451.二対二
対抗戦前半は、順調に消化された。
「この辺はあんまり見所がねぇんだよな」
「結局魔術を放つだけ、という戦法が多いですからね」
「惜しいな。
魔術の使い方にひとひねり入れるだけで、随分変わると思うんだが――別におまえらのやり方を肯定しているわけじゃない。こっちを見るな」
いつの間にか、揉めていた三派閥代表も加わり。
クノンらは観戦を楽しんだ。
……二級クラスに教えるのを反対したシロトだが、言いたいことはあるようだ。
しかし、まあ、わかる。
魔術を放つだけ。
ひたすら攻撃して決戦用魔法陣を壊すだけ。
そういう試合ばかりだから。
これは魔術戦とは言い難いと、クノンも思う。
ただただ攻撃するのではなく。
攻撃と防御を織り交ぜるだけで、色々と戦法が広がる。
魔術が弱かったり。
魔力量が少なかったり。
習得している魔術が、手札が少なかったり。
そういう、力任せに戦えない魔術師こそ、魔術戦を考えてほしい。
もし力任せになるなら。
クノンはとても弱いだろう。
きっとアゼルたちにも勝てないと思う。
だからこそ戦法を……とは思うものの。
でもきっと、二級クラスでは結論が出ているのだろう。
ひたすら攻撃しろ、と。
とにかく攻撃しろ、と。
それが勝利への最短ルートだ、と。
「やる気の問題もあると思うけどね」
カシスがつまらなそうにぼやく。
それもありそうだ。
魔術戦に対するやる気や情熱がない。
だからこういう形で落ち着いた。
こればっかりは仕方ないだろう。
魔術に求めるもの。
本人の性格。
そういうのも、大いに関係するだろう。
中には、ちゃんと魔術戦をやっている生徒もいるから。
攻撃と防御を織り交ぜて。
魔術を使う順番やタイミング等、しっかり考えて。
そういう生徒は、やはり。
魔術の使い方が窮屈そうに感じられる。
きっと魔法陣が邪魔になっているのだろう。
あれは魔術戦に慣れてくると、邪魔になるから。
あまり大きく動けない。
魔法陣の中にいないといけないから。
これは存外大きなデメリットなのだ。
先に聞いていた通り。
「終わったみたいだな」
試験としての対抗戦は、すぐに終わった。
「いよいよだな」
シロトが呟く。
「自分で提案しておいてなんだが、私も楽しみにしていた」
二対二。
誰かと魔術を合わせて戦う、変わった形の魔術戦。
今観客席にいる者は、それを見に来たのだ。
「言われてみると単純だが、確かにやったことはないんだよな」
そんなオレアモの感想は。
多くの魔術師と同じものだと思う。
魔術師は、個人で完結している。
ほかの魔術師と力を合わせるとか。
魔術を合わせるとか。
そういう意識を持つ者は、少ないのだと思う。
クノンもそうだ。
誰かと協力はする。
でも誰かを頼り切ることはないし、当てにしすぎることもない。
いつか教師サトリが言っていた通りだ。
魔術は自己研鑽。
そこに誰かは、たぶん必要ない。
自分と向き合い、鍛える。
それ以外で上達する方法は、きっとないから。
ただし。
新しいことや新しい刺激には、飢えているとは思うが。
その好奇心こそが、この場なのだと思う。
対抗戦に挑む二級生徒も。
観客席にいる者たちも。
知らないことを知りたいという欲求で、ここに集まったのだ。
「――あ、始まるみたいね」
カシスの言う通り、動きがあった。
多くの二級生徒たちが、観客席へ移動し始めたのだ。
残ったのは、二十六名ほど。
二対二対抗戦の希望者たちだろう。
アゼルたちも。
ベイルらが教えた生徒も残っている。
「カシス先輩、あれって何やってるんですか?」
残った生徒と教師が何かしている。
それはわかるのだが。
だが、クノンには詳細がわからない。
「くじ引きかな? 組み合わせを決めてるっぽいね」
「あ、そうか」
誰と誰が組んで。
