450.ぞろぞろやってきた
「やってくれたな、シロト」
「なんだおまえら。文句があるのか?」
「文句はありませんが、文句を言いたいのです」
先にいたシロトを見つけるなり。
こちらの代表二人が、文句を言いに行ってしまった。
対抗戦の場所は、クノンも来たことがあった。
奇しくもというか、なんというか。
以前、狂炎王子ことジオエリオンと戦った、あの場所だ。
まあ、今回は観客席にいるが。
出場しないから。
ここは訓練室、という扱いでいいらしい。
「意見が合わなかった以上、各々が最善と思われる道を目指す。その結果だ」
「わかってる」
「でも文句は言いたいのです」
さすがシロト、というべきか。
三派閥代表というべきか。
ベイル、ルルォメット、そしてシロト。
それぞれの主張が噛み合わなかった場合。
自分のやりたいようにやる。
誰もが引かずに。
派閥は、元は互助会だという。
つまりこの対立関係。
これこそが、派閥の原則であり根本なのだろう。
実力。
合理。
調和。
二級クラスに拘わること。
今回は「実力」と「合理」が同じ意見で。
「調和」だけが違った。
多数決では決まらないところが、互助会なのだろう。
厳密に言うと、過程は「実力」と「合理」。
だが結果は「調和」が左右した。
三方が、勝ったとも負けたとも言えるのかもしれない。
どこも全てが思い通りには進んでいないから。
まあ、なんだ。
代表たちの小競り合いは放っておくとして。
「クノン君、前行こうよ前」
「あ、はい」
カシスに返事をしつつ、クノンは手を差し出す。
「エスコートを頼んでも?」
「ん? 私か?」
クノンは間に合わなかった。
カシスはもういなかった。
とっくに、さっさと行ってしまっていた。
手を差し出した先にいたのは、オレアモだ。
「いいぞ。ほら捕まれ」
「あ…………はい」
こっちも間に合わなかった。
手を掴まれてしまった。
断る間もなく、引っ込める間もなく。
オレアモの善意。
それはとても紳士的である。
同じ紳士として、クノンは拒否などできるわけもなく。
高ぶっていた気持ちがちょっと落ち込んだりもしつつ、前へ移動した。
最初はまばらだった観客席だが。
どんどん人がやってきた。
特級生が主で、知り合いばかりだったが。
見覚えのない人物も多い。
教師や準教師の姿もたくさんいる。
年齢的に生徒っぽい人物も少なくない。
特級生なら、だいたい会ったことがあると思うのだが。
どうにもまだ知らない人も多いようだ。
「朝早くから集まるもんだね」
「そうだな。特級生の朝は昼くらいだからな」
カシスとオレアモのやり取りは、非常に特級生らしいものだ。
朝である。
多くの者が、もう働き出している時間である。
でも、特級生としては違う。
今はかなりの早朝になる。
眠そうな顔も多い。
なんなら徹夜して、そのまま来ている者もいるだろう。
半端に寝たら起きられないから。
クノンや聖女のように。
朝の定時に学校へ来る者は、少数派なのだ。
そんなこんなで。
知った顔や知らない顔が増えて行く中。
ついに、二級クラスの生徒たちがぞろぞろ入ってきた。
そして客席を見て驚いていた。
もしかしたら。
対抗戦が公開されることは、聞いていなかったのかもしれない。
いや。
聞いていても驚くほど、人が集まっているのかもしれない。
特級生はおろか。
教師たちもたくさん来ているから。
「最初は例年通りかな」
「そうだと思う」
「例年通り?」
カシスとオレアモは、対抗戦の見学は初めてではないのだろう。
だが、クノンは初めてだ。
「この紳士にも教えていただけますか? レディ」
「あ、狂炎王子! ……ああ、いつ見てもイイ男……皇子じゃなければぁ」
タイミングの妙というやつか。
クノンの声は、カシスには届かなかったようだ。
彼女はやってきたジオエリオンに、熱い視線を向けている。
やたらくねくねしながら。
「この対抗戦も、試験の一環なんだ」
無視された形のクノンに。
紳士なオレアモが説明してくれた。
彼の優しさが心に沁みる。
「知っての通り、二級には魔術戦の授業があるからな。
この対抗戦で成果を見るわけだ。
全員が一回ずつ魔術戦を行い、教師はそれに点数をつける。
――それで、私たちの目的は、その後になるんじゃないかと予想している」
試験的な魔術戦をこなして。
それから、二対二の魔術戦を行う。
後者は希望者のみの参加だから、まあ、そうなるだろうか。
つまり、今すぐはやらないということか。
だが、皆が朝から来ているのは。
その予想が合っているかどうかわからないから、だろう。
「魔術戦は長引くことが少ないから、試験はすぐに終わると思う」
「あ、そうですね」
魔術戦は、短時間で決着がつく。
クノンが思うより、消化は早いのかもしれない。
対抗戦が始まった。
一対一で、決戦用魔法陣の中に入り、魔術を打ち合う。
強い魔術が魔法陣に当たる。
壊れたら終わりだ。
「へえ」
そういえば。
人の魔術戦を見るのは、これが初めてかもしれない。
まあ、見えないが。
「なんかすごいな……」
クノンの目の前で繰り広げられる、遠慮のない打ち合い。
防御や回避を考えなくていい。
だからこそ、とにかく手数を多く出す、というのが主流らしい。
魔法陣の耐久力を削るために、魔術を連打すると。
こうなるのか、とクノンは思った。
師ゼオンリーと行っていた魔術戦を思い出す。
クノンらは、こういう感じにはならなかったから。
あの当時、決戦用魔法陣は敷いていた。
当然、安全のためだ。
まあ、ゼオンリーの以降ではなく。
同行していた騎士ダリオ・サンズの意向ではあったが。
ゼオンリーは、決戦用魔法陣があまり好きではなさそうだった。
「実戦には魔法陣なんてねぇんだ。実戦に近づけてやらねぇと、いざって時役に立たねぇだろ」と。
そう言って、妥協案として変則的なルールを作った。
それが、魔法陣に魔術が当たったら負け、というものだ。
相手の魔術は、魔術で防御する。
防御しつつ、攻撃もする。
攻撃をしつつ、ゼオンリーの攻撃も防ぐ。
幼少のクノンには、かなり難しいことだった。
まあ、慣れたが。
おかげさまで上達はしたと思うが。
「あれ?」
三グループに分かれて魔術戦を行う。
対戦相手は、学年こそ同じだが。
属性は揃えないらしい。
なんでも、完全にランダムで決めているらしい。
その中の一つ。
「リム?」
確かに、教師に呼ばれて前に出たのは、三級クラスで会った彼女だ。
これは二級クラスのイベントだ。
彼女がいるわけがない。
そもそも彼女は学校をやめると……と。
そこまで考えて、クノンは察した。
そうだ。
彼女はやめなかったのだ。
それどころか、三級から二級に上がったのだ。
――嬉しかった。
魔術を棄てなかったことが。
可能性を投げなかったことが。
とても嬉しかった。





