445.荒れる準教師たち
「教師方にも色々あるものですね、ベイル」
「そうだな」
報告会七日目。
この道端での集いも、今日で終わりとなる。
育成計画も大詰めだ。
大詰めだけに、突っ込んだ内容は話せない。
その代わり。
昨日会った教師たちの話はできる。
育成計画に参加した四人と。
発案のルルォメット。
昨日、特級クラスには珍しい大所帯で、職員詰め所へ向かったのだ。
そこで、少しばかり衝撃的な体験をしてしまった。
昨日の内に話したいことでもあったが。
思った以上に申請に時間を使ってしまったので、すぐに解散したのである。
そして今日だ。
「教師にも人間関係くらいあるよな、やっぱ」
ベイルの言葉には納得せざるを得ない。
そうだ。
教師たちだって人間で。
集団生活をする以上、人間関係は切っても切り離せない要素である。
「少し確認していいですか?」
と、クノンは皆の視線を集めた。
「二級クラスと三級クラスは、準教師という正式採用ではない人たちが担当……えっと、受け持ってるというか、授業をしているんですよね?」
「八割くらいじゃないか? なあルル」
「ええ。正式採用されている教師も教鞭を執っていますよ。数は多くないですが」
なるほど。
だから八割か。
「その辺のこと、私も知らないなぁ」
カシスも二級三級のことはよく知らないらしい。
「でも、昨日ので半分くらいはわかった気がするけど。
二級クラスって先生たちまで荒れてるのね」
――そう、二級クラスは教師も荒れていた。
「二級クラスが荒れ始める。
その結果、生徒たちに序列ができる」
オレアモが推測を話し出し、ルルォメットがそれを引き継ぐ。
「その序列が、そのまま教師たちの評価となり。
その評価のせいで、教師たちにも上下関係ができる」
そしてベイルが、なんとも言えない微妙な顔で締めた。
「で、人間関係が荒れている……と」
そう、そんな感じだろう。
詰め所は非常にギスギスしていた。
誰かが何か言えば睨み合い、嫌味を言ったり言われたり。
子供か、ってくらいに。
対抗意識をむき出しにしていた。
もつれにもつれた人間関係の糸が、目に見えそうなくらいだった。
まあ、仮に具現化していても。
クノンには見えないが。
「でもまあ、わからなくもないですね」
クノン的には、ここにいる五人も。
睨み合い、評価を不服と考える準教師たちと、重なっていたと思う。
「要するにあの人たちも、自分の教え子が自慢で、応援しているってことでしょう」
生徒たちの序列が決まるということは。
生徒たちの優劣が付いている、ということだ。
教えている教師からしたら、複雑だろう。
自分の教え子が劣っていると、はっきりしてしまうのだから。
受け入れがたい、とも思うかもしれない。
だって生徒は諦めていないから。
アゼルたちは強くなろう、強くなりたいと足掻いているから。
だったら教師だって諦められないだろう。
序列ができた教師同士で仲良く、は難しいかもしれない。
……それに、その前の人間関係も、ありそうだし。
たとえば。
師ゼオンリーを憎む準教師セイフィとか。
教師になる前。
生徒時代のしがらみなども、ありそうな気がする。
「なんだか大人げないな」
身も蓋もないベイルの言葉に、オレアモは言った。
「準教師は若い人が多いですからね。まだまだ血の気が多いんじゃないですか」
まあ、とにかく。
荒れている二級クラス。
この問題は、そう単純ではないのかもしれない。
◆
「――対抗戦? ついさっき同じ説明をしたところだが……」
クノンらが対抗戦見学の申請に来て、帰った直後のこと。
シロトとレイエスは、教師詰め所へやってきた。
二級クラスの校舎にある、四年生の教師詰め所。
中には四名の準教師がいた。
――正規の教師は専用の部屋が与えられるので、ここにいるのは準教師だ。
出入り口から一番近い教師詰め所だから、ここへ来た。
やってきたシロトらの対応をしているのは、火属性担任のレコアである。
燃えるような赤毛が特徴的な女性である。
「今年は防御用魔法陣を使わないと聞きましたが」
その辺の事情を聞きたい、とシロトは要求する。
ちなみにイベント見学の申請に何度か来ているので。
シロトは、ここにいる準教師は全員知っている。
「そうなんだ」
と、レコアは顔をしかめる。
「怪我人が出ると処理が大変なんだが、生徒たちの希望でな。
希望者だけだが、生身で対抗戦を行うことになる。
