444.もう一人の代表の暗躍
報告会六日目。
「さすがに話せることが少ねぇな」
ベイル、オレアモ、カシス、クノン。
そして昨日から参加しているルルォメット。
今日も集まってはみたものの。
二級クラス育成計画の終わりが近い今、交わし合える情報がない。
魔術戦の訓練に入っているから。
ここで情報を洩らすわけにはいかない。
「カシス先輩はうまくやれてます?」
「あのさクノン君。ほぼ毎日それ聞いてくるけどさ。もう終わるんだわ。関係がどうだろうと明日で終わりなんだわ。もう気にするタイミングじゃないんだわ」
「それだけあなたを気にしているってことですよ、レディ」
「あーそー。
それなりにうまくやってるわ。香水の趣味だけは合わないけどね」
そう、日程的には明日で終わるのだ。
最初は心配だったカシスの対人関係だが。
結局、問題は起こらなかったらしい。
これまでの情報交換で、各々、それなりの成果があることは判明している。
二級の生徒は当然として。
教える方だって手応えを感じている。
そんなクノンらの成果は、対抗戦で見ることになる。
言わば試験勉強なのだ。
試験を受けてこそ、結果が出るのである。
「代表」
と、オレアモはベイルを見る。
ルルォメットも派閥の代表なので少々ややこしい。
「対抗戦の形式って、今年も大筋は同じなんですか?」
「どうだろうな」
ベイルは考え込む。
「俺が教えてる二級の奴らから、今年の対抗戦は決戦用魔法陣なしでやる、って話は聞いた。
おまえもそれは聞いてるんじゃないか?
逆に言うと、変則的なことをやるから特級にちょっかいを出してきたんだろうぜ。
更なる強さを求めて、な」
クノンも心当たりがある。
同期の聖女レイエスから聞いた話だ。
今年の対抗戦は怪我人が増えそうだから薬を作る、だから協力してほしい、と。
――昨日のアゼルの「水芯剣」を思い出す。
あれを決戦用魔法陣なしで使う?
怪我人どころか死者が出るんじゃなかろうか。
いや、まあ、本人もその辺は考えているだろう。
危険すぎる魔術を考案してしまった、と。
後悔している様子ではあったから。
あれに関しては、出力を調整すればいい。
それだけで何とかなると思う。
高密度に圧縮した水。
圧縮の反動で高速で流動する。
魔力で作られたスペースを。
逃げ場を求める水は、流動し続ける。
これが「水芯剣」。
水剣の原理だ。
アゼルのあれは、魔力を込めすぎた結果。
剣、刃の特性を持った鞭になった。
普通の鞭でさえ扱いが難しいのだ。
それが魔術で、内部構造が複雑で。
かつ使用されている水の量がとんでもなく多い。
ここまで問題が揃うと、まず制御はできないだろう。
だが、込める力を緩めれば、そうでもないはず。
別に切れなくてもいいだろう。
あれだけ長いものを、素早く動かせるなら。
水は重い。
圧縮した水をぶつけるだけでも、充分痛い。
残り日数は少ないが。
アゼルならきっと、対抗戦までに、威力を抑えた水鞭を完成させるだろう。
「四人とも、対抗戦の見学はするのでしょう?
