452.師の要請
25/04/20 修正しました。
「――ん? おいクノン、呼んでるぞ」
「え?」
今、ラディア側の勝利が決した。
土魔術師が泥山を作り。
それが相手側に倒れて、潰されて、勝負ありだ。
魔術を阻害され、使用不可能になっていた。
その状態では成す術もなかった。
……で、だ。
「なんですかベイル先輩?」
ラディアの、あの霧。
あれをどう防ぐか考えていたクノンは、ベイルの言葉を認識できなかった。
あれはかなり厄介だ。
使用している魔力量が多い。
ゆえに、クノンが水を乗っ取って操作することは難しい。
やはり逃げるしかないか、それとも……いや、待て。
また思考に没頭しそうになったが。
ベイルの話が先だ。
「メガネの先生が呼んでるぞ。あそこ」
「え?」
メガネの先生?
メガネの先生と言えば――
「ちょっと行ってきます!」
離れた観客席から、こっちを見ているメガネの女性。
クノンが顔を向けると手を振った。
間違いない。
あの可憐なメガネは、間違いない。
師ジェニエが呼んでいる!
「――ごめんクノン君ちょっと待って!」
軽快に移動したクノンは、挨拶する間もなく、両肩を掴まれた。
「クノン君、いい? よく聞いてね。
私は今三級クラスの教師であり、生徒に魔術戦の説明と解説をする義務を負っています。でも私の知識ではそこそこしかわかりません。あとは言わなくてもわかりますね? わかると言ってください。お願いだから言って」
小声で訴えられた。
すごく必死に。
のしかかるような積極性。
肩に食い込む指先の力強さ。
なんという圧。
抗えない力を感じる。
「え、えっと……僕が説明すればいいんですか?」
確かに、ジェニエは生徒と一緒にいた。
十人くらいだろうか。
三級クラスも見学に来ていたらしい。
「私の顔を立てる形でお願い。ただでさえ回りに教師がたくさんいる上にサトリ先生も来てる。ここでは失敗できないの。ほんとお願い。お礼とかちゃんとするからお願いします。今後クノン様とは敬語で話すと約束しますから」
彼女も準教師だ。
相応のプライドだってあるだろう。
教師としても。
魔術師としても。
それをかなぐり捨ててでも――。
今、そういう状況らしい。
「わ、わかりました。気を遣って話しますから。
大丈夫、落ち着いて。僕は先生の味方です。あと敬語はやめてくださいね。僕と先生の仲なのに距離を感じますから」
「本当に? 大丈夫よね? 悪戯な心で私を弄んだりしないよね?」
弄ぶ。
悪戯な心で。
まあ、あれだ。
よくサトリにからかわれているせいで、疑心暗鬼の芽が出てしまったのだろう。
「大丈夫ですから」
呼ばれた理由はわかったし、ジェニエの意向もわかった。
二対二の魔術戦。
クノンも見たことがない形式だ。
満足に説明できるかどうかはわからないが。
まあ、手伝えることがあるなら、手伝うだけだ。
密約を交わした後。
振り返るジェニエの表情は、自信満々だった。
「あまりにも興味深い魔術戦なので、先生は記録を残すことを優先したいと思います。
試合に関する質問はこちらのクノン君が請け負います。
もう全部この子に質問してくださいね」
こうまで丸投げされるとは思わなかったが。
まあ、いい。
「クノンです。よろしくね」
知っている顔はいない。
以前三級クラスに顔を出した時とは、全員違うようだ。
学年が違うのか、それとも別の理由があるのか。
「はい!」
と、何人かが挙手した。
魔術に対する意欲が強い。
彼らもきっと、これからぐんぐん伸びていくのだろう。
「――なぜ火属性の人は魔術を使わなかったんですか!?」
「霧の魔術で妨害されていたからだよ。
原理で言うと、魔術師が描く紋章。
簡略化されることもあるし、発生がわからないほど早いこともある。
けど、魔術を使うなら必ず描くんだ。
でも魔力を帯びた霧が、それを邪魔していた。そんな感じかな」
へえー、と。
三級クラスの生徒たちは感心しきりだ。
ジェニエも「なるほど……」と呟いてメモしていた。
「防御魔法陣は効果がなかったんですか?」
鋭い質問も飛んでくる。
「使用された魔力量が弱かった。
攻撃用の魔術と認識されないくらいにね。
だからすり抜けたんだよ。
でも、あの霧自体は中級魔術だから、使用する魔力は多いんだよね。
でも、広げて薄くした。
そして少しずつすり抜けていった。
相手からすれば驚くよね。
魔術がすり抜けてくるんだから」
さすがラディアだ、と思うばかりだ。
色々と教えはしたが。
どうすればいいか、は何も言わなかった。
アドバイスはするが。
具体的な解決法などは言わなかった。
結果。
彼女が自分で考えたのが、あれだ。
中級魔術を、決戦用魔法陣に認識させずに、通して見せた。
恐ろしく繊細な魔力操作だ。
嫉妬するほど見事だった。
「あれだけ魔術を広く伸ばされたら、魔力を感じづらくなるから。
局所的に魔力が集まるとわかりやすいんだけどね。
僕らは遠目だから霧がわかった。
でも、近くだと見た目でもわかりづらかったんじゃないかな。
まあ僕は見えないんだけどねアハハ!
