443.アゼルの軸となる魔術
「おはようございます、クノン」
報告会、五日目。
いつもの場所へ行くと、いつもと違う顔が混じっていた。
「あ、ルルォメット先輩。おはようございます」
「合理の派閥」代表ルルォメット。
この二級クラス育成計画の元凶、いや、発案者である。
「ベイル先輩とカシス先輩はまだですか?」
ここにいるのは、オレアモとルルォメットの二人だけである。
「まだだな。じき来るだろう」
時間的には、今が丁度のはずなのだが。
まあ、遅れることもあるだろう。
「ルルォメット先輩は様子を見に?」
「ええ。ずっと気になっていましたから」
クノンらに丸投げした、というわけではないようだ。
「厄介事を押し付けて逃げた、とでも思っていましたか?」
「それはないです。
むしろ先輩こそやりたかったんじゃないかな、って思ってました」
ルルォメットは参加しなかったのではない。
参加できないのだ。
本人がどれだけ望んだとしても。
だって二級クラスには闇属性がいないから。
「希少属性の欠点ですね。
同じ属性同士で気軽に語り合えない。寂しいものです」
それは確かに寂しそうだ。
同じ属性同士で話すのは、やはり楽しいし盛り上がるから。
「一応、カシスから毎日報告は聞いていました。
いよいよ育成が大詰めとのことなので、最後くらいは参加しようかと」
大詰め。
そう、確かにそろそろ大詰めだ。
育成期間は、残り二日。
今日と明日の二日になる。
それから丸一日を空けて。
いよいよ二級クラスのイベント、対抗戦となる。
「――そういえば」
いい機会なので、聞いてみることにした。
「二級クラスの試験とかって、見学禁止なんですよね?
でもこっそり見に行くことができるとかなんとか、噂で聞いたことがあるんですが」
「見学できますよ」
「やった! あの噂って本当なんですね!」
これは嬉しい。
もちろんクノンは見に行きたい。見えないけど。
「教師の許可を得て、こっそり覗くという形になります。
二級の生徒には秘密になっているので、言ってはいけませんよ。彼らの集中を欠く要因になりますからね」
ルルォメットの話では。
毎年、結構な人数が見学に行くらしい。
特に狂炎王子。
入学試験から話題になっていた彼は、非常に人気があるとか。
まあジオエリオンの魔術なら見たいよな、とクノンは思った。
見えないが。
「――お、ルルじゃん」
「――おはようございます、代表」
そうこうしていると、ベイルとカシスがやってきた。
「様子を見に来ました。
報告会をするのでしょう? 私に構わずどうぞ」
「はは、羨ましいだろ? ほんとはおまえ、参加したかったんだろ?」
「したかったですね。
ぜひ見たかったんですけどね。
私の教え子が、あなた方の教え子を、完膚なきまでに叩きのめす様を」
「は?」
「あ?」
「……」
「聞き捨てなりませんね」
少しだけクノンもカチンと来た。
言葉こそ出なかったが、「あ?」ってなった。
なるほど。
自分も、魔術師として譲れない部分をつつかれると、聞き流せないらしい。
育成計画に参加している四人。
その四人ともが思っている。
――うちの教え子が最強だ、負けるものか、と。
◆
少々荒れた報告会が終わり。
今日もアゼルの屋敷へとやってきた。
ここから先は、自己研鑽が多くなる。
軸と決めた魔術を中心にして、魔術の構成を組み立てるのだ。
「……届かねぇ……」
「制御を奪われたら致命的だわ……」
そして、それを試す。
略式の魔術戦の体で、クノン相手に放つのだ。
「デュオ、悪くないよ。
でも、もっと早く『砲魚』を使ってね。
一本二本じゃあまり通用しないから、相手を圧倒するような数か、あるいは変わり種が欲しいね。
……今の熟練度では、ちょっと難しいかも。
『砲魚』を磨くより、『砲魚』を活かす他の魔術を考えた方がいいかもね」
やはり時間がネックだ。
魔術を磨くだけの時間が足りない。
「ラディア嬢は、霧の使い方を考えた方がいいかも。
一帯に霧を出す。
それは何の意味があるのか。
相手は当然、出された霧を警戒して、可能であれば払おうとするよね。
そこに意味か、意図か、作戦の布石か。
そういうものがないと、無駄な一手になるんじゃないかな。
魔術戦って速度勝負みたいな面があってね。
相手が魔術を一つ使う間に、可能ならこっちは二つでも三つでも使えるんだ。