ならば申請するついでに、対抗戦のことを聞くのもいいのでは?」
ルルォメットの案に、四人は頷いた。
わからないなら、わかる人に聞けばいい。
単純な話である。
こうして、クノンらは対抗戦の見学申請へ向かうことになった。
――ここで、誰も予想できない横槍が入るのだが。
ここにいない、もう一人の代表。
二級クラスと拘わることに否を唱えた彼女には、動かない理由はない。
◆
クノンらが報告会に集まり、見学の申請へ向かう頃。
「すごい量の植物だな」
「調和」代表シロトは、聖女レイエスの教室にいた。
「おはようございます、シロト先輩。花の香りに誘われたのでしょう?」
「ん?」
植物に向かって何事かメモを取っていたレイエス。
そんな彼女は、植物から目を離さずに言った。
どこぞの紳士みたいなことを。
「今朝、アカィギュアの花が咲いたのです。
資料によると、一年に数日しか咲かない花で、美しい姿と独特の甘い香りが特徴なのだとか。
どうですこの魅惑の香り。魅惑でしょう?」
確かに、甘い香りがする。
嗅いだことのある香りのようであり。
だが、どこか違う気もする。
というか。
他にもいろんな匂いが、植物の匂いがするので、正直よくわからない。
「これからむしるところです。見るなら今しかないですよ。
なんでも優秀な麻痺毒の原料になるのだとか」
「へえ。毒があるのか」
せっかくなので見せてもらうことにした。
レイエスの隣に立ち、花を見る。
「アカィギュア、だったか?」
「ええ、そうです」
初めて聞く名だし、確かに見たことがない花でもある。
丸く広がる姿はタンポポの花のようだが。
でも、タンポポではないのは、わかる。
しかし、まあ、なんだ。
シロトとしては、レイエスの横顔も気になるが。
――化粧水か、と。
例の「魔道式飛行盤」の件で、あの時レイエスとは会っているが。
個人的な話をする間はなかった。
噂に聞いた、魔法の化粧水。
近くで見ると、こう、肌の透明感が段違いというか。
思わず揉みたくなるほっぺたというか。
すごく揉みたい。
どこがどうと具体的には言えないが。
一味違うのはわかる。
シロトも女である。
最低限ではあるが、美容には気を遣っている。
この効果は気になる。
とにかく揉みたい。
「もしかして私に何か用ですか? 花の香りに誘われてふらりと迷い込んだ罪深くも美しき蝶ではないのですか?」
それはシロトの視線ではなく、ここへ来た用事を問うている。
そうだ。
レイエスの魅惑的な頬を見ている場合ではない。
……若干クノンっぽい発言が気にはなるが、気にしないでおこう。
人間、長く接する相手には、影響を受けてしまうものだ。
得てして似てくるところもある。
……危惧せずにはいられないが、今はいいだろう。
「二級クラスの対抗戦のことは聞いているか?」
「はい。今年は防御用の魔法陣を使わない試合があるらしいですね。
傷薬を依頼されています」
治癒魔術が使える教師が控える予定ではあるが。
教師の魔術は、大怪我用だ。
魔術は、無尽蔵に使えるわけではない。
ここぞという時に使えないでは困る。
だから、軽傷には、レイエスが作る薬を使用するのだ。
「私は怪我人を減らしたいと思っている」
「はい」
「だから協力してほしい」
「…?」
レイエスは手元のメモから視線を外し、シロトを見た。
「それは対抗戦に殴り込みを掛けて全員張り倒す、という意味ですか?」
「いや違う」
それだとシロトが加害者になるだけだ。
怪我人は減らないだろう。
「では先生方を狙って対抗戦ができない状態にする、という意味ですか?」
「違う。物騒なことを言うな」
聖女の口から出ていい言葉ではないだろう。
「申し訳ありません。
怪我人を減らす方法なんて、それしか思いつかなかったもので」
つまりイベントの中止を狙う、という形か。
……確かに、レイエスの案を採用して成功すれば、対抗戦は潰せるだろう。
結果的に、怪我人は減るかもしれない。
本末転倒という言葉がよく似合う、とも思うが。
「でも殴り込みを掛けるわけではないのなら、私はお力になれないのでは?」
「戦いたいのか?」
殴り込み以外でも力になれることはあるだろう。
「大神殿の親しい人に、学生の内にできることは経験しておきなさい、と言われたもので。
生徒同士のケンカや、教師へのお礼参りなど、今しかできないと思いませんか?」
「……」
否定できない面があるのが厄介だな、とシロトは思った。
「違うから。
乱暴なことはしないから。
まず、私の話を聞いてくれないか?」





