、これってどう思う?」
ジェニエがこそっと耳打ちする。
「――面白いですね。
水の可能性を水で拡大する、そう考えるとこの組み合わせも充分ありです。非常に興味深い」
クノンもこそっと答えておく。
なんか気の利いた紳士らしいセリフも考えたが。
うまく頭が働かない。
水と水。
面白い組み合わせだ。
同じ属性なら、お互い知っている。
水で何ができるかを。
ならば合わせることも難しくないはず。
「いいですか?
水と水の組み合わせ……それは水の可能性を拡大するかもしれない、非常に興味深い組み合わせです。
しっかり見ておいてくださいね。
あ、質問はクノン君にお願いします。全部この子に聞いてくださいね」
横でジェニエが教師らしいことを言っているが、構うまい。
だって今もサトリが見ているから。
真顔で。
心なしかちょっと近くに寄ってきている気もするし。
でも、今はそれにも関心が向かない。
「水と水か。何をするんだろ」
クノンの意識は、これから行われる魔術戦で一杯だった。
「――試合、開始!」
水と水。
土と風。
少々偏りがある組み合わせのコンビ戦が始まった。
初手、土壁が発生する。
これは鉄板の動きだ。
目隠しであり、防御用の壁であり。
そして攻撃でもある。
「『風牙王』!」
壁ができあがると同時に、突風が壁を破壊した。
固めた土を巻き込んで。
巨大な風の塊が、アゼルたちを強襲する。
と――
ボン!
水しぶきが弾けた。
「風牙王」を消し飛ばすように。
「水圧弾」。
水を圧縮して放つ中級魔術で、通称水爆弾だ。
アゼルの得意な魔術である。
しかも――
「連発だ!」
誰かが叫び、どよめきが上がる。
そう、連発だ。
見た目は大きめの「水球」だが、あれは中級魔術。
使用されている魔力量が多い。
そうそう連続で放てるものではない。
だが。
さすがは三ツ星。
豊富な魔力量を誇るアゼルは、十発もの「水圧弾」を放った。
速度はあまりない。
だから、当然迎撃されるが――
「あ、すごい!」
クノンは声を上げた。
迎撃の土つぶてや風が飛ぶ。
それを、水爆弾が避けたのだ。
アゼルが制御している証拠だ。
十発もの中級魔術を、完全にコントロールしている。
そして、
「『砲魚』!」
水爆弾を守るように、アゼルの相方が放水を開始する。
何本もの直線に飛ぶ水。
邪魔なものを撃ち落としたり、軌道を変えたりする。
そう、機動を変えたりする。
放水が当たった水爆弾。
それが直角に軌道を変えるのだ。
まるで水に弾かれたかのように。
水爆弾は、物質が当たると爆発する。
しかし、水が触れる分には、爆発しなかった。
恐らくこれも、アゼルのコントロールの賜物だろう。
水爆弾は、物質に触れれば爆発するのだ。
たとえ水でも。
水は物質だから。
――だが、手数が違う。
アゼルは水爆弾の制御で必死。
相方の放水は一人。
対する相手は、二人掛かりで迎撃体勢に入っている。
どうしても手が足りない。
どうしても撃ち落とせず、避けられず、三つの水爆弾が落とされた。
――さあどうする。
ここまでは読める展開だ。
アゼルは、ここからどうする。
「ちょっ、なんで!? なんで!?」
「待った待った待った!」
目前まで迫った水爆弾に対し、相手側が焦り出した。
風が当たっている。
土くれが当たっている。
確かに当たっている。
にも拘わらず、水爆弾が撃ち落とせない。
「……なるほどな」
水爆弾の色が、少しだけ変わった。
魔力の動きで見分けているクノンは、気付くのが遅れたが。
あれは、そう。
水爆弾の表面を凍らせた。
それが盾となり、爆発させるほどの圧を掛けることができない。
もっと強いのを当てないといけないのだろう。
だが、相手は驚いて動揺している。
強めのを当てる、という意識が働かないくらいに。
それはそうだ。
直前で、水爆弾が軌道を変える様を見ている。
水爆弾が避ける。
ならば、狙い撃ちするより数を出して――
とにかく何か一つ当たればいいから、手数を優先した。
それが阻まれた。
なぜだ。
原因がわからない。
わからないまま、もう近くまで来ている。
爆発させたら。
魔法陣に影響が出る距離まで。
あれは、アゼルの相方の仕業だ。
事前に打ち合わせしたのかどうかはわからないが。
でも、できるだろう。
水と水同士なら。
できることがわかっているから。
撃ち落とせない水爆弾が、ついに魔法陣に触れ。
大爆発を起こした。
「――ああ、面白かった!」
これで対抗戦は終わりだ。
ラディア、デュオ。
そしてアゼル。
クノンの教え子たちは、如何なく実力を発揮して見せた。
いや、クノンだけじゃない。
育成計画に拘わった三人ともが、成果を実感していることだろう。
教えたら、伸びた。
これが結果だ。
まあ伸びしろばかりの素材だった、というのも大きいだろう。
二級クラスの序列上位という話だし。
二級の上位は、特級でも通用する。
クノンじゃなくても、多くの者がこの結論に至るだろう。
ぜひとも特級まで来てほしいものだ。
「――クノン君、最後の試合の解説を! 早く!」
ジェニエに言われて、振り返る……その前に。
「あれ?」
クノンの意識は、また試合が行われたそこに吸い込まれた。
そこには、今試合を終えたアゼルたちと
教師と。
それと、医療班として参加しているらしい光の教師スレヤと聖女レイエスがいて。
そこに、いた。
気が付けば。
きっと誰もがいつ来たのかわからない間に。
そこにいた。
「グレイちゃん?」
褐色の肌の、同年代くらいに見える女の子。
クノンにとっては最近まで毎日一緒にいた、仮の姿の世界一の魔女。
グレイ・ルーヴァだ。
アゼルたちも、気が付けばすぐ傍らにいた女の子に驚いている。
不意に現れた彼女に気づいた者が、首を傾げる中。
「――もう一戦やろう! 自薦はダメ、推薦で生徒のみ!」
彼女は大きな声でそう言った。