無駄な一手は明確な隙になる。
だから、無駄な魔術は極力控えるべきだよ。
とりあえず出す、はダメだと思うよ。
『水霧』を魔術戦に使うならね」
霧を組み込むのは難しそうだな、とクノンは思った。
クノンなら、やはり赤い雨になるか。
「スライム状の水」を霧として展開して、どんどん相手にくっつけていくのだ。
……教えてもいいが、教えるべきではないと思う。
自分なりの使い方を編み出す。
その根底ができていない内は、安易に教えてはならないと思う。
魔術戦は、己の発想力が鍵となる。
今はいいかもしれないが。
いつでも、いつまでも、誰かが答えを教えてくれるわけじゃない。
魔術師ならば。
行く行くは、自分で考えるしかないのだ。
まだ学んでいる生徒だとか、二級だとか。
そんなことは関係ないのだ。
「クノン」
何度もデュオとラディアの相手をしていると。
ついに、アゼルがやってきた。
「決めた?」
まだ軸となる魔術が決められないでいたアゼル。
もう夕方だ。
しかし、まだ今日だ。
間に合った、と言っていいだろう。
「ああ。
私は魔力の操作が苦手で、どうしても細かく扱うことができない。
それを踏まえて、考えた」
クノンの前に、アゼルが立つ。
「いいね。楽しみだよ」
つまり、少々雑で荒っぽいということだ。
特級クラスにはいないタイプの水魔術師だ。
いったいどんなことをしてくれるのか。
……サンドラくらい雑で荒いのは勘弁してほしいが。そこは祈るばかりだ。
「少し離れてくれ――では行くぞ」
傍で見ているデュオとラディアに告げ、離れたことを確認し。
アゼルは右手に魔力を込めた。
「――『水芯剣』」
アゼルの右手。
その指先から。
ぼたり、と水球が地面に落ちた。
「あ」
クノンは反応した。
一瞬、何かと思ったが。
理解すると同時に、横に倒れるように避けていた。
アゼルの足元に落ちた水球が、暴れ出したから。
伸びて。
跳ねて。
しなり、風を切り。
それはまるで、尾に火がついた蛇のようだ。
これは、先端が膨らみ重しとなった鞭。
先端とアゼルを結ぶそれは、糸のように細いが。
だからこそ――恐ろしい。
暴れる水鞭の先端が、クノンの頬をかすめた。
いや。
かすめたのは、先端とアゼルを繋ぐ糸か。
あまりの速さと無軌道さに、魔術による反応ができなかった。
「くっ!」
避けながら。
頬に痛みを感じながら。
倒れながら。
クノンは、水鞭の水に働きかけて、それを「水球」に変えた。
――水鞭は消えた。
とんでもない量の「水球」になって。
手のひらに収まるくらいの先端。
糸のような胴体。
なのに、この水の量か。
これだけの水を圧縮していたのか。
見たところ、制御するつもりもなさそうだった。
この量の水を、魔力に任せて、放ったのか。
それは暴れもするだろう。
「いてて」
頬が切れている。
糸に触れたせいだ。
「だ、大丈夫か?」
倒れるクノンに、アゼルと、デュオらも駆け寄る。
――アゼルは、クノンは楽に返すものだと思っていた。
「水芯剣」。
本来は、水でできた剣を形成する中級魔術だ。
魔力を込めれば、伸びたり縮んだりと、ある程度形は変えられる。
アゼルはその性質を利用して。
強めに魔力に込めてみた。
それだけだ。
制御はしない。
できないから。
だから、魔力の赴くまま、それを解き放ってみた。
結果はこれだ。
剣状ではなく、鞭のような形態になり。
制御されない魔術が暴れて、こうなった。
……こうなるなんて思わなかった。
まさかクノンが避けるなんて。
自分たちくらいなら、何をしても、全部平然と返すだろうと思っていたのに。
下手をしたら、クノンは死んでいたかもしれない。
制御できない中級魔術。
その恐ろしさが如実に現れた。
「すごいね!」
心配しかしていなかったのだが。
頬から血を流すクノンは、興奮気味に言った。
「水の鞭だね! ああいう水の使い方は初めて見た!
『水芯剣』か!
数日前に君に見せてもらったけど、剣じゃない形状にもできるんだね!
いいなあ! 僕も覚えようかな!」
周囲の心配そうな視線など、気付きもせず。
頬から伝う血など、構いもせず。
クノンはメモを書き出した。
アゼルは思った。
――この姿、この魔術に対する姿勢こそ、二級と特級の違いなのだろう、と。