誰と誰が戦うのか。
「こっちもランダムで決めるんですね」
希望者は、属性も学年もバラバラである。
さて、どんな組み合わせになるか。
属性によっては、有利不利もあるかもしれない。
まあ、現段階では誰にもわからないが。
組み合わせが決まった。
試合数が少ないので、一つずつやっていくらしい。
最初の試合には、ラディアが出た。
実に見事な巻き毛である。
「シロト嬢」
「ん? なんだ?」
「あの巻き毛の彼女、僕が教えたんですよ。どうです? すごい綺麗な巻き毛でしょう?」
「ああ、綺麗だな。髪の巻き方でも教えたのか?」
「組んでるのは俺が教えた奴だな」
ベイルが教えたなら、土魔術師か。
水と土。
自分と師ゼオンリーのようだ、とクノンは思った。
――まあ、正直、アレだ。
「水と火以外は、結構相性が良さそうっていうのが僕らの結論なんですよ」
ベイル、オレアモ、カシス、そしてクノン。
急遽決まったコンビ戦に対し。
四人で意見を交わし、すり合わせた結果。
水と火。
この組み合わせ以外はだいたい強い、という結論が出た。
「つまり僕とシロト嬢の相性はいいってことです。素晴らしいことですね」
「風はどの属性とも合わせやすいと私は思っている」
まあ、クノンもそう思うが。
「それで? 水と火の相性が悪いという根拠は?」
「水と火は、ちょっとぶつかっちゃうんですよね。
他の属性は邪魔しないんですが」
「ああ、なるほど。そうだな」
シロトは頷き、クノンを見て笑った。
「風としては、それくらい単純だったらいいのに、と思わなくもないがな」
水と火は相性が悪い。
でも、それはある一定のレベルまで。
――合わせるのがクノンなら関係ないだろう、と。
暗にシロトはそう言っている。
例の開発実験の時に見た、あの大爆発。
あれを起こした張本人が「相性悪い」なんて、冗談にもならない。
あれこそ火との相性の良さを現していると思う。
驚異的なほどに。
きっとクノンも、その可能性に気づくだろう。
すぐにでも。
「――試合、開始!」
そんな話をしていると、注目の魔術戦が始まってしまった。
ラディアがいる、水と土。
相手は火と土だ。
「――『砂上下』!」
どちらかの土魔術師が叫んだ。
が、どちらも同じことをした。
「砂上下」。
土を出したり、地面を盛り上げたり下げたりする基礎魔術だ。
盛り上がる土による壁の形成。
目隠しであり、防御壁でもある。
「あ、終わった」
思わずクノンは呟いた。
「そうですね。勝負あったようです」
ルルォメットも、割と無意識に同意した。
俯瞰で見ているとよくわかる。
まあクノンは見えないが。
しかし。
これは、見えなくても、わかる。
この試合は、ラディアが支配した。
「初手で決着だったな」
ベイルも、というか。
近くにいる者たちは皆わかっているようだ。
そう。
初手だ。
初手の「砂上下」と同時に。
ラディアの霧……「水霧」が、頭上一帯に展開された。
それで終わりだ。
「――え、あれ!?」
火属性の生徒が戸惑っている。
それはそうだろう。
きっと、火魔術が出ないのだ。
遠くで見るとわかる。
展開された霧が静かに降り注ぎ――相手の魔術に干渉している。
正確には、魔力の動きに。
あまりにも静かに降り注ぐ霧。
たぶん近くで見ると気付かないくらい、細かい水なのだろう。
「――はっ!?」
相手が気づいた。
頭上に広がる霧に。
だが、もう遅い。
魔術が使えない以上、もう戦えない。
「あんな使い方かぁ……いいなぁ」
静かに浸食し。
だが、隙あらば一気に。
ラディアの霧は中級魔術だ。
クノンが再現するものとは、比べ物にならないくらいの魔力が込められている。
相手の魔術を阻害できる。
それくらい強力なのか。
魔力量の差か。
羨ましい限りである。