今回は、魔法陣をすり抜けてきたからね。
負けた方は相当びっくりしたと思うよ。
土の目くらまし。
水の魔術阻害。
素晴らしい初手での決着だったと思うよ」
へえー! と。
三級クラスの生徒たちは、羨望の眼差しだ。
ジェニエも「そうなんだ……」と、手を止めて呟いている。
――ついでに言うと、決戦用魔法陣の壊し方にもコツがある。
魔力と物質。
この両方の負荷が掛かることで、魔法陣の耐久力が効率よく減る。
今回の土、泥山。
いわば、ただの濁流のようなものである。
この場合。
物質としての重量と、それに魔力を帯びること。
その両方で攻撃判定になった。
たとえ土、ただの泥であっても。
そこに魔力が備われば、立派な攻撃判定となる。
そして、あの決闘用魔法陣。
あれは単発で当てるより、当て続けることで簡単に壊せる。
中級魔術一発より、初級魔術を当て続ける。
この方が耐久力を削れるのだ。
ベイルが教えた二級生徒は、それを知っていたのだろう。
当て続けた泥山は、すぐに魔法陣を破壊した。
この辺は自分で気づくべきなので、説明はしないでおく。
実際に魔法陣に触れることでも。
魔法陣自体の術式を読み解くことでも。
もちろん、こうして観戦することでも見抜くことはできる。
この手の閃きや気付き。
魔術師には大切な要素である。
まあ、それはさておきだ。
「……」
この後、ジェニエは大丈夫だろうか。
少し離れたところから、サトリが見ているんだが。
すごく真面目な顔で。
……まあ、それは自分の力でなんとかしてもらおう。
コンビ戦の進行はゆっくりだった。
クノンたちじゃないが。
他の人たちも、色々と分析しているからだと思う。
――実に面白い。
まず、風の万能感だ。
火でも水でも土でも、風による補助で大きく化ける。
なんというか、速度だろうか。
先んじて試合の主導権を握るのが風なのだと思う。
次に土。
これは元々の使い方でいい。
壁を作る。
ただこれだけのことが本当に優秀だ。
相手を魔術ごと閉じ込めることもできる。
目隠しにもなるし、防御壁にもなる。
そのまま攻撃にも使える。
攻防一体。
そんな言葉が相応しい。
魔法陣があるせいで、術者はほぼ動けない。
その誓約があるからこそ、余計に厄介なやり方となる。
まあ魔法陣がなければ、地形を変えることもできる。
相手術師の足元にも攻撃ができる。
この辺も土属性の厄介なところだ。
火と水は、まだだ。
まだやり方が確立できていない印象がある。
風で拡張されて効果が上がるが、それだけという感じだ。
「うーん」
ラディアの魔術は見事だった。
が、コンビ戦である必要性はなかったと思う。
なんならラディアだけでも封殺していたかもしれない。
今試合しているデュオも、そんな感じだ。
彼もすごく頑張ったとは思うが。
とにかく、カシスが教えた風属性の女子が、すごい。
デュオの水を運ぶ運ぶ。
拡散する拡散する。
飛沫にする飛沫にする。
超速の風が吹き荒れ、もう何が何やら。
まさに局所的嵐という状態になり、あっという間に魔法陣を破壊してしまった。
相手は何もできずに終わってしまった。
悔いが残る一戦になってしまった、かもしれない。
「……風すごいなぁ」
水を含んだ嵐だけで決着、という感じだが。
実際は、もう少し高度な内容である。
――デュオが出していたのは、低温の水。
――風で運ばれることで、更に水の温度は下がる。
魔法陣内には入れない。
だが、温度は違う。
ほんの短い時だったが、嵐の中心は相当気温が下がっていたことだろう。
風の子がすごかった。
その印象が強いが、デュオもちゃんと仕事をしている。
……というか、アレか。
アレがカシスが教えた必勝法だろうか。
有無を言わさず嵐で巻く。
そういうやつだろうか。
――なんにせよ、あれはあれで結構厄介だと思う。