特別なルールはない。
即死しかねない魔術だけは使うな、くらいのものだ」
なるほど。
「そう言えば、防御用魔法陣を使わないのは何か理由があるのですか?」
レイエスが問うと、レコアはさらりと答えた。
「単純に目標が変わるんだ。
魔法陣を使うなら、魔法陣を壊せば勝ち。
使わないなら、対戦相手を倒す必要がある。
当然後者の方が、やることが多くなる。
多くなるからこそ、戦略や戦術というものを考える必要が出てくる。
もちろん魔術が当たれば怪我もするし、場合によっては大怪我を負うだろう」
「危ないですね」
「うん、危ないんだ。
だが実戦を想定するなら、やっておいて損はない。
実戦では、自分を守る魔法陣なんて存在しない。
ありとなしでは、かなり違うんだよ。別物と言ってもいいくらいにな」
どちらも経験がないレイエスには、実感が湧かない。
そういうものか、と思うだけだ。
そして――これも一度はやっておくべきだろうか、と。
そう考えて、無理だと思った。
光属性は、攻撃魔術が少ないから。
……いや。
結局、魔術は使い方次第、だろうか。
多彩な同期然り。
己の「結界」然り。
「いざという時、きっと役に立つ経験になると思うんだが――」
苦笑するレコラに、
「序列一位は随分余裕っすねぇ!」
と、意外なところから野次が飛んできた。
「あ?」
レコラが野次の方へ顔を向ける。
その先には――ニヤニヤしている男の準教師オディッサ。水属性だ。
いやらしく笑っているが。
その目だけは、実にギラギラとしていて挑発的だ。
――前に会った時はあんな感じじゃなかったのにな、とシロトは思った。
普通の好青年だったと思うのだが。
「なんだオディッサ。何か言いたいことがあるのか、序列三位」
「それは生徒の話っすけどねぇ! 俺とあんたの実力差じゃないっすけどねぇ!」
「――やめないか。生徒の前だぞ」
急に睨み合いを始める二人に。
低い声が特徴的な風の準教師リーダが割り込む。
「「序列四位は黙ってろ」」
「はあ?」
睨み合いに、もう一人加わる。
小柄で、この中では一番年若い土属性のトネは、おろおろし出した。
――どうやら教師たちも荒れているらしい。
空気が悪いとは思っていたが、ここまで露骨だとは。
序列というのは、二級クラスの生徒たちがやっているアレだろう。
魔術戦で強い奴が上とか下とか、そういうやつだろう。
学年ではなく。
きっと属性の序列だろう。
今のトップは、狂炎王子だそうだ。
彼は今三年生だから、四年生担任の彼らには関係ないはずだから。
さてどうするか、と思っているシロトの横で。
「話の続き、いいですか?」
このギスギスした空気をものともしない。
というか、恐らくわかっていないレイエスが言う。
一切物怖じせず、眉一つ動かすことなく。
揉みたい頬をして。
なんというか。
こういう時は、とても頼もしい存在である。
「先生方は、今度の対抗戦の防御魔法陣なしについて、賛成ですか?」
「え? ああ……うん」
レコラは腕を組み、ギスギスした同期たちを一瞥し……溜息を吐いた。
「経験は積んでほしいが、今はダメだと思っている。
……見ての通り、私怨がな。
今やり合うと力加減を誤ってしまいそうだ。
私たちでさえそうなのだ。
直接的に序列を争っている生徒たちの気持ちや意気込みは、相当なものだと思う。
今回のことだけじゃない。
私は、このままだとどんどんエスカレートしていって、いずれ死人さえ出るんじゃないかと心配だよ」
よかった。
教師らしいまともな返答えである。
「……だが、今更中止は無理っしょ」
さっきよりは険が抜けた顔で、オディッサが言う。
そう、対抗戦はもう目の前だ。
今更中止は難しそうだ。
――いい振りだ、とシロトは思った。
「代案を持って来ました」
「え?」
「怪我人が続出しそうな対抗戦に代わる、別の案を持って来ました。
このままエスカレートするとまずい。
それは私も同感です」
現に二級の生徒が、特級生に絡んできているのだ。
シロトはこれを実害だと捉えている。
魔術戦ができない特級生に絡まれでもしたら、それこそ大問題になりかねない。
ここで止めておきたいのだ。
大事になる前に。
賛成する者を否定するつもりはない。
が。
だからといって、黙って受け入れるつもりもない。
「ならば、対抗戦に違う要素を加えてみては?
このまま放置するよりは、何かしらの変化があるかもしれません」





